睡眠薬を服用している方というのは非常に多く、ある報告によれば約20人に1人が睡眠薬を使っているとも言われています。そして多く使われている睡眠薬の1つに「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」があります。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はその効果の良さと安全性の高さから、精神科・心療内科のみならず内科・産婦人科・整形外科など幅広い科で処方されているお薬になります。
しかし多くの方が使っているお薬であるのにも関わらず、その効果や特徴、服用の注意点などについてしっかりと理解している方は少ないように感じます。
お薬は正しく使えば私たちを助けてくれるものですが、誤った使い方をすると身体に害を及ぼす事もあります。そのため服用する患者さん自身もお薬についてある程度の情報は知っておくべきになります。
ここでは非ベンゾジアゼピン系睡眠薬について、その作用機序や効果、副作用などの特徴について紹介していきます。
目次
1.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬のお薬一覧
まず非ベンゾジアゼピン系睡眠薬にはどのようなお薬があるのかを、具体的なお薬の名前を挙げながら紹介させて頂きます。
現在、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は以下の3種類が発売されています。
マイスリー(一般名:ゾルピデム)は、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の中でも最も処方されている睡眠薬です。即効性に優れ、服用してから15~20分程度で眠気が出てきます。作用時間も短く、翌朝へ眠気が持ち越してしまう事はほとんどありません。効果も中等度で安全性に優れます。
アモバン(一般名:ゾピクロン)も、マイスリーとほぼ同等の即効性を持ちます。マイスリーよりはやや作用時間は長いですが、そうは言っても翌朝まで持ち越す事はほとんどありません。効果はやや強めですが、服用によって日中にも「苦味」が残る事があり、これを不快に感じる方もいらっしゃいます。
ルネスタ(一般名:エスゾピクロン)は、アモバンの改良型です。アモバン(ゾピクロン)の成分のうち、S体という催眠作用の強い成分のみを取り出したのがルネスタ(エスゾピクロン)です。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の中でももっとも作用時間が長いのが特徴です。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は全体的に作用時間が短いため、基本的には入眠障害(寝付けないタイプの不眠)に用いられます。しかしルネスタは最大量の3mgで使えば作用時間の長さから中途覚醒(夜に何度も目覚めてしまうタイプの不眠)にも効果があると言われています。ルネスタもアモバンと同じく苦味が残る事があります。
それぞれのお薬の薬物動態を比較すると次のようになります。
睡眠薬 | 最高濃度到達時間 | 半減期 |
---|---|---|
マイスリー | 0.7-0.9時間 | 1.78-2.30時間 |
アモバン | 0.75-1.17時間 | 3.66-3.94時間 |
ルネスタ | 0.8-1.5時間 | 4.83-5.16時間 |
最高濃度到達時間というのは、そのお薬を飲んでから血中濃度が最高になるまでにかかる時間のことです。この数値が短いほど即効性があるというを表しています。
半減期というのは、そのお薬の血中濃度が最高に達してから半分に落ちるまでにかかる時間のことです。半減期はお薬の作用時間とある程度相関するため、作用時間を知る一つの目安になります。
2.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の特徴
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はベンゾジアゼピン系睡眠薬と並んで、現在もっとも多く使われている睡眠薬になります。
その理由は、
- ある程度しっかりとした効果がある
- 重篤な副作用が少ない
ためです。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、効果の良さと副作用の少なさのバランスに非常に優れているため、使い勝手が良いのです。
反対に、その他の睡眠薬はこの効果と副作用のバランスが非ベンゾジアゼピン系ほど優れていないという事です。
例えば最近使われなくなってきた睡眠薬に「バルビツール酸系睡眠薬」があります。バルビツール酸系睡眠薬は1950年頃に使われていたもっとも古い睡眠薬です。
