強迫性障害(OCD:Obesessive Compulsive Disorder)は、ある考えやイメージに過剰にとらわれてしまったり、何度も何度も同じ行動を繰り返してしまう疾患で、精神疾患の中でも特に患者さんにとって苦痛となる疾患だと考えられています。
患者さんは苦痛から逃れたいという焦りから間違った治療を行ってしまうことが少なくありません。強迫性障害は時間はかかりますが、1つずつしっかりと段階を踏んでいけば治すことの出来る疾患です。そのため治療法を間違えず、1つずつ確実に治療ステップを踏んでいくことが大切になります。
強迫性障害を治療する方法の1つに「お薬」があります。お薬だけで全てが解決するわけではありませんが、お薬は強迫性障害の治療において非常に重要なものになります。
今日は強迫性障害に用いられるお薬にはどんなものがあるのか、そして強迫性障害でお薬を用いる際の注意点についてお話したいと思います。
1.強迫性障害の薬物療法の注意点
強迫性障害を治すに当たって、お薬は重要な位置づけにあります。
強迫性障害の主剤として用いられるお薬は「抗うつ剤」になります。抗うつ剤の中でも「セロトニン」を増やす作用に優れるものが強迫性障害に有効であることが知られており、基本的にはそのようなお薬を選択していきます。
具体的には、「SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)」はセロトニンを増やす作用に優れ、副作用も比較的少ない抗うつ剤であるため、まず最初に用いられることの多いお薬になります。
SSRIでは効果が不十分な場合は、は三環系抗うつ剤という古い強力な抗うつ剤を用いることもあります。三環系抗うつ剤は効果は強力ですが、副作用が多く重篤なものもあるため、慎重に使っていく必要があります。
補助的に抗不安薬(安定剤)や睡眠薬などを用い、不安や不眠を軽減することもあります。また強迫観念が妄想的なレベルに至ってしまったり、あるいは上記治療でも効果不十分である場合には抗精神病薬を補助的に用いることもあります。
【抗精神病薬】
主に脳のドーパミンのはたらきをブロックするお薬で、統合失調症の治療薬として用いられるお薬の事。
強迫性障害に用いられるお薬は、基本的にはこのようなものになりますが、お薬を使うに当たってあらかじめ知っておいて欲しい事がいくつかあります。
Ⅰ.強迫性障害は高用量が必要になる事が多い
一般的に強迫性障害は、他の精神疾患(うつ病や不安障害など)と比べて、高用量のお薬が必要になる疾患です。
「お薬を多く飲まないといけない」と聞いて喜ぶ患者さんはいないでしょう。ほとんどの方にとって精神科のお薬は出来れば飲みたくないものだからです。 実際、「強迫性障害は高用量のお薬が必要となることが多いんです」と患者さんに説明すると、みなさん良い顔はしません。
しかし強迫性障害の薬物療法は「用量-反応関係」が認められ、お薬の増量に比例して症状は改善する傾向にあります。少ない量では効果が得られなくても、しっかりと増量すれば効果が出てくることは珍しいことではないのです。だからこそ私たちは患者さんがイヤがっても、何とか説得して高用量を使うのです。
強迫性障害に対してお薬(特に抗うつ剤)を用いる際、患者さんに分かって頂きたいことに、
「お薬を使うと決めたのであれば、必要な量をしっかりと使って欲しい」
という事があります。
患者さんの治療をしていると、医師に説得されてしぶしぶ抗うつ剤の服薬を始めたけども、量を増やす段階になってイヤになってしまい、中途半端な量で維持されているというケースをしばしば見かけます。
「お薬をもっと増やしましょう」と言われてイヤになってしまう気持ちは分かります。しかし強迫性障害は高用量のお薬が必要となることが多い疾患なのです。他の精神疾患からすると「多すぎ」という量でも強迫性障害では「ちょうどいい」量であるという事は良くあります。
不十分な量をダラダラと続けていつまでも治らないよりも、強迫性障害に必要な量を必要な期間しっかりと使って治した方が良いはずです。その時は増薬はイヤだと思うかもしれませんが、必要な量を使った方が病気は早く治ります。そうなれば服薬期間だって結果的には短くなります。
強迫性障害は高用量のお薬が必要となる疾患ですが、主治医が必要と判断したのであればその量を「たくさんのお薬はイヤだ」というイメージだけでイヤがるのではなく、必要な量はしっかりと使うようにして頂きたいと思います。
もちろん不必要に大量のお薬を飲むのは良くありませんが、その量が一般的には大量であったとしても、今の症状を抑えるためには「必要な量」なのであれば、ぜひ前向きに検討していただきたいのです。
