サインバルタカプセル(一般名:デュロキセチン塩酸塩)は、2010年から発売されている抗うつ剤です。
海外では2004年から発売されており、全世界的に用いられている抗うつ剤の1つです。
サインバルタはSNRI(Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitors:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と呼ばれる種類の抗うつ剤で、セロトニンとノルアドレナリンという2つの物質を増やす作用があり、これにより抑うつ症状を改善させます。
SNRIは抑うつ症状の中でも「意欲」を改善させる作用に優れるため、特に意欲低下が強い方に適しています。また痛みを改善させる作用もあるため、神経性の痛みを併発している方にも使いやすい抗うつ剤です。
ここではサインバルタという抗うつ剤について、その効果や副作用をはじめサインバルタの特徴のすべてを紹介させていただきます。
1.サインバルタの特徴
まず最初にサインバルタという抗うつ剤の全体像をつかむため、その特徴について簡単に紹介します。
抗うつ剤の特徴を知るためには、
- 作用機序とそこから考えられる効果
- 作用の強さ
- 副作用の多さ
- その他の付加的な作用
という4つの視点から見てみると、他の抗うつ剤と比較しやすいかと思います。
サインバルタはSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と呼ばれ、脳の神経間のセロトニンとノルアドレナリンを増やす作用を持つ抗うつ剤です。
セロトニンは落ち込みや不安を改善させる作用があります。ノルアドレナリンは意欲ややる気を改善させる作用があります。つまりサインバルタはこの2つの症状を改善させる作用を持つ抗うつ剤だというわけです。
臨床的な実感として、作用の強さもしっかりしており、落ち込みや意欲低下をしっかりと持ち上げてくれます。
副作用も多くはありません。副作用で特記すべきは精神科のお薬に多い眠気や体重増加といった副作用が生じにくい事で、これは患者さんにも喜ばれます。
一方でアドレナリン系を増やす作用が強いため、血圧を上げたり、頭痛や動悸を引き起こしたり、尿が出にくくなったりという副作用が生じる可能性があります。
SNRIであるサインバルタは「ノルアドレナリンを増やす作用がある」というのが大きな特徴です。ノルアドレナリンは前述の通り意欲改善に効果がありますが、それ以外にも「痛み」を抑える作用がある事が知られています。
そのためサインバルタは神経性の痛みを有しているうつ病患者さんには、抗うつ作用と鎮痛作用の両方の効果が期待できます。またうつ病がなくても神経痛を有する患者さんにも効果は期待でき、実際にサインバルタは整形外科でも神経痛の治療にも用いられているほどです。
以上がサインバルタの特徴です。
サインバルタの全体像がつかめたでしょうか。
2.サインバルタの作用機序
サインバルタはどのような作用機序を持つ抗うつ剤なのでしょうか。
サインバルタはSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)という種類に属します。その名の通り、セロトニンとノルアドレナリンが再取り込みされてしまうのを阻害し、セロトニンとノルアドレナリンの濃度を上げるはたらきを持ちます。
セロトニンやノルアドレナリンは「神経伝達物質」と呼ばれる物質です。これは、神経と神経の接続部である「神経間隙」という空間に分泌される物質の事です。
この神経伝達物質を通じてある神経の情報は次の神経に伝わっていき、これにより脳神経は様々な活動を行っているのです。
神経伝達物質も、伝える情報の種類によって様々な種類があります。このうち、セロトニンやノルアドレナリンは「モノアミン系」という神経伝達物質になり、主に「気分」に関係する情報を伝える物質になります。
モノアミンにはセロトニンやノルアドレナリンの他にもドーパミンもあり、
- セロトニンは落ち込みや不安に関係する
- ノルアドレナリンは意欲ややる気に関係する
- ドーパミンは楽しみや快楽に関係する
と考えられています。
ある神経から情報が電気信号によって伝わってくると、神経間隙に神経伝達物質が分泌されます。その信号を受け取る側の神経には「受容体」と呼ばれる神経伝達物質がくっつく部位があります。神経間隙に分泌された神経伝達物質は、受容体にくっつく事で次の神経に情報を伝え、これによって信号を受け取った神経はまた次の神経に同じような方法で信号を伝えていくのです。