効果は非常に強く、まるで麻酔のように強力に眠りを導きますが、その分副作用も強力です。日中への眠気の持ち越しをはじめ、耐性・依存性などの副作用も生じやすく、また大量に服薬してしまうと呼吸が止まってしまうという重篤な副作用のリスクもありました。
【耐性】
その物質の摂取を続けていると、次第に身体が慣れてきてしまい、効きが悪くなってくる事。
【依存性】
その物質の摂取を続けていると、次第にその物質なしではいられなくなってしまう事。その物質がないと落ち着かなくなったりイライラしたり、発汗やふるえなどの離脱症状が出現するようになる。
バルビツール酸系はこのように効果は良いけど副作用が危険という効果と副作用のバランスの悪さから、現在ではほとんど使われていません。
また近年では「メラトニン受容体作動薬」や「オレキシン受容体拮抗薬」といった新しい作用機序を持つ睡眠薬も出てきています。しかしこれらの睡眠薬はまだベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系に取って代わるほど普及はしていません。
その理由はこれらの睡眠薬は安全性には非常に優れるのですが、効果が弱いからです。副作用は極めて少ないけども効果も弱いという特徴であり、ベンゾジアゼピン系/非ベンゾジアゼピン系と比べるとバランスの良さに劣るため、良いお薬ではあるものの、そこまで多くは用いられていないのです。
ちなみに非ベンゾジアゼピン系と並んで代表的な睡眠薬に「ベンゾジアゼピン系睡眠薬」があります。ベンゾジアゼピン系睡眠薬も非ベンゾジアゼピン系睡眠薬と同じように効果と副作用のバランスに優れますが、両者はどのように違うのでしょうか。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はベンゾジアゼピン系睡眠薬よりも更に副作用が少ないというメリットがあります。その理由は後述しますが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬よりも眠りに関係する部位に選択的に作用するため、眠らせる作用以外の余計な作用が生じにくいためです。
ベンゾジアゼピン系も非ベンゾジアゼピン系も耐性・依存性がありますが、非ベンゾジアゼピン系の方が耐性・依存性はやや少ないのではないかという意見もあります。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬と比べたデメリットとしては、
- 作用時間が短いお薬しかない
- 薬価が高い
という点が挙げられます。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬には、即効性のあるもの・即効性はないけど持続力のあるもの、作用時間の短いもの・作用時間の長いものと多彩なラインナップがあります。
対して非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、即効性があり作用時間が短いものしかありません。
またベンゾジアゼピン系睡眠薬は薬価が数円~数十円と安いのですが、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は数十円~百円前後とベンゾジアゼピン系に比べると高くなります。
以上から非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の特徴としては次のような点が挙げられます。
【非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の特徴】
・効果の良さと副作用の少なさのバランスに優れる
・即効性に優れ、作用時間が短いものしかない
・薬価が高い
・ベンゾジアゼピン系睡眠薬より更に副作用が少ない
3.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の作用機序
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、どのような作用によって眠りを導くのでしょうか。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、脳にあるGABA-A受容体に結合して、そのはたらきを増強します。GABA-A受容体は「抑制系受容体」と呼ばれており、脳のはたらきを抑制するはたらきがあります。
GABA-A受容体が刺激されると、次の4つの作用をもたらします。
- 抗不安作用(不安を和らげる)
- 催眠作用(眠らせる)
- 筋弛緩作用(筋肉の緊張を取る)
- 抗けいれん作用(けいれんを抑える)
更にGABA-A受容体の作用を細かく見ると、
- 催眠作用は主にω1受容体が関係している
- 筋弛緩作用、抗不安作用は主にω2受容体が関係している
ことが知られています。