その方が長期的に見れば患者さんのためになります。
Ⅱ.お薬を多く使う事が多いため、依存性薬物には要注意
強迫性障害はお薬が効かない疾患ではありません。
しかしお薬が「効きにくい疾患」だというのは確かで、他の精神疾患と比べて高用量を使わないと効果が出てこないことがあります。そのため、主剤である抗うつ剤は高用量で使われることが多く、これは仕方がないところがあります。
しかし、補助的に用いる
- ベンゾジアゼピン系抗不安薬
- ベンゾジアゼピン系睡眠薬
といった「ベンゾジアゼピン系」については、高用量を使いすぎないように注意が必要です。ならならば、これらは耐性・依存性があるからです。
【耐性】
服薬を続けていくと、徐々に身体がお薬に慣れていき、お薬の効きが悪くなってくること。耐性が形成されてしまうと、同じ効果を得るためにはより多い量が必要となるため、大量処方につながりやすい。
【依存性】
服薬を続けていくうちに、そのお薬を手放せなくなってしまうこと。依存性が形成されてしまうと、お薬を飲まないと精神的に不安定になったり、発汗やふるえといった離脱症状が出現してしまうようになる。
耐性・依存性はお薬を長期間・大量に服薬していると、より生じやすくなります。特に強迫性障害はお薬の量が多くなりがちな疾患であるため、依存性薬物には注意しなくてはいけません。
必要な量を必要な期間、主治医の指示のもとで服薬するのは問題ありませんが、
「不安だから」
「眠れないから」
とたくさん飲んだりしないよう、気を付けて下さい。
でないと強迫性障害だけでなく、依存症でも苦しむ事になってしまいます。
Ⅲ.お薬「だけ」では難しいことが多い
強迫性障害に限ったお話ではないのですが、 特に強迫性障害はお薬だけの治療では限界があります。
お薬が強迫性障害に有効なのは間違いありません。しかしそれだけで完治させるのは難しいでしょう。
多くの症例で、お薬は重要な位置づけではあるものの、それだけでは不十分で
- 認知行動療法
- 暴露反応妨害法
などの精神療法も併用していく必要があります。
治療初期においては、精神療法に取り組むのはなかなか難しく、お薬中心の治療になってしまうのは仕方がありません。
治療初期は症状がまだ重いため、「このように考えるようにしてみましょう」という認知行動療法を受けても内容が頭に入らなかったり、実践するだけの気力がないことがあります。またあえて苦手な事に自分を暴露させる暴露反応妨害法も、うまく行うことができずにかえって症状を悪化させてしまう事もあるでしょう。
しかしお薬である程度気持ちが落ち着いてきたら、このようなお薬以外の治療法も取り入れていく必要があります。
2.抗うつ剤
それではここからは、強迫性障害に用いられるお薬について1つずつ説明していきます。
強迫性障害において主剤となるのは抗うつ剤になります。抗うつ剤にもいくつかの種類がありますが、まず最初に用いられるのは、
「SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)」
です。
強迫性障害は、セロトニンを増やすお薬が特に効果を示すことが知られています。そのため、セロトニンを増やす作用に優れるお薬が主剤となります。
SSRIはセロトニンに選択的に作用し、効率的にセロトニンの濃度を増やしてくれます。また比較的新しい抗うつ剤であり、安全性も高く副作用も少ないため、最初に用いるお薬として適しています。
現在日本で用いることが出来るSSRIには、
・デプロメール/ルボックス(一般名:フルボキサミン)
・パキシル(一般名:パロキセチン)
・ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)
・レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)
があります。
どのSSRIを用いても間違いではありませんが、高用量まで使う事の出来る「デプロメール/ルボックス」は強迫性障害に対して高い評価を持っており、処方されることの多いSSRIです。またパキシルやレクサプロも不安・恐怖に対してしっかりと作用するため使われることがあります。
先ほどもお話した通り、強迫性障害では高用量が必要になる事が多いため、少量使って効果がなくとも高用量までしっかり使ってみることが大切です。中途半端な量でダラダラと続けてしまうのが一番良くありません。
