ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)は抗うつ剤の一種で、SSRIという種類に属します。
海外では1991年から発売されていましたが、日本では2006年から発売されています。2014年にはOD錠(口腔内崩壊錠)も発売されました。
SSRIというのは「選択的セロトニン再取込み阻害薬」の略です。このお薬は分泌されたセロトニンの再取り込み(吸収)を抑える事で、セロトニンの濃度を増やす抗うつ剤になります。
SSRIにもいくつかのお薬がありますが、どれも基本的な作用は同じであるものの、細かい特徴の違いがあります。
抗うつ剤の中で、そしてSSRIの中でジェイゾロフトはどのような効果や特徴を持つお薬なのでしょうか。
ここではジェイゾロフトの効果や特徴、他の抗うつ剤との比較などを紹介していきます。
目次
1.ジェイゾロフトの特徴
まずは、ジェイゾロフトという抗うつ剤の全体像についてざっくりと紹介します。
ジェイゾロフトの特徴を簡潔にまとめると、
「効果は穏やかだけど、安全性も高い抗うつ剤」
であると言えます。
ジェイゾロフトは効果が強い抗うつ剤ではありません。しかしある程度の効果は有しており、うつ病などの精神疾患の治療薬として十分使えます。更に効果が穏やかである分、副作用も軽めであり、他のSSRIと比べても副作用は少なめのお薬になります。
メンタルクリニックなどではジェイゾロフトを好む先生が多い傾向がありますが、これも「効果も副作用も穏やか」であるのが理由の1つです。効果が強すぎないため、初期治療に用いるお薬として適していますし、副作用も少なめであるため、外来レベルでも使いやすいのです。
抗うつ作用という「強さ」だけを見ると、他の抗うつ剤に適わない面はあります。
個人差はありますが、新規抗うつ剤の中で比較的作用が強めである、
などと比べると確かに一段階効果が弱い印象はあります。
しかし弱すぎて治療に全然使えないというレベルではありません。うつ病や不安障害などの治療において十分役立つ強さは有しています。穏やかに効いてきますので、ゆっくり安全に治したい方には良い適応となります。
副作用も他のSSRIや抗うつ剤と比較すると、全体的に軽めで少ない傾向があります。
飲み始めの吐き気・胃部不快感は多くの方に出現してしまいますが、ほとんどは一過性で1~2週間もすれば自然と消失していきます。
また抗うつ剤は便秘になることが多いですが、ジェイゾロフトはどちらかというと下痢・軟便になりやすい傾向があります。元々便秘がひどくてこれ以上便秘になったら困る、という方には良い適応かもしれません。
ジェイゾロフトは性機能障害(勃起障害・射精障害・性欲低下など)の副作用は他のSSRIよりも起こりやすく、これはジェイゾロフトを服用するに当たって1つの注意点になります(参考記事:抗うつ剤で性欲低下・性機能障害が生じる原因と6つの対策)。
またジェイゾロフトは「男性より女性で有効性が高い」という報告があります。臨床的な印象としても、確かに女性に合いやすい抗うつ剤であると感じます(参考記事:男女で異なる抗うつ剤の効き)。
2014年12月にはジェイゾロフトのOD錠(口腔内崩壊錠)が新たに発売されました。OD錠は錠剤をそのまま口に入れれば唾液で溶けるお薬の事で、水無しで服薬できる剤型です。
外出先などの水が無い環境で服薬することが多い方や、飲み込みの力が弱い高齢者の方などに向いていますので、このような方はジェイゾロフトOD錠を使用するのも1つの選択肢になります。
2.ジェイゾロフトの作用機序
ジェイゾロフトは、主にうつ症状や不安症状を改善させる作用を持ちます。
では、どのような機序によってこれらの作用を発揮しているのでしょうか。
ジェイゾロフトは「SSRI」と種類の抗うつ剤になります。SSRIは「Selective Serotonin Reuptake Inhibitor」の略で、日本語に直すと「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」になります。
何だか難しい名前ですが、これは要するに、
セロトニンを増やすお薬
だと思って頂ければ問題ありません。
セロトニンは神経伝達物質(神経から神経に情報を伝える物質)の1つであり、神経伝達物質の中でも「気分」「感情」といった情報を伝えるはたらきを持ちます。