ちなみに睡眠薬のうち、ベンゾジアゼピン系睡眠薬はω1、ω2受容体の両方に作用する睡眠薬になります。
それに対して非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はω1に選択的に作用します。
これにより眠らせる作用のみが発揮され、筋弛緩作用によるふらつきといった副作用が少なくなっているのです。
4.睡眠薬の歴史
非ベンゾジアゼピン系は1980年ごろより使用されるようになってきた睡眠薬です。
非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、睡眠薬の中ではどのような位置付けなのでしょうか。
睡眠薬のうち、もっとも古いのがバルビツール酸系と呼ばれる睡眠薬です。バルビツール酸系睡眠薬は1950年頃に使われはじめた最古の睡眠薬になります。
バルビツール酸系睡眠薬は強力な催眠効果があるのですが、その代わり副作用も強力でした。耐性や依存性も形成されやすいし、誤って大量に服薬すると死亡してしまうこともありました。
確かに良く効くんだけど、あまりに危険であるため、もっと安全な睡眠薬が求められてきました。
それで開発されたのがベンゾジアゼピン系睡眠薬です。ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、1960年頃から使われるようになりました。バルビツール酸系ほどではありませんが、まずまずしっかりした効果があり、耐性・依存性や眠気などの副作用は生じうるもののバルビツール酸系と異なり重篤な副作用はほとんど生じないという安全性の高さから、瞬く間に不眠症治療の主役に躍り出ました。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬の発売からすでに50年以上が経っていますが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬はいまだに臨床で幅広く処方されています。
1980年頃になると、より副作用の少ない睡眠薬の研究が進み、非ベンゾジアゼピン系が開発され発売が始まりました。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、ベンゾジアゼピン系とほぼ同等の効果がありながら、日中の眠気・ふらつきといった副作用が軽減されており、これもよく処方されるようになりました。
最近では、メラトニン受容体作動薬(商品名:ロゼレム)やオレキシン受容体拮抗薬(商品名:ベルソムラ)という全く作用機序の異なる新しいタイプの睡眠薬も出てきています。
これらは効果は穏やかであるものの、耐性や依存性がなく安全性が高いという特徴があり、今後は非ベンゾジアゼピン系に代わって睡眠薬の主役を担う可能性を秘めています。
5.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬で気を付けること
非ベンゾジアゼピン系は基本的には安全な睡眠薬ですが、いくつかのことに注意して服薬する必要があります。
まず睡眠薬であるため、当然眠くなります。そのため、内服後に歩き回ってしまうとふらついて転倒したりする危険はあります。他の睡眠薬でも同じですが、服薬後はすぐにベットに入り動き回らないでください。
睡眠薬の中でも非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、特に即効性に優れるお薬ですので気を付けなければいけません。
また非ベンゾジアゼピン系はアルコールと相性が悪いため、併用してはいけません。アルコールと非ベンゾジアゼピン系は作用機序が似ている点があるため、お互いの作用を強めあってしまいます。
そのため併用すると、いつもよりお酒が回りやすくなったり、睡眠薬が効きすぎたりしてしまいます。お互いの作用が強まった状態になるため、依存もより急速に形成されてしまいます。
基本的に非ベンゾジアゼピン系睡眠薬は「一時的に使うお薬」だという認識を必ず持って服薬してください。「ずっと飲むもの」ではありません。
人間の「眠る力」というのは、病気などによって一時的に弱まることはあっても、無くなってしまうことはありません。睡眠薬は眠る力が弱まってしまった時に一時的に使う、あくまでも補助的なお薬です。
症状が改善してきたら、定期的に「やめれないか」「減薬できないか」を検討するようにし、漫然と使い続けないようにしましょう。漫然と使っていると、徐々に耐性がついてしまい、お薬が効きにくくなっていきます。そうなると服用量がどんどん増えてしまいます。
また依存性も形成されてしまいます。睡眠薬がないと居ても立っても入れらなくなり、睡眠薬に支配された生活となってしまいます。不眠の治療をしていたはずなのに、いつのまにか「依存症」という別の病気になってしまいます。
6.非ベンゾジアゼピン系以外にはどんな睡眠薬があるのか?
