アスペルガー症候群の方とその周囲が仕事の際に注意すべきポイント

アスペルガー症候群は、自閉症スペクトラム障害(発達障害)に属する概念です。その代表的な症状としては、

  • コミュニケーションがうまく行えない
  • 自己流のやり方にこだわってしまう
  • 不器用なことが多い

などがあります。アスペルガー症候群の方は特に対人関係でトラブルとなってしまう事が多く認められます。特に大人においては「仕事」は対人関係を介して行われることが多いため、当人が悩んでしまうケースは少なくありません。

アスペルガー症候群を持っているから仕事が出来ないというわけではありません。アスペルガー症候群の方は知能低下は認められないため、工夫すれば仕事にうまく適応することは十分に可能です。大切な事は自分の特性をしっかりと認識し、周囲にも協力してもらえる事は協力してもらう事です。

今日はアスペルガー症候群の方が仕事をする際に注意すべきポイントについて考えてみましょう。

なお同じアスペルガー症候群の方であってもその程度は人それぞれであるため、ここでお話することはあくまでも一般論的なものになります。細かい点は個々人で異なるため、主治医等とよく相談して工夫してください。

1.アスペルガー症候群の方が仕事で陥りやすい問題

アスペルガー症候群の方は、仕事でどのような問題に直面しやすいのでしょうか。その代表的な症状から考えてみましょう。

アスペルガー症候群では

  • 対人関係(人付き合いやコミュニケーション)がうまく行えない
  • 相手の立場になって考えることが苦手
  • 喜びや達成感といった感情を人と分かち合う事が苦手

といった症状を認めます。このため、何人かのチームで仕事を進める場合は対人関係の問題が生じてしまうことがあります。

また、

  • 自己流のやり方などへのこだわりが強い
  • 不器用なことが多い
  • とっさの対応が苦手
  • 複数の作業を同時に行う事が苦手

などの症状も認めます。そのため、仕事内容によっては十分なパフォーマンスを発揮できない事があります。

これらのアスペルガー症候群の症状から、具体的にどのような問題が生じやすいのかを見てみましょう。全てのアスペルガー症候群の方に当てはまるわけではありませんが、「このような傾向が見られる方は多い」というものを挙げていきます。

Ⅰ.チーム内での連携がうまく出来ない

アスペルガー症候群をはじめとした自閉症スペクトラム障害の主な症状に、「対人関係がうまく構築できない」「コミュニケーションが苦手」というものがあります。そのため、コミュニケーション能力や人付き合いを上手にやっていくことが要求される仕事では問題となってしまう事が多いようです。

具体的に言うと、複数の人間でチームを作って進めていくような仕事は苦手な方が多いでしょう。複数人で共同で仕事を行う場合、チーム内で連携が取れていることは非常に重要で、これは仕事の進行にも大きな影響を与えます。

アスペルガー症候群の方は、どうしても適切なコミュニケーションを取ることが苦手です。また相手の言葉の行間を読むことや、場の雰囲気から自分が今すべきことを判断することも苦手であるため、連携がうまく行えません。そのため、チーム作業でトラブルが生じやすくなってしまうのです。

Ⅱ.曖昧な指示が苦手

アスペルガー症候群の方は言語自体の理解能力は正常なのですが、言語をそのまま真正面から理解してしまう傾向があります。そのため、「行間を読むこと」「空気を読むこと」といった曖昧さを含むコミュミケーションは苦手です。

「良きに計らっておいて」
「適当に仕上げといて」

などといった曖昧な指示は、「良いようにってどういうこと?」「適当ってどういうこと?」と相手が言いたい事を十分に受け取ることができません。曖昧な指示を受けた場合、「今までの感じからいうとこれくらいの事をやればいいんだな」という非言語的な理解がなかなかできないため、トラブルの元になることがあります。

Ⅲ.とっさの対応・臨機応変な対応が苦手

アスペルガー症候群の方は、とっさの対応や臨機応変な対応というものが苦手です。

予定された仕事を自分のペースで行うことはむしろ得意ですが、相手のペースに合わせる仕事や予定外のスケジュールが多く入る仕事は苦手で、これもトラブルのしばしば原因となります。

相手の都合に合わせて臨機応変にスケジュールや仕事内容を変更しないといけない営業職や接客業はアスペルガー症候群の方には不向きである事が多いようです。反対に、自分のペースで行えることの多い芸術家、研究者、事務職などは向いていることが多いようです。