うつ病ではモノアミンの分泌量が低下している可能性が指摘されています。これらモノアミンの分泌量が少ないと、神経は気分の情報をスムーズに次の神経に伝えられなくなってしまい、気分が不安定になってしまうというわけです。
SNRIは神経間隙に分泌されたセロトニンやノルアドレナリンが再吸収されてしまうのを防ぎ、長く神経間隙にとどまるようにはたらきます。するとセロトニンやノルアドレナリンの分泌量が少ない状態でも、これらのモノアミンが受容体にくっつける確率は高まるため、気分の情報が正しく伝わるようになり、うつ病の改善が得られるのです。
ちなみにサインバルタは主にセロトニンとノルアドレナリンを増やす作用に優れますが、脳の前頭葉のドーパミンも増やす作用が報告されており、これも抑うつ症状の改善に役立っていると考えられています。
なお、サインバルタの効果や作用機序については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
3.サインバルタの効果
サインバルタはどのような効果を期待して投与されるお薬なのでしょうか。
サインバルタは「抗うつ剤」ですので、うつ病で生じる気分の落ち込みなどの症状を改善させる作用があります。
その強さは個人差もありますが、「やや強め」であると感じます。気分を持ち上げる作用としてはまずまず頼れるお薬です。
サインバルタは作用機序でも説明したように、
- セロトニン
- ノルアドレナリン
を増やす作用に優れます。
また前頭葉のドーパミンも増やす作用が報告されております。
ここから、
- 落ち込みや不安(セロトニンが関係)
- やる気や意欲(ノルアドレナリンが関係)
- 楽しみや快楽(ドーパミンが関係)
といった症状に対して効果が期待できます。
更にノルアドレナリンを増やす作用を持つサインバルタは、
- 神経痛
- 心因性に生じる痛み
に対しても効果が期待できます。
うつ病患者さんの約6割は、何らかの身体の痛みが生じているという報告もあり、このサインバルタの鎮痛作用は、うつ病患者さんにとっても役立つ作用となります。
ちなみにサインバルタの効果は抗うつ剤の中ではどのくらいの強さなのでしょうか。
参考になる調査の1つにMANGA studyというものがありますので、紹介します。
この調査は「抗うつ剤の強さや副作用の多さをランク付けしてみよう!」というもので、調査結果には賛否両論ありますが「抗うつ剤に順位を付ける」という興味深い試みであったため、当時精神科医の間でも大きな反響を呼びました。
実はこの調査結果では、サインバルタは散々な結果でした。「サインバルタは効果も低いし、副作用は多い」という結果になってしまったのです。
この図は、Manga Studyの結果を大まかに図にしたものです。
有効性とはお薬の抗うつ作用の効果の強さを表しており、数字が大きいほど効果が高いことを示しています。忍容性とは副作用の少なさで、大きいほど副作用が少ないことを表しています。
フルオキセチン(国内未発売)という抗うつ剤を「1」とした場合の、それぞれの抗うつ剤の比較で、これをみるとレクサプロやリフレックス、ジェイゾロフトなどは高評価ですが、サインバルタやルボックスは残念な結果になってます。
しかし、この報告はあくまでも参考程度にとどめるべきでしょう。サインバルタは世界的に見ても処方数の多い抗うつ剤の1つですが、本当にサインバルタにここまで効果がないのであれば、世界的にここまで多く処方されるはずがありません。
私の印象としては有効性は1.25、忍容性は1.05といったところでしょうか。効果もまずまず強いし、副作用も全体的には少なめです。
4.サインバルタの副作用(総論)
サインバルタにはどのような副作用があるのでしょうか。また他の抗うつ剤と比べて副作用は多いのでしょうか、それとも少ないのでしょうか。
サインバルタはSNRIという比較的新しい部類に入る抗うつ剤であるため、全体的に見れば副作用の頻度は多くはありません。
サインバルタの副作用には、
- ノルアドレナリンを増やす事で生じる副作用
- セロトニンを増やす事で生じる副作用
- その他の物質に影響する事で生じる副作用
があります。
