「眠れない」という悩みは非常に多くの方が抱えています。
ある調査によれば、日本では5人に1人が不眠で悩んでいるとも言われています。
しかしこれだけ多くの方が困っている事なのに、睡眠に関する正しい情報というのは驚くほど浸透していません。
「睡眠薬を使うよりお酒を飲んで寝た方が安全」
「睡眠薬を使ったら二度とやめられなくなる」
「睡眠時間は8時間取るのが一番良い」
一例ですがこのような誤った情報を信じ、実践している方も少なくありません。
間違った情報を元に不眠を改善させようとしても治るはずはなく、より不眠で悩む事になってしまいます。
睡眠に関する間違った情報が蔓延している理由として、良い睡眠というのは人それぞれで異なる事が挙げられます。そのため、ある人にとっての正解は他の人にとっての正解でない事もあり、どの情報が自分にとって正しいのかが分かりにくいのです。
不眠で悩んでいる方は、まず睡眠に対する正しい知識を得て、そこから自分にとっての「良い睡眠」を見つけていく必要があります。
その第一歩は、自分が眠れていない原因は何なのかを見極める事です。
今日はまず不眠が生じる原因についてお話しさせて頂きます。
1.不眠症とは
不眠症とはそもそもどういう状態を指すのでしょうか。
かんたんに言えば不眠症は「眠れなくなってしまう疾患」ですが、では具体的にどれくらい眠れなくなったら不眠症となるのでしょうか。
・〇時間未満の睡眠時間であれば不眠症
・睡眠の質が〇〇以下であれば不眠症
など、具体的な指標があるのでしょうか。
実は不眠症の定義というのは、客観的な指標は少なく、主に本人の感じる主観的な症状によって診断されます。睡眠時間の長さも睡眠の質も不眠症になる要素の1つではありますが、これらにのみによって不眠症の判定が行われる事はありません。
具体的に不眠症とは、次の2つを満たすような状態を指します。
- 本人に「十分な睡眠が取れていない」という感覚がある
- それによって生活に支障を来している
この2つを満たしていた場合、不眠症と考えます。
本人が「十分な睡眠がとれていない」と困っていて、それによって「日中の仕事の集中力が落ちている」「日中常に疲労感を感じている」「眠気で必要な活動が出来ない」などの生活への支障が生じている場合です。
例え10時間以上ベッドで横になっていたとしても、「十分な質の睡眠がとれていない」「それによって日中に集中力が落ちたりと支障が生じている」という事であればこれは不眠症と考えます。
反対に考えれば、例え睡眠時間が一般的には短い時間であっても本人が困っておらず、生活への支障を生じていないのであればこれは不眠症とはなりません。
時々「では、毎日2時間しか眠っていない人でも、本人が困っていなければ不眠症ではないのか」と聞かれますが、これは診断的に言えば不眠症にはなりません。もっとも睡眠時間に個人差はありますが、おおよそ3~10時間程度が普通の睡眠時間だと言われており、上記の例は不眠症にはならないものの「睡眠時間の不足」はあり、放置すれば今後様々な支障が生じる可能性はあります。
2.本態性不眠症と二次性不眠症
不眠症はその原因によってざっくりと2つに分ける事ができます。
それは、
- 本態性不眠症
- 二次性不眠症
の2つです。
本態性不眠症というのは、特に原因がない不眠症です。これに対して、何らかの原因で不眠が出現している場合は二次性不眠と呼ばれます。
では、本態性不眠と二次性不眠はどちらの割合の方が多いのでしょうか。
割合でいうと本態性不眠症というのは極めて少なく、不眠症のほとんどが何らかの原因がある二次性不眠症になります。
つまり不眠症のほとんどには何らかの原因があるという事で、不眠で悩んでいる方は自分の不眠の原因をしっかりと見極める事が正しい治療につながります。
4.不眠症にはどのような原因があるのか
では不眠症を発症する原因にはどのようなものがあるのでしょうか。
不眠症の患者さんの診察をさせて頂くと、次のような原因が多くを占めます。
Ⅰ.精神的な原因
精神的なストレスは不眠の主な原因となります。
どのようなものであっても本人がストレスと感じるようなものは睡眠を悪化させてしまいます。
代表的なものとしては、
- 不安
- 緊張
- 落ち込み
- イライラ
