アスペルガー症候群とは、どのような特徴を持つ障害なのか

近年、「アスペルガー症候群」という概念が注目されるようになってきています。ネットでアスペルガー症候群を調べ、「自分もアスペルガー症候群ではないか」と心配されて精神科を訪れる方も以前よりも多くなっている印象を受けます。

アスペルガー症候群は「コミュニケーション能力」「相手を気遣う能力」「集団で場の空気を読んで適切に行動できる能力」などといった数値化できない能力に障害を来たすため、その概念がなかなか分かりにくいものとなっています。

またアルペルガー症候群は「自閉症スペクトラム障害(いわゆる発達障害)」に属する障害なのですが、自閉症スペクトラム障害には他にも、

  • 自閉症
  • 発達障害(広汎性発達障害)
  • 注意欠陥多動性障害(ADHD)

など様々な概念が混在しており、これがまたこの障害の分かりにくさに拍車をかけています。

このような数値化できない能力の障害は、「性格の問題」「本人の努力不足」「甘え」と周囲に誤解されてしまいがちですが、近年ではアスペルガー症候群の研究が進み、「本人の努力不足が原因ではない」「脳の微細な異常が原因となっている可能性が高い」といったことが徐々に分かってきました。

アスペルガー症候群の方は、対人関係が上手にできない事で大きく苦しみ、更に周囲から「甘え」「努力不足」と誤解されて更に苦しんでいることが少なくありません。アスペルガー症候群の本質や特徴を正しく知る事は、これらの症状が自分の甘えや努力不足ではないことを再確認し、また生活にどのような工夫をすることで生きやすくなるのかのヒントを与えてくれます。

今日はアスペルガー症候群というものが一体どのような概念なのかについてみてみましょう。

1.アスペルガー症候群とは

アスペルガー症候群とは、どのような特徴を持つ障害なのでしょうか。

ざっくりというと、

知能は正常であるものの、生まれつき社会性の低下を認め、「相手の立場に立って考えられない」「場の雰囲気を読めない」「自然なコミュニケーションが行えない」といった症状を認め、それにより生活に様々な支障を来たしている方

に対して付けられている概念です。

アスペルガー症候群は自閉症スペクトラム障害に属します。

自閉症スペクトラム障害(自閉症、発達障害など)は、社会性の低下が主な症状になり、それに加えて知能の低下も多く認められます。しかしアスペルガー症候群は知能の低下は認めない点が特徴です。それどころか単純なIQだけを見れば通常よりも高い事すらあります。

知能は正常(むしろ高い場合もある)ではあるけども社会性の低下があるため、とりわけ周囲からは「本人の努力不足」と思われがちであり、これが多くのアスペルガー症候群の方が苦しむ点になります。

また他の自閉症スペクトラム障害と同じく、興味がかなり極端に限定されていることも多く、決められた手順通りにやらないと落ち着かなかったり、少しでも自分のやり方からはずれてしまうと途端にパニックになってしまう事があります。

アスペルガー症候群を発症する原因としては、何らかの理由によって脳に微細な損傷が生じたために生じるのではないかと推測されています。

その根拠としてアスペルガー症候群では、

  • 脳波異常が多く認められる
  • 脳画像検査において社会性に関係する部位の体積減少が認められることがある

という報告があります。

(アスペルガー症候群の原因については別記事でも詳しく説明しています)

アスペルガー症候群とは、自閉症スペクトラム障害(発達障害)に属する概念の一つです。 アスペルガー症候群は、知能低下は伴わないけども、コ...

アスペルガー症候群は先天性の特性(生まれた時から認める特性)になります。そのため、明らかなアスペルガー症候群の場合、ほとんどは幼稚園や小学生で親や学校の先生が気付き、適切に診断されます。しかし軽度のアスペルガー症候群の場合は、「ちょっと変わった子だな」「内気な性格なのかな」と判断され、障害の診断を受けずにそのまま成人してしまう事もあります。

本人が別に困っていないのであればアスペルガー症候群の診断など受ける必要はありませんが、本人が困っている場合、「アスペルガー症候群です」と診断してあげることにはメリットがあります。

アスペルガー症候群は先天性の障害であるため、残念ながら根本を治すことはできません。しかし診断をすることで、「自分の努力不足なのではないか」「自分が甘えているのではないか」といった本人の心の重荷が取れることがあります。また診断を受けることで医療や福祉から適切なサポートを受けれるようになり、これが生活の改善につながる事もあります。

