睡眠薬を服用している方というのは非常に多く、現代の日本では約20人に1人が睡眠薬を使っているという報告もあります。
現在主に用いられている睡眠薬には「ベンゾジアゼピン系」「非ベンゾジアゼピン系」などがあります。また近年少しずつ使用されるようになった安全性の高い睡眠薬として「メラトニン受容体作動薬」や「オレキシン受容体拮抗薬」などもあります。
いずれの睡眠薬も長所・短所があるため、自分の睡眠の状態に合わせて使い分ける必要があります。
一方で、昔は多く使われていたものの近年処方されなくなってきた睡眠薬に「バルビツール酸系睡眠薬」があります。
バルビツール酸系睡眠薬はその強力な効果から昔は広く処方されていました。しかし安全性の低さ(副作用の多さ)の問題から、現在では極力処方されない睡眠薬となってきています。近い将来、バルビツール酸系睡眠薬を目にする事はなくなるかもしれません。
バルビツール酸系睡眠薬は、その強力な副作用から極力使用すべきではない睡眠薬で、やむを得ず使用せざるを得ない際も、専門家の指示の元で細心の注意を払って使用すべきです。
ここではバルビツール酸系睡眠薬について、その作用機序や効果、副作用などの特徴について紹介していきます。
目次
1.バルビツール酸系睡眠薬のお薬一覧
まずバルビツール酸系睡眠薬にはどのようなお薬があるのかを、具体的なお薬の名前を挙げながら紹介させて頂きます。
現在、代表的なバルビツール酸系睡眠薬には以下のようなものがあります。
イソミタールは1950年に発売されたお薬で、強力な作用を持つ事で有名なバルビツール酸系の中でも最強と評価される事の多い睡眠薬です。作用時間は中程度で、服用してから2~4時間で血中濃度が最大になり、血中濃度が半分に落ちるまでは約20時間ほどです。
体感的には服用してから30分ほどで効果を感じ始め、4~6時間ほど効果が持続するといわれています。またレム睡眠を抑える作用が報告されており、夢や悪夢を和らげる作用が期待できます。
ラボナは1952年に発売されたお薬で、現在でも難治性の不眠症の方に根強い人気を持つお薬です。医学書によっては睡眠薬ではなく麻酔薬に分類される事もあるほどの強力な催眠作用を持ちます。服用してから約1時間で血中濃度が最大となり、血中濃度が半分に落ちるまでは15~50時間ほどかかります。
体感的には服用してから15~30分ほどで効果が表れ始め、効果の持続時間は4時間ほどになります。
ベゲタミンは1957年に発売されたお薬で、「配合錠」の名前の通り3つの成分が配合されているお薬です。その成分のうちの1つが「フェノバルビタール」というバルビツール酸系であるため、バルビツール酸系睡眠薬に分類されます。
ベゲタミンはフェノバルビタール以外にも、クロルプロマジン(商品名:コントミン)という統合失調症の治療薬、プロメタジン(商品名:ピレチア・ヒベルナ)という抗ヒスタミン薬が配合されています。
それぞれに期待される役割は、
- クロルプロマジン:幻覚・妄想などの統合失調症症状の改善
- プロメタジン:クロルプロマジンの副作用(錐体外路症状)の改善
- フェノバルビタール:不眠症状の改善
であり、本来は不眠を伴う統合失調症患者さんのお薬をまとめて1剤にして、服用の手間を省こうというお薬でした。統合失調症の治療ではお薬が大量になってしまう事があるため、大量処方による飲み間違いなどを減らすために「配合錠」が発売されたのです。
しかし強力な催眠作用を持つフェノバルビタールを含んでいるため、現在では統合失調症の治療薬というよりは、難治性の不眠症患者さんへ用いられるお薬になっています。
ベゲタミンにはAとBがありますが、これはそれぞれ含まれている成分量が異なります。簡単に言えばAの方がたくさんの量が含まれており、より強力な作用をもたらします。
2.バルビツール酸系睡眠薬の特徴
バルビツール酸系睡眠薬は現在ではほとんど用いられていません。難治性の不眠症患者さんにはわずかに用いられているのが現状ですが風当たりは強く、「処方すべきではない」「現代医療においては不必要なお薬だ」という意見が現在の主流です。
その理由は、
- 副作用が多く、またその程度も重い
- 時に命に関わるような重篤な副作用が生じる事もある
ためです。
バルビツール酸系睡眠薬の問題は、副作用の程度と頻度の多さにあります。
まるで麻酔をかけたかのように強力に眠らせるため、日中にも眠気やふらつき、集中力低下などを持ち越してしまうことがあり、これは事故などのリスクになります。
