気分安定薬の種類とそれぞれの特徴

気分安定薬は脳神経に作用し、気分の波を和らげる作用を持つお薬になります。精神科領域では、主に「双極性障害(躁うつ病)」の治療薬として用いられています。

気分安定薬は不思議なお薬で、気分安定作用は1800年代から報告されており歴史は長いのですが、その作用機序についてはいまだに明確には解明されていません。

しかし気分の波を抑える作用は確かであり、医療現場では幅広く用いられています。

気分安定薬にもいくつかの種類がありますが、どれも効き方は同じではないと考えられています。それぞれ特徴があるため、自分の疾患の程度や症状に応じて、主治医を相談しながら最適なお薬を選ぶことが大切です。

自分が使っている気分安定薬の特徴やメリット・デメリットを知り、気分安定薬の正しい選び方・使い方を考えてみましょう。

1.気分安定薬とは?

まずは気分安定薬とはどのようなお薬なのかを紹介します。

「気分安定薬(mood stabilizer)」というのは、気分の波を和らげる作用を持つお薬の総称です。

より具体的に言えば、気分が高い時(興奮時、イライラ時)は気分を鎮め、気分の低い時(落ち込み時)は気分を持ち上げるという効き方をします。また現在の高い気分・低い気分を改善させるだけではなく、今後の異常な気分の高低を予防する効果もあります。

「気分の波を抑える」というと何だか漠然とした効き方であり、「本当にそんな作用があるのか」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

気分安定薬は、飲めばすぐに気分が落ち着くといった効き方をするお薬ではありません。数日から数週間の服用を続ける事で、気分の波が収まっていくというイメージです。

どうしてこのような効き方をするかというと現段階で考えられている作用としては、神経を保護する事で神経のはたらきを整えるためではないかと考えられています。神経細胞を保護する事により、神経の過剰な興奮・過小な興奮を正常化するため、気分の高低どちらにも効果を発揮するのです。

実際、気分安定薬はそのほとんどが「抗てんかん薬(てんかんを抑えるお薬)」としての作用も持っています。てんかんは神経の過剰な興奮で生じるものですから、神経保護作用を持つ気分安定薬が抗てんかん作用を持つというのは十分納得が出来ます。

気分安定薬には、

の4種類があります。

いずれも共通している作用としては、脳神経の神経膜の電位を安定化させる事で、これにより神経の電気活動を安定化させ、気分の波も和らげると考えられています。

気分安定薬はそれぞれ作用が異なり、お薬によって特徴も異なります。躁状態を抑える作用が強いもの、うつ状態を持ち上げる作用が強いものなど、それぞれ異なります。

ちなみに気分安定薬は双極性障害のような異常な気分の高低を改善させるために使われますが、正常範囲内の気分の浮き沈みに使われる事はありません。

普通の人であっても多少の気分の波はあるものです。ちょっと機嫌が良い日もあれば、気分の晴れない日というのもあるでしょう。しかし正常範囲内の気分の波というものは、日常生活へ大きな支障はきたさないものであり、このような気分の波に対しては通常お薬は使われません。

2.各気分安定薬の特徴

気分安定薬には、現在4種類お薬があります。

気分安定薬に求められる作用としては、

  • 抗躁作用(躁状態を抑える作用)
  • 抗うつ作用(うつ状態を持ち上げる作用)
  • 再発予防効果(気分の以上な波の出現を抑える作用)
  • 安全性(副作用が少ない)

などがあります。それぞれの気分安定薬がこれらの作用をどのくらい持っているのかを意識してみていくと、各気分安定薬の特徴がつかみやすくなります。

それぞれについて詳しく紹介していきます。

Ⅰ.リーマス

リーマス(一般名:炭酸リチウム)は日本では1980年に発売されていますが、世界的にみると1800年代には気分安定作用が報告されており、非常に長い歴史を持つお薬となります。