2.アスペルガー症候群の3つの特徴

アスペルガー症候群の根本となる症状は「社会性の低下」です。

社会性とは、社会(集団)の中で生きていくに当たって必要な能力の事で、

  • 人と適切なコミュニケーションが取れる
  • 場の空気を読んで適切に行動できる
  • 相手の立場になって考えることができる

といった能力を指します。

アスペルガー症候群の症状について考える時、よく言われるのか「三つ組みの障害」と呼ばれるものです。いずれも社会性の低下につながる症状ではあるのですが、ここでは三つ組みの障害について紹介させて頂きます。

(アスペルガー症候群の症状については別記事でも詳しく説明しています)

アスペルガー症候群は自閉症スペクトラム障害に属する概念であり、知能に低下は認めないものの、主に対人関係やコミュニケーションを苦手とする特性を...

Ⅰ.対人関係の障害

かんたんに言えば、「人付き合いが上手く出来ない」という事です。アスペルガー症候群の方は、相手と程よい距離間を持って自然なコミュニケーションを取ることが苦手になります。

具体的に言うと、人と話している時に、

  • 目が泳いでしまう、視線が不自然
  • 場にそぐわない表情
  • 対話する距離感が近すぎる

といった症状が認められます。これにより相手に不自然な印象を与えてしまい、対人関係がうまくいかなくなってしまうことがあります。

一方で視覚的なコミュニケーション(手紙などの文章によるコミュニケーション)は良好に行える事が多いのも特徴です。そのため私はアスペルガー症候群の方の診察をするとき、事前に自分が話したい事をノートに書いてきてもらうこともあります。診察中も対人関係の障害は認めるため、口頭で伝えようとすると上手く自分の症状を伝えられない方もいらっしゃいますが、文章で書いてきてもらうとみなさんとても丁寧で分かりやすく近況を伝えることができます。

言葉によるコミュニケーションも表面上は行えます。しかし言葉をそのまま「文字通り」素直に受け取るため、行間を読む事が苦手です。俗にいう「場の空気を読む」「行間を読む」という事ができません。このため冗談が通じない事が多く、冗談で言ったことを素直に真に受けてしまう事があります。

同様に曖昧なコミュニケーション手段は非常に苦手であり、身振りや表情で伝えたり、アイコンタクトで伝えあったりという事が困難です。

アスペルガー症候群の方はこのように対人関係における「不器用さ」が認められます。

Ⅱ.想像力の障害

アスペルガー症候群では、相手の気持ちになって考える事が困難だと言われています。これは「心の理論の障害」と呼ばれることもあります。

私たちが相手に気遣いをする時というのは、相手の立場になってみるという「想像」をすることで「もし自分が〇〇さんだったら、これをされたらイヤだな」「これをされたらとても嬉しいな」と考えています。アスペルガー症候群の方はこれがとても苦手なのです。

想像力の障害を見極める有名なテストとして、「サリーとアンの課題」というものがあります。

これはサリーの立場になって考えることができるのか、というのを見るテストです。

サリーとアンという少女がいます。サリーはカゴを持っており、アンは箱を持っています。

サリーが自分のカゴにボールをしまいました。

サリーは一旦その場を離れますが、その間にアンがボールを自分の箱に移し替えてしまいました。

その後、戻ってきたサリーはボールで遊びたいと思いました。この時、サリーは

1.自分のカゴを開けるでしょうか
2.それともアンの箱を開けるでしょうか。

(カゴは蓋をされていて、開けないと中身が分からないものとします)

サリーとアンの課題はこのような内容です。みなさんは答えが分かるでしょうか。

答えは「1.自分のカゴを開ける」です。

サリーの立場になって考えるとサリーはアンがボールを移し替えたことを知らないため、当然ボールは自分のカゴに入っているままだと考えます。

しかしアスペルガー症候群の方は「2.アンの箱を開ける」と答える方が多いのです。これは、アスペルガー症候群の方はサリーの立場になって考えることができないため、事実だけに目を向けてしまい「事実、ボールはアンの箱に入っているのだから、2が正しいでしょう」と考えてしまうためです。

このように相手の立場に立って考えることが苦手であるためアスペルガー症候群の方は、気遣いが苦手だったり、時に人を傷付けてしまうことがあります。また相手と気持ちを「分かち合う」ことも苦手であり、喜びや達成感をともに分かち合うという事が上手ではありません。