などが生じるストレス因子があります。仕事、友人、コミュニティーでの対人関係のストレスや、環境的なストレス(仕事が合わない、引っ越し先の雰囲気が合わない)などが多く、これらのストレスによって上記症状が出現すると、不眠も生じてくる可能性があります。
ストレスを受けると身体は常に緊張状態を保とうとするため、交感神経(緊張の神経)が興奮し、副交感神経(リラックスの神経)が働かなくなります。すると身体が睡眠モードに入りにくくなるため、眠れなかったり、眠れたとしても睡眠の質が浅くなったりしてしまうのです。
同じような理由で、精神疾患でも高率で不眠となります。例えば、
- うつ病
- 不安障害
- 双極性障害
- 統合失調症
などの疾患では効率で不眠症が合併しますが、これも慢性的に精神的ストレスがかかっているため不眠になりやすいという事なのです。
この場合は、不眠症の治療を行うだけでなく、精神的ストレスの除去や精神的ストレスに対する対処法を学ぶ必要があります。また精神疾患を発症してしまっている場合には、その精神疾患の治療も重要になります。
Ⅱ.身体的原因
身体症状や身体疾患が原因で不眠が生じる事もあります。
例えば睡眠中に
- 痛み
- かゆみ
- 息苦しさ
- 尿意
などの身体症状が強ければ良い眠りが邪魔されてしまうのは分かりやすいでしょう。
また、これらの症状を生じる疾患、例えば、
- 痛みを生じる癌など
- かゆみを生じるアレルギー疾患など
- 息苦しさを生じる心不全や慢性閉塞性肺疾患、睡眠時無呼吸症候群など
- 頻尿となる過活動膀胱
- 足のむずむずが生じるむずむず脚症候群
などでは、その身体症状によって不眠が生じる事があります。
このような身体的原因によって不眠が生じている場合は、まずは身体症状の改善を試みるべきです。睡眠薬などを使って、不眠にのみアプローチを行っても、根本の原因である身体症状が改善されていなければ、睡眠の質を高める事は難しいでしょう。
Ⅲ.薬物
お薬や特定の物質は不眠を引き起こすものがあります。
身近なものでいうと、
- アルコール(お酒)
- ニコチン(タバコなど)
- カフェイン(コーヒー、チョコレートなど)
は睡眠を悪化させる事が知られています。
非常に多く誤解されているのですが、アルコールは眠りを良くするというのは間違いで、睡眠の質を悪化させます。
アルコールは寝つきは改善させますが、睡眠の質を低下させます。また睡眠中にお酒の効果が切れると反動の離脱症状が生じるため中途覚醒の原因にもなります。寝つきを良くするため、一見すると睡眠に良い影響を与えるように錯覚しますが、総合的に見るとアルコールは睡眠に悪影響を来たす物質なのです。
また、「睡眠薬よりアルコールの方が安全」と考えている方もいますが、これも基本的には誤解になります。睡眠薬の問題点として「依存性」がよく挙げられますが、アルコールにだって依存性はあります。睡眠薬とアルコールどちらが依存性が強いかというのは、どちらも様々な種類があるため一概に比較はできませんが、近年では安全性の高い睡眠薬が多くなっているため、おおむね睡眠薬の方が安全だと考えられます(参照:「精神科のおくすり(睡眠薬・抗不安薬)の依存性はどれくらい強いのか?」)。
またニコチンやカフェインは覚醒作用があるため、眠りの質を低下させます。そのため眠る前にこれらの物質を摂取しているのであれば、これは不眠の原因になっている可能性があります。
お薬にも睡眠に悪影響を与えるものはたくさんあります。
一例を挙げると、
- 抗うつ剤
- ステロイド
- パーキンソン病治療薬
- 降圧剤
- 高脂血症治療薬
- 喘息の治療薬
- 下剤
など多くのお薬に不眠の副作用が報告されています。
他の病気の治療でお薬を服用している場合は、その副作用に不眠がないか、主治医に確認してみる必要があります。
Ⅳ.環境要因
質の良い睡眠を取るためには、適切な睡眠環境も大切です。
寝室の
- 温度
- 湿度
- 明るさ
- 騒音
などは睡眠の質に大きな影響を与えます。
適正な目安を挙げると、
- 室温は25~29℃
- 湿度は50±5%
くらいが睡眠には良いと言われています。もちろん厳密に設定する必要はなく、おおよそで構いませんが、上記から明らかにはずれている場合は睡眠の質を低下させている可能性があります。
