不眠症の治療法にはどのようなものがあるのか

不眠症は治す事が出来る疾患です。

生きている限り、ヒトの眠る力が完全に失われる事はありません。正しく治療すれば、不眠症は必ず治す事が出来るのです。

不眠症の治療というと「睡眠薬」を思い浮かべる方が多いかもしれません。確かに不眠症の治療において睡眠薬は有効ですが、我が国では睡眠薬の大量投与が問題となっています(「日本は睡眠薬の処方量が多すぎる!これって本当なの?」参照)。

実は不眠症の治療にはお薬以外にも様々な方法があります。睡眠薬以外の不眠症の治療法についても知り、特定の治療法だけに偏らずに治療を行っていくようにしましょう。

今日は不眠症を改善させる治療法にはどのようなものがあるのかを紹介していきます。

1.生活習慣の改善が大原則

疾患の治療というと専門的な薬物を使ったり、何か特別な技法を使った治療法をイメージする方も多いかもしれません。

そのような治療法も確かに有効なのですが、その前に、睡眠に悪影響をきたす生活習慣がないかどうかを再確認してみて下さい。

十分に眠れない事で悩んでいる方のお話を詳しく聞いてみると、生活習慣に不眠の原因があるケースが少なくありません。

そもそもが眠りに悪い生活習慣を送っているのであれば、治療を行う前にすべきは生活習慣の改善です。

睡眠に悪い生活習慣がないかどうかを確認するためには、日本睡眠学会が発刊している「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」が参考になります。同ガイドラインの<睡眠衛生のための指導内容>には良い睡眠を得るための正しい生活習慣が簡潔にまとまっていますので紹介します。

<睡眠衛⽣のための指導内容>

指導項目

指導内容

定期的な運動

なるべく定期的に運動しましょう。適度な有酸素運動をすれば寝つきやすくなり、睡眠が深くなるでしょう。

寝室環境

快適な就床環境のもとでは、夜中の目が覚めは減るでしょう。音対策のためにじゅうたんを敷く、ドアをきっちり閉める、遮光カーテンを⽤いるなどの対策も⼿助けとなります。寝室を快適な温度に保ちましょう。暑すぎたり寒すぎたりすれば、睡眠の妨げとなります。

規則正しい⾷生活

規則正しい⾷生活をして、空腹のまま寝ないようにしましょう。空腹で寝ると睡眠は妨げられます。睡眠前に軽⾷(特に炭水化物)をとると睡眠の助けになることがあります。脂っこいものや胃もたれする⾷べ物を就寝前に摂るのは避けましょう。

就寝前の水分

就寝前に水分を取りすぎないようにしましょう。夜中のトイレ回数が減ります。脳梗塞や狭⼼症など血液循環に問題のある⽅は主治医の指示に従ってください。

就寝前のカフェイン

就寝の4時間前からはカフェインの入ったものは摂らないようにしましょう。カフェインの入った飲料や⾷べ物(例:⽇本茶、コーヒー、紅茶、コーラ、チョコレートなど)をとると、寝つきにくくなったり、夜中に目が覚めやすくなったり、睡眠が浅くなったりします。

就寝前のお酒

眠るための飲酒は逆効果です。アルコールを飲むと⼀時的に寝つきが良くなりますが、徐々に効果は弱まり、夜中に目が覚めやすくなります。深い眠りも減ってしまいます。

就寝前の喫煙

夜は喫煙を避けましょう。ニコチンには精神刺激作用があります。

寝床での考え事

昼間の悩みを寝床に持っていかないようにしましょう。自分の問題に取り組んだり、翌日の行動について計画したりするのは、翌日にしましょう。心配した状態では、寝つくのが難しくなるし、寝ても浅い眠りになってしまいます。

(日本睡眠学会「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」より)

いかがでしょうか。すべて問題なく行なえているよという方は結構少ないのではないでしょうか。

睡眠薬などの治療を行うのは、少なくともこの表に書いてある事が全て達成できてからにすべきです。

ガイドライン中にも紹介されている、適度な運動や寝室環境の調整は当サイトの別の記事でも詳しく紹介していますので、ぜひご覧下さい。

睡眠を妨げている生活習慣で、よく見受けられるケースは、

  • 日中に十分に体を動かしていない
  • 寝る前に何か食べてしまっている
  • 寝る前にタバコを吸っている
  • 寝室でスマホやゲームをしている

などが挙げられます。このような行動をしているのであれば、眠れないのは当然ともいえます。

このような生活習慣の問題を抱えたまま、無理矢理睡眠薬を使用して寝ようとしても、強制的な質の低い睡眠が得られるだけで、「ぐっすり眠れるようになった」と感じられる事はありません。

