自律神経失調症を改善させるお薬にはどのようなものがあるのか

自律神経失調症の治療には、しばしばお薬が用いられます。

お薬を上手に用いることが出来れば自律神経失調症を早く治すことが出来ます。しかし、自律神経失調症に対してお薬を用いる際は、その意義と限界について知っておく必要があります。何となく「これを飲んでいれば治るだろう」という考えで漫然と服薬を続けているのであれば、いつまでも症状が改善しない可能性があります。

自律神経失調症に対してお薬を用いる際は、そのお薬はどのような目的で服用していて、どこまではお薬で改善が出来るのか、そしてどのような点はお薬が無効なのかを正しく理解した上で、上手に使っていくことが大切です。

ここでは自律神経失調症で用いられるお薬について、その目的や作用について紹介していきます。

1.自律神経に直接作用するお薬はない

自律神経失調症の治療法には様々な方法があります。お薬も有用な治療方法の1つである事には間違いありません。

しかし自律神経失調症に対してお薬を使う時は、必ず知っておいて頂きたい事があります。

それは、「自律神経失調症を治す特効薬は無い」、ということです。

自律神経失調症は、緊張の神経である「交感神経」とリラックスの神経である「副交感神経」のバランスが乱れる事で生じる疾患です。本来では緊張する必要のない場面で交感神経が活性化してしまえば、動悸や発汗、焦りや不眠などの症状が出てしまいます。本来であれば覚醒レベルを上げて活動しなければいけない場面で副交感神経が活性化してしまうと、眠気やだるさ、意欲低下などが出てしまいます。

この自律神経失調症に対する特効薬がもしあるとすれば、自律神経に作用する事で崩れた交感神経と副交感神経のバランスを正常に修復するようなお薬になると思われます。

しかし現状で自律神経失調症に用いられているお薬というのは全て、自律神経に直接作用しているものではありません。

用いられるお薬のほとんどが、脳の中枢神経に作用することで不安や緊張を抑え、これにより間接的に自律神経のバランスが整う事を狙っているのです。

その証拠に自律神経失調症の治療薬の中で、「主に自律神経失調症の治療薬として使われているお薬」というのはありません。どのお薬も本来は主に別の疾患の治療薬として用いられているものばかりなのです。

自律神経失調症で用いられるお薬を挙げると、

  • 抗不安薬(精神安定剤)
  • 抗うつ剤
  • 睡眠薬

などが挙げられます。

抗不安薬は中枢神経にあるGABA受容体のはたらきを強める事で、不安を和らげる作用が期待でき、本来は不安障害(以前で言う神経症)に主に用いられるお薬です。

抗うつ剤は中枢神経のモノアミン(気分に影響を与える神経伝達物質)を増やす作用を持ち、主にうつ病や不安障害に用いられているお薬です。

睡眠薬も中枢神経にあるGABA受容体のはたらきを強めることで、眠りに導く作用があり、本来は主に不眠症に用いられます。

これらは、本来は自律神経を整えるために服用するものではなく、うつ病や不安障害、不眠症といった疾患の治療薬として用いられています。しかし精神状態や睡眠の質を改善する事により間接的に自律神経のバランスを整える作用が期待できるため、自律神経失調症にも用いられているのです。

という事は、自律神経失調症に対してただ機械的に治療薬を服用する事は意味がない事が分かります。

例えば抗不安薬は不安や緊張を和らげる事で自律神経のバランスを整えることを狙って処方されるはずです。であれば、不安・緊張によって自律神経のバランスが崩れている方であれば効果は期待できるかもしれません。しかしそれ以外の原因で自律神経のバランスが崩れているのであれば、抗不安薬を服用する意味はかなり乏しいでしょう。

同じように、睡眠薬は不眠を改善する事で自律神経のバランスを整える事を狙って処方します。不眠によって自律神経のバランスが崩れている方であれば飲む意味はあるかもしれません。しかし不眠などなく、別の原因で自律神経のバランスが崩れているのであれば、睡眠薬をいくら服用したところで自律神経のバランスが整うはずがありません。

自律神経失調症のお薬は特効薬がないため、機械的にお薬を服用するのではなく、自分の自律神経失調症の原因が、お薬を服用する事で改善が得られる可能性があるものである場合のみ、服用する意味があるものなのです。

2.お薬だけで自律神経失調症を治す事は難しい

自律神経失調症に用いられるお薬は、自律神経そのものに作用してくれるわけではなく、あくまでも間接的に自律神経のはたらきを整える作用を期待しているお薬だという事が理解できたでしょうか。

