悪性症候群って何ですか?

悪性症候群

お薬は、身体に何らかの変化を引き起こす物質です。その変化が好ましいものであれば作用となりますが、好ましくないものであれば副作用となります。

身体に何らかの変化を引き起こすものである以上、どのようなお薬にも作用もあれば副作用もあります。

精神に作用するお薬(向精神薬)もこれは同様で、気持ちを落ち着かせたり、興奮や幻覚・妄想といった症状を抑えるという「作用」もある一方で、体重が増えたり、手足の震えが出たり、眠気がひどくなったりといった「副作用」も生じる可能性があります。

向精神薬で知っておくべき重篤な副作用の1つに「悪性症候群」があります。悪性症候群はほぼすべての向精神薬で生じる可能性があります。

生じる頻度は稀で、適切に服用していれば滅多に生じる事はありませんが、非常に怖い副作用であるため、向精神薬を服薬している方は悪性症候群というものを知っておく必要があります。

悪性症候群とはどのような副作用なのでしょうか。どのような時に生じやすくて予防策としてはどのような方法があるのでしょうか。

ここでは悪性症候群について詳しく説明させて頂きます。

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1.悪性症候群とは?

悪性症候群(NMS:Neuroleptic Malignant Syndrome)は、精神に作用するお薬(向精神薬)で生じる可能性のある副作用の1つです。

生じる頻度は極めて稀ですが、適切な治療をせずに放置してしまうと命の関わることもある危険な副作用であり、絶対に見逃してはいけない副作用の1つです。

まずは悪性症候群というものがどのような副作用なのかについて理解していきましょう。

Ⅰ.悪性症候群が生じる原因は何か

悪性症候群が生じる原因の全ては明確に解明されているわけではありません。

しかし発症に「ドーパミン」が関係しているのは間違いありません。ドーパミン系に影響するお薬を服用する事によって身体の中のドーパミン量が急激に変化する事が原因なのではないかと考えられています。

その証拠として、悪性症候群は向精神薬の中でも特にドーパミンに作用する「抗精神病薬」で生じやすく、その他の向精神薬においても、ドーパミン系に作用するお薬ほど発症頻度が高くなっています。

また向精神薬以外でもドーパミン系に作用するお薬には、稀ながら悪性症候群の報告があります。

Ⅱ.どのようなお薬が悪性症候群の原因となるのか

精神科領域ではどのようなお薬が悪性症候群の原因となるのでしょうか。

前項で説明した通り、悪性症候群が発症する原因の1つは「ドーパミン」です。

そのため悪性症候群は、ドーパミン受容体をブロックする事でドーパミンのはたらきを抑えるお薬である抗精神病薬で多く認められます。

抗精神病薬というのは、主に統合失調症の治療に使われるお薬の事です。統合失調症では、幻覚や妄想・興奮といった症状は脳のドーパミン量が過剰になってしまう事で生じると考えられています。

抗精神病薬は統合失調症の脳で過剰になっているドーパミンのはたらきを抑える事で、幻覚・妄想などを改善させるのです。

抗精神病薬の中でも、第一世代と言われる古い抗精神病薬では悪性症候群はより生じやすくなります。

代表的な第一世代としては、

  • コントミン、ウインタミン(一般名:クロルプロマジン)
  • セレネース(一般名:ハロペリドール)

などがあります。

また、その他の向精神薬である、

  • 抗うつ剤
  • 気分安定薬(躁うつ病の治療薬)
  • 抗不安薬
  • 睡眠薬

でも頻度は極めて稀ながら悪性症候群は生じる可能性があり、精神科のお薬のほとんどで生じうる副作用であると言えます。

また精神に作用するお薬以外でも、ドーパミンに作用するお薬であれば悪性症候群が生じる可能性はあります。

例えば、

  • パーキンソン病の治療薬
  • 制吐剤(吐き気止め)

にも、悪性症候群の報告があります。

パーキンソン病は脳(中脳黒質)のドーパミン量が減少する事によって生じます。そのため治療薬としては、ドーパミン製剤である「レボドパ」を投与したり、ドーパミン受容体を刺激するようなお薬を投与します。

