シクレスト舌下錠(一般名:アセナピン)は2016年に発売された抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。副作用の少ない第2世代の抗精神病薬(非定型抗精神病薬)に属します。
日本では2016年に発売されましたが、海外では日本より少し早く2011年から使われています。
シクレストは舌下錠という抗精神病薬では珍しい剤型になります。飲み込むのではなく舌の下に置いて溶かすという服用法であり慣れない方にはデメリットとなりますが、一方で即効性が期待できるなどのメリットもあります。
ここではシクレストの効果や特徴、どんな作用機序を持っているお薬でどんな人に向いているお薬なのかを紹介していきます。
1.シクレストの効果の特徴
シクレストはどんな特徴を持った抗精神病薬なのでしょうか。まずはその特徴を紹介します。
【良い特徴】
- 陽性症状(幻覚・妄想)を抑える作用は強め
- 陰性症状(無為・自閉)・気分安定にも効果がある
- 体重増加、血糖値上昇が起きにくい(MARTAで唯一、糖尿病に使える)
- 抗コリン作用(口渇、便秘など)が極めて少ない
- 舌下錠であり即効性が期待できる
【悪い特徴】
- 服用時にしびれ感や苦みがある
- 眠気がやや多め
- 舌下錠であり、普通の飲み薬の服用法が異なる
シクレストは抗精神病薬(統合失調症の治療薬)ですが、抗精神病薬の中でも「MARTA(多元受容体作用抗精神病薬)」という種類に属します。MARTAはその名の通り様々な受容体に幅広く作用する抗精神病薬で、幅広い効果が得られるのが特徴です。
統合失調症の症状である幻覚や妄想(陽性症状)を抑える作用だけでなく、陰性症状を改善させる作用もあります。気分の波を安定させたり、眠りの質を改善したりといった様々な良い作用もありますが、一方で体重が増えやすかったり、血糖値を挙げてしまったり、抗コリン作用(口渇や便秘など)が出やすかったりと副作用も幅広く生じてしまいます。
*陽性症状・・・幻覚や妄想などの統合失調症の代表的な症状。本来ないものが存在するように感じる症状を陽性症状と呼ぶ。
*陰性症状・・・感情が平板化したり、無為自閉など気力なく過ごすようになる統合失調症の代表的な症状。本来あるべきもの(感情や意欲など)がなくなってしまう症状を陰性症状と呼ぶ。
MARTAにはシクレストの他にも、
などがあります。
またMARTAと同じく良く使われている統合失調症治療薬にSDA(セロトニン-ドーパミン拮抗薬)があります。SDAはMARTAのようにたくさんの受容体に結合せず、ドーパミン受容体とセロトニン受容体に比較的特化して結合するのが特徴です。結合する部位が特化している分、作用の範囲も狭く、特定の症状のみを改善させる傾向があります。
SDAは幻覚や妄想を抑える作用には優れるものの、気分安定作用や眠りの質を改善させる作用はどはMARTAに劣ります。しかし体重増加や口渇・便秘などの抗コリン作用も少なくなります。
ざっくりと言えば、幅広く効くMARTAと一点集中型のSDAという事が出来るでしょう。
シクレストは基本的にはMARTAになりますので、様々な受容体に結合する特徴があります。しかしMARTAの中では、
- ドーパミン受容体に結合して幻覚・妄想を改善させる作用が強い
- セロトニン受容体に結合して気分安定作用もしっかりしている
- ムスカリン受容体に結合しにくく、抗コリン作用(口喝、尿閉など)が生じにくい
と比較的SDA寄りの特徴を持っています。
MARTAは抗ヒスタミン作用により体重増加が生じたり、糖尿病を悪化させるものが多いのですが、シクレストは体重増加や糖代謝異常などの副作用は少なめです。また最大の特徴は抗コリン作用がほとんど生じない点で、これは他のMARTAとの大きな違いになります。
デメリットとしては、服用時に口の中のしびれ感や苦みが生じる点が挙げられます。これは服用した約半数ほどの方に生じる副作用で、1割ほどの方はこの不快感によって服用を中止してしまう印象があります。
シクレストはMARTAの中ではドーパミンへの作用が強いため、他のMARTAよりも幻覚・妄想を改善させる作用に優れる一方で錐体外路症状というドーパミン系の副作用が生じやすいのもデメリットです。MARTAは錐体外路症状が極めて少ない事がウリの1つですが、シクレストにそれは当てはまりません。
*錐体外路症状(EPS)・・・薬物によってドーパミン受容体が過剰にブロックされることで、パーキンソン病のようなふるえ、筋緊張、小刻み歩行、仮面様顔貌、眼球上転などの神経症状が生じる。
また舌下錠というやや特殊な剤型であるのもデメリットになりえます。舌下錠は、舌下にお薬を乗せる事で舌下から体内に吸収させるお薬で、即効性に優れるというメリットがありますが、ただ飲むだけの錠剤と比べるとやや飲み心地の好みが別れます。