何らかの理由によってセロトニンの分泌が低下すると、気分や感情に関係する情報がうまく伝わらなくなり、これにより落ち込みや不安といった症状が認められます。
SSRIは神経間で低下したセロトニンの量を増やすことで、落ち込みや不安を改善させりはたらきがあるのです。
では、どのようにして神経間のセロトニンを増やしているのでしょうか。
神経と神経の間は「神経間隙(しんけいかんげき)」と呼ばれており、この神経間隙にセロトニンのような神経伝達物質が分泌される事で、神経から次の神経に情報が伝達されます。
基本的に抗うつ剤はこの神経間隙の神経伝達物質の量を増やすことで抗うつ作用を発揮します。
神経間隙に分泌された神経伝達物質は、情報を次の神経に伝え終わってしばらく経つと神経細胞に再取り込み(吸収)されます。再取り込みされた神経伝達物質は、また次の情報を伝える時になると分泌されるのですが、それまでは神経の中にいます。
ジェイゾロフトをはじめとしたSSRIは、神経間隙に放出されたセロトニンが再取り込みされないようにするはたらきがあります。SSRIがセロトニンの再取り込みをブロックすると、セロトニンは長い間神経間隙に残るため、神経間隙のセロトニン濃度が上昇し、次の神経へ情報が伝わりやすくなる、というのがSSRIが効く仕組みです。
SSRIにはジェイゾロフト以外にも何種類かあります。
具体的には、
がありますが、どのSSRIもセロトニンの再取り込みをブロックする事で神経間隙のセロトニン濃度を上げるという仕組みは共通しています。
ジェイゾロフトと他のSSRIの違いは、ジェイゾロフトには「ドーパミンの再取り込み阻害作用」もあるという点が挙げられます。
ドーパミンはセロトニンと同じく気分に関係する神経伝達物質です。セロトニンが主に落ち込みや不安に関係しているのに対して、ドーパミンは主に楽しみや快楽に関係している物質になります。
そのためジェイゾロフトは薬理的に考えれば、「何も楽しいと感じない」「楽しみを見いだせない」といった症状を認める方に効果が期待できる抗うつ剤だという事になります。
しかし現実的にはジェイゾロフトがSSRIの中で特段に楽しみを改善させる作用が強いという印象は、経験上はあまりありません。このあたりは理論と実際は必ずしも同じにならないのが向精神薬の難しいところです。
理論通りにならないのは、うつ病はまだ原因が全て解明されているわけではないためです。原因が解明されておらず、あくまでも「このような原因ではないか」という仮説に基づいた治療であるため、狙った通りの効果が必ずしも得られない事があります。
3.ジェイゾロフトの適応疾患
ジェイゾロフトはどのような疾患に用いられるのでしょうか。
添付文書にはジェイゾロフトの適応疾患として、
・うつ病、うつ状態
・パニック障害
・外傷後ストレス障害(PTSD)
が挙げられています。
実際の臨床においても、ジェイゾロフトはこれらの疾患に処方することが多いお薬です。
セロトニンを増やす作用を持つため、うつ病・うつ状態を改善させる作用の他、パニック障害をはじめとした不安障害にも効果が期待できます。
パニック障害もセロトニンの異常が原因だと考えられているためです(参考記事:パニック障害の原因。パニック障害はなぜ生じるのか)。
外傷後ストレス障害(PTSD)も、不安や抑うつが強度となっている事が多く、SSRIを使うことで症状の改善が期待できます。
他にも社会不安障害や全般性不安障害、強迫性障害や摂食障害(過食症・拒食症)などの治療に用いられる事もあります。
また双極性障害(躁うつ病)などのうつ状態を持ち上げるときに補助的に使用することもあります。
双極性障害に抗うつ剤を使う際は、気分を持ち上げ過ぎてしまって躁状態を誘発してしまうリスクがあります(これを「躁転」と呼びます)。
躁転は効果の強い抗うつ剤で生じやすく、三環系抗うつ剤やパキシルなどで多い印象がありますが、効果が穏やかなジェイゾロフトは躁転を起こしにくいため、双極性障害に用いる際にも比較的使いやすいのです。
4.ジェイゾロフトの強さ
ジェイゾロフトは効果が穏やかな抗うつ剤、というお話をしてきましたが、実際に強さはどのくらいなのでしょうか。
ジェイゾロフトはSSRIに分類される抗うつ剤で、落ち込みや不安を改善する効果があります。
維持量は1日100mgですが、最初は25mgからはじめ、少なくとも1週間以上の間隔をあけて、25mgずつ増量していきます。つまり100mgに至るには最短でも1か月程度かかってしまうということです。「効果を実感するまで時間がかかる」のはジェイゾロフトの欠点の1つです。