ノルアドレナリンを増やす事で生じる副作用としては、
- 血圧上昇
- 動悸
- 頭痛
- 尿閉
などが挙げられます。
ノルアドレナリンはアドレナリン系の物質になるため、血圧をあげてしまったり、それによって頭痛を引き起こしたり、尿道を収縮させてしまったりする事があるのです。
セロトニンを増やす事で生じる副作用としては、
- 吐き気、胃部不快感
- 性機能障害
などが挙げられます。
またその他の物質に影響する事で生じる副作用としては、
- 便秘や口渇、尿閉(アセチルコリンをブロックする事で生じる)
- ふらつきやめまい(α1受容体をブロックする事で生じる)
- 眠気や体重増加(ヒスタミンをブロックする事で生じる)
などがあります。
他の抗うつ剤と比較してみると、
- 吐き気・胃部不快感といった胃腸症状は服用初期にやや多め
- ノルアドレナリン系の副作用が生じうる
- 眠気や体重増加は少なめ
という特徴があります。
なお、サインバルタの副作用については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
5.サインバルタの副作用(他の抗うつ剤との比較)
サインバルタの副作用は他の抗うつ剤と比較するとどのようになっているのでしょうか。
副作用の生じ方は個人差がありますので、これはあくまでも目安に過ぎませんが、一般的に各抗うつ剤の副作用の頻度は次のようになります。
抗うつ剤 | 口渇,便秘等 | フラツキ | 吐気 | 眠気 | 不眠 | 性機能障害 | 体重増加 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
トリプタノール | +++ | +++ | ± | +++ | - | + | +++ |
トフラニール | +++ | ++ | ± | + | ++ | + | ++ |
アナフラニール | +++ | ++ | + | + | + | ++ | ++ |
テトラミド | + | + | - | ++ | - | - | + |
デジレル/レスリン | + | + | - | ++ | - | ++ | + |
リフレックス | - | ++ | - | +++ | - | - | +++ |
ルボックス/デプロメール | ++ | + | +++ | + | + | + | + |
パキシル | ++ | ++ | ++ | + | ++ | ++ | ++ |
ジェイゾロフト | ± | + | ++ | ± | ++ | ++ | + |
レクサプロ | + | + | ++ | ± | ++ | ++ | + |
サインバルタ | + | ± | ++ | ± | ++ | ++ | ± |
トレドミン | + | ± | ++ | ± | + | ++ | ± |
ドグマチール | ± | ± | - | ± | ± | + | + |
吐き気や性機能障害といったセロトニン系の副作用はやや多めになります。また眠気や体重増加は少なく、反対に不眠や体重減少が生じる事もあります。
6.サインバルタの副作用(各論)
それでは次にサインバルタの各副作用について、詳しくみていきましょう。
またその副作用が生じてしまった時の一般的な対処法についても紹介します。
Ⅰ.吐き気
サインバルタで注意する副作用の1つに「吐き気」があります。
吐き気はセロトニンを増やす作用を持つ抗うつ剤の多くに認められる副作用ですが、サインバルタの吐き気の頻度は、他の抗うつ剤と比べてもやや多めとなります。
この吐き気は服用初期、つまり「飲み始め」に起こりやすいという特徴があります。
抗うつ剤は、「気分を改善させる」という作用を得るには少し時間がかかります。サインバルタも同様で、抗うつ作用が認められるにはどんなに早くても1週間はかかります。しっかりとした効果を得るのであれば1カ月ほどは見ないといけません。
このように効果が得られるまでには結構時間がかかるのですが、副作用は服用してすぐに出るものもあります。
吐き気はその筆頭とも言うべき副作用で、服用して数時間後には出てきてしまう事もあります。
では、なぜサインバルタをはじめとした抗うつ剤では服用初期に吐き気が生じるのでしょうか。
サインバルタをはじめ、多くの抗うつ剤は「脳神経間のセロトニン量を増やす」ことを目的に投与されます。セロトニンは気分に関係する物質であり、セロトニンの低下は気分の落ち込みや不安の増悪を引き起こすと考えられているためです。
