行為心迫(こういしんぱく)は、双極性障害(いわゆる躁うつ病)に特徴的な症状の1つです。
双極性障害は躁状態(気分が異常に高揚している状態)とうつ状態(気分が異常に低下している状態)を繰り返す疾患ですが、行為心迫はこのうち主に躁状態で認められる症状になります。
この行為心迫という症状は一体どのような症状なのでしょうか。症状を正しく理解する事は、疾患と正しく向き合っていくために大切です。
ここでは「行為心迫」という症状について、このような症状が生じる機序と対処法について説明させていただきます。
1.行為心迫とはどのような症状なのか
行為心迫(こういしんぱく)とは、どのような症状なのでしょうか。
病気の症状を正しく知る事は、医療者のみならず患者様や患者様と接する周囲の方々にとっても大切な事になります。
「行為心迫」は主に双極性障害で認められる症状ですが、双極性障害の方やその周囲の方々はこの症状について正しく理解できているでしょうか。
難しい専門用語で説明されるととっつきにくくなってしまうため、ここでは一般の方でもなるべく分かりやすいように行為心迫について説明してきます。
行為心迫とは一体どのような症状なのでしょうか。
行為心迫は、次々に湧き上がるアイディアを行動に移す事に歯止めがかからなくなり、「あれもしなきゃ」「これもしなきゃ」と手当たり次第に行動してしまう症状です。
これは、ただやる気にみなぎっているという事ではありません。躁状態(気分が異常に高揚している状態)による病的な意欲の亢進ですからその行動は浮足立っており、冷静さや現実検討力を欠きます。
非現実的なアイディアを元にした行動であるため、その行動は中途半端な状態で中断となってしまう事がほとんどです。また次々と目標が移り変わるため、多くの場合で1つの行為を完成させる事は出来ません。
また、その行動の対象も必ずしも好ましいものとは限りません。飲酒、浪費、性的逸脱行動などといった、のめり込み過ぎるとまずい結果になる可能性が高い事に過剰に行動してしまう事もあり、社会的な問題を引き起こす事もあります。
行為心迫は、双極性障害の中でも「躁状態」で認められます。
双極性障害は、気分が異常に高揚する「躁状態」、気分が異常に低下する「うつ状態」、そして気分が比較的落ち着いている「寛解期」が交互に出現します。経過中の7~8割がうつ状態だと言われていますが、時に躁状態や寛解期も認められます。
躁状態では気分が異常に高揚するため、行為心迫以外にも次のような症状も認められます。
- 気分高揚・爽快気分・・・気分が晴れ晴れとして、全てが明るく見える
- 多弁・・・話さずにはいられない
- 自尊心の肥大・・・自分は何でもできるように感じる
- 誇大妄想・・・自分を高く評価し高い地位や能力・財産があると思い込む
- 易怒性・・・怒りっぽくなる
- 観念奔逸・・・話があちこちに飛び、まとまりのない話になる
- 睡眠の低下・・・眠らずに活動し続ける
- 食欲の低下
- 性欲の亢進
これらの症状は一見すると、やる気に満ち溢れている状態に見えるため、悪い症状には見えないかもしれません。
しかし躁状態はあくまでも病気によって引き起こされた「異常な気分の高揚」です。そのためこのような症状は大きな問題を引き起こす可能性が高いのです。
本人にとっては、晴れ晴れとした気分で自信に満ち溢れた状態ですが、浮足立った気分の高さであるため、集中力や現実検討能力がおいつかず、ミスが多くなり軽率な行動が目立つようになります。
その結果、普段の冷静な状態であればしないようなミスをしたり、正常な思考であれば「そんな事やっても失敗する」と思えるような事にも自信満々でチャレンジしてしまう事があります。
ひどい場合だと、詐欺にあって巨額のお金を失ってしまったリ、大きな借金をして明らかに失敗しそうなビジネスを立ち上げたりしてしまう事もあります。
このような躁状態で、上記の症状と同じく認められるのが「行為心迫」です。
躁状態では気分が高揚して浮足立っているため、次から次へと頭に考えが浮かぶようになります。そして患者さんはテンションが高い状態ですので、浮かんだ考えを「これは素晴らしいアイディアだ!」と評価し、行動に移してしまいます。
更に行動している間にも別の考えが頭に浮かび、それに対しても「素晴らしいアイディアだ!」とまたすぐに行動に移してしまうため、周囲から見ると中途半端にあれこれ手を出しているように見えます。
これが行為心迫です。
2.なぜ行為心迫が生じるのか
行為心迫はどうして生じるのでしょうか。
行為心迫は双極性障害の躁状態で生じる症状です。躁状態では精神エネルギーが異常に亢進し、気分が異常が高揚します。
躁状態では、頭に次々と考えが浮かんでくるようになります。気分が良い状態ですから、このように次々と浮かんできた考えは、本人にとっては「素晴らしいアイディア」に映り、この素晴らしいアイディアを実行せずにはいられなくなります。
更に行動している傍からまた「素晴らしいアイディア」が浮かんでくるため、行動中であっても、新しく浮かんだ考えに取り組み始めてしまいます。
その結果、あれこれと次々としてしまい、行動はすべて中途半端になります。結局どれも完成する事はなく、やりっぱなしになってしまうのです。
これが躁状態で行為心迫となる理由になります。
ちなみにこの行為心迫は双極性障害の躁状態で生じますが、そもそもこの躁状態や双極性障害がなぜ生じるのかというと、実はこれはまだ分かっていません。
双極性障害が発症する原因というのは、いくつか仮説が提唱されているのですが、どれも「確実にこれが原因だ」と言えるものではなく、根本的な原因はいまだ不明です。
現時点で考えられている双極性障害の原因については事を以下のコラムにまとめていますので、興味のある方はご覧下さい。
3.行為心迫の対処法・治療法
