双極性障害の一型であるラピッドサイクラーとは?

双極性障害(躁うつ病)は、「躁状態」と「うつ状態」という2つの気分の波が繰り返される疾患です。

通常、この波は緩やかに繰り返されます。適切な治療が行われない場合、躁状態は通常数週間~数か月程度、うつ状態は数か月~数年程度続き、その間に寛解期(症状が全く無くなる期間)も数年認めます。もちろん適切な治療を行っていれば、躁状態・うつ状態の期間はより短くなり、寛解期の期間がより長くなります。

この気分の波が通常よりも早いサイクルで出現するタイプの双極性障害を「ラピッドサイクラー(Rapid Cycler:急速交代型)」と呼びます。

ラピッドサイクラーは双極性障害の一型ではありますが、ただ病相の繰り返しが速いというだけではなく、通常の双極性障害とは異なる特性も持ちます。そのためラピッドサイクラーと正しく診断を受け、適切な治療を受けることは重要です。

今日は双極性障害のラピッドサイクラーについて、どのようなタイプでありどのような特徴があるのかについて紹介します。

1.ラピッドサイクラー(急速交代型)とは?

双極性障害にはいくつかのタイプがあることが知られています。

もっとも有名なタイプ分けとしては、双極性障害は躁状態の程度で「Ⅰ型双極性障害」と「Ⅱ型双極性障害」に分類されます。

Ⅰ型双極性障害は、「躁状態」と「うつ状態」と繰り返します。

Ⅱ型双極性障害は、「軽躁状態」と「うつ状態」を繰り返します。

Ⅱ型の方が躁状態の程度が軽いのですが、その分うつ病との見分けが付きにくいという注意点もあります。また衝動行為や逸脱行為、自傷行為などはⅡ型の方が多いという指摘もあり、決して躁状態が軽いからといって「軽い疾患」だという事にはなりません。

このように、躁状態の程度によって分ける方法が一般的なのですが、それ以外にも特殊なタイプの双極性障害があります。

双極性障害の一型として、「ラピッドサイクラー(Rapid Cycler:急速交代型)」というタイプがあります。

ラピッドサイクラーは、通常よりも躁状態とうつ状態のサイクルが「急速に交代」するタイプです。具体的には、1年間で4回以上、躁状態とうつ状態の病相を繰り返す双極性障害の事を「ラピッドサイクラー」と呼びます。

通常、躁状態は数週間~数か月程度続き、うつ状態は数か月~数年程度続きます。また、その間に寛解期(症状が全く無くなる期間)も数年ほど認めます(適切な治療が行われていれば、躁状態・うつ状態の期間はより短くなります)。

この一般的な躁状態の気分の波のサイクルと比べるとラピッドサイクラーは明らかに早い波の移り変わりを認めます。気分が急速に上下してしまうラピッドサイクラーは気分の波のコントロールが通常の双極性障害よりも難しく、また患者さん本人もあまりに目まぐるしく気分が上下するため、疲弊してしまいます。

2.ラピッドサイクラーはどんな人がなりやすいのか?

ラピッドサイクラーはどんな方に多いのでしょうか。

実はラピッドサイクラーは、最初から認めるケースはあまり多くはありません。最初は通常の双極性障害の気分の波だったのに、治療中に徐々に躁状態とうつ状態の波の間隔が短くなっていく、というケースの方が圧倒的に多いと思われます。

これを「ラピッドサイクラー化する」と言ったりもします。

ではどんな場合、ラピッドサイクラーに変わりやすいのでしょうか。

ラピッドサイクラー化する要素としては、

  • ストレス
  • 抗うつ剤の使用(特に三環系抗うつ剤)

などが指摘されています。

双極性障害の経過中、気分が上下しやすいストレスが続いていると、病気はなかなか治らず、ラピッドサイクラー化してしまう事があります。特にHEE(High Expressed Emotion)の環境下で過ごしている方はラピッドサイクラー化しやすいと感じます。

【HEE】
High Expressed Emotion(高い感情表出)の事。具体的には患者さんに深く接する家族などが、

  • 批判
  • 敵意
  • 情緒的な巻き込まれすぎ(患者さんの言動に左右されすぎてしまう)

などを患者さんに向けることが多いことを指す。

HEEについては、「うつ病、統合失調症などの再発率を5倍も上げてしまう高EEとは?」で詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。

また双極性障害の治療において抗うつ剤の使用が多いとラピッドサイクラー化しやすいと言われています。

双極性障害のうつ状態に対して抗うつ剤を使うかどうかは議論が続いていますが、「抗うつ剤を使うべきでない」という根拠の1つに、この「抗うつ剤は双極性障害をラピッドサイクラー化させてしまう」という事が挙げられます。