しかし抗うつ剤を服用すると、お薬の成分は血液中に入り全身に回りますので、脳だけでなく身体の様々な部位のセロトニン量を増やしてしまいます。
セロトニンが作用する部位を「セロトニン受容体」と呼びますが、実はセロトニン受容体のうち脳に存在するのはわずか10%ほどで、残り90%以上は脳以外に存在しています。そして脳以外でセロトニン受容体が一番多い部位は胃や腸といった消化管なのです。
この消化管に存在するセロトニン受容体をサインバルタが刺激してしまう事により、吐き気や気分不良といった副作用が生じてしまうのです。
このような消化器系の副作用は不快な症状ではありますが、別の見方をすれば吐き気が生じているという事は、身体の中でセロトニンを増やす変化が起き始めているという事でもあります。
サインバルタで吐き気が生じてしまった時は、
- 症状が軽ければ少し様子を見てみる
- 胃薬や吐き気止めを併用する
- 抗うつ剤の種類を変える
などの対処法が取られます。
吐き気は服用初期に生じますが、その多くは長期化せず1~2週間もすれば改善していきます。そのため吐き気の程度が軽いようであれば少しの間様子を見てみるのも手です。
あるいは副作用を抑える目的で胃薬や吐き気止め(制吐剤)を吐き気が治まるまで併用するのも良いでしょう。
これらの方法でも吐き気が治まらない場合は、他の吐き気の少ない抗うつ剤への変薬も検討されます。
なお、サインバルタの吐き気については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
Ⅱ.不眠
不眠はサインバルタでしばしば認められる副作用です。
サインバルタに限らず多くのSSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)、SNRIで生じます。
サインバルタで不眠が生じるのは、サインバルタがセロトニン2A受容体という部位を刺激してしまう事で脳を覚醒させてしまうためです。
これにより気力が高まるという良い作用もあるのですが、一方で不眠・中途覚醒・浅眠などが生じる事もあります。
サインバルタで不眠が生じた際の対処法としては、
- 少しの間、様子を見る
- サインバルタの増薬ペースを緩める
- 眠りを深くする抗うつ剤を併用する
- 他の抗うつ剤に変更する
という対処法が取られます。
他の副作用と同様、不眠の副作用もお薬が身体に慣れてくるにつれて改善する事もあります。そのため不眠症状がそこまでひどくなく、まだサインバルタの服用をはじめたばかりだという事であれば少しの間様子を見てみるのも手です。
またお薬が急に増えると、セロトニン2A受容体が強く刺激されるため不眠の副作用も生じやすくなります。反対に少しずつ増えればセロトニン2A受容体も穏やかに刺激されるため副作用も生じにくくなります。
急にサインバルタを増薬した事で不眠が生じてしまった場合には増薬スピードを緩めてみるのも有効です。
また抗うつ剤の中にはサインバルタと反対にセロトニン2A受容体をブロックする作用を持つものもあり、これらの抗うつ剤は眠りを深くする作用があります。
鎮静系抗うつ剤と呼ばれる「NaSSA」「四環系抗うつ剤」「レスリン・デジレル(一般名:トラゾドン)」などが該当しますが、これらの鎮静系抗うつ剤を併用すればサインバルタのセロトニン2A受容体刺激作用を打ち消してくれるため不眠の改善が得られる可能性があります。
以上の方法を試しても不眠の改善が得られない場合は、不眠が生じにくい抗うつ剤に変更するのも方法になります。
なお、サインバルタの不眠については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
Ⅲ.性機能障害
性機能障害もSSRIやSNRIといった抗うつ剤で多い副作用です。具体的な症状としては、勃起障害や射精障害、性欲低下などになります。
SNRIに属するサインバルタでもこれらはまずまずの頻度で生じます。
サインバルタで性機能障害が生じる原因は、主にセロトニン2A受容体が関与していると言われています。また、α(アドレナリン)1受容体をブロックする作用も関係していると考えられています。
性機能障害は、なかなか相談しずらい副作用であるため、私たち医療者も見逃がしがちですが、こちらから話題を振ると実は困っている患者さんは少なくない事に気付きます。