まずは生活習慣の改善を徹底するようにしましょう。

2.お薬を使わない不眠症の治療法

前項の生活習慣の改善をしっかり行っても眠れない状態が続くようであれば、本格的に不眠の治療を導入していく必要があります。

しかしお薬を使う前に、まず非薬物療法(お薬を使わない治療法)を導入できないかどうかを検討してみましょう。

不眠症の治療法というと、「睡眠薬を飲む」という治療を真っ先に思い浮かべる方も多いと思いますが、お薬を使わない不眠症の治療法もあります。

非薬物療法は、患者さん自身が工夫や努力をしないといけない治療法であり、すぐに効果が得られるものでもありません。睡眠薬のように「飲むだけで改善が得られる」という楽な治療法ではありませんが、その分睡眠薬で問題となるような副作用が生じる事はなく、一度身に付ければ生涯に渡って役立ってくれるというメリットもあります。

なお、不眠症に対する非薬物療法は「薬を使わずに不眠症を改善する!不眠に効く4つの非薬物治療」でも詳しく説明していますのでご覧下さい。

Ⅰ.眠りについて正しい知識を身に付ける

不眠の非薬物療法で、意外と有効なのが「睡眠に対する正しい知識を身に付ける」事です。

「そんなことをして不眠症が改善するのか?」

と不思議に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実は睡眠に対するあやまった知識を持っている方は少なくないのです。そしてそのあやまった知識をもとに「適正な睡眠」を定義してしまっており、それと比較して「自分は眠れていない」と錯覚してしまっている事があるのです。

睡眠に対して正しい知識を身に付ける事は不眠症治療の基本とも言えます。

ここでは睡眠について特に知っておいて欲しい事をいくつかお話します。

まず、なぜ私たちが睡眠を取らなくてはいけないのかというと「心身の疲れを回復させるため」です。

「そんな事知っているよ」と思われたかもしれません。しかし、これはとても重要な事です。

なぜかというと、心身の疲れを取る行為が睡眠である以上、心身が十分に疲れていなければ睡眠を得にくくなるという事だからです。

「眠れない」という方の生活を聞いてみると、一日中家にこもっていたり、一日を通して作業や労働を十分にしていないケースが見受けられます。このように身体や脳を適度に疲れさせる生活をしていない場合は、自然な眠気が生じにくく、不眠症も生じやすくなります。

また「適正な睡眠時間は、人によって異なる」「適正な睡眠時間は年齢を重ねるごとに短くなっていく」という事も合わせて知っておきましょう。

必要な睡眠時間というのは人によって異なります。6時間寝れば十分だという方もいれば、8時間は寝ないと体調がすぐれないという方もいます。

人それぞれで違う以上、「〇時間以上寝ないといけない」と画一化できるものではありません。人と比べて自分の睡眠時間が少ないから眠れていない、という事にもなりません。

眠れないかどうかの判断基準は、「日中、支障をきたすような眠気を感じずに快適に動ける」かどうかで判断すべきであり、「〇時間以上寝ていないと眠れていない」と時間で判断すべきではないのです。

他にも睡眠に対して知っておいてほしい事はたくさんあります。詳しくは睡眠の専門家である精神科医などの診察を受け、相談しながら正しい知識を身に付けていくようにしましょう。

Ⅱ.認知行動療法(CBT-I)

認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)は精神療法の1つです。物事のとらえ方(認知)にゆがみが生じている時、そのゆがみを修正していくことにより精神状態の改善をはかる治療法です。

主にうつ病や不安障害などの治療法として有名ですが、不眠症にも認知行動療法は有効です。

不眠症における認知行動療法は、「眠り」に対するあやまった認知を修正する事で十分な睡眠を得られるように訓練していく治療法です。このような不眠症に対する認知行動療法は「CBT-I(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia)」と呼ばれます。

専門家の元でしっかりとCBT-Iを行えば、その有効率は80%という報告もあり、CBT-Iは薬物療法に引けを取らない優秀な治療法です。

CBT-Iでは、

  • 現在の睡眠状態を客観的に評価する
  • 睡眠に対する正しい知識を学ぶ
  • しっかりと眠るための技法を身に付ける

といった事が行われます。CBT-Iは、精神科などの医療機関で、精神科医や臨床心理士などとともに時間をかけて行っていきます。

このコラムでCBT-Iのすべてを説明する事は難しいため、眠るための技法についていくつか簡単に紹介します。

まずは「刺激制御法」という方法があります。

寝床に入っても眠れないという状態が続いていると、私たちの脳は次第に寝床に対して「ここは眠れない場所」と認識してしまうようになります。

すると寝床に入る度に「今日も眠れないんだろうな・・・」と悪い自己暗示をかけてしまうようになります。

ここから脱するためには寝床を「眠る場所」と脳に認識させる必要があります。そのためには寝床を眠る時以外使わないようにし、寝床で眠る以外の行為(本を読んだりスマホをいじったり)をしないようにする必要があります。