Ⅳ.複数の仕事を同時進行するのが苦手

アスペルガー症候群の方は、1つの事に対して集中することは苦手ではありませんが、複数の仕事を同時進行させる事が苦手です。そのため、多くの仕事が一気に来るような仕事内容であると、パニックになってしまいトラブルが生じやすくなります。

Ⅴ.非効率的な自己流のやり方にこだわってしまう

アスペルガー症候群の方はこだわりが非常に強い傾向があります。非効率的だと頭では分かっていても、特定のやり方でやらないと気が済まないことがあり、これは「周囲と比べて明らかに仕事のスピードが遅いやり方にこだわる」など、時に仕事に悪影響を及ぼしてしまいます。

2.アスペルガー症候群の方が持つ仕事に役立つ良い特徴

アスペルガー症候群の方が仕事をするに当たっては確かに不利なこともあります。しかしその反対に「アスペルガーの特性があるからこそ活躍できる」こともあるのです。

実際、著名人や偉人の中にはアスペルガー症候群だったのではと言われている人間が少なくありません。アスペルガー症候群の方は、普通の人にはない高い能力を持っているという事でもあるのです。

具体的にどのような特徴があるのか、良い側面を見てみましょう。

Ⅰ.特定の分野には突出した知識を持つ

アスペルガー症候群の方は、興味やこだわりが限定されやすいという特徴があります。そのため興味のある事に対しては並外れた記憶力と集中力を発揮し、普通の人の何倍もの知識を身に付けていることがあります。

これは仕事においては長所になることもあります。特定の分野の知識が人より秀でているという事は、その分野のプロフェッショナルになれるという事です。特定の分野における知識が並外れて高いため会社でも重宝されたり、中には研究者として大きな業績を残したりすることもあります。

Ⅱ.1つの事に対して、高い集中力を持つ

アスペルガー症候群の方は、複数の作業を並行して行うことは苦手ですが、決まった1つのことであれば高い集中力を持って作業をすることができます。

その集中力を上手に生かすことができれば、その仕事内容も高く評価されます。

Ⅲ.決まった仕事内容であれば真面目にしっかり行う

基本的にアスペルガー症候群の方は真面目で熱心な方が多い印象があります。

そのため仕事内容がハマれば、その仕事を真面目に一生懸命やってくれます。ついついサボってしまうのが人の性ですが、決められた仕事を真面目に一生懸命やってくれるというのは会社としては非常にありがたい事です。

臨機応変に色々な事をやる、という力は確かに弱いことが多いのですが、その反面で1つの決まった仕事に対しては熱心に一生懸命やってくれます。

3.アスペルガー症候群の方が仕事で気を付けるポイント

アスペルガー症候群の方の仕事における特徴をみてきました。

それを踏まえて、仕事をする際にアスペルガー症候群の方が気を付けるべきポイントを考えてみましょう。

もちろん仕事ですから、全て自分の希望通りになるという事はないかもしれませんが、改善できそうなところだけでも工夫してみる価値はあります。

Ⅰ.指示は明確にしてもらう

アスペルガー症候群の方は、曖昧な指示がしっかりと理解できない事があります。そして、それがトラブルの原因となります。そのため、できる限り指示は具体的にもらうようにしましょう。

例えば、アスペルガー症候群の方は人との距離間がうまくつかめないため、必要以上に近く接してしまったり反対に遠く接してしまったりという事があります。これが問題となって指摘をされた時、例えば「もっと距離をとって話せ」と指示されたとしても、「どれくらい距離を取ればいいのか分からない・・・」と感じてしまうかもしれません。

このとき「では何センチくらい距離を取ればいいのでしょうか」と具体的に聞いてみましょう。

具体的に「52cmだ!」といった回答は得られないでしょうが、「そうだなぁ。だいたい50cmくらいだと考えておきなさい。」などの目安がもらえれば、「どのくらいの距離が適正か」がはっきり分かるため対応がしやすくなりますよね。

Ⅱ.なるべく自分のペースで出来る仕事を選ぶ

とっさの対応や臨機応変な対応を求められる仕事は不向きである事が多いようです。できるだけ自分のペースで出来る仕事を選びましょう。

また、自分のペースを維持するための環境も大切です。仕事中に意識があちこちに向かないように、机の上はしっかりと整理整頓しておきましょう。

隣の人の動きがどうしても気になってしまうという人もいます。可能であれば、簡単な仕切りを付けれないかどうか検討してみましょう。仕切りを付けただけで大分集中できるようになったという方もいます。