性機能障害に対する対処法としては、サインバルタの減量あるいは変薬になります。
Ⅳ.頭痛・動悸・血圧上昇
サインバルタはノルアドレナリンを増やす作用があります。
これは意欲を改善させたり、痛みを抑えたりする良い作用がありますが、一方でアドレナリン系の物質であるため、脈拍を早めたり血圧を上げてしまう副作用となる事もあります。
また血圧上昇に伴って頭痛が生じたり、アドレナリン受容体を刺激する事によって尿道を収縮させてしまい尿閉(尿が出なくなる事)を引き起こしてしまう事もあります。
これらノルアドレナリン系の副作用が生じた場合、その程度がひどい場合はサインバルタの減薬あるいは変薬をする必要があります。
Ⅴ.抗コリン作用(口喝、便秘など)
抗コリン作用とは抗うつ剤がアセチルコリンという物質の働きをブロックしてしまうことで生じる副作用です。
具体的な症状としては、
- 口渇(口の渇き)
- 便秘
- 尿閉(尿が出にくくなる)
- 顔面紅潮
- めまい
- 悪心
- 眠気
などがあります。
抗コリン作用は、古い抗うつ剤である三環系抗うつ剤に多く認められる副作用で、比較的新しいSNRIではその頻度は多くはありません。
抗コリン作用が生じてしまった際の対処法としては、
- 抗コリン作用の少ない抗うつ剤に変更する(NaSSAやドグマチールなど)
- サインバルタの量を減らす
- 抗コリン作用を和らげるお薬を併用する
などの方法があります。
抗コリン作用を和らげるお薬として、
- 便秘がつらい場合は下剤
- 口渇がつらい場合は白虎加人参湯などの漢方薬
などが用いられる事があります。
なお、抗コリン作用については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
Ⅵ.眠気
サインバルタは服用によって眠気が生じる事もあります。
これはサインバルタがヒスタミン受容体をブロックする作用が多少あるためだと考えられています。ヒスタミンは脳を覚醒させる作用を持つ物質ですので、そのはたらきがブロックされると眠くなってしまうのです。またアドレナリン受容体をブロックして血圧を下げる作用も多少ある事も影響しています。
しかしサインバルタのこれらの作用は強くはありません。加えてノルアドレナリンによる血圧上昇の作用やセロトニン2A受容体を刺激する事による不眠の作用もサインバルタにはあるため、これらの副作用の頻度は他の抗うつ剤と比べて少なめになります。
サインバルタで眠気が生じてしまった時の対処法としては、
- 症状が軽度であれば少し様子をみてみる
- 睡眠環境に問題がないかを見直す
- 併用薬に問題がないかを見直す(サインバルタの作用を強めるものはないか)
- 肝機能・腎機能に問題がないかを確認する
- 服用時間を変えてみる(夕食後や寝る前に服用する)
- サインバルタを減薬する
- 他の抗うつ剤に変更する
などの方法が取られます。
なお、サインバルタの眠気については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
Ⅶ.体重増加
精神に作用するお薬は、服用を続けていると太ってしまう事があります。
抗うつ剤にも体重増加の副作用を持つものがあり、サインバルタもその1つです。しかしサインバルタは抗うつ剤の中では体重増加は起こしにくい抗うつ剤になります。
抗うつ剤で体重増加が生じるのは、心身がリラックス状態になる事によって代謝が落ちる事が一因です。またそれ以外にもサインバルタにはヒスタミンのはたらきをブロックしてしまう作用があり(抗ヒスタミン作用)、これも体重増加の一因となります。
抗ヒスタミン作用とは、ヒスタミンが作用する部位の1つであるヒスタミン1受容体(H1受容体)に蓋をしてしまい、ヒスタミンが作用できないようにしてしまう作用です。
サインバルタは軽度の抗ヒスタミン作用を認めるため、ヒトによっては体重増加が生じる事があります。
しかし一方でサインバルタはノルアドレナリン系に作用して、身体の代謝を上げる作用もあります。これは体重を落とす方向にはたらきます。
このようなノルアドレナリン系の作用があるため、SNRIであるサインバルタは体重増加の副作用は多くはないのです。
なお、サインバルタの体重増加については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
