サインバルタカプセル(一般名:デュロキセチン)は、2010年から発売されている抗うつ剤で、SNRIという種類の抗うつ剤になります。
SNRIは「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」の事で、主にセロトニンとノルアドレナリンという物質を増やす事で抗うつ作用を発揮するお薬です。
少し前まではSSRIと呼ばれるセロトニンを増やすお薬がうつ病治療の主役でしたが、近年ではサインバルタのようにセロトニンのみならずノルアドレナリンも増やすSNRIも多く用いられるようになってきました。
サインバルタは、どのような特徴を持っていて、どのような方に向いている抗うつ剤なのでしょうか。
ここではサインバルタの効果や特徴について紹介していきます。
1.サインバルタの特徴
まずはサインバルタの全体的な特徴をかんたんに紹介します。
- 抗うつ作用は強め
- 「意欲」や「やる気」を改善させる効果に優れる
- 副作用は全体的には少なめだが、投与初期の消化器症状(胃部不快感、吐き気)は多め
- 神経性の痛みを抑える作用がある
効果が強いわりには副作用も少なく、SSRIが苦手としていた「意欲」へ効果を示す点が、サインバルタの特徴です。そのため意欲低下が主体のうつ病の患者さんやSSRIで意欲が今ひとつ改善しない患者さんに処方される抗うつ剤になります。
またサインバルタのようなSNRIは「痛み」に対して効果があるというのも大きなポイントです。このような機序からサインバルタは近年では神経痛の治療薬として整形外科領域でも多く処方されるようになっています。
うつ病でも、うつ病患者さんの約6割は何らかの痛みを認めているという報告があります(「うつ病で痛みが出る!?」参照)。
痛みの程度が強いほどうつ病の治りも遅くなるという報告もあり、神経性の痛みを抑える作用に優れる点は、サインバルタの利点の1つと言えるでしょう。
デメリットとしては「カプセル剤」であるため、細かい用量調整が出来ないことが挙げられます。
これは特に減薬していく時に問題となる事があります。
抗うつ剤は少しずつ減薬していく事が基本です。少しずつ少しずつ減らす事で離脱症状を起こしにくくなり、安全に減薬できるためです。しかしサインバルタはカプセル剤であるため、錠剤のように半分に割ったりという用量調整が出来ません。
大きなデメリットではありませんが、細かい用量調整が出来ないことはサインバルタの多少のデメリットになります。
またサインバルタをはじめとしたSNRIはセロトニンのみならずノルアドレナリンというアドレナリン系の物質を増やすため、意欲が改善するという作用が見込める一方で、ノルアドレナリンによる副作用が認められる可能性もあります。
具体的には、
- 動悸
- 血圧上昇
- 発汗
- 排尿障害・尿閉(尿が出にくくなる)
などの副作用の可能性はSSRIよりも多めになります。
2.サインバルタの作用機序
サインバルタはどのような機序によってうつ病や神経痛など改善させてくれるのでしょうか。
サインバルタは、SNRIと呼ばれるタイプの抗うつ剤です。SNRIとは「Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor」の略で、「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」という意味です。
難しい名前ですが、簡単に言うと、
セロトニンとノルアドレナリンを増やすお薬
だと考えて頂いて構いません。
抗うつ剤にはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)というお薬もありますが、これは主にセロトニンだけ増やします。それに対してSNRIはセロトニンだけでなくノルアドレナリンも増やしてくれるのが特徴です。
セロトニンもノルアドレナリンも神経伝達物質の1つです。神経伝達物質というのは、神経から神経に情報を伝える役割を持っている物質です。神経と神経の間を神経間隙(しんけいかんげき)と言いますが、神経伝達物質はこの神経間隙に分泌される事で、他の神経に情報を伝えていきます。
神経伝達物質がうまく分泌されなくなると、正しい情報が伝わらなくなるため、心身ともに様々な不調が生じます。
セロトニンもノルアドレナリンは脳内においては神経伝達物質の中でも「気分」「感情」の情報を伝える神経伝達物質になります。
セロトニンやノルアドレナリンのような気分に関係する物質を「モノアミン」と呼びます。代表的なモノアミンにはセロトニン・ノルアドレナリンの他にドーパミンがあり、それぞれのはたらきをかんたんに説明すると、
- セロトニンは気分の落ち込みや不安を改善させる