複数の仕事がある場合は、優先順位をつけて1つずつやるようにしましょう。

アスペルガー症候群の特徴として、複数の作業を同時並行する事は苦手な事が多いです。そのため、一個ずつ確実にやった方が結果的には早く終わるでしょう。

Ⅲ.自己流に陥っていないか定期的にチェックする

アスペルガー症候群の方は、こだわりの強さや不器用さなどから、自己流のやり方で仕事を行ってしまう事があります。それは上手くいっている方法であればいいのですが、周囲と比べて明らかにスピードが遅かったり、非効率的であったりすると、仕事への支障が生じてしまいます。

しかし自分では自分のやり方が自己流になっているかどうかというのはなかなか気付かないものです。

そのため、定期的に周囲を見渡して、自分と他者のやり方が異なっていないかを確認するクセをつけたり、周囲にお願いして定期的に自分のやり方が自己流のまずいやり方になっていないかチェックしてもらうことは重要です。

Ⅳ.困った時は勇気を出して相談する

アスペルガー症候群の方は困った時に他者に、「相談する」「質問する」という選択をしない方が少なくありません。

それはコミュニケーション能力の問題でもあるのですが、前に相談した時に「そんな事も分からないのか!」と怒られてしまった経験があるため「また叱られたらどうしよう・・・」と考えてしまうから、という理由もあります。

そのため、できれば周囲にも症状の特性を理解してもらい、相談しやすい体制を作っておくことが大切です。

Ⅴ.選択肢を持つ

アスペルガー症候群の方は、とっさの出来事に対して臨機応変に対応することが苦手です。

仕事中はとっさの出来事が生じることもありますが、実はその多くは全く予測できないものではありません。

例えばアスペルガー症候群の方が苦手な状況として、「突然の電話」があります。確かに電話は相手の都合でかかってくるため、自分のペースで行えるものではありません。しかし、「仕事中は、時々電話がかかってくる」という事は想定することが十分可能な出来事です。

こういった予測できるとっさの出来事に対しては、無理して臨機応変に対応しようとするのではなく、事前に自分の中で選択肢をいくつか作っておきましょう。

といってもそんなに難しいものでなくて構いません。

  1. その時の仕事に余裕があれば出る
  2. その時の仕事に余裕がなければ、事務の人に頼んで折り返し電話するように伝える
  3. しばらく仕事に余裕がなさそうであれば、同僚にお願いする

などいくつかの選択肢を作っておき、「とっさに対応する」ではなく「選択肢の中から対応を選ぶ」ようにするのです。アスペルガー症候群の方はこのようにパターンを作っておいて、それに沿って行動するのは苦手ではありません。

できればこの対応法はメモ帳などに書いておき、すぐに見返せるようにしておきましょう。

Ⅵ.振り返りが出来る体制を

仕事で上手くいったところ、反対に上手くいかなかったところを振り返り、次に生かせるようにする事が大切です。アスペルガー症候群の方は知能は正常であり、学習する事によって次の失敗を回避することが十分可能なのです。

ただし、成功や失敗の「理由」が分からないと振り返りもできず、次に生かせません。

1人で振り返りをしても、「なぜあの時に相手を怒らせてしまったのか」「なぜあの時に上司に褒められたのか」などは分からないこともあります。そのため、理想を言えば職場の人と振り返りが一緒に出来ると良いでしょう。

状況的に難しいようであれば、職場の産業医やカウンセラーと定期的に面談して振り返りをしたり、主治医や家族と振り返りをすることも有効です。

Ⅶ.タイマー、メモ帳などを活用しよう

アスペルガー症候群の方は、

・過集中してしまい、時間が過ぎても気づかない
・臨機応変な対応が苦手

などの症状があります。これらはすぐには治せないものですが、何も自分の力だけで改善させる必要はありません。何らかのツールを使う事で改善が得られそうであれば、そういったツールは積極的に利用しましょう。

例えば、過集中してしまって時間が過ぎても気付かないという方は、仕事を始める前にタイマーをセットしておくと良いでしょう。臨機応変な対応が苦手であれば、そのような時にどのような行動をすべきか事前にメモをしておいて、いざその場になったらまずはメモを確認してもよいでしょう。

このように使えるツールは意外とあるものです。利用できるものはどんどん利用しましょう。

Ⅷ.休憩は意識的に取ろう

アスペルガー症候群の方は熱中・集中しやすい傾向があるため、休憩を上手に取れない事が多いようです。

これは短期的には大きな問題にはならないかもしれませんが、長期的に見れば休憩不足で作業効率が更に低下したり、精神的疲労が溜まってうつ病などを発症しやすくなったりします。