また寝室の明るさは出来るだけ暗い事が望ましく、寝室に明かりが入ってこないように必要に応じてカーテンなどを使う事も有効です。また寝る数時間前からなるべく光(特に青白光)を浴びないようにする必要があります。
青白光、いわゆるブルーライトはLED灯やテレビ、スマートフォンから発される光で脳を覚醒させる作用があります。
音も出来るだけ少ない事が望ましく、騒音が聞こえる場所では良い睡眠を取る事は困難です。場合によっては遮音カーテンや耳栓などを使う事も効果があるでしょう。
睡眠に良い寝室環境については「快適な睡眠を得るために意識すべき5つの寝室環境」で詳しくお話していますので、ご覧ください。
Ⅴ.生活習慣
日常の生活習慣が不眠の原因となっている事も少なくありません。
例えば、朝日を浴びていなかったり、日中室内でずっと過ごしている方は体内時計のリズムが崩れやすく、夜の適切な時期で眠気がこなくなってしまう事があります。朝日は体内時計をリセットするはたらきがあります。また日中に十分な光を浴びないと、眠りに導く物質であるメラトニンの分泌が低下する事も知られています。
食事も適切な時間帯に適切なバランスで取る事が大切です。眠る時に極端に空腹であったり満腹であったりすれば、これは睡眠の質を低下させます。朝・昼・夕と適切な時間に適切な量を摂取し、睡眠に入る3~4時間前には食べ物を食べないようにするのが良いでしょう。
日中適度に身体を動かしている事も大切です。一日中動かないような生活をしていれば、心身がいつまでも覚醒しないし疲労もたまりませんので、夜になっても眠る事ができません。
適度な運動は気分を前向きにし、睡眠の質を上げてくれる事は多くの研究でも証明されています。
また、睡眠時間が不規則な場合も体内時計が狂いやすいため不眠の原因になります。夜勤があるシフト制の仕事に就いている方などでは仕方がない一面もありますが、なるべく毎日同じ時間に睡眠を取るというのも、睡眠の質を上げるためには大切です。
4.不眠症になりやすい素因
素因として、「このような方は不眠になりやすい」というものがあります。
これは努力しても変えられないものもあるため、ある程度「仕方がないこと」と諦め、睡眠に固執しすぎない事も大切になります。
Ⅰ、性別
男女別で見ると、男性よりも女性の方が不眠になりやすいと言われています。
高齢になると男女差は少なくなっていきますが、そうでない場合は不眠症は男性よりも女性に多く認められます。
その理由として、女性は月経(生理)や更年期障害など女性ホルモンのバランスが乱れる事があるためです。月経と連動して不眠・過眠が出現したり、更年期障害の症状として不眠が出現したり、女性は女性ホルモンによって不眠が生じやすいと考えられます。
ある程度は生理的な変化として受け入れる必要がありますが、あまりに支障がある場合は、睡眠に対する治療だけでなく、婦人科などでホルモン治療を行うことが不眠の改善にも有効な事があります。
Ⅱ.年齢
年齢で見ると、年を重ねれば重ねるほど睡眠時間・睡眠の質は低下していきます。おおよそ40代を過ぎると睡眠時間・睡眠の質は低下の方向へ向かいます。
これも生理的な現象ですから、ある程度は仕方がありません。
あまりに生活への支障が大きい場合は治療を行う必要がありますが、生理的に徐々に低下している睡眠に対しては治療を行うべきではありません。安易に睡眠薬などを投与すると、日中の眠気やふらつきなど副作用の害に苦しむ事になります。
加齢によって徐々に睡眠時間・睡眠の質が低下しても、それで日中に大きな支障が生じていないのであれば、受け入れる事が大切です(もちろん支障がひどければ治療を行って構いません)。
Ⅲ.性格
性格によっては不眠を生じやすい性格があります。
不眠症は精神的ストレスが原因で生じやすいという事をお話しましたが、精神的ストレスを溜め込みやすい性格傾向のある方は不眠症になりやすいと言えます。
具体的に言うと、
- 完璧主義
- 心配性
といった性格傾向の方は、夜横になってから様々な事を考え不安になってしまいやすいため、眠りにくくなってしまいます。
性格もかんたんに変えれるものではないため、ある程度は受け入れる必要がありますが、認知行動療法などを用いて少しずつ修正していくことも可能です。