SSRIでは効果が不十分である時は、三環系抗うつ剤(TCA)を検討することがあります。三環系抗うつ剤は古い抗うつ剤であり、効果は強いものの副作用の多さから、現在では積極的には用いられないお薬です。三環系抗うつ剤を使用する際は、副作用に細心の注意を払いながら慎重に使用していきます。
三環系抗うつ剤にもいくつか種類がありますが、セロトニンを増やす作用に特に優れる「アナフラニール(一般名:クロミプラミン)」がよく用いられます。
3.抗不安薬(安定剤)
抗うつ剤を補助する役割として抗不安薬が用いられることもあります。抗不安薬のほとんどは「ベンゾジアゼピン系」というものであるため、これが用いられます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬はたくさんありますが、代表的なものには次のようなものが挙げられます。
・ワイパックス(一般名:ロラゼパム)
・ソラナックス/コンスタン(一般名:アルプラゾラム)
・レキソタン/セニラン(商品名:ブロマゼパム)
・セルシン/ホリゾン(商品名:ジアゼパム)
・リーゼ(一般名:クロチアゼパム)
・デパス(一般名:エチゾラム)
・メイラックス(一般名:ロフラゼプ酸エチル)
抗不安薬のメリットは「即効性」です。抗うつ剤は効果発現まで数週間待つ必要があります。強迫性障害のように高用量使うとなると、しっかりした効果が出るまでに数か月を要することもあります。しかし、抗不安薬は早いものだと服薬してから15分程度で効果が出ます。
その即効性から、不安が非常に強くなってしまった時に頓服的に使えるのも利点です。
デメリットとしては、長期服薬・大量服薬による耐性・依存性が挙げられます。抗うつ剤には耐性・依存性はありませんが、抗不安薬には耐性・依存性があるため長期服薬・大量服薬はなるべく避けたいところです。
強迫性障害は、高用量のお薬が必要になるケースが多いため、ベンゾジアゼピン系などの依存性薬物の服薬は特に注意しなければいけません。
4.抗精神病薬
主に統合失調症の治療薬として用いられるお薬を「抗精神病薬」と呼びます。
抗精神病薬の主な作用は、脳のドーパミンのはたらきをブロックすることです。
強迫性障害において、抗うつ剤の増強として少量の抗精神病薬を使うことがあり、これを「増強療法(Augmentation)」と言います。抗うつ剤だけでは効果が不十分な場合は、妄想を伴うような強迫性障害が対象となります。
抗精神病薬は古い第1世代抗精神病薬と、比較的新しい第2世代抗精神病薬がありますが、総合的には第2世代の方が安全性が高いため、第2世代が用いられることがほとんどです。
代表的な第2世代抗精神病薬には次のようなお薬があります。
・リスパダール(一般名:リスペリドン)
・ロナセン(一般名:ブロナンセリン)
・ルーラン(一般名:ペロスピロン)
・ジプレキサ(一般名:オランザピン)
・セロクエル(一般名:クエチアピン)
・エビリファイ(一般名:アリピプラゾール)
強迫性障害において、抗精神病薬はあくまでも補助的な位置づけですので、統合失調症よりは低用量を用います。
5.強迫性障害の薬物療法の流れ
強迫性障害の薬物療法はどのように進められていくのでしょうか。
症例によっても違いますし、医師によってもやり方の違いがあります。そのため、一概に「こうやって治療します」と断言することはできませんが、治療法の一例をここでは紹介させて頂きます。
Ⅰ.SSRIを少量から始める。抗不安薬を併用する事も
強迫性障害の薬物療法の中心となるのはSSRIになります。しかしいきなりドカンと高用量使ってしまうと副作用が強く出てしまうため、SSRIは少量から始め、徐々に増薬していくことが基本となります。
一例として、強迫性障害に良く用いられるルボックス(一般名:フルボキサミン)を使う場合を見てみましょう。まずは50mg/日(25mg錠を朝夕食後各1錠ずつ)から開始します。副作用が心配だという方は更に少量から始めてもよいでしょう。
患者さんの「お薬の副作用が心配だ」という不安を極力軽減するのは、治療的にも重要なことです。強迫性障害は疾患の特性として、不安や心配が強くなりがちであるため、更に不安を煽るようなことは出来る限り避けるべきだからです。
不安の病気の治療をするのに、投薬で更に不安にさせてしまったら本末転倒です。そのため場合によってはかなり少量から開始することもあります。ただし、少量から開始すればするほど効果発現も遅くなってしまうことは理解しておかなければいけません。