行為心迫はどのように対処すればいいのでしょうか。またこの症状を改善させるためにはどのような治療法があるのでしょうか。
まず対処法、とりわけ周囲の方は行為心迫となっている患者さんに対してどのように対応すればいいのかを紹介します。
行為心迫が生じている患者さんに対しては、患者さんの行動を否定も肯定もせず、ただその考えを聞いてあげる事が基本です。
その考えは患者さん本人には素晴らしい考えに映っていますが、健常な人が冷静に聞けば明らかに非現実的で実現不可能な話です。しかし、だからといって「そんなの出来るわけないじゃないか」「絶対失敗するからやめなよ」などと否定してはいけません。
躁状態の患者さんは怒りっぽくなっていますから、自分の事を否定されたと感じれば、いつもよりも激しく怒ります。暴力なども振るいやすい傾向にありますので、否定するような返答は避けた方が良いでしょう。
また反対に肯定するような発言もよくありません。躁状態の患者さんは自尊心の肥大や誇大妄想によって、自分に対する評価が異常に高くなっています。このような状態で、非現実的なアイディアを後押ししてしまうような肯定の発言は、その後の患者さんの人生に不利益を与えてしまう可能性があります。
そのため、対処法(接し方)として重要なのは「否定もせず肯定もせず、ただ患者さんの話を真剣に聞いてあげる事」なのです。
その上で、なるべく自然な形で受診を促すようにしましょう。
躁状態の中にある患者さんは、晴れ晴れとした気分に包まれているものの、どこかに違和感や不安を感じているケースも少なくありません。特に初めての躁状態ではない場合、自分自身でも「気分は良いけど、なんかおかしい」という気持ちはどこかに持っている事があります。
このような時に、信頼している人や尊敬している人が受診を促してくれると、意外と耳を傾けてくれる事もあります。
そのため普段から信頼関係をしっかりと作っておく事も大切です。
次に治療ですが、行為心迫は「双極性障害」という疾患が原因ですので、双極性障害の治療を行う事が症状の改善につながります。躁状態を抑えるお薬としては「気分安定薬」と「抗精神病薬」があります。
気分安定薬であれば、
などが躁状態に対する治療薬になります。
両者の使い分けははっきりと決まっているわけではありませんが、「不機嫌・易怒的な躁状態」「混合状態」「ラピッドサイクラーの躁状態」などにはデパケンの方が良いのではないかと考えられています。
また、躁状態に対して、
- テグレトール(一般名:カルバマゼピン)
が使われることもありますが、テグレトールは副作用の多さから、まず最初に用いることは少ないお薬で、他の気分安定薬が無効である時に検討されるお薬になります。
気分安定薬は不自然な鎮静をかけることなく、自然に躁状態を改善させてくれるのが特徴です。しかし気分安定薬は催奇形性を持つものが多いため、妊娠可能年齢の女性の方は注意が必要です。リーマス、デパケン、テグレトールには催奇形性があることが知られています。
抗精神病薬には、
などがあります。抗精神病薬は鎮静をかけることで躁状態を改善させるようなイメージです。そのため、興奮がひどかったり、幻覚・妄想状態になってしまっている方には適していますが、過鎮静にしてしまったり眠気やふらつきが強く出てしまう事もあります。
ジプレキサ・セロクエル・エビリファイは躁状態のみならず、うつ状態に対しての効果もありますので、今後うつ状態で困ることが予測されるケースに適しているでしょう。しかしこれらのうちセロクエルとジプレキサは糖尿病の方には使えませんので注意が必要です。
リスパダール、ロドピンは明らかな効果は躁状態しか確認されていません。しかし強力に躁状態を抑えてくれる作用がありますので、躁状態が強い時には検討されるお薬になります。
4.行為心迫と似ている症状
精神疾患の症状の中には区別がつきにくい、似たような症状があります。
しかし一見同じような症状であっても、その背景の心理状態は全く異なる事があります。
行為心迫とよく似た用語に「運動心迫」という症状があります。運動心迫は主に統合失調症で認められる症状ですが、これはどのような症状なのでしょうか。また行為心迫とはどう違うのでしょうか。
症状の表面的な部分しか見るのではなく、その症状の本質を理解できるようになると、それぞれの症状の違いが分かるようになり、病気についてもより正しく知る事ができます。
最後に運動心迫という症状について、行為心迫との違いも含めて紹介していきます。
Ⅰ.運動心迫
運動心迫(うんどうしんぱく:Bewegungsdrang)は主に統合失調症で認められる症状です。
統合失調症では、思考や行動を統合する能力が低下してしまいます。そのため、周囲からみると意味の分からないような発言や行動を認めるようになります。
運動心迫のその1つで、「意味もなく動き回る」という症状になります。
行為心迫と運動心迫は、どちらも行動の異常であるため、一見すると似たような症状に見えるかもしれません。
しかし両者は症状を引き起こしている背景が全く異なります。
行為心迫は、躁状態によって脳が興奮しており、次々と頭の中に考えが浮かんでくるため、思いつくままにどんどんと行動する事いう症状です。他者から見れば異常な行動ではありますが、本人の中では「この考えは素晴らしいから、実現するためにこの行動をする」という目的が明確にあります。
一方で運動心迫というのは、頭の中の考えをまとめる能力が失われてしまい、それによって無意味・無目的な行動になってしまう状態です。
時に両者を鑑別するのは難しいのですが、それぞれ症状が認められる背景がこのように異なっています。
異常な行動が認められた時、それが行為心迫なのか運動心迫なのかを鑑別する事は、病気を正しく診断し、適切な治療を導入するためにも非常に重要な事になります。