気分安定薬としてももっとも古く、また向精神薬(精神に作用するお薬全般)の中でも、最古のお薬になります。

リーマスは気分の高揚(躁状態)を抑える作用に優れ、気分の落ち込み(うつ状態)を持ち上げる作用もある程度あります。

また現在ある気分の波を改善させるだけでなく、服用を続ける事で、気分の異常な波を出現させにくくするという再発予防効果を認められます。

衝動性(深く考えず、その時の気分で行動してしまう)を抑える作用に優れ、ここから自殺予防効果もあると考えられています。

ただし古いお薬であるため、副作用には注意が必要です。服用量が多くなってしまうとリチウム中毒にいたる可能性があるため、リーマス服用中は定期的に血液検査を行い血中リチウム濃度が適正か確認する必要があります。

また催奇形性(赤ちゃんに奇形が生じてしまう)があるため、妊婦さんが服用する事は出来ません。

なお、リーマスについて詳しくはこちらの記事をご覧下さい。

▽ リーマス錠(炭酸リチウム)の効果【医師が教える気分安定薬の全て】
▽ リーマスの副作用と対処法【医師が教える気分安定薬の全て】

【リーマス(炭酸リチウム)の特徴】
・しっかりとした気分安定作用があり、抗躁作用・抗うつ作用どちらも有する
・特に抗躁作用がしっかりとしている
・抗うつ作用もまずまずある
・再発予防効果もある
・衝動性を抑えることにより自殺リスクを低下させる
・リチウム中毒の危険があるため、定期的に血液検査を行う必要がある
・催奇形性がある

Ⅱ.デパケン

デパケン(バルプロ酸ナトリウム)は1975年から発売されている気分安定薬です。

デパケンは気分の高揚(躁状態)を抑える作用は優れ、前述のリーマスとほぼ同等の効果を持つと考えられています。気分の落ち込み(うつ状態)を持ち上げる作用もある程度あります。

躁状態にも「機嫌が良い」「怒っている」「セカセカしている」など色々な状態がありますが、デパケンは、

  • 不機嫌・易怒的な躁状態
  • 混合状態(躁とうつが同時に出ているような状態
  • ラピッドサイクラーの躁状態

などに向いていると言われています。

抗うつ作用はほとんどないか、あってもかなり弱いと考えられています。再発予防効果は認めますが、リーマスほどはしっかりしていません。

副作用は多くはありませんが、肝臓に負担をかけてしまう事があります。また催奇形性がありますのでやはり妊婦の方は服用できません。

なお、デパケンについて詳しくはこちらの記事をご覧下さい。

▽ デパケンR錠・細粒の効果と特徴【医師が教える気分安定薬の全て】
▽ デパケン錠(R錠)の副作用と対処法【医師が教える気分安定薬の全て】

【デパケン(バルプロ酸ナトリウム)の特徴】
・抗躁作用がしっかりとしている
・抗うつ作用はほとんどない
・不機嫌・怒りっぽい・混合状態・ラピッドサイクラーの躁に適している
・催奇形性がある
・全体的に副作用は少ないが、肝機能障害に注意

Ⅲ.ラミクタール

ラミクタール(ラモトリギン)は2008年に発売された気分安定薬です。

  • うつ態を改善させる効果
  • 再発予防効果

を認めます。反対に抗躁作用ははっきりしません。抗躁作用があるという報告もありますが、ないという報告もあり、臨床の実感としても抗躁作用は頼りないところがあります。

しかし抗うつ作用がしっかりとあるのはラミクタールの大きな長所です。また気分安定薬の中で唯一、催奇形性を認めないというのも大きな利点です。

デメリットとしては、

  • 極稀に重篤な皮膚障害が生じる
  • 作用機序が分かっていない
  • ゆっくりと増やしていかなければいけないため、効果発現に時間がかかる

などがあります。

ラミクタールは急激に増量すると、重篤な皮膚障害が生じることがあり、そのためゆっくりと増量するお薬になります。ゆっくり増量するということは、効果を感じるまでに時間がかかるという事で、ここはラミクタールのデメリットになります。

重篤な皮膚障害が生じたケースのほとんどは、ラミクタールの用法用量を守らずに投与されていたことが確認されています。そのため、今気分の波がつらくても急激な増量はしてはいけません。その重篤な副作用は、医師の指示のもとで用法用量を守っていればほぼ生じないことが分かっています。ちゃんとした使い方をしていればそれほど恐れるものではなく、安全性は高いお薬だと考えてよいでしょう。