- ノルアドレナリンは意欲や気力を改善させる
- ドーパミンは快楽や楽しみを改善させる
と考えられています。
またセロトニンもノルアドレナリンも痛みの神経の神経伝達物質としての役割もあるため、痛みにも関係している事が分かっています。
このセロトニンやノルアドレナリンの分泌量がおかしくなってしまう事がうつ病や神経痛発症の一因だと考えられています。
サインバルタをはじめとしたSNRIは、神経間隙に分泌されたセロトニン・ノルアドレナリンが再取り込み(吸収)されないようにはたらきます。すると神経間隙に長くセロトニン・ノルアドレナリンが留まる事になるため、神経間隙のセロトニン・ノルアドレナリン濃度が上がり、情報の伝達がスムーズになるのです。
またSNRIは「前頭葉のドーパミンを増やす」という報告もあります。ドーパミンは快楽や楽しみに関係している物質であり、これも気力改善に役立っているのではと推測されています。
ちなみにSNRIにはサインバルタ以外にも何種類かあり、
があります。
これらSNRIのそれぞれの特徴と、これらの中でのサインバルタはどのように位置付けになるでしょうか。
トレドミンは「副作用もあまりないけど、効果もあまりない」という評価であり、いまひとつ普及しなかった抗うつ剤です。海外ではトレドミンは神経痛には適応はあるけども、効果が弱いためうつ病には適応がない国もあるほどです。
トレドミンと比べると、サインバルタの抗うつ作用は強い印象があります。トレドミンとサインバルタは同じSNRIには分類されてはいますが、セロトニン・ノルアドレナリンの再取り込み比率や効力が違うため、効果もだいぶ異なっているのです。
セロトニン再取込阻害 | ノルアドレナリン再取込阻害 | |
---|---|---|
サインバルタ | 4.6 | 16 |
トレドミン | 203 | 100 |
この数値はki値というもので、低いほど作用が強いことを表しています。同じSNRIでも、サインバルタとトレドミンは大分プロファイルが違うことが分かるでしょう。
ただしサインバルタは低用量(40mg)ではセロトニンを優位に増やしますが、60mgまで上げるとノルアドレナリンを増やす比率が増えてくることが知られています。意欲改善を目的に投与する場合は、ここからは60mgまで上げるべきだと考えられます。
イフェクサーは、サインバルタよりもノルアドレナリンを増やす作用に優れます。しかしイフェクサーは日本で発売される際の試験で一度「十分な抗うつ作用があるとは言えない」という結果となり、発売出来なかった過去があります。
その後の試験ではようやく有効性が確認でき、2015年に発売される事になりましたが、一度有効性を確認できなかったというエピソードから、もしかしたら私たち日本人には効きが悪い抗うつ剤なのかもしれません。
このような理由から、これらのSNRIの中ももっとも普及しているのはサインバルタになります。
3.サインバルタの適応疾患
サインバルタはどのような疾患に使用されているのでしょうか。
サインバルタの添付文書を読むと、
うつ病、うつ状態
糖尿病性神経障害に伴う疼痛
線維筋痛症に伴う疼痛
慢性腰痛症に伴う疼痛
に適応があると記載があります。
実臨床においてもサインバルタは「うつ病、うつ状態」に使うことが一番多く、また糖尿病性に限らず「痛み(特に心因性)」に対しても使用します。
心因性の疼痛を伴ううつ病の方や、意欲低下が主体のうつ病に使われることが多いお薬です。
セロトニンも増やしてくれるため、パニック障害などの不安障害に使うこともありますが、抗不安作用はSSRIの方が定評があるため、不安障害ではまずSSRIが用いられることが多く、サインバルタなどのSNRIが用いられるのはSSRIの効果が不十分である症例などに限られます。
もちろん、不安障害にサインバルタを投与することもあります。
しかし、例えば不安障害の一種であるパニック障害は脳の青斑核と呼ばれる部位のノルアドレナリン神経の過剰興奮が原因とも言われているため、ノルアドレナリンを増加させるサインバルタを使用する場合は、慎重に考える必要があります。
また、サインバルタはうつ病などに伴う心因性の疼痛にも効果があります。うつ病では約6割近くの方が何らかの痛みを併発していると言われており、痛みが強いとうつ病の経過にも悪影響があることが分かっています。
痛みがひどく、内科や整形外科で調べてもらっても原因が分からない、という方は心因性疼痛の可能性がありますので、サインバルタが効く可能性があります。
4.サインバルタの強さ
サインバルタは抗うつ剤の中ではどのくらい強いのでしょうか。
薬の強さを比較することは難しいのですが、参考になる研究報告の1つであるMANGA studyを紹介します。