ドーパミン系に影響を与えるお薬であるため、悪性症候群が生じる可能性があります。

制吐剤の中には、消化管に存在するドーパミン受容体をブロックする作用を持つものがあります。これらのお薬もドーパミン系に影響を与えるため、悪性症候群が生じる可能性があります。

Ⅲ.悪性症候群ではどのような症状が生じるのか

悪性症候群では、どのような症状が生じるのでしょうか。

悪性症候群で生じる代表的な症状には、

  • 高熱(38度以上)
  • 意識障害(意識がボーッとしたり、無くなったりすること)
  • 錐体外路症状(筋肉のこわばり、四肢の震えや痙攣、よだれが出たり話しずらくなる)
  • 自律神経症状(血圧が上がったり、呼吸が荒くなったり、脈が速くなったりする)
  • 横紋筋融解(筋肉が破壊されることによる筋肉痛・腎障害)

などがあります。

これらのすべてが必ず認められるわけではなく、いくつかが当てはまれば悪性症候群と診断されます。

悪性症候群は放置してしまうと命の関わる危険な副作用ですので、迅速で適確な診断が求められます。

悪性症候群の診断基準がいくつかありますが、アメリカ精神医学会が出版しているDSM-Vに「神経遮断薬悪性症候群診断基準」として記載されている他、Levensonらの診断基準、Popeらの診断基準、Caroffらの診断基準がよく用いられます。

Ⅳ.悪性症候群はどのような時に起こるのか

悪性症候群が生じるのはどのような時なのでしょうか。

悪性症候群は、ただドーパミンに影響を与えるお薬を服用していたら生じるというものではなく、生じやすいタイミングがあります。

悪性症候群は、身体のドーパミンの量が急に増減した時に生じやすい事が知られています。

つまり、ドーパミン量に影響を与えるお薬を急に増やしたり、あるいは急に減らしたり中断してしまった時に生じやすいという事です。更に脱水などによって血液中の水分が失われ、お薬の血中濃度が急激に上昇してしまう事も発症の原因となりえます。

私たち精神科医が向精神薬を少しずつ増やして少しずつ減らすのは、実は悪性症候群を起こさないようにという理由もあるのです。また患者さんの判断で勝手にお薬をやめたり、増減してはいけないのも、ここにも理由があります。

では、このようにドーパミン量に影響を与えるお薬を増減してからどのくらいで悪性症候群は生じうるのでしょうか。

Caroffらは発症時期に関して、悪性症候群は原因であるお薬を増減して、

  • 24時間以内に発症する例が16%
  • 24時間以降~1週間以内に発症する例が50%
  • 1週間以降~30日以内に発症する例が30%
  • 30日以降に発症する例が4%

と報告しています。この報告によれば、1週間以内に発症することが多い事が分かります。臨床現場の印象としても、お薬を調整してから数日~1週間以内に発症することが多いと感じます。

2.悪性症候群はどのくらいの確率で生じるのか

悪性症候群は最悪の場合、命に関わる可能性もある危険な副作用です。

このような副作用が生じる可能性があるお薬と聞くと、服用するのが怖くなってしまうかもしれません。

では向精神薬はどのくらいの頻度で悪性症候群を引き起こすのでしょうか。

頻度はお薬の種類によって異なりますが、全体的に見て悪性症候群は頻度が非常に稀な副作用です。

Caroffらが1993年にした報告では、悪性症候群の頻度は0.2%と報告されており、またAdityanjeeらが1999年にした報告では、悪性症候群の頻度は0.07~2.2%と報告されています。

この数字だけみると、「頻度が少ないと言っても1000人に2人に発症するならあり得ない話ではない」と心配になるかもしれません。

しかし悪性症候群は、現在使われているような安全性の向上した向精神薬を、適正に服用している限りではほとんど生じないと考えてよいものです。

悪性症候群は確かに、1950年頃から使われている第1世代抗精神病薬では、頻度は稀ながらも起こりうる副作用でした。しかし1990年頃から副作用を軽減した第2世代抗精神病薬が発売され、悪性症候群が生じる頻度は少なくなりました。