これが刺激制御法です。

また「睡眠制限法」という技法があります。

これは睡眠時間をあえて制限する事で、漫然と長期間寝床で過ごさないようにする方法です。眠れない日々が続くと、つい私たちは長時間寝床で横になってしまいます。

しかし長時間寝床にいると、かえって寝床を「眠れない場所」と認識してしまうようにもなりますし、時間が長い分眠りの質も浅くなってしまいます。

自分にとって適正な睡眠時間を知り、寝床にいる時間はその時間内に制限する事で睡眠の質を上げる方法が睡眠制限法になります。

CBT-Iでは他にもいくつかの技法があります。詳しくは実際に認知行動療法を受けて学んでください。

Ⅲ.睡眠日誌、睡眠記録

自分の睡眠のどこに問題があるのか。自分は今どのくらい眠れているのか。

これを客観的にしっかりと把握できている人はほとんどいません。なんとなくの感覚で「あまり眠れていない」と判断しています。

これをしっかりと記録をつけて把握する事で、自分の睡眠の問題点を突き止めるという方法は、不眠症の治療には有効です。

記録を付けると様々な事が見えてきます。

例えば、記録によって「夜中にトイレに行きたくて起きてしまっている」という事が分かれば、睡眠薬をどんどん増やすよりも、寝る前の水分を制限したり頻尿を抑えるお薬を使う事が不眠症の改善に役立ちそうだという事が分かります。

また記録によって「睡眠の時間は十分である事が分かった。でも疲れが取れていないから、どうも熟眠できていないようだ」と分かれば、睡眠時間を増やすような治療薬ではなく、深部睡眠(深い眠り)を増やすようなお薬の方が適切だという事が分かります。

記録を付け、自分の睡眠を客観的に評価する事で見えてくることはたくさんあるのです。

3.薬物療法

不眠症の治療にはお薬も有効です。

不眠症に対して主に用いられるのは「睡眠薬」になりますが、睡眠薬以外にも眠りを導くお薬や眠りを深くする作用を持つお薬はいくつかあります。

主治医と相談して、自分の不眠症の状態に応じた適切なお薬を選ぶようにしましょう。

睡眠薬による治療法は、お薬を飲めば効果が出るため簡便で楽な治療法です。しかしお薬だけに頼ってしまうと、お薬の量がどんどんと増えてしまう事になります。

お薬の中には耐性や依存性を持つものもあり、大量に服用するとのちのち副作用で苦しむリスクがあるものもあります。

【耐性】
その物質の摂取を続けていると、次第に身体が慣れてきてしまい、効きが悪くなってくる事。

【依存性】
その物質の摂取を続けていると、次第にその物質なしではいられなくなってしまう事。その物質がないと落ち着かなくなったり

このようなお薬のデメリットもしっかりと理解し、お薬だけに偏った治療を安易に続けないように気を付けましょう。

なお、不眠症に用いるお薬については「不眠症を改善させるお薬は睡眠薬だけではない!医師が教える不眠症の治療薬」でより詳しく紹介しています。

Ⅰ.睡眠薬

睡眠薬は不眠症治療で最も使われているお薬です。睡眠薬にもいくつかの種類がありますが、いずれも眠りを導く作用を持っています。

代表的な睡眠薬としては、

  • ベンゾジアゼピン系睡眠薬
  • 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
  • メラトニン受容体作動薬
  • オレキシン受容体拮抗薬
  • バルビツール酸系睡眠薬

などがあります。

現在主に用いられているのは、「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」です。その理由はこれらの睡眠薬は効果と副作用のバランスに優れているからです。効果はしっかりと認められ、副作用も少なく、重篤なものはほとんどありません。

ただし眠気や日中の倦怠感・ふらつきなどが生じる可能性があります。また長期に渡って漫然と続けていると耐性・依存性といった副作用が生じる可能性もあります。

近年処方される事が多くなっているのが、「メラトニン受容体作動薬」や「オレキシン受容体拮抗薬」です。これらのお薬は安全性が高いのが特徴です。耐性・依存性がほとんどないのに加えて、日中の眠気・ふらつきなどの副作用もほとんど生じません。

ただし効果は弱めであり、特にメラトニン受容体作動薬は効果はかなり穏やかです。

バルビツール酸系睡眠薬は最古の睡眠薬であり、強力な効果がありますが副作用も多く、また時に重篤な副作用が生じる可能性もあるお薬です。そのため極力用いるべきではないお薬であり、現在ではほとんど処方されていません。