耐性や依存性も強く、漫然と服用を続けていると、いつの間にかお薬の量が大量になってしまい、またお薬から抜け出す事ができなくなってしまう可能性もあります。
【耐性】
その物質の摂取を続けていると、次第に身体が慣れてきてしまい、効きが悪くなってくる事。
【依存性】
その物質の摂取を続けていると、次第にその物質なしではいられなくなってしまう事。その物質がないと落ち着かなくなったりイライラしたり、発汗やふるえなどの離脱症状が出現するようになる。
そして一番怖いのが、時に命に関わるような重篤な副作用が生じる可能性がある点です。
致死性の不整脈や呼吸停止など、頻度は稀ではあるもののこのようなバルビツール酸系の副作用によって実際に命を落としてしまった方がいらっしゃるのです。
特に服用量が増えれば増えるほどこの重篤な副作用のリスクも高まります。バルビツール酸系には耐性もあるため、「バルビツール酸系睡眠薬の服用を始める」→「耐性形成によって服用量がどんどん多くなっていく」→「重篤な副作用が生じる」といった悪循環をきたす可能性があります。
バルビツール酸系睡眠薬は確かに効果は強力です。どんな睡眠薬を使っても眠れなかったという方が、バルビツール酸系を服用したら眠れるようになったというケースは少なくありません。
これを聞くと、不眠症で苦しんでいる方は「服用したい!」と思うかもしれません。しかしバルビツール酸系は強力な効果の代償に危険性が高い睡眠薬である事を理解しておかなければいけません。
以上からバルビツール酸系睡眠薬の特徴としては次のような点が挙げられます。
【バルビツール酸系睡眠薬の特徴】
・効果は強力
・副作用も多く、程度も強い
・耐性・依存性も強い
・時に命に関わるような重篤な副作用が生じる事もある
3.バルビツール酸系睡眠薬の作用機序
バルビツール酸系睡眠薬は、どのような作用によって眠りを導くのでしょうか。
バルビツール酸系睡眠薬は脳にあるGABA-A受容体という部位に結合して、そのはたらきを増強します。GABA-A受容体は「抑制系受容体」と呼ばれており、脳のはたらきを抑制するはたらきがあります。
より具体的には、GABA受容体(特にGABA-A受容体)のバルビツール酸系結合部位に結合します。
これによりGABA-A受容体が刺激されると、次の4つの作用をもたらします。
- 抗不安作用(不安を和らげる)
- 催眠作用(眠らせる)
- 筋弛緩作用(筋肉の緊張を取る)
- 抗けいれん作用(けいれんを抑える)
このうちの催眠作用が睡眠薬としてはたらきます。
ちなみにバルビツール酸系は今でもてんかんの治療薬として使われています(フェノバールなど)が、これはバルビツール酸系の作用のうち抗けいれん作用を利用したものになります。
現在用いられている睡眠薬であるベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系も、同様にGABA-A受容体のはたらきを強めるのが作用機序になりますが、これらとバルビツール酸系の作用機序はどう違うのでしょうか。
両者は確かに作用機序としては似ています。しかしバルビツール酸系はGABA-A受容体のバルビツール酸系結合部位に結合するのに対して、ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系はGABA-A受容体のベンゾジアゼピン系結合部位に結合します。
バルビツール酸系結合部位に結合した方が強力にGABA受容体を刺激するため、バルビツール酸系は強力な催眠効果と強力な副作用が生じるのです。
4.睡眠薬の歴史
バルビツール酸系は1950年ごろより使用されるようになってきた睡眠薬です(世界的には1920年ごろから用いられています)。
バルビツール酸系睡眠薬は、睡眠薬の中ではどのような位置付けなのでしょうか。また他の睡眠薬はどのような位置付けになるのでしょうか。
バルビツール酸系睡眠薬は、もっとも古い睡眠薬になります。開発された時には他に効果的な睡眠薬がほとんどなかったため、バルビツール酸系は瞬く間に広まりました。
しかしバルビツール酸系睡眠薬は強力な催眠効果がある一方で副作用も強力でした。耐性や依存性も形成されやすいし、あやまって大量に服薬すると最悪死亡してしまうようなリスクもありました。
確かに良く効くんだけど、危険性も高いというお薬だったのです。
これでは困るため、もっと安全な睡眠薬が求められてきました。
