うつ病の症状は、気分の落ち込みや意欲の低下など、精神エネルギー低下に伴うものが主になります。
そのため「うつ病で妄想が生じる」というと意外に感じるかもしれません。しかし、うつ病では時に妄想が生じることもあるのです。
うつ病で妄想が生じる頻度は多くはありませんが、決して珍しいものではありません。
今日は、うつ病で生じうる妄想にはどのようなものがあるのか、どのように治療していくのかについてお話しします。
1.うつ病でも妄想が生じることがある
うつ病の症状というと、気分の落ち込みや意欲・関心の低下など、精神エネルギーの低下に伴うものをイメージする方が多いと思います。
実際、確かにこのような症状が主ではあるのですが、それ以外の症状が生じることもあります。
うつ病で時々認められる症状として、「妄想」があります。
うつ病の妄想について説明する前に、まずは「妄想」という精神症状とはどういったものなのかについて説明させてください。
妄想というのは、内容が非合理的・非現実的で訂正不能な思い込みのことです。かんたんに言うと「一般的な常識で考えれば明らかにありえないことなのにも関わらず、本人がそれを信じて疑わない思い込み」のことです。
妄想は一次妄想と二次妄想に分けることが出来ます。
一次妄想とは「真性妄想」とも呼ばれ、心理的にどうしてそう思うのか了解が出来ない妄想で統合失調症などによく認められます。
二次妄想とは、心理的にはなぜそう思うのか了解できる妄想で、うつ病や双極性障害(躁うつ病)によく認められます。
ちなみにこの分類は便宜上のものであり厳密なものではありません。というのも、妄想に対して、どこまでが了解可能でどこからが了解不能かというのは一概に言えるものではないからです。
「一般的な常識」というのは個々人で微妙に異なるものですし、文化的な背景などによっても異なってきます。そのため、一次妄想と二次妄想もそこまで厳密に区別できるものではないのです。
例えば「闇の組織に狙われている」という妄想は統合失調症などで多いですが、これはなぜそのように考えるに至ったのか了解できないため、一次妄想になります。しかしうつ病の方が「私はお金が全くありません」というのは、悲観的な気分から来ているものだという了解は出来るため二次妄想になります。
では、うつ病で認められる妄想にはどのような特徴があるのでしょうか。
うつ病の妄想は、基本的には抑うつ気分に伴う二次妄想であるというのが特徴になります。うつ病では、思考がマイナス・ネガティブになるため、妄想も同様の方向に向かうことが多いのです。
具体的には次の3つの妄想がうつ病に代表的な妄想だと言われています。
Ⅰ.心気妄想
心気妄想とは、「自分が何か重大な病気にかかってしまっている」とかたくなに信じてしまう妄想です。
「自分は癌に違いない」と信じて疑わず、内科などを受診して検査で異常がなくても「医者が私を不安にさせないようにウソをついている」と考えます。
実際は何の病気でもないのに「自分は重篤な病気なのだ」「もう治らないのだ」と信じ、絶望的になります。
心気妄想から、様々な病院を受診しまわる(ドクターショッピング)こともあります。
Ⅱ.罪業妄想
「自分は罪深いことをしてしまった。罰を受けるに違いない」という妄想です。
本人が「罪」と感じているものは、あまりに小さいものがほとんどです。
例えば、仕事でちょっとしたミスをしただけなのに「私のせいで会社に迷惑をかけた。罰として死んでお詫びしなくては」などと極端に考えてしまいます。
Ⅲ.貧困妄想
「自分にはお金がない」という妄想です。実際は貯金などが十分あったとしてもそれを認めず、「お金がない」と信じます。
これら3つをまとめて「微小妄想」と呼びます。微小妄想とは、自分を過小に評価してしまう妄想ということです。心気妄想、罪業妄想、貧困妄想はすべて、うつ病によって自分を過小評価している結果、生じている妄想なのです。
2.妄想を生じるその他の疾患
うつ病以外に妄想が生じることのある、代表的な疾患を紹介します。
疾患によって生じる妄想の特徴も異なることが分かります。
Ⅰ.統合失調症
妄想が生じる疾患として、もっとも有名なのは統合失調症でしょう。統合失調症では、「自分が狙われている」「被害を受けている」という妄想がよく認められます。
具体的には、
- 被害妄想:自分が嫌がらせを受けているなど