なお、ラミクタールについて詳しくはこちらの記事をご覧下さい。

▽ ラミクタールの効果【医師が教える気分安定薬の全て】
ラミクタール錠の副作用と対処法【医師が教える気分安定薬の全て】

【ラミクタール(ラモトリギン)の特徴】
・抗うつ作用がしっかりしている
・抗躁作用はほとんどない
・再発予防効果もある
・全体的に副作用は少なく、催奇形性もない
・重篤な皮膚障害に注意
・少しずつ増やしていくため効果が出るまでに時間がかかる

Ⅳ.テグレトール

テグレトール(カルバマゼピン)は1966年に発売されたお薬です。元々はてんかんに用いられるお薬でしたが双極性障害にも効果があることが分かり、現在は双極性障害にも用いられています。

テグレトールには

  • 躁状態を改善させる効果
  • 再発予防効果

があります。テグレトールは抗躁作用はしっかりとしています。再発予防効果は認めるものの報告が多くはありません。また抗うつ作用は明らかではありません。

テグレトールのデメリットは副作用の多さです。また催奇形性の報告もあるため妊婦さんには使えません。重篤な副作用の報告もあるため、積極的には使われず、他の気分安定薬が無効である時に検討されることが多いお薬になります。

なお、テグレトールについて詳しくはこちらの記事をご覧下さい。

▽ テグレトールの効果と特徴【医師が教える気分安定薬の全て】
▽ テグレトールの副作用と対処法【医師が教える気分安定薬の全て】

【テグレトール(カルバマゼピン)の特徴】
・抗躁作用はしっかりしている
・抗うつ作用はほとんどない
・再発予防効果もある(報告は少なめ)
・副作用が多く重篤な副作用も生じうる
・催奇形性がある

3.症状に応じた各気分安定薬の選択

気分安定薬は、次のいずれかの目的で投与されます。

  • 躁状態を抑える
  • うつ状態を持ち上げる
  • 異常な気分の波の出現を抑える(再発予防)

気分安定薬を用いる際は、このそれぞれの状態に応じて選択する事が大切です。それぞれの状態での気分安定薬選択の考え方を見ていきましょう。

Ⅰ.躁状態を抑える

躁状態を抑える時に、まず検討する気分安定薬としては、

  • リーマス(炭酸リチウム)
  • デパケン(バルプロ酸ナトリウム)

があります。

両者は総合的な抗躁作用(躁状態を抑える作用)は同等ですが、得意とする躁の「タイプ」が異なります。

絶対的な決まりではありませんが経験的に、

  • 爽快気分(気分が晴れ晴れしている)
  • 万能感(なんでも出来る気がする)

といった典型的な躁状態にはリーマスが向いています。

反対に、

  • イライラ、不機嫌、怒りっぽい
  • 混合状態(躁とうつが混ざっているような状態)
  • ラピッドサイクラーの躁状態

にはデパケンの方が向いていると言われています。

またリーマスやデパケンが使えない場合は、

  • テグレトール(カルバマゼピン)

も候補に挙がりますが、副作用の多さから使用は慎重に考える必要があります。

なおリーマス、デパケン、テグレトールといった気分安定薬以外に躁状態を抑えるものとしては「抗精神病薬」があります。

特に比較的新しい抗精神病薬である

  • SDA(リスパダール、ロナセンなど)
  • MARTA(セロクエル、ジプレキサなど)
  • DSS(エビリファイなど)

には躁状態に対する効果が認められており、しばしば用いられています。

Ⅱ.うつ状態を持ち上げる

うつ状態を持ち上げる際に検討される気分安定薬には、

  • ラミクタール(ラモトリギン)
  • リーマス(炭酸リチウム)

があります。

よりしっかりと躁状態を持ち上げてくれるのはラミクタールの方です。しかしラミクタールは少しずつ増やしていかないといけないため、効果が出るまで時間がかかるというデメリットがあります。