睡眠薬については「睡眠薬の強さの比較。医師が教える睡眠薬の選び方」でより詳しく紹介しています。

Ⅱ.抗うつ剤

抗うつ剤の中には眠気をもよおすものや、眠りを深くする作用に優れるものがあり、しばしば不眠症に対して用いられる事があります。

よく不眠症状によく用いられる抗うつ剤には、

  • 四環系抗うつ剤
  • NaSSA
  • SARI

が挙げられます。

四環系抗うつ剤は、抗うつ作用が弱いため現在ではうつ病に対してはあまり用いられていませんが、眠りを導く作用と深部睡眠(深い眠り)を増やす作用があります。

SARIも四環系抗うつ剤と似ており、抗うつ作用は弱いものの、眠りを導く作用と深部睡眠を増やす作用があります。SARIという呼び名はあまり用いられている名称ではありませんが、お薬の名前としては、「デジレル」や「レスリン」(一般名:トラゾドン)がこれに当たります。

NaSSAは四環系抗うつ剤の改良型の抗うつ剤です。抗うつ作用も強く、うつ病でもよく用いられていますが、抗うつ作用以外にも眠りを導く作用、深部睡眠を増やす作用があり、不眠を伴ううつ病などに特に用いられています。

Ⅲ.抗精神病薬

抗精神病薬は主に統合失調症の方に用いられる治療薬です。近年では双極性障害(躁うつ病)も一部統合失調症と共通の病態である事が分かってきたため、双極性障害の治療薬としても用いられるようになってきました。

抗精神病薬は幻覚や妄想、興奮などを改善させる作用に優れますが、脳を鎮静させることで眠りを導く作用を持つものもあります。そのため不眠症に対して用いられ事があります。

不眠症状に用いられる抗精神病薬には、

  • MARTA(多元受容体作用抗精神病薬)
  • フェノチアジン系抗精神病薬

などがあります。

これらの抗精神病薬は不眠症状を改善させる作用はありますが、本来は統合失調症や双極性障害に用いるお薬です。安易な使用は過剰な鎮静や副作用による弊害が生じる可能性がありますので、使用する際は慎重に適応を判断する必要があります。

Ⅳ.漢方薬

漢方薬の中には不眠症に有効なものもあります。

漢方薬は様々な生薬が配合されているお薬であり、服用する患者さんの体質(証)によっても用いるものが異なってきます。

不眠症に用いられる漢方薬については、「不眠症に用いられる漢方薬と効果的な使い方」で詳しく説明していますのでご覧下さい。

4.その他不眠に役立つ治療法

その他不眠改善に役立つ可能性のある治療法をいくつか紹介します。

Ⅰ.アロマ

海外ではアロマを医療に用いている国もあります。日本ではまだまだ普及していませんが、アロマテラピーも不眠を改善させるのに役立つ可能性があります。

アロマテラピーは精油(エッセンシャルオイル)を用いて治療を行う方法です。

用いる精油によって得られる効果は様々ですが不眠症状に用いられる精油には、

  • ラベンダー
  • セドロール
  • バニラ
  • 白壇(びゃくだん)
  • 沈香(じんこう)

などがあります。これらには鎮静効果があるため、心身をリラックスさせたり、眠りを導くのに効果的だと考えられています

アロマと不眠については「アロマで不眠を治す!睡眠の改善に効果的なアロマの使い方」で詳しく紹介しています。

Ⅱ.睡眠に音楽は有効なのか?

世の中には「安眠CD」と呼ばれるものがあります。「これを聞けばよく眠れるよ」というものです。

果たして良い睡眠を得るために音楽は有効なのでしょうか。

結論から言ってしまうと、睡眠中に音楽を聴いても眠りが浅くなってしまうだけであるため、睡眠中の音楽はお勧めできません。寝ているときに音が聞こえてしまうと、脳がそれに反応して覚醒してしまいますので眠りが浅くなったり、目覚めたりしてしまいます。

音に刺激されて脳の意識レベルが上がってしまえば、睡眠の質は低下します。そのため睡眠中は音楽は聞かない方が良いでしょう。

しかし眠りに入る前の段階で音楽を聴く事は有効だと考えられます。音楽によっては心身をリラックスさせる効果があるものもあります。特に落ち着いた音楽や自然の音(川のせせらぎや鳥の声など)が入っている音楽は心身をリラックスさせ、眠りに入りやすい状態を作ってくれます。

そのため、眠りに入る前の段階で落ち着ける音楽を聴く、という使い方は有効です。

音楽と睡眠については、「睡眠に効果的な音楽はあるのか。安眠CDの真実と誤解」で詳しく説明しています。