しかし誤解してはいけないのが、「空気を読まない」「人に気を遣わない」という悪意があるわけではないという事です。「読まない」のではなく「読めない」のです。周囲の方はこれを誤解しないであげて下さい。

アスペルガー症候群の方と深く接するようになると、みなさん非常に素直で正直な方が多い事に気付かされます。悪意があるわけではないのだけど、「空気が読むのが苦手」「人に気を遣う事が苦手」なのです。

Ⅲ.限定された興味・こだわり

アスペルガー症候群の方は興味が極端に偏っていたり、こだわりが非常に強いことが多く認められます。

これは一長一短であり、この症状によって時に常人では考えられないような集中力、記憶力を発揮して偉業を達成する人もいます。このような特定の領域に関して非常に優れた能力を発揮する事を「サヴァン能力」と呼びます。アスペルガー症候群には有名人・著名人が少なくないのですが、これは興味やこだわりの強さが良くはたらいた例になります。

子どものうちであっても、100種類以上あるゲームのキャラクターを全て完璧に覚えていたり、何百種類もの昆虫を全て記憶していたりと驚くような興味・記憶力を発揮することがあります。芸術家や研究者などで、著明な偉人の中には「アスペルガー症候群だったのでは?」と言われている人も少なくありません。

しかしこの興味やこだわりが悪い方向に向いてしまう事もあります。些細なこだわりを曲げることができずに人を衝突してしまったり、他者から見ると不要と思われる儀式的な行動を行わないと気が済まないといった症状となって表れることもあります。

Ⅳ.その他の症状

その他に、

・不器用:細かい作業が苦手であったり、運動神経が悪い
・感覚過敏:細かい物音が気になったり、特定の肌触りの服しか着れなかったりする

といった症状が認められることもあります。

3.アスペルガー症候群は何が問題なのか

アスペルガー症候群とはじめとする自閉症性スペクトラム障害は、主に社会(集団生活)における対人関係において支障を来たし、本人はそのことで大きく苦しみます。

例えば、

・友人関係がうまく作れず、孤立してしまう
・仕事でチームワークがうまく取れない
・悪意は全くないのに、人を怒らせてしまう

などが挙げられます。

これはもちろん本人の努力不足ではありません。本人は精一杯努力しているのですが、それでも上手く出来ないのです。だからこそ本人はひどく苦しみ、どうしたらいいのか分からなくなってしまい絶望してしまうのです。

「本人が努力すれば治る」というものであればそれは障害ではありません。一生懸命努力すればいいだけの話です。しかしアスペルガー症候群の場合、脳の微細な異常が指摘されていることからも分かる通り、本人の努力だけで解決するものではありません。

努力しても人付き合いがうまくいかないとなると、社会的に孤立してひきこもってしまったり、学校や仕事が続けられずに不登校や出社不能になってしまったり、交際相手と上手くいかずに悩んだりといったことが生じます。

このような出来事は精神的に大きなストレスになりますので、このような精神的ストレスから二次的にうつ病や不安障害、強迫性障害などの疾患を合併してしまう事もあります。

このようにアスペルガー症候群はそれ自体が問題なのではなく、それによって対人関係などに支障を来たし、それが原因で本人が苦しんだり、本人の人生に不利益が生じてしまう事が問題なのです。

そのため、「少し空気が読めない」「人間関係のトラブルがやや多い」という症状はあるものの、本人や周囲がそこまで困っておらず、おおむね普通に日常生活を送れているのであれば、仮にそれが軽度のアスペルガー症候群であったとしてもわざわざ診断名を付ける必要もないし治療を行う必要もありません。

本人や周囲が何も困ってないのに、無理矢理病院を受診させて「君はアスペルガー症候群だ」と伝える必要など、全くありません。それは医療者のただの自己満足になってしまいます。

しかし社会性の障害によって本人が困っていたり苦しんでいるのであれば、精神科を受診し、私たち精神科医に相談してみて下さい。本人が困っているのであれば、アスペルガー症候群であるかどうかを精神科医が適切に判断し、もしアスペルガー症候群なのであれば医療・福祉面からサポートできることがあるからです。

(具体的にサポートできることの一例を別の記事に書いていますのでこちらもご覧下さい)

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アスペルガー症候群はこのように、該当する人全員に無理矢理診断を付けるものではなく、一般的な疾患や障害とは異なった側面を持っています。そのためアスペルガー症候群をはじめとした自閉症スペクトラム障害を「障害」「病気」と扱うのはおかしいのではないかという意見もあります。