特に効果の強い抗うつ剤やノルアドレナリンを増やす作用に優れる抗うつ剤は、ラピッドサイクラー化させやすいようです。

具体的には、

【三環系抗うつ剤(TCA)】
・トフラニール(イミプラミン)
・アナフラニール(クロミプラミン)
・トリプタノール(アミトリプチリン)
・アモキサン(アモキサピン)
・ノリトレン(ノルトリプチン)

【SNRI】
・サインバルタ(デュロキセチン)
・トレドミン(ミルナシプラン)

などが挙げられます。

これらはうつ病には有効なお薬ですが、双極性障害に用いる際には慎重に考える必要があります。絶対に用いてはいけないというわけではありません。総合的に見て、用いるメリットの方が高そうであれば慎重に投与することもあります。

一説によるとうつ病はセロトニンもノルアドレナリンも低下しているが、双極性障害はセロトニンは低下しているけどもノルアドレナリンは低下していないという報告もあります。ノルアドレナリンは双極性障害においては増やしすぎない方が良いのかもしれません。

反対にノルアドレナリンをほどんど増やさないようなSSRIでは、ラピッドサイクラー化はあまりさせないのではないかという考えもあります。

【SSRI】
・パキシル(パロキセチン)
・ルボックス/デプロメール(フルボキサミン)
・ジェイゾロフト(セルトラリン)
・レクサプロ(エスシタロプラム)

もちろんSSRIであっても、安易に双極性障害の方に投与していいわけではありません。

性別的にみると、ラピッドサイクラーの患者さんは女性の方が多いと報告されています。

またラピッドサイクラー化する方は甲状腺機能低下症の合併が多いという指摘もあり、報告によると半数以上に甲状腺機能低下が認められたというものもあります。精神科で血液検査を行う時は甲状腺ホルモンの数値も見ることが多いのですが、これはラピッドサイクラーのリスク評価という意味もあります(それ以外の意味もあります)。

3.ラピッドサイクラーへの注意点と治療法

ラピッドサイクラー(急速交代型)は、激しく気分の変動が生じるため、通常の双極性障害よりも注意すべき点があります。また治療法は基本的には双極性障害に準じますが、ラピッドサイクラーの特徴を踏まえた上で治療方針を決めないといけません。

ラピッドサイクラーの注意点や治療法について紹介します。

Ⅰ.お薬が効きずらい

ラピッドサイクラーは、一般的な双極性障害と比べて全体的にお薬が効きにくい傾向があります。

双極性障害の治療薬として、もっとも有名なお薬は「リーマス(炭酸リチウム)」です。リーマスは古くから双極性障害の治療の主力選手として活躍してきたお薬ですが、ラピッドサイクラーにはリーマスが効きにくいことが昔から経験的に知られています。

そのため通常であればリーマスの適応になるような方でも、ラピッドサイクラーが疑われた時はリーマス以外の治療薬を使った方が良いことがあります。

同じ気分安定薬では、リーマスよりも、

  • デパケン(バルプロ酸ナトリウム)

の方がラピッドサイクラーの方には効果は良いようですが、デパケンでもコントロールしきれないケースは少なくありません。デパケンは抗躁作用はしっかりしているものの、抗うつ作用が明らかではないため、これのみでは不十分な治療になってしまうこともあります。その場合は、ラミクタール(ラモトリギン)やテグレトール(カルバマゼピン)なども検討することがあります。

近年では抗精神病薬(統合失調症の治療薬)も双極性障害の治療に用いられますが、気分安定薬よりも抗精神病薬の方がラピッドサイクラーには良いのではないかという考えもあります。

先ほど紹介したように、ラピッドサイクラーには甲状腺機能低下症を伴うことが多いことから、甲状腺ホルモンの投与が有効ではないかという考えもあり、実際に甲状腺ホルモン(チラージンSなど)を投与することもあります。

また薬物療法が無効である場合、光照射療法が検討されることもあります。光照射療法は本来、季節性情動障害(冬季うつ病)に用いられている治療法ですが、ラピッドサイクラーの一部の方にも有効であったことが報告されています。ここから、もしかしたらラピッドサイクラーは生体リズムに不調が生じて発症しているのではないかとも考えられています。

Ⅱ.抗うつ剤の使用に注意

抗うつ剤によっては、双極性障害の方をラピッドサイクラー化させてしまうリスクがあるとお話しました。ということは、ラピッドサイクラーの方に抗うつ剤を使ってしまうと、気分の波が更に急速になってしまうリスクがあるという事です。

通常の双極性障害であっても抗うつ剤の使用は慎重に判断すべきですが、ラピッドサイクラーの方に関しては更に慎重に判断する必要があります。

よほどのやむを得ない状況でなければ、基本的には抗うつ剤は使用しない方が良いでしょう。特に効果の強い三環系抗うつ剤は極力使用すべきではありません。