Ⅷ.ふらつき・めまい
サインバルタは頻度は多くはないものの、めまいやふらつきといった副作用が生じる事もあります。これはサインバルタがα(アドレナリン)1受容体という部位をブロックし、血圧を下げてしまうために起こります。
ただしサインバルタをはじめとしたSNRIは、覚醒度や血圧を上げる物質であるノルアドレナリンを増やす作用に優れるため、逆に血圧が上がる事もあります。そのためふらつき・めまいが生じる頻度は少なめです。
サインバルタでふらつきやめまいが生じてしまった際は、
- ふらつき、めまいの少ない抗うつ剤に変更する
- 抗うつ剤の量を減らす
- α1受容体遮断作用を和らげるお薬を試す
などの方法がとられます。
α1受容体遮断作用を和らげるお薬としては主に昇圧剤(リズミック、アメジニンなど)が用いられることがあります。
Ⅸ.セロトニン症候群・賦活症候群
頻度は稀ですが、セロトニンを増やす作用を持つ抗うつ剤は、副作用として「セロトニン症候群」が生じる事があります。
セロトニン症候群は身体のセロトニン濃度が急激に上昇する事で生じます。特にお薬の服用を始めたばかりの時に最も生じやすい傾向があります。
また「賦活症候群(アクチベーション・シンドローム)」は、セロトニン症候群と同じくセロトニンを増やす作用を持つお薬を服用した初期に、気分が変に持ち上がってしまう症状の事です。
セロトニン症候群と賦活症候群は共通の病態で生じると考えられ、セロトニン症候群の一部(気分に関係する症状)が賦活症候群であると考える事が出来ます。
セロトニンの量が増えれば増えるほど発症するリスクは上がりますので、セロトニンを増やす作用を持つ抗うつ剤を多剤服用しているような方では発症リスクはより高くなります。
セロトニン症候群が生じると、
- 精神症状(イライラ、不安、意識障害など)
- 自律神経症状(発熱、発汗、心拍数増加、呼吸促拍、腹痛など)
- 神経症状(振戦、筋硬直など)
などの症状が認められます。
セロトニン症候群が生じても、その程度があまりひどくない場合は、そのまま様子を見る事もあります。しかし頻度は低いもののイライラや焦りから自傷行為・自殺行動などに至ってしまうリスクもゼロではないため、慎重に経過を追っていく必要があります。
そのため少しでもリスクが認められる場合は、原則として原因薬の中止を検討する必要があります。
セロトニン症候群はお薬によってセロトニンが急に増えた事で生じていますので、原因となるお薬を中止すればセロトニン症候群は治まります。
またどうしても原因薬の中止が難しかったり、すぐにセロトニン濃度を下げる必要がある場合はセロトニンのはたらきを抑えるお薬(セロトニン拮抗薬)を用いる事もあります。
セロトニン症候群の治療に用いられるセロトニン拮抗薬には、
- ペリアクチン(一般名:シプロヘプタジン)
などがあります。
なお、セロトニン症候群については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
7.サインバルタはお子様(小児)に使えるのか
サインバルタは主に成人に投与される事を想定されて作られています。
しかしうつ病や不安障害といった精神疾患は小児や未成年に発症する事もあります。このような場合、小児・未成年にサインバルタは使えるのでしょうか。
サインバルタをはじめとしたSNRIは、未成年への投与に関する効果が確立していません。
添付文書には次のように書かれています。
「海外で実施された7~17歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照の臨床試験において有効性が確認できなかったとの報告がある」
(プラセボ:薬の形をしているけど、何の成分も入っていない偽薬のこと)
サインバルタは小児・未成年に対しては「効果がなかった」という報告もあるため、「安易に使用しないように」「できる限り使用しないように」という位置づけになります。
小児や未成年に絶対使ってはいけないわけではありません。実際の臨床でも、やむを得ない際には使う事もあります。ただ、未成年にはなるべく抗うつ剤以外の方法(環境調整やカウンセリングなどの精神療法など)で改善を図りたい事を考え、サインバルタのような抗うつ剤を用いるのは最後の手段だと考えるべきでしょう。
8.サインバルタは妊婦・授乳婦へ投与できるか
ではサインバルタは、