4.アスペルガー症候群の位置づけ

アスペルガー症候群は、「自閉症スペクトラム障害」に属する疾患になります。

しかしこの辺りの疾患名は様々な名称があり非常に分かりにくくなっています。これは自閉症スペクトラム障害に様々なタイプがある事に加えて、時代とともに研究が進み、それに伴って呼び名も次々と変わってきているからです。

ザッと挙げるだけでも、

・発達障害
・広汎性発達障害
・自閉症
・アスペルガー症候群(アスペルガー障害)

など様々な呼び名があります。これらの概念がまだしっかりと統一されていない事も、これらの障害が誤解を受けやすい一因でしょう。

ではこれらはそれぞれどのような違いがあるのでしょうか。

これらの障害は現在では全て「自閉症スペクトラム障害(自閉スペクトラム症)」としてまとめられています。つまりアスペルガー症候群も診断的に言えば、自閉症スペクトラム障害の一型だという事になります。

このような障害の元をたどると、最初は「自閉症」という概念が生まれたのが始まりです。自閉症を命名したのはカナーというアメリカの精神科医です。

カナーは子供の統合失調症の中に自閉を主症状とする症例がいる事に気付き、「これは普通の統合失調症とはどうやら異なる病態のようだ」と考え、1940年頃にそれを「自閉症」として報告しました。カナーが報告した自閉症の多くは知能低下も伴っていたため、当初は自閉症と言えば知能低下が伴うものだと認識されていました。

同時期にオーストリアの小児科医であるアスペルガーが、知能低下を伴わない自閉症の報告をしました。自閉症というのは知能低下を伴うという常識があったその時代において、知能低下を伴わない自閉症は別の病態として受け取られ、これは「アスペルガー症候群(アスペルガー障害)」と呼ばれるようになりました。

しかし自閉症もアスペルガー症候群も知能低下の有無以外は共通点が多かったため、知能低下を伴わないアスペルガー症候群を「高機能自閉症」と呼び、知能低下を伴う自閉症を「低機能自閉症」と呼んで、両者をタイプの異なる「自閉症」だと考えた時代もありました。

1980年頃になるとアメリカ精神医学会が発刊しているDSMという診断基準の第3版(DSM-Ⅲ)が発刊され、ここに「広汎性発達障害」という診断名が初めて登場しました。広汎性発達障害は自閉症との共通項が多かったため、まもなく自閉症と広汎性発達障害は同様の病態として考えられるようになります。また、これらの疾患の症状は必ずしも「自閉」だけではないことから「自閉症」よりも「広汎性発達障害」という名称の方がより適切だと考えられ、両者をまとめて「広汎性発達障害」と呼ぶようになりました。

それからも研究は進み、これらの自閉症疾患は「ここからが病気でここからは正常」と明確に線引きができるものではないことが指摘されるようになりました。自閉症の人と健常者の境界線ははっきりと決まっているわけではありません。明らかに自閉症という方もいますが、「自閉症に近いけどギリギリ健常内の人」もいれば「健常に近いけど自閉症に入る人」もいます。

自閉症はこのような連続体(スペクトラム)であり、このスペクトラムの中に自閉症もアスペルガー障害も発達障害も含まれるのだという考えのもと、近年ではこれらをまとめて「自閉症スペクトラム障害」と呼ぶ流れとなっています。

ちなみに自閉症の最初の報告者であるカナーは、自閉症の親について「保護者は強迫的で冷たい」と記載したため、これが大きく取り上げられ、「自閉症は親の原因だ」「親の愛情不足で自閉症になる」という誤解が一時期広がってしまいました。現在では両親の育て方の影響は否定されていますが、未だこの誤解は根強く残っており、不要な罪悪感に苛まれる両親は少なくありません。

しかし1960年頃には統計学的な調査からも、「自閉症発症児とそうでない児において、両親の育て方に違いはない」という事が確認されています。ご両親は自分たちの事を責めないよう、お願いいたします。

このように、様々な変遷を経て、その都度名称が変わってきているため、自閉症スペクトラム障害の概念は大変分かりにくくなっています。

現在は全て「自閉症スペクトラム障害」と表現するのが正しいのでしょうが、「アスペルガー」「自閉症」「広汎性発達障害」という用語の世間への浸透も大きく、これらの用語も未だ使われ続けているのが現状です。