対してリーマスは抗うつ作用はラミクタールに及びませんが、ラミクタールほど増量に時間はかかりません。

デパケン、テグレトールに抗うつ作用はほとんどなく、これらは抗うつ作用を期待しては用いられません。

なお気分安定薬以外に双極性障害のうつ状態を改善させるお薬としては、

  • MARTA(セロクエル、ジプレキサなど)
  • DSS(エビリファイなど)

があります。

ちなみに「抗うつ剤」も時に双極性障害のうつ状態の改善に用いられる事がありますが、抗うつ剤は躁状態を誘発してしまう事もあり(これを躁転と呼びます)、安易に用いてはいけません。

特に抗うつ作用の強い三環系抗うつ剤は躁転のリスクが高いため用いてはいけません。双極性障害への抗うつ剤の使用は積極的には推奨されておらず、上記の方法が使えない場合に限られますが、使用する場合もSSRIなどの穏やかな抗うつ剤が推奨されます。

Ⅲ.再発を予防する

双極性障害の場合、今、気分が安定していても今後また躁状態・うつ状態が出てくるかもしれません。このような再発を予防するためにはどの気分安定薬を服用すればいいのでしょうか。

王道なのは、

  • リーマス(炭酸リチウム)
  • デパケン(バルプロ酸ナトリウム)

です。リーマスの方が再発予防効果がしっかりとしています。一方デパケンは効果は劣るものの長期服用するに当たって安全性に優れるというメリットがあります。

  • ラミクタール(ラモトリギン)

も安全性に優れ、再発予防効果もしっかりとしているため良い適応です。ラミクタールの場合、催奇形性がないという重要なメリットがあるため、妊娠可能年齢である女性の双極性障害の維持治療薬として非常に適しています。

  • テグレトール

は副作用の多さから第一選択にはなりませんが、再発予防効果はあるため、他の気分安定薬が何らかの理由で使用できないときに検討されるお薬になります。ただし他の気分安定薬と比べると再発予防効果の報告が少ないため、やや頼りなさがあります。

気分安定薬以外に再発予防効果を認めるお薬には、一部の抗精神病薬があります。

具体的には、

  • セロクエル(クエチアピン)
  • ジプレキサ(オランザピン)
  • エビリファイ(アリピプラゾール)

などがあります。

4.気分安定薬を用いる疾患は

気分安定薬は、双極性障害(いわゆる躁うつ病)に用いられているお薬です。

しかし実は双極性障害以外にも使われる事があります。

双極性障害以外に気分安定薬を用いる場合を紹介します。

Ⅰ.うつ病・不安障害

うつ病や不安障害は基本的には「抗うつ剤」が治療薬として用いられ、気分安定薬は治療の主役とはなりません。

しかし抗うつ剤が十分に効かない例に対して、少量の気分安定薬を用いる事があり、このような治療法は「増強療法(Augmentation)」と呼ばれます。

Ⅱ.発達障害

アスペルガー障害や自閉症などの発達障害に対して気分安定薬を用いる事があります。

主に衝動性や爆発性・易怒性を抑えるために用いられる事が多く、「カッとなりやすい」タイプの方にはしばしば処方されます。

Ⅲ.認知症

認知症に対しても気分安定薬が処方される事があります。

これも発達障害と同じく、易怒性やイライラ、興奮を落ち着ける目的で時に処方されます。

Ⅴ.てんかん

気分安定薬は、脳神経の興奮を抑える作用を持っています。そのため気分安定薬のほとんどは抗てんかん薬としても用いられています。

  • デパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)
  • ラミクタール(一般名:ラモトリギン)
  • テグレトール(一般名:カルバマゼピン)

のいずれも、てんかんを抑える抗てんかん薬としても用いられます。

Ⅵ.偏頭痛などの痛み

気分安定薬は脳神経の興奮を抑えるため、脳神経の興奮が一因で生じている痛みに対してしばしば効果を認めます。

実際、デパケン(一般名:バルプロ酸)は偏頭痛に対して適応を持っていますし、テグレトール(一般名:カルバマゼピン)も三叉神経痛に対して適応を持っています。

Ⅶ.反復性過眠症

過眠症の中でも反復性過眠症と呼ばれる、過眠症状を不定期に繰り返す疾患があります。この反復性過眠症には気分安定薬が有効である事が知られており、しばしば治療薬として用いられています。