現在、悪性症候群に遭遇するのは、「明らかに問題のある服用法」をして発症している事がほとんどです。

例えば、お薬を飲むのがイヤになってしまった患者さんが抗精神病薬をいきなり全部中止してしまったとか、風邪を引いて体調を崩し、数日抗精神病薬を自己判断で中止してしまったとかです。

医師の指示通りに服薬していれば滅多に起きる副作用ではありません。

一点、特に高齢者の方などで注意しないといけないのは、脱水などによってお薬の血中濃度が急激に上昇してしまうと、たとえ適正にお薬を服用していても悪性症候群が発症してしまう事があります。

水分をしっかりとるのは大切な事ですが、抗精神病薬などを服用している方はとりわけ注意する必要があります。

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3.悪性症候群を起こさないための予防法

悪性症候群は可能な限り発症しないよう、予防すべき副作用です。

頻度は低いものの、発症してしまった場合は命に関わる可能性もあるものだからです。

悪性症候群が起こる機序は明確には解明されていませんが、ドーパミンに影響を与えるお薬を急激に増減する事が契機になっていることは間違いありません。

つまり、急にお薬を増やしたり、あるいは急にお薬をやめたりしてしまう事は危険だということです。

精神科でお薬を処方された場合、少量から始まって、少しずつ増えていくとが多いと思います。これは悪性症候群を起こさないためでもあります。また減薬時もお薬の量は徐々に減らしていきますが、これも同じ理由です。

患者さんとしては、調子が悪い時は「早くお薬を増やして欲しい」と感じるかもしれませんし、調子が良くなってきたら「精神科のお薬なんて一刻も早くやめたい」と思うかもしれません。

しかし必要以上に焦ってお薬を増減すると、悪性症候群を引き起こす可能性がある事は知っておいて欲しいと思います。また患者さんが自己判断で急にお薬を辞めてしまうことは、悪性症候群の原因になりうるため絶対にすべきではありません。

悪性症候群は、私たち精神科医にとって最も怖い副作用のひとつです。私たちは悪性症候群を起こさないように細心の注意を払いながら抗精神薬を処方しています。

主治医の指示をしっかりと守り、お薬の増減は医師の指示のもとで少しずつ安全に行うことが悪性症候群の何より重要な予防法です。

また体調不良など何らかの理由によってお薬が飲めない事が続いた時は、自己判断で様子を見るのではなく、必ず主治医に連絡をとって服用の相談をしてください。

またお薬を適正に服用していたとしても、身体の水分が少ない状態(脱水状態)になると、血液中の水分も失われるため、お薬の血中濃度が急激に上昇します。

これも悪性症候群発症の原因となるため、向精神薬などドーパミンに作用するお薬を服用している間はとりわけしっかりと水分を摂取するよう意識しておきましょう。

4.悪性症候群の治療法は

もし悪性症候群が発症してしまったら、どのように治療されるのでしょうか。

悪性症候群は命に関わる可能性もある副作用のため、原則として入院による治療が行われます。

まず原因とされるお薬を中止しますが、急に中止するとそれがまた悪性症候群の引き金になってしまうため、中止の判断は精神科医の慎重な判断のもとで行われます。

入院中は、点滴による水分補給をしっかりと行います。脱水状態はお薬の血中濃度を上げ、悪性症候群の引き金となってしまいますし、また水分が足りないと悪性症候群による横紋筋融解症によって腎障害を引き起こし腎不全に至ってしまう事もあります。

悪性症候群によって筋肉のこわばりがあまりに強く出現している場合は、ダントロレンと呼ばれる筋弛緩薬を使うこともあります。しかしダントロレンにも副作用がありますので、その適応も精神科医が慎重に判断します。

昔は、悪性症候群というと死亡率の高い副作用でした。しかし、現在では悪性症候群を引き起こすお薬も少なくなり、また生じても以前ほど重篤にならないお薬になってきているため、悪性症候群による死亡率も低下してきています。

しかし命を落とす可能性がありうる副作用である事に変わりはありませんので、出来る限り早期に発見し、適切な対処(入院加療など)を行うことが重要になってきます。

そのために大切な事は、「精神科のお薬は非常に稀だが悪性症候群を引き起こすことがある」ということを患者さん自身も知っておく事です。

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