お薬に直接自律神経を修復したり、自律神経のバランスを適正化するはたらきがあるわけではありません。

ということは、自律神経失調症の治療におけるお薬の位置づけというのは、あくまでも補助的な役割に留まるという事です。

根本に作用している治療ではないため、治療の中心になりうるものではなく、あくまでも治療を助けてくれる補助的な治療法なのです。

これを理解する事は非常に大事です。この点を正しく理解していないがために、治療がなかなか進まず、いつまで経っても治らないという方は非常に多いように感じます。

よく、「自律神経失調症と診断され、お薬を処方されて飲んでいるんですが、一向に良くなりません」という相談を頂きます。これは患者さんが「自律神経失調症の治療薬をもらったから、これを飲み続けていればいつか治るはず」と誤解しているために生じている悲劇です。

この患者さんは、お薬が「自律神経失調症の治療の主役」だと誤解してしまっている可能性があります。お薬の服用を続けていればそれだけで治っていくと考えてしまっているのです。

これは間違いで、正しくは自律神経失調症におけるお薬というのは、「治療の補助的な役割を持つもの」に過ぎません。そのため、お薬で症状を和らげながら、他の治療法(生活習慣の改善や精神療法など)を必ず並行していかなければいけません。

このような誤解は、私たち治療者が患者さんに自律神経失調症におけるお薬の位置づけを正しく説明できていない事も一因なのですが、患者さん自身もしっかりと理解していただきたい事です。

自律神経失調症は自律神経のバランスの失調により生じています。しかし自律神経失調症に用いられるお薬というのは、自律神経の直接作用するものではないため、自律神経の失調を直接治す効果はありません。

3.自律神経失調症のお薬に期待する効果

自律神経失調症は自律神経のバランスが乱れてしまって生じる疾患です。

自律神経失調症の治療薬としての理想は、自律神経のバランスを整えてくれる作用を持っていたり、自律神経の機能を修復してくれる作用を持っている事です。もしこのような作用機序を持つお薬があるのであれば、これは自律神経失調症の特効薬になるでしょう。

しかし現状としては、自律神経に直接はたらきかけるお薬というのはありません。

では自律神経失調症においてお薬というのはどのような作用を期待して投与されるのでしょうか。

自律神経失調症にお薬を用いる際、その目的は大きく2つ挙げられます。

この2つの作用のいずれか(あるいは両方)が得られそうである場合は、お薬を服用するメリットがあります。お薬「だけ」で治るわけではありませんが、お薬「も」使う事で、より早く治す事ができるでしょう。

お薬を用いる目的をしっかりと理解し、お薬に依存しすぎたり、反対にお薬を過剰に拒否する事なく、お薬と上手に付き合いながら治療を進めていきましょう。

Ⅰ.間接的に自律神経のバランスを整える

自律神経失調症のお薬は直接自律神経に作用する事はありませんが、間接的に自律神経のバランスを整えてくれることが期待できます。

ただしどのようなケースでもお薬を飲めば自律神経のバランスが整うわけではありません。

そのお薬の効能が、自分の自律神経失調症の原因を改善させる効能なのであれば、お薬を使うメリットが出てくるでしょう。

自律神経失調症の原因として多いのは、

  • ストレス
  • 生活習慣の乱れ

の2つだと考えられています。

そのため、例えばストレスによって気分が落ち込んだり不安が強まってしまっていて、それで自律神経失調症の症状が出ているという事であれば、抗うつ剤を使う意味は出てきます。あるいは生活習慣が乱れて不眠が出現しており、これによって自律神経失調症の症状が出ているという事であれば、睡眠薬を使う意味があるかもしれません。

このようにお薬を使う事で、間接的に自律神経のバランスを整える事が期待できるのであれば、お薬は使っても良いでしょう。

Ⅱ.症状を和らげる事で悪循環を断ち切る

自律神経失調症では、様々な症状が現れます。

動悸、息苦しさ、頭痛、めまいなどといった身体的な症状、イライラ、落ち込みや不安、焦りといった精神的な症状とその症状は非常に多岐に渡ります。

このような様々な症状が、原因不明で生じ続けるため、患者さんは徐々にこれらの症状を気に病むようになってしまい、それがまたストレスになり自律神経のバランスを乱してしまうという悪循環に陥ります。

お薬を用いて、例え表面的にであってもつらい症状を抑えてあげる事は、この悪循環を断ち切り、患者さんの不安やストレスを和らげる効果が期待できます。

自律神経失調症の悪循環にはまってしまっている場合は、いったんその悪循環から抜け出すためにお薬を使うのは意味のある事です。

4.自律神経失調症の治療を補助してくれるお薬

最後に自律神経失調症で用いられる事の多いお薬を紹介します。

Ⅰ.抗不安薬(精神安定剤)