舌下錠として良く使われるお薬として、狭心症発作が出現した時に用いられる「ニトロペン舌下錠」があります。狭心症は心臓を栄養する血管(冠動脈)が狭くなってしまい心臓が悲鳴を挙げている状態です。すぐに血管を広げてあげないと重篤な事態になってしまう可能性が高いため、使われるお薬は即効性に優れるものでないといけません。
このようなケースで重宝するのが舌下錠です。舌下錠は舌下から直接体内に吸収されるため効果が発現するのが速いのです。
シクレストもこれと同じく即効性が期待できますので、即効性が必要な場面では役立つ可能性があります。
しかし舌下で溶かして吸収させるという飲み方が慣れない方にはデメリットにもなります。統合失調症の治療薬は基本的には長く飲むものですので、飲み心地も大切になってくるからです。
ちなみにシクレストは何故舌下錠なのでしょうか。これはシクレストはそのまま飲み込んでしまうと、体内で作用を発揮する前にほとんどが肝臓で代謝(≒分解)されてしまう性質を持っているためです。舌下から吸収させれば肝臓を通過しないため代謝されずに済むため、舌下錠になっています。
つまり飲み薬にしてしまうと効果がなくなってしまうため、やむを得ず舌下錠になっているという事なのです。
2.シクレストの作用機序
シクレストはどのような作用機序によって統合失調症の症状を改善させているのでしょうか。
抗精神病薬はドーパミンはたらきを遮断(ブロック)するのが主なはたらきです。具体的にはドーパミンが作用する部位である「ドーパミン受容体」をブロックすることで、ドーパミンのはたらきをジャマします。どの抗精神病薬もこのはたらきを持っています。
統合失調症は脳のドーパミンが過剰に放出されることが原因だという説があり、これは「ドーパミン仮説」と呼ばれています。ほとんどの抗精神病薬はこのドーパミン仮説に基づき、ドーパミンの放出量を抑えるはたらきを持ちます。
シクレストは主にドーパミン2受容体とセロトニン2A受容体をブロックし、ドーパミンの放出量を減らします。また、それ以外にもセロトニン2C受容体、ヒスタミン1受容体、アドレナリン受容体など、様々な受容体をブロックする事で様々な効果を発揮します。
それぞれの受容体をブロックする事によって得られる効果や副作用を簡単に紹介します。
ドーパミン2受容体のブロックは、幻覚妄想などを改善する作用を持ちます。また一方で過剰な遮断は、錐体外路症状や高プロラクチン血症といった副作用の原因にもなります。
セロトニン2A受容体の遮断は、陰性症状(無為、自閉、感情平板化など)を改善する作用を持ちます。また、錐体外路症状の発現を抑えるはたらきもあることが報告されています。
その他の受容体の作用としては、
- アドレナリン1受容体のブロック:ふらつき、射精障害
- ヒスタミン1受容体のブロック:体重増加、眠気
- セロトニン2C受容体のブロック:気分安定作用、体重増加
このような作用があり、これは主に副作用として現れます。
(シクレストの副作用は、また別記事で詳しく紹介します)
シクレストは、ある特定の受容体だけを選択的にブロックするのではなく、このように様々な受容体をブロックし、これがシクレストをはじめとしたMARTAの特徴になります。
ただしシクレストは他のMARTAと比べると、
- ドーパミン受容体とセロトニン2A受容体をブロックする作用が強い
- ムスカリン受容体はほとんどブロックしない
という特徴があります。
抗精神病薬にもいくつかの種類がありますが、例えばリスパダールのようなSDAは、ピンポイントでドーパミンをブロックするため、幻覚妄想に対する効果に優れます。しかしドーパミンをブロックしすぎてしまう可能性もあり、それによる副作用(錐体外路症状や高プロラクチン血症など)の可能性も高くなります。
ジプレキサのようなMARTAは、ドーパミンだけでなく様々な物質をブロックするため、幻覚妄想に対する効果は弱くなりますが、その分他の物質をブロックする効果も得られます。またそれぞれの物質をブロックしすぎるリスクも減るため、上記のような副作用は少なくなります。
どちらにも一長一短ありますが、シクレストはMARTAに属しながらもSDAとMARTAのちょうど中間くらいの性質を持ったバランス型の抗精神病薬と言えるでしょう。
3.シクレストの適応疾患
添付文書にはシクレストの適応疾患として、
統合失調症
が挙げられています。
臨床現場でも主な用途は添付文書の通り、統合失調症です。統合失調症の中でも、
- 幻覚・妄想といった陽性症状が強めの方
- 抗コリン作用(口渇・尿閉)を生じさせなくない方
- 血糖値が上がると困る方、体重が増えると困る方
- 舌下錠でも問題なく服用できる方
などに用いられます。
また双極性障害にも効果が期待でき、実際に海外では双極性障害も適応疾患になっています。日本でもゆくゆくは適応疾患に追加されるでしょう。気分を安定させる作用にも優れるシクレストは双極性障害にも有効なのです。
また眠気の副作用を逆手にとって、不眠症の方に使われることもあります。