- 妊娠中の方
- 授乳中の方
は使う事が出来るでしょうか。
妊娠中の方がお薬を服用すれば、そのお薬の成分は胎盤を通じて赤ちゃんにも届いてしまいます。同じく授乳中の方がお薬を服用すれば、そのお薬の成分は母乳を通じて赤ちゃんに届いてしまいます。
赤ちゃんは成人と比べれば身体も小さく、お薬の成分を分解する力も弱いため、作用の強いお薬が赤ちゃんの身体に入ってしまうと、身体に害をきたす事もあります。
サインバルタの妊娠中の方への投与は、「やむを得ない場合に限り使用してよい」という位置づけになります。サインバルタに限らずほとんどの精神科のお薬はこの位置づけになります。
米国FDA(日本でいう厚労省のような機関)が発刊している薬剤胎児危険度分類基準というものがあり、これには薬の胎児への危険度がA,B,C,D,×の5段階で分類されています。
A:ヒト対照試験で、危険性がみいだされない
B:人での危険性の証拠はない
C:危険性を否定することができない
D:危険性を示す確かな証拠がある
×:妊娠中は禁忌
基本的に精神科のお薬で「A」や「B」に分類されているお薬はなく、「C」「D」「×」のいずれかに分類されています。
サインバルタは、このうち「C」になります。そのため極力妊娠中は使わないようにすべきですが、やむを得ない場合はサインバルタを服用しながら出産を迎えることが出来ないわけではありません。
精神的に不安定で、無理にサインバルタを減薬してしまうと、流産したり、ストレスから早産・死産になるリスクが高いと判断されるような場合は、服薬のメリットとデメリットを天秤にかけて慎重にサインバルタを継続する事もあります。
ちなみに抗うつ剤はほとんどが「C」に分類されていますが、、三環系抗うつ剤や一部の新規抗うつ剤(パキシルなど)は「D」と、危険度が一段階高く分類されています。
もし三環系抗うつ剤やパキシルなどを内服している方が妊娠してしまったり、妊娠する可能性があるという事であれば、「C」の抗うつ剤への変薬をしておいた方が安全です。
では授乳はどうでしょうか。
サインバルタは他の抗うつ剤と同じく、母乳に移行することが確認されているため、内服しながらの授乳はお勧めできません。
どうしても授乳したい場合はサインバルタの内服を中止し、薬が完全に抜けるまで1~2週間待ってから母乳栄養を開始するようにしましょう。
そしてサインバルタの服用を続ける場合は、赤ちゃんには母乳は与えずに人工乳を与えてください。
9.サインバルタ減薬時の注意 ~離脱症状
ほとんどの抗うつ剤は、急激に減薬したり断薬をすると「離脱症状」が生じる事があります。
これは抗うつ剤の血中濃度が急激に低下していく事に身体が対応できずに生じる反応で、患者さんの間では「シャンビリ」とも呼ばれています。
これは耳鳴りが「シャンシャン」と鳴り、手足が「ビリビリ」痺れることから付けられた名称であり、離脱症状の特徴を良く表しています。
抗うつ剤を服用して調子が良くなってきた方が、「もう飲むのを止めてもいいだろう」と自分の判断で服用を急に中止してしまうと離脱症状が生じてしまう事があります。
離脱症状の事を知らないと、突然耳鳴りやしびれが生じるため患者さんはとても驚きます。「何か病気にかかってしまったのではないか」「また病気が再発してしまったのではないか」と考えてしまったり、「自分は一生薬をやめられないんだ・・・」と落ち込んでしまう方もいます。
しかしこれらの考えはいずれもあやまりです。離脱症状は抗うつ剤の血中濃度が急激に低下したために生じているだけで、病気が再発したわけでもないしお薬を一生止められないわけでもありません。
離脱症状は、
- 作用の強い抗うつ剤
- 半減期の短い抗うつ剤
で特に生じやすいという特徴があります。
この理由は、これらの特徴を持つ抗うつ剤はお薬が身体の中にある時とない時の差が大きいためです。
強く効く抗うつ剤は、お薬が効いている時と効いていない時の差が大きく、半減期(≒作用時間)が短い抗うつ剤もそうでない抗うつ剤と比べて血中濃度に波が生じやすい傾向にあります。
サインバルタは半減期は短くないものの、作用はやや強めです。そのため離脱症状に一定の注意が必要になります。
離脱症状を起こさないために何よりも重要な事は、医師の指示通りに服用をする事です。自分の判断で服用をやめる事をせず、必ず主治医と相談してお薬の量は決めていきましょう。