抗不安薬は「精神安定剤」とも呼ばれます。

中枢神経にある抑制系受容体(心身の活動を抑制する方向にはたらく)であるGABA受容体に作用し、そのはたらきを強める事で、心身を適度に鎮静させます。

その結果、

  • 抗不安作用(不安が和らぐ)
  • 筋弛緩作用(筋肉の緊張がほぐれる)
  • 催眠作用(眠くなる)
  • 抗けいれん作用(けいれんを抑える)

といった効果が期待できます。

不安や緊張・恐怖などが自律神経失調症の一因になっている場合は、抗不安薬を用いるメリットがあるでしょう。

注意点としては、心身を鎮静させるため、

  • ふらつき
  • 眠気

などの副作用が生じる可能性があります。

また、

  • 耐性
  • 依存性

があるため、大量に服用したり、長期間漫然と服用を続けることは推奨されません。

【耐性】
服薬を続けていくと、徐々に身体がお薬に慣れていき、お薬の効きが悪くなってくること。耐性が形成されてしまうと、同じ効果を得るためにはより多い量が必要となるため、大量処方につながりやすい。

【依存性】
服薬を続けていくうちに、そのお薬を手放せなくなってしまうこと。依存性が形成されてしまうと、お薬を飲まないと精神的に不安定になったり、発汗やふるえといった離脱症状が出現してしまう。

(抗不安薬については、「抗不安薬の種類や強さ。医師が教える抗不安薬の選び方」で詳しく説明しています)

Ⅱ.睡眠薬

睡眠薬は眠りに導くお薬の事でいくつかの種類があります。

良く用いられているベンゾジアゼピン系睡眠薬は、抗不安薬と同じく中枢神経にある抑制系受容体(心身の活動を抑制する方向にはたらく)であるGABA受容体に作用し、そのはたらきを強める事で、眠気を感じさせます。抗不安薬の催眠作用が強いものが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬です。

ベンゾジアゼピン系睡眠薬は注意点も抗不安薬と同じで、

  • 眠気
  • ふらつき
  • 耐性・依存性

などに注意する必要があります。

近年ではそれ以外にも、

  • メラトニン受容体作動薬
  • オレキシン受容体拮抗薬

といった睡眠薬も使われるようになってきています。

メラトニン受容体作動薬は、眠気を感じさせるメラトニン受容体という部位を刺激する事で眠りに導くお薬です。またオレキシン受容体拮抗薬は、脳の覚醒を維持する物質であるオレキシンのはたらきをブロックすることで脳の覚醒レベルを下げ、眠りに導くお薬です。

これらの新しい睡眠薬は、耐性や依存性がないため、より安全に用いる事が出来ます。

睡眠薬は、不眠が自律神経失調症の一因となっていると考えられる場合に用いられます。

(睡眠薬については、「睡眠薬の強さの比較。医師が教える睡眠薬の選び方」で詳しく説明しています)

Ⅲ.抗うつ剤

抗うつ剤は、中枢神経のモノアミンを増やす事で、気分の改善を得るお薬になります。

モノアミンとは、

  • セロトニン
  • ノルアドレナリン
  • ドーパミン

といった物質の事で、これらの物質は脳で気分に影響していると考えられています。

抗うつ剤にも多くの種類がありますが、近年では安全性の高い新規抗うつ剤を用いる事がほとんどです。

具体的には、

  • SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
  • SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
  • NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)

などがあります。

抗うつ剤は、抗不安薬や睡眠薬と違い、耐性や依存性はありませんが、長期服用していきなり中断すると離脱症状が起こる事があります。

そのため、自分の判断で勝手に中断せず、主治医と相談しながらお薬の量は調整していく必要があります。

落ち込みや不安などの気分の不調にて自律神経失調症が生じている場合は、抗うつ剤の服用が検討されます。

(抗うつ剤については、「抗うつ剤の強さ・副作用の比較。精神科医の抗うつ剤の選び方」で詳しく説明しています))

Ⅳ.漢方薬

漢方薬の中には、不安や不眠の改善が得られるものもあります。

漢方薬は「証」という、その人その人の体質に合わせて適するお薬が異なりますので、どんな漢方薬でも良いというわけではありません。

漢方に詳しい医師に診察してもらい、自分の症状や証に合った漢方薬を選んでもらう必要があります。

参考までに自律神経失調症に用いられる事の多い漢方薬を紹介します。

  • 半夏厚朴湯
  • 柴胡加竜骨牡蛎湯
  • 柴胡桂枝乾姜湯
  • 桂枝加竜骨牡蛎湯
  • 加味逍遥散
  • 加味帰脾湯