ジェイゾロフトは他のSSRIと比べると、効果はやや弱く、重度のうつ病の方などにはジェイゾロフトだけでは物足りないこともあります。単純な強さだけでいえば、同じSSRIであるパキシル(一般名:パロキセチン)やレクサプロ(一般名:エスシタロプラム)の方が強いでしょう。
しかし効果が弱いことは悪いことではありません。「あと少しだけ気分が上がればいい」「強すぎる薬は心配」という方もいますので、そのような要望の際には使いやすい薬です。
また効果も弱めな分、副作用も少ないのも特徴です。眠気、吐き気、体重増加などの抗うつ剤で多い副作用は認められますが、その頻度は他のSSRIより少なめです。
5.ジェイゾロフトの副作用
ジェイゾロフトの副作用にはどのようなものがあるのでしょうか。またその頻度はどのくらいなのでしょうか。
SSRIの中でもジェイゾロフトは、セロトニン以外の余計な部位に作用しにくいため、全体的にみて副作用は少ない抗うつ剤になります。
SSRIで生じる一般的な副作用である、
- 抗コリン作用(口喝、便秘、尿が出にくくなる)
- 胃腸障害(吐き気、胃部不快感)
- ふらつき、めまい
- 眠気
- 性機能障害
- 体重増加
などは生じる可能性がありますが、いずれも多くはありません。
ただし副作用の特徴として、
- 性機能障害は他のSSRIと比べてやや多め
- 便秘ではなく下痢・軟便になりやすい
という点があります。
ジェイゾロフトの副作用については、「ジェイゾロフトの副作用と対処法」にて詳しく説明していますのでご覧下さい。
6.ジェイゾロフトが向いている人は?
ジェイゾロフトはどのような方に向いている抗うつ剤なのでしょうか。
穏やかに作用して、副作用も少なめ。
このジェイゾロフトの効果・特徴からは、
- 主に軽症~中等症の方(病状がそこまで重くない方)
- 仕事などを続けながら治していきたいという社会人の方
- 女性の方
に向いている抗うつ剤であると考えられます。
吐き気や眠気といった副作用の程度が少なめですので、日中に仕事をしている方にとっても服用しやすいお薬です。
またジェイゾロフトは女性に特に効きやすいという報告がありますから、女性への第一選択としても向いています。体重増加や便秘の副作用が比較的少ないのも女性にはありがたいですよね。
反対に効果がやや弱めなこと、維持量である100mgまで上げるのに時間がかかることを考えると、「可能な限り早くお薬の効果が欲しい」「病状がとても重くてつらい」という方は、ジェイゾロフト以外の抗うつ剤から始めた方がいいかもしれません。
7.未成年、妊婦、授乳婦への投与は?
ジェイゾロフトは、未成年や妊婦さん・授乳婦さんといった方々への使用はどのようになっているのでしょうか。
結論から言うと、いずれにおいても使用する事は可能ですが、「どうしても必要と判断される場合に限り慎重に使ってね」という扱いになります。
ジェイゾロフトは、18歳未満の未成年に対する有効性は確立していません。そのため、未成年に使ってはいけないわけではありませんが、その適応は慎重に判断しなければいけません。
これはパキシルやデプロメール、ルボックスなどの他のSSRIも同様です。
海外で実施された試験では、6~17歳のうつ病患者さんにジェイゾロフトとプラセボ(中身の入ってない偽薬)をそれぞれ投与して効果を比較したところ、効果に差がなかったという報告があります。この結果がそのまま日本人に当てはまるわけではありませんが、少なくとも安易に使うべきではないでしょう。
ただし実臨床では、「未成年だけど、どうしても抗うつ剤を使った方が良いと考えられる」というケースもあります。その際は家族や周囲とも十分相談した上で極力少量を使うことはあります。効果を認めるケースもありますので、絶対に使ってはいけないわけではありません。
妊婦さんにも「どうしても必要な場合に限り、使用して良い」という位置づけです。ジェイゾロフトに明らかな催奇形性(薬の影響で奇形児が生まれてしまうこと)は報告されていませんが、絶対にないと言われているわけではありません。
米国FDAが出している薬剤胎児危険度分類基準では、薬の胎児への危険度をA、B、C、D、×の5段階で分類しています(Aが最も安全で×が最も危険)。
この中でジェイゾロフトは「C」です。SSRIではパキシル以外は「C」で、 パキシルのみ一段階高い「D」になっています。