それで開発されたのがベンゾジアゼピン系睡眠薬です。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、1960年頃から使われるようになりました。バルビツール酸系ほどではありませんが、まずまずしっかりした効果があり、耐性・依存性や眠気などの副作用は生じうるもののバルビツール酸系と異なり重篤な副作用はほとんど生じないという安全性の高さから、これも瞬く間に不眠症治療の主役に躍り出ました。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の発売からすでに50年以上が経っていますが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬はいまだに臨床で幅広く処方されています。
1980年頃になると、より副作用の少ない睡眠薬の研究が進み、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が開発され発売が始まりました。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、ベンゾジアゼピン系とほぼ同等の効果がありながら、日中の眠気・ふらつきといった副作用が軽減されており、これもよく処方されるようになりました。
最近では、メラトニン受容体作動薬(商品名:ロゼレム)やオレキシン受容体拮抗薬(商品名:ベルソムラ)という全く作用機序の異なる新しいタイプの睡眠薬も出てきています。
これらは効果は穏やかであるものの、耐性や依存性がなく安全性が高いという特徴があり、今後の不眠症治療の主役を担う可能性を秘めています。
5.バルビツール酸系睡眠薬で気を付けること
バルビツール酸系は基本的には服用すべきでない睡眠薬になります。しかしやむを得ず服用してしまっている場合、気を付けていただきたい事をお話しさせていただきます。
まず睡眠薬であるため、当然眠くなります。そのため、内服後に歩き回ってしまうとふらついて転倒したりする危険があります。特にバルビツール酸系は麻酔のように強力に眠りを導きますので、服薬後はすぐにベットに入り動き回らないようにする必要があります。
またバルビツール酸系はアルコールと相性が悪いため、絶対に併用してはいけません。アルコールとバルビツール酸系は作用機序が似ている点があるため、お互いの作用を強めあってしまいます。
両者を併用すると、いつもよりお酒が回りやすくなったり、睡眠薬が効きすぎたりしてしまいます。お互いの作用が強まった状態になるため、耐性や依存もより急速に形成されてしまいますし、バルビツール酸系の血中濃度が中毒域に容易に入ってしまい、重篤な副作用が生じるリスクが高まってしまいます。
またバルビツール酸系睡眠薬の使用は極力短期間に留めるべきです。服用量も出来るだけ少なくし、理想的には1週間以内、長くても1カ月以内には服用を中止するようにしましょう。バルビツール酸系は「一時的に使うお薬」であり、「ずっと飲むもの」ではありません。
人間の「眠る力」というのは、病気などによって一時的に弱まることはあっても、無くなってしまうことはありません。睡眠薬は眠る力が弱まってしまった時に一時的に使う、あくまでも補助的なお薬なのです。
症状が改善してきたら、定期的に「やめれないか」「減薬できないか」を検討するようにし、漫然と使い続けないようにしましょう。漫然と使っていると、すぐに耐性がついてしまい、お薬が効きにくくなっていきます。そうなると服用量がどんどん増えてしまいます。
またすぐに依存性も形成されていきます。睡眠薬がないと居ても立っても入れらなくなり、睡眠薬に支配された生活となってしまいます。不眠の治療をしていたはずなのに、いつのまにか「依存症」という別の病気になってしまいます。
最後にバルビツール酸系は治療指数の低いお薬だと知っておかなければいけません。治療指数が低いというのは、お薬の適正な血中濃度と危険な血中濃度が近いという事で、「服用量を少し間違えただけで重篤な副作用が出る」可能性があるお薬だという事です。
例えばベンゾジアゼピン系睡眠薬などは、例え数十錠を一気に服用してもそれで命を落とす事はまずありません。しかしバルビツール酸系では、数十回分を一気に飲めば、命を落とすような重篤な副作用が生じてしまう可能性があるのです。
服用量には細心の注意を払い、服用量を決して間違えないようにしてください。
6.バルビツール酸系以外にはどんな睡眠薬があるのか?