また、うつ病にも使われることもあります。抗うつ剤のみでは改善が不十分なうつ病患者さんに対して、第2世代抗精神病薬を少量加える治療法を増強療法(Augmentation)と呼びます。増強療法には、リスパダールやジプレキサ、エビリファイなど様々な第2世代抗精神病薬が用いられます。シクレストもこれと同じく増強療法として用いる事で効果が期待できます。
4.抗精神病薬の中でのシクレストの位置づけ
抗精神病薬には多くの種類があります。その中でシクレストはどのような位置づけになっているのでしょうか。
まず、抗精神病薬は大きく「第1世代」と「第2世代」に分けることができます。第1世代というのは「定型」とも呼ばれており、昔の抗精神病薬を指します。第2世代というのは「非定型」とも呼ばれており、最近の抗精神病薬を指します。
第1世代として代表的なものは、セレネース(一般名:ハロペリドール)やコントミン(一般名:クロルプロマジン)などです。これらは1950年代頃から使われている古いお薬で、強力な効果を持ちますが、副作用も強力です。
特に錐体外路症状と呼ばれる神経症状の出現頻度が多く、これは当時問題となっていました。また、悪性症候群や重篤な不整脈など命に関わる副作用が起こってしまうこともありました。
そこで、副作用の改善を目的に開発されたのが第2世代です。第2世代は第1世代と同程度の効果を保ちながら、標的部位への精度を高めることで副作用が少なくなっているという利点があります。
第2世代として代表的なものが、SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)であるリスパダール(一般名:リスペリドン)やMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)と呼ばれるジプレキサ、DSS(ドーパミン部分作動薬)と呼ばれるエビリファイ(一般名:アリピプラゾール)などです。
現在では、まずは副作用の少ない第2世代から使用することがほとんどであり、第1世代を使う頻度は少なくなっています。第1世代が使われるのは、第2世代がどうしても効かないなど、やむをえないケースに限られます。
非定型の中の位置づけですが、SDA、MARTA、DSSそれぞれの特徴として、
SDA
【該当薬物】リスパダール、ロナセン、ルーラン
【メリット】幻覚・妄想を抑える力に優れる
【デメリット】錐体外路症状、高プロラクチン血症が多め(定型よりは少ない)
MARTA
【該当薬物】ジプレキサ、セロクエル、シクレスト、(クロザピン)
【メリット】幻覚妄想を抑える力はやや落ちるが、鎮静効果、催眠効果、抗うつ効果などに優れる
【デメリット】太りやすい、眠気が出やすい、血糖が上がるため糖尿病の人には使えない(シクレストは除く)
DSS
【該当薬物】エビリファイ
【メリット】上記2つに比べると穏やかな効きだが、副作用も全体的に少ない
【デメリット】アカシジアが多め
といったことが挙げられます。
(*クロザピンは効果が強力である代わりに重篤な副作用が起こる可能性があるおくすりのため、特定の施設でしか処方できません。)
シクレストはMARTAに属するため、基本的にはMARTAの特徴を持っています。しかしMARTAの中では、ドーパミンをブロックする作用が強く、幻覚妄想を改善する作用に優れます。また他のMARTAほど血糖値上昇や体重増加を来たさず、抗コリン作用(口渇や尿閉など)もほとんど生じません。
つまり実情としては、MARTAに属しながらもSDAよりの傾向を持つお薬になります。
5.シクレストが向いている人は?
シクレストの効果の特徴をもう一度みてみましょう
【良い特徴】
- 陽性症状(幻覚・妄想)を抑える作用は強め
- 陰性症状(無為・自閉)にも効果がある
- 体重増加、血糖値上昇が起きにくい
- 抗コリン作用(口渇、便秘など)が極めて少ない
- 舌下錠であり即効性が期待できる
【悪い特徴】
- 服用時にしびれ感や苦みがある
- 眠気がやや多め
- 舌下錠であり、普通の飲み薬の服用法が異なる
また、第2世代の間で比較すると、
- 他のMARTAと比べると、抗コリン作用や体重増加が少ない
- 他のMARTAと比べると、幻覚・妄想の改善に優れる
- MARTAでありながら糖尿病の方にも使える(他のMARTAは禁忌)
- 舌下錠である
- 服用時にしびれ・苦味がある
という特徴があります。
そのため、シクレストは、
- 幻覚・妄想といった陽性症状が強めの方
- 抗コリン作用(口渇・尿閉)を生じさせなくない方
- 血糖値が上がると困る方(糖尿病の方)、体重が増えると困る方
- 舌下錠でも問題なく服用できる方
に向いているのではないでしょうか。
また臨床の実感としては、服用時の「口の中のしびれ・苦味」を感じる方が多く、だいたい半数くらいの方はこれらの副作用を感じ、約1割ほどの方はこの副作用のために服用を継続できない印象があります。
どのお薬にも一長一短あります。自分にどのお薬が合っているのかは主治医とよく相談して、慎重に判断するようにしましょう。