睡眠薬は、非ベンゾジアゼピン系以外にも いくつかの種類があります。代表的なものを紹介します。
Ⅰ.バルビツール酸系
1950年代に使用されていた一番古い睡眠薬です。
商品名としては、ラボナ、イソミタール、ベゲタミンA、ベゲタミンBなどがあります。
強力な催眠効果があるため、現在でも重度の不眠の方に使われることが稀にありますが、副作用も強力なため、使用には注意が必要です。具体的には耐性や依存性も形成されやすく、大量服薬で致命的となることがあります。
確かに良く効くのですが危険性が高いため、極力処方すべきではないお薬です。
安全性が低いため、「処方すべきではない」「必要のないお薬」と評する専門家も多く、今後は目にする事はなくなっていくと考えられます。
実際、2016年を持って「最強の睡眠薬」との呼び名もあるベゲタミンは発売終了となる事が決まっています(「ベゲタミンが発売中止へ。ベゲタミンを服用中の方が取るべき対策とは」参照)。
Ⅱ.ベンゾジアゼピン系
非ベンゾジアゼピン系とは異なる構造を持つお薬なのですが、その作用機序は非ベンゾジアゼピン系と似ています。
非ベンゾジアゼピン系よりも前に開発されたお薬です。非ベンゾジアゼピン系がGABA-A受容体のうち、ω1受容体に選択的に作用するのに対し、ベンゾジアゼピン系はω1、ω2受容体の両方に作用します。
そのためベンゾジアゼピン系は催眠作用のみならず、抗不安作用や筋弛緩作用を併せ持つものもあります。
これらの作用は日中のふらつきや転倒のリスクになることもありますが、筋肉の緊張をほぐしてくれたり、日中の不安感を軽減させてくれるというメリットになる事もあります。
ちなみにベンゾジアゼピン系睡眠薬には、次のようなお薬があります。
睡眠薬 | 最高濃度到達時間 | 作用時間(半減期) |
---|---|---|
ハルシオン | 1.2時間 | 2.9時間 |
レンドルミン | 約1.5時間 | 約7時間 |
リスミー | 3時間 | 7.9-13.1時間 |
デパス | 約3時間 | 約6時間 |
サイレース/ロヒプノール | 1.0-1.6時間 | 約7時間 |
ロラメット/エバミール | 1-2時間 | 約10時間 |
ユーロジン | 約5時間 | 約24時間 |
ネルボン/ベンザリン | 1.6±1.2時間 | 27.1±6.1時間 |
エリミン | 2-4時間 | 12-21時間 |
ドラール | 3.42±1.63時間 | 36.60±7.26時間 |
ダルメート/ベジノール | 1-8時間 | 14.5-42.0時間 |
ソメリン | 1時間 | 24-42時間 |
非ベンゾジアゼピン系と比べると即効性(最高濃度到達時間)、作用時間(半減期)に様々な特性を持つお薬が幅広く揃っているのが特徴です。
Ⅲ.メラトニン受容体作動薬
メラトニンという物質に似たはたらきをすることで自然な眠りを後押しするお薬です。
商品名としてはロゼレムがあります。
夜に暗くなると、脳の松果体という部分からメラトニンというホルモンが分泌されます。分泌されたメラトニンは同じく脳の視交叉上核というところにあるメラトニン受容体にくっつきます。すると私たちは眠気を感じます。
ということは、メラトニン受容体を刺激してあげれば眠くなるのではないか、というのがこのお薬の作用です。
このお薬の特徴は、「自然な眠りを後押ししてくれる」ことです。薬で強制的に眠らせるわけではなく、あくまでも自然な機序に沿って眠気を起こしているため、安全性が非常に高いと言われています。
そのため、耐性や依存性もありません。
しかし効果は強くはなく、中には1か月ほど服薬を続けないと効果を感じられない場合もあります。
Ⅳ.オレキシン受容体拮抗薬
人を覚醒させるホルモンである「オレキシン」を阻害するお薬です。
商品名としてはベルソムラがあります。
オレキシンは覚醒状態を保つはたらきがあると言われています。
ナルコレプシーという病気があります。この病気は「眠り病」とも呼ばれており、突然意識が落ちて眠ってしまうという症状があります。そしてナルコレプシーは、オレキシンの欠乏で生じていることが分かっています。
ということは、オレキシンのはたらきをジャマすれば人は眠くなるのでは、というのがこのお薬の作用機序です。
効果は前述のメラトニン受容体作動薬よりは強いのですが、非ベンゾジアゼピン系/非非ベンゾジアゼピン系睡眠薬ほどではありません。
ただし、耐性や依存性はほとんど形成しないため安全性は高く、効果と副作用のバランスは優秀なお薬です。