SSRIは効果発現までに数週間の時間がかかります。強迫性障害は高用量が必要になる事が多いため、高用量の効果を実感するには数か月かかることもあります。その間はベンゾジアゼピン系抗不安薬を併用してもよいでしょう。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は即効性があるのが利点ですので、飲み始めてすぐ不安はある程度軽減されるからです。しかし、耐性や依存性などの副作用があるため、「SSRIが効いてくるまでの一時的なもの」という認識を持って服薬をすることを忘れてはいけません。
Ⅱ.SSRIを十分量まで増やしていく
大きな副作用もなくSSRIが導入できたら、徐々に増薬していきます。
ルボックスを、50mg⇒100mg⇒150mg⇒300mgと増薬していきます。ルボックスは最大量が150mgですが、症状によっては更に増量することが認められています。そのため効果が不十分であれば300mgまで使用することもあります。
強迫性障害は、しっかりとお薬を使うことが大切です。中途半端に使ってしまうと効果も不十分で副作用だけ出てしまうという状態になってしまいます。お薬だけで症状が全て改善しないこともありますが、お薬で取れる不安はしっかりと取る必要があります。
お薬でどれだけしっかりと症状を改善させることが出来るかで、その後に取り組む精神療法の成功率も違ってきます。
このため、SSRIの増薬は「不安が十分に消えるまで」行うべきです。主治医先生とよく相談して必要な量までしっかりと増薬してください。
ちなみにSSRIを十分量使ったけども効果不十分である時には、
・本当に強迫性障害の診断が間違いないか再度見直す
・異なるSSRIを使ってみる
・三環系抗うつ剤(アナフラニール)を使ってみる
・抗精神病薬の増強療法を行う
などの方法が取られます。
Ⅲ.抗不安薬を減らしていく
順調にSSRIの増薬が出来れば、症状は改善の方向に向かっていきます。症状が良い方向に向いてきたら、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の減薬について検討していく必要があります。
これは、ベンゾジアゼピン系抗不安薬への依存を防ぐためです。
急に中止してしまうと、反動で不安が強くなったり離脱症状が起こったりしますので、慎重に少しずつ減らしていきます。
無理してまで減薬・断薬をする必要がありませんが、ベンゾジアゼピン系は漫然と続けるべきではありませんので、減らせそうな状態であればできる限り減らしていきましょう。
また、どうしても減らせない場合は、半減期の長いものや効果の弱いものに切り替えます。これは半減期の長いもの・効果の弱いものの方が依存性になりにくいからです。切り替えたのち、経過をみながら減薬を進めていきます。
Ⅳ.精神療法に取り組む
お薬で少し気持ちに余裕が出てきたら、精神療法も併用して強迫性障害を治療していきます。お薬だけで治るケースもありますが、多くの場合ではお薬だけでは不十分で精神療法を併用する必要があります。
強迫性障害に用いられる精神療法には
- 認知行動療法
- 暴露反応妨害法
などがあります。
Ⅴ.安定しても1~2年ほど服薬を続ける
服薬下で症状がほぼ消失している状態を「寛解状態」と言います。
寛解状態になると、症状がほとんどないため「もう治ったのでは」と患者さんは感じます。
多くの方は出来るだけ早くお薬を辞めたいと考えているため、寛解状態になると
「先生、もうお薬を減らせませんか?」
と患者さんから相談をよく受けます。
しかし寛解状態に至ってからも最低でも1年、できれば2年程度は服薬を続けた方が良いでしょう。
これは寛解状態はあくまでも「お薬の力を借りて症状が落ち着いている状態」だからです。この時お薬をすぐに抜いてしまうと再発の危険性が高くなります。せっかく良くなったのに再発してしまうと、再び自信をなくしてしまいます。また、再発を繰り返すとだんだんと治りが悪くなり、難治性となっていくこともあります。
お薬を早くやめたい気持ちは痛いほど分かるのですが、寛解状態になってからも1~2年ほどは服薬を続けてから治療終了とした方が安全です。
時々、「先生はお金儲けのためにお薬を減らさないんでしょう」と疑われてしまうこともあるのですが、そうではないのです。一生続ける必要はありませんが、将来再発しないための保険と考え、しばらくは服薬することを私たちは勧めます。
なお再発を繰り返している方に関しては、より長期間の服薬継続が必要な場合もあります。主治医先生とよく相談して下さい。
(注:ページ上部の画像はイメージ画像であり、強迫性障害で実際に使用するお薬とは異なることをご了承下さい)