睡眠薬は、バルビツール酸系以外にもいくつかの種類があります。代表的なものを紹介します。
バルビツール酸系は極力使わず、睡眠薬が必要な際もこれらの睡眠薬を検討するようにしましょう。
Ⅰ.ベンゾジアゼピン系
バルビツール酸系睡眠薬の副作用の危険性から、「安全性の高い睡眠薬を」と期待されて開発されたお薬です。1960年頃から使われるようになりました。
作用機序はバルビツール酸系と似ていて、脳の神経にあるGABA-A受容体という受容体のはたらきを強める作用を持ちます。
バルビツール酸系がGABA-A受容体のバルビツール酸系結合部位に結合する事で強力にGABA-A受容体のはたらきを強めるのに対し、ベンゾジアゼピン系はGABA-A受容体のベンゾジアゼピン系結合部位に結合する事で穏やかにGABA-A受容体のはたらきを強めます。
これによりバルビツール酸系よりも緩やかな、
- 抗不安作用(不安を和らげる)
- 催眠作用(眠らせる)
- 筋弛緩作用(筋肉の緊張を取る)
- 抗けいれん作用(けいれんを抑える)
を発揮します。
耐性や依存性の形成も認めるものの、結合が穏やかな分バルビツール酸系よりは弱く安全性に優れます。
ベンゾジアゼピン系は催眠作用のみならず、抗不安作用や筋弛緩作用を併せ持つものもあり、これらの作用は日中のふらつきや転倒のリスクになることもありますが、筋肉の緊張をほぐしてくれたり、日中の不安感を軽減させてくれるというメリットになる事もあります。
ちなみにベンゾジアゼピン系睡眠薬には、次のようなお薬があります。
睡眠薬 | 最高濃度到達時間 | 作用時間(半減期) |
---|---|---|
ハルシオン | 1.2時間 | 2.9時間 |
レンドルミン | 約1.5時間 | 約7時間 |
リスミー | 3時間 | 7.9-13.1時間 |
デパス | 約3時間 | 約6時間 |
サイレース/ロヒプノール | 1.0-1.6時間 | 約7時間 |
ロラメット/エバミール | 1-2時間 | 約10時間 |
ユーロジン | 約5時間 | 約24時間 |
ネルボン/ベンザリン | 1.6±1.2時間 | 27.1±6.1時間 |
エリミン | 2-4時間 | 12-21時間 |
ドラール | 3.42±1.63時間 | 36.60±7.26時間 |
ダルメート/ベジノール | 1-8時間 | 14.5-42.0時間 |
ソメリン | 1時間 | 24-42時間 |
即効性(最高濃度到達時間)、作用時間(半減期)に様々な特性を持つお薬が幅広く揃っているのが特徴です。
Ⅱ.非ベンゾジアゼピン系
ベンゾジアゼピン系とは異なる構造を持つお薬なのですが、その作用機序はベンゾジアゼピン系と似ています。そのため「ベンゾジアゼピン系類似薬」と呼ばれることもあります。
商品名としては、マイスリー、アモバン、ルネスタなどがあります。
ベンゾジアゼピン系よりも催眠作用に特化した睡眠薬で、そのために副作用もベンゾジアゼピン系睡眠薬より若干少ないと言われています。
ベンゾジアゼピン系結合部位には
〇 催眠作用に関係するω1受容体
〇 筋弛緩作用、抗不安作用に関係するω2受容体
の2つがあるのですが、非ベンゾジアゼピン系はω1受容体に選択的に結合しやすいという特徴があります。
そのため催眠作用はしっかりあるけども、筋弛緩作用や抗不安作用はほとんどなく、ふらつきなどの副作用が起こりにくいのです。
また耐性や依存性もベンゾジアゼピン系睡眠薬より若干少ないのではないかという意見もあります。
Ⅲ.メラトニン受容体作動薬
メラトニンという物質に似たはたらきをすることで自然な眠りを後押しするお薬です。
商品名としてはロゼレムがあります。
夜に暗くなると、脳の松果体という部分からメラトニンというホルモンが分泌されます。分泌されたメラトニンは同じく脳の視交叉上核というところにあるメラトニン受容体にくっつきます。すると私たちは眠気を感じます。
ということは、メラトニン受容体を刺激してあげれば眠くなるのではないか、というのがこのお薬の作用です。
このお薬の特徴は、「自然な眠りを後押ししてくれる」ことです。薬で強制的に眠らせるわけではなく、あくまでも自然な機序に沿って眠気を起こしているため、安全性が非常に高いと言われています。
そのため、耐性や依存性もありません。
しかし効果は強くはなく、中には1か月ほど服薬を続けないと効果を感じられない場合もあります。
Ⅳ.オレキシン受容体拮抗薬
人を覚醒させるホルモンである「オレキシン」を阻害するお薬です。
商品名としてはベルソムラがあります。
オレキシンは覚醒状態を保つはたらきがあると言われています。
ナルコレプシーという病気があります。この病気は「眠り病」とも呼ばれており、突然意識が落ちて眠ってしまうという症状があります。そしてナルコレプシーは、オレキシンの欠乏で生じていることが分かっています。
ということは、オレキシンのはたらきをジャマすれば人は眠くなるのでは、というのがこのお薬の作用機序です。
効果は前述のメラトニン受容体作動薬よりは強いのですが、ベンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系睡眠薬ほどではありません。
ただし耐性や依存性はほとんど形成しないため安全性は高く、効果と副作用のバランスは優秀なお薬です。