- 関係妄想:自分がうわさされている、テレビが自分のことを言っているなど、何でも自分に関連づける妄想
- 注察妄想:監視されている、盗聴器がしかけてあるなど、自分が常に見張られていると感じる妄想
などがあります。
また幻聴も認めます。「死ね」「お前はダメだ」といった自分を誹謗中傷する幻聴や、対話性・言語性幻聴が多いのも特徴です。幻聴は多くの患者さんで認められますが、幻視(見えないものが見えること)は統合失調症ではあまり生じません。
Ⅱ.双極性障害(躁状態)
双極性障害(躁うつ病)の躁状態でも妄想が現れることがあります。
躁状態は気分が高揚し、テンションが高い状態ですので、「自分はすごい!」というタイプの妄想が出やすいのが特徴です。
- 誇大妄想:自分を過剰に評価し、〇〇の能力がある、〇億の資産があるという妄想。
Ⅲ.認知症
認知症でも妄想を認めることがあります。認知症は物忘れが主体のため、忘れた部分を妄想が埋め合わせるという特徴を持ちます。
- 物取られ妄想:ものをしまった場所を忘れてしまい、「盗まれた!」と考える妄想
このように、疾患によって認められる妄想の種類に違いがあります。「どのようなタイプの妄想がみられるか」も診断の決め手のひとつになるのです。
3.うつ病の妄想の治療法
うつ病で妄想が出現した場合は、どのように治療するのでしょうか。うつ病の妄想に対する対処法・治療法について紹介します。
Ⅰ.否定も肯定もしない
うつ病の妄想に限らず妄想全般に言えることですが、妄想に対しては「否定も肯定もしない」という接し方が基本になります。
妄想というのは基本的に「訂正不可能」な考えですので、「それは違うよ」と否定したところで納得してもらうことなど出来ません。しかし妄想は誤った認識ですので、それに対して「その通りだよ」と肯定してしまうことも問題があります。
例えばうつ病で微小妄想が出現し、「自分が罪深い人間なのだ。生きている価値などないのだ」とかたくなに信じ込んでいる患者さんがいたとします。
この場合、「うん、そうだね」「確かにあなたに価値はないよね」と対応してしまうことが問題なのは明らかでしょう。「やはりそうなのか」と考えてしまい、生きることをあきらめてしまったり、より深く落ち込んでしまうことになります。
しかし、反対に「そんなことはない」「あなたは生きる価値がある!」と妄想を否定するのも、実はあまり有効ではありません。この否定を患者さんが受け入れてくれることはないからです。むしろ「この人は私のことを何も分かっていない」と思われてしまうだけになります。
妄想に対しては、否定も肯定もしないことです。
妄想が正しいのか間違っているのかには焦点を当てず、「そうなんだ。それくらい今はつらいんだね」と「つらい」という気持ちに焦点を当て、それに対して理解・共感することが良いでしょう。
Ⅱ.基本的にはうつ病が良くなれば改善する
うつ病に伴う妄想は、基本的には二次妄想であり、抑うつ気分に伴って生じているものです。つまり、抑うつ気分が改善してくれば、それに伴い妄想も改善してきます。
そのため、さしあたって緊急的な対応まで必要としない程度の妄想であれば、様子をみることもあります。うつ病の治療の中で自然と改善していくのを待つのです。
Ⅲ.妄想を改善させるお薬を使う
抗精神病薬は脳のドーパミンをブロックすることによって統合失調症や双極性障害の幻覚妄想を改善させるはたらきがあります。
うつ病の妄想は統合失調症・双極性障害のそれと違い、必ずしもドーパミン過剰に伴って生じているわけではないのですが、臨床的には抗精神病薬は一定の効果があります。
そのため、早急に改善させた方が良いと考えられる妄想であれば、抗精神病薬を併用して妄想の改善を試みることもあります。
具体的には、第2世代の抗精神病薬を少量用いることが多いです。代表的な第2世代抗精神病薬には
・リスペリドン(商品名リスパダール)
・ブロナンセリン(商品名ロナセン)
・オランザピン(商品名ジプレキサ)
・クエチアピン(商品名セロクエル)
・アリピプラゾール(商品名エビリファイ)
などがあります。
また、ドーパミンをブロックする作用を持つ抗うつ剤を使用することもあります。
・アモキサピン(商品名アモキサン)
は古いお薬ですが、ドーパミン遮断作用を持った抗うつ剤であるため、妄想性うつ病にしばしば用いられます。