C:動物実験で有害作用がみられているが、ヒトでの対象試験が行われていない。あるいはヒトでも動物でも試験が行われていない
D:ヒトの胎児に対する危険性の証拠があるが、他にそれに代わる安全な薬がないか無効の場合に限り使用を承認される。
CもDも安全とは言いきれないことに代わりはありませんので、どうしても必要な場合以外は服用しない方が賢明です。
ジェイゾロフトを服用したまま妊娠出産されるケースも少なくありませんが、少なくとも私が今まで関わった症例では赤ちゃんの奇形が生じてしまった例は経験していませんし、周囲の医師からも聞いた事はありません。
授乳婦に関しては服用は出来ますが、服用する際は母乳栄養は中止して人工乳栄養に切り替える必要があります。ジェイゾロフトは母乳に移行しますので、ジェイゾロフトを内服しながら授乳すると、赤ちゃんにジェイゾロフトの成分が移行してしまうためです。
8.ジェイゾロフトの導入例
ジェイゾロフトはどのように使用していく抗うつ剤なのでしょうか。その使い方は個人差があるため、主治医と相談して決めていって頂きたいのですが、ここでは典型的なジェイゾロフトの使い方と経過について紹介します。
ジェイゾロフトは少しずつ増やしていくお薬です。
1日25mgから始め、1週間以上の間隔をあけて25mgずつ増やしていきます。基本的には1日100mgまで増やす事が推奨されていますが、途中で充分な効果を認めたらそれ以上は増量しない事もあります。
薬の効果を感じるのには、早くても2週間はかかるでしょう。遅い方だと1ヶ月以上かかることもあります。
一方で副作用は内服初期から出現します。
最初は、吐き気・胃部不快感といった消化器症状が多く、ジェイゾロフトは他のSSRIと比べて、この消化器症状はやや多い印象があります。
心配な方はあらかじめ胃薬を併用しておく事もあります。ただし、この消化器症状は初期の1~2週間のみのことが多く、その後は自然と消えていく事がほとんどです。
そのため最初だけ何とか胃薬などを併用して1~2週間を乗り切りましょう。ただしどうしてもつらい場合は、ジェイゾロフトの服用を中止して別の抗うつ剤に変えることもあります。
また、まれにですが賦活症候群といって、内服初期に変に気分が持ち上がってしまうことがあります。気分に影響する物質が急に体内に入ったことで一過性に気分のバランスが崩れるために起こると考えられています。
イライラしたり攻撃性が高くなったり、ソワソワと落ち着かなくなったりします。一時的なことがほとんどのため、抗不安薬などを併用して様子を見ることもありますが、自傷行為をしたり他人を攻撃したりと、危険な場合はジェイゾロフトを中断する必要があります。
その後は、便秘や口渇、尿閉などの抗コリン作用、 ふらつきめまいなどのα1受容体遮断作用、体重増加などの5HT3刺激作用、 性機能障害などの5HT2刺激作用が出現することがあります。また、ジェイゾロフトは便秘ではなく、下痢になることもあります。
これは個人差が大きく、全く困らない人もいればとても苦しむ人もいます。ただジェイゾロフトは、初期の消化器症状と性機能障害以外は他のSSRIと比べて少なめです。
軽ければ様子を見ますが、下剤や整腸剤、昇圧剤などを使って対応することもあります。あまりに副作用が強すぎる場合は、別の抗うつ剤に切り替えます。
ジェイゾロフトが効いてくると、典型的な経過としてはまずはイライラや不安感といった「落ち着かない感じ」が改善します。その後に抑うつ気分が改善し、意欲ややる気などは最後に改善する事が多いです。
効果を十分感じれば、その用量で維持しますし、効果は感じるけど不十分である場合は、増量あるいは他のお薬を併用していきます。
1~2ヶ月みても効果がまったく得られない場合は、「効果無し」と判断して別の抗うつ剤に切り替えます。
気分が安定しても、そこから6~12ヶ月はお薬を飲み続けることが推奨されています。何故ならば、症状が改善したばかりの時期が一番再発しやすい時期だからです。
6~12ヶ月間服薬を続けて、再発徴候がなく気分も安定していることが確認できれば、その後2~3ヶ月かけてゆっくりとお薬を減薬していき、治療終了となります。
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[…] ジェイゾロフトの効果や特徴については 別コラムでお話していますので、ご覧ください。 […]