また減薬する際になるべく少しずつ減薬していく事も重要です。少しずつ少しずつ減薬していった方が、血中濃度の変化が小さいため離脱症状も生じにくくなります。
サインバルタはカプセル製剤であるため、最小でも20mg単位での増減が出来ません。これはサインバルタのデメリットの1つです。
そのため「ちょっとずつ減量する」という方法がサインバルタでは取りにくく、これもサインバルタで離脱症状がやや生じやすい理由の1つとなります。
ただしメーカーは推奨していませんが、薬理的にはサインバルタは服用直前であれば脱カプセルして服用しても効果が得られると考えられます。
そのためサインバルタの減薬で離脱症状が生じてしまっている方は、サインバルタを脱カプセルする事で、細かい用量の調節を行うのも1つの手になります。
なおサインバルタの離脱症状とその対処法については下記の記事でも詳しく説明していますのでご覧下さい。
10.サインバルタの使い方
サインバルタはどのように使うのでしょうか。
もちろんその使い方は患者さんの症状の程度によって異なりますが、典型的な使い方をここでは紹介します。
まずサインバルタの添付文書には「用法・用量」として次のように書かれています(うつ病、うつ状態の用法・用量になります)。
<うつ病・うつ状態>
通常、成人には1日1回朝食後、40mgを経口投与する。投与は1日20mgより開始し、1週間以上の間隔を空けて1日用量として20mgずつ増量する。
なお、効果不十分な場合には、1日60mgまで増量することができる。
サインバルタは20mg1日1回投与から開始し、1週間以上の間隔をあけて20mgずつ増やしていきます。
維持量は40~60mgです。40mgだとセロトニン優位に作用しますが、60mgまで上げるとノルアドレナリンを増やす率が上がってくることが報告されており、ノルアドレナリンを増やしたい方(意欲低下や痛みが強い方など)は60mgまで上げることが推奨されます。
薬効の発現は他の抗うつ剤より早い印象があり、1週間程度で効果を感じられる方も少なくありません。
内服初期の副作用は、吐き気・胃部不快感といった消化器症状が多く、動悸や焦燥感なども時折出現します。心配な方はあらかじめ胃薬を併用して胃部症状を抑えますが、消化器症状のほとんどは初期の1~2週間で消失します。
まれにですが賦活症候群といって、内服初期に変に気分が持ち上がってしまうことがあります。気分に影響する物質が急に体内に入ったことで 一過性に気分のバランスが崩れるために起こると考えられています。
賦活症候群ではイライラしたり攻撃性が高くなったり、ソワソワと落ち着かなくなったりします。一時的なことがほとんどのため、抗不安薬などを併用して様子を見ることもありますが、自傷行為をしたり他人を攻撃したりと、危険な場合はお薬を中断します。
抗うつ剤では、便秘や口渇、尿閉などの抗コリン作用、 ふらつきめまいなどのα1受容体遮断作用、性機能障害などの5HT2刺激作用が出現することがありますが、SNRIはSSRIよりこれらの副作用は少なく、また、体重増加の副作用もあまりありません(体重減少する方もいます)。
副作用は程度が軽ければ様子を見ますが、症状に応じて下剤や整腸剤、昇圧剤などを使って対応することもあります。あまりに副作用が強すぎる場合は、別の抗うつ剤に切り替えます。
典型的な経過としては、 まずはイライラや不安感といった「落ち着かない感じ」が改善します。
その後に抑うつ気分が改善し、意欲ややる気などは最後に改善すると言われています。
効果を十分感じればその量のお薬を維持しますし、効果は感じるけど不十分である場合は、増量あるいは他のお薬を併用します。
最大量で1~2ヶ月服用を続けても効果がまったく得られない場合は、別の抗うつ剤に切り替える事も検討する必要があります。
気分が安定しても、そこから6~12ヶ月はお薬を飲み続けることが推奨されています。この理由は、この時期が一番再発しやすい時期だからです。
気分が安定すると「もう抗うつ剤をやめたい」と希望される方もいらっしゃいますが、再発させないためにもしっかりと一定期間服薬を続けましょう。
6~12ヶ月間服薬を続けて、再発徴候がなく気分も安定していることが確認できれば、その後2~3ヶ月かけてゆっくりとお薬を減薬していき、治療終了となります。
ただし再発を繰り返している方や再発リスクが高いと判断されるようなケースでは、より長期間抗うつ剤を服用し続ける事もあります。