休憩は「疲れたら取ろう」という感覚に任せるのではなく、「〇時間仕事したら、〇分休もう」とルールを決めて意識的に取るようにしましょう。

4.アスペルガー症候群の方と一緒に仕事をする方が気を付けたい事

アスペルガー症候群の方が職場にいる場合、同僚の方がちょっと工夫をしてくれるだけで、当人はとても働きやすくなります。そうすれば、トラブルも減るため周囲の方にとっても良い方向となります。

アスペルガー症候群の方が職場にいる場合に、周囲が気を付けたいポイントについて紹介します。

Ⅰ.指示は具体的に

アスペルガー症候群の方は、曖昧さを含む表現を適切に理解することが苦手です。

職場の雰囲気を読んで行動したり、職場の暗黙のルールに従った仕事をする、というのは「出来ない」と思っておいた方が良いかもしれません。

そのため、指示は「具体的に」「明確に」してあげましょう。

「みんながやっている感じで」
「いつもの感じで」

などといった曖昧さを含む指示ではなく、

「〇〇を××時までに仕上げて欲しい」

という具体的に指示を出してあげてください。

Ⅱ.症状なのだと理解する

アスペルガー症候群の方は、その症状から時に職場で不適切な言動を取ってしまい、周囲を不快にしてしまう事があります。

しかしこのような言動に対して頭ごなしに叱る前に「これは悪気があってやっているわけではなく症状なのだ」と考えるようにしてあげてください。

例えば、生まれつき目が見えない人に画像を見せて、「なんでこの画像が分からないんだ!」と叱っても意味はありませんよね。基本的にはこれと同じなのです。

症状としてやってしまっているだけなのに、それを感情的に叱っても何の解決にもなりません。

大切なのは冷静に客観的に対処することです。不適切な言動に対して注意をしてはいけないというわけではありません。注意はすべきなのですが、感情的にするのではなく、冷静に具体的に注意をしてあげてください。

「こういった君の言動は、こういった理由で相手を不快にするから、このように工夫してみてはどうか」など具体的にアドバイスできるのが理想です。「こんな常識も分からないのか!」などといった具体性のない注意の仕方だと改善は得られず、ただ当人の自己評価が低下してしまうだけになります。

Ⅲ.必要な指示だけ伝え、なるべく余計な事は伝えない

アスペルガー症候群の方は、複数の指示を一気に理解する事が苦手です。また、こだわりの強さから、複数の指示をした場合、こっちが重視していない指示の方を重点的に受け取ってしまう事もあります。

そのため、指示は必要最小限にして、必要な事だけなるべく簡潔に伝えるのが良いでしょう。

Ⅳ.叱るのではなく、教える

私たちは叱る場合に、「もっとちゃんとしなさい」「常識的に考えなさい」「そんなことはダメだ」などと抽象的な叱り方をしてしまう事が多いようです。これは日本の文化的な側面もあるのかもしれませんが、アスペルガー症候群の方にとってはこれはあまり良い方法とはいえません。

というのも、普通の人であれば失敗した時に怒られれば、状況から察することで「これはしてはいけない事なのだ」と常識や雰囲気と照らし合わせて自分で学ぶことができますが、アスペルガー症候群の方は具体的でなければ学ぶことが苦手なので、ただ失敗した時に怒られるだけだと、「ではどうすればいいの??」と分からなくなってしまうからです。

この時、叱るのではなく「こうすれば良くて、こうするとダメなんだよ」と教える事ができればアスペルガー症候群の方は学ぶことができます。

私たちはついつい叱ることばかりをしてしまいますが、それだけではなく「そうではなくてこうして欲しい」と教える事も加えると、その後のトラブルも少なくなると思われます。

5.アスペルガー症候群の方が向いている仕事

アスペルガー症候群の方はどんな仕事が向いているのでしょうか。

これも個人差があるため、全ての人に当てはまるものではありませんが、今まで見てきたアスペルガー症候群の特徴を見ると、

・1人で完結できる要素が大きい仕事
・複数の作業を同時並行することのない仕事
・とっさな対応や臨機応変さを求められない仕事

が向いていると言えます。

一例を挙げると、

・専門職、職人
・研究者
・芸術家

などは向いているのかもしれませんね。事実、著明な研究者や職人さん、芸術家にはアスペルガー症候群であった方が少なくありません。