この研究は、「抗うつ剤の強さや副作用の多さをランク付けしてみよう!」というものです。研究結果には賛否両論ありますが「抗うつ剤に順位を付ける」という前代未聞の試みであったため、大きな反響を呼んだ試験でした。
実はこの試験結果では、サインバルタは散々な結果でした。「サインバルタは効果も低いし、副作用は多い」という結果になってしまったのです。
この図は、Manga Studyの結果を大まかに図にしたものです。
有効性とは薬の効果で数字が大きいほど効果が高いことを示しており、忍容性とは副作用の少なさで、大きいほど副作用が少ないことを表しています。
フルオキセチン(国内未発売)という抗うつ剤を「1」とした場合の、それぞれの抗うつ剤の比較で、これをみるとレクサプロやリフレックス、ジェイゾロフトなんかは好評価ですが、サインバルタやルボックスは残念な結果になってます・・・。
しかし、この報告はあくまでも参考程度にとどめるべきでしょう。サインバルタは世界的に見ても処方数の多い抗うつ剤の1つですが、本当にサインバルタにここまで効果がないのであれば、世界でこんなに処方されるはずがありません。
私の印象としては、効果は1.25、忍容性は1.05といったところでしょうか。効果もまずまず強いし、副作用も全体的には少なめです。
5.その他のサインバルタの特徴
・意欲改善に効果を認める。
・神経性の疼痛に効果がある。
ことがサインバルタの大きな特徴ですが、その他にも、
・効果発現が早い。
・SSRIと比べ、睡眠への悪影響が少ない
などの特徴が挙げられます。
一般的に抗うつ剤は、効果発現まで早くて2週間、だいたい1か月はみてくださいと言われますが、サインバルタは実感として、1週間程度で効果は表れはじめます。
これはサインバルタに限らずリフレックス/レメロンやレクサプロなど、最近の抗うつ剤は、どれも以前の抗うつ剤より効果発現が早い印象があります。抗うつ剤の性能も時代とともに進化しているということなのでしょうか。
またSSRIは時に不眠の原因になることがあります。これは、SSRIにノンレム睡眠(深部睡眠)を減少させる作用があるからです。対してSNRIはノンレム睡眠をあまり減少させません。
不眠でつらい方は、そこでSSRIと加えると不眠がさらに悪化する可能性があるため、SNRIを使うといいことがあります。
6.サインバルタが向いている人は?
以上からサインバルタが向いているのはどのような方なのでしょうか。
サインバルタは意欲改善、疼痛緩和に効果が期待できることから、
・意欲低下が主体、あるいは一番困っている
・内科や整形外科で原因不明と言われた痛みで苦しんでいる
方には良い適応となるのではないでしょうか。
加えて、
・不眠をなるべく悪化させたくない
・できれば早めに効果が欲しい
という方にも勧めやすいお薬です。
反面、イライラや焦燥感が主体となっているうつ病の方への投与は注意です。症状を悪化させる恐れもありますので、投与は慎重に検討した方がいいでしょう。
内服初期の消化器症状がやや多いため、胃腸が弱い方はこの時期はつらいかもしれません。何とか乗り切れればいいですが、どうしてもつらい方は別のお薬にすべきでしょう。
7.サインバルタの導入例
サインバルタはどのような使われるのでしょうか。お薬の使い方は患者さんの症状や重症度によって異なってきますので、詳しい使い方は主治医に聞いて頂きたいのですが、ここでは一般的なサインバルタの使い方について説明します。
サインバルタは20mg1日1回投与から開始し、1週間以上の間隔をあけて20mgずつ増やしていきます。
維持量は40~60mgです。40mgだとセロトニン優位に作用しますが、60mgまで上げるとノルアドレナリンを増やす率が上がってくることが報告されており、ノルアドレナリンを増やしたい方(意欲低下や痛みが強い方など)は60mgまで上げることが推奨されます。
薬効の発現は他の抗うつ剤より早い印象があり、1週間程度で効果を感じられる方も少なくありません。
内服初期の副作用は、吐き気・胃部不快感といった消化器症状が多く、動悸や焦燥感なども時折出現します。心配な方はあらかじめ胃薬を併用して胃部症状を抑えますが、消化器症状のほとんどは初期の1~2週間で消失します。
まれにですが賦活症候群といって、内服初期に変に気分が持ち上がってしまうことがあります。気分に影響する物質が急に体内に入ったことで 一過性に気分のバランスが崩れるために起こると考えられています。
賦活症候群ではイライラしたり攻撃性が高くなったり、ソワソワと落ち着かなくなったりします。一時的なことがほとんどのため、抗不安薬などを併用して様子を見ることもありますが、自傷行為をしたり他人を攻撃したりと、危険な場合はお薬を中断します。
抗うつ剤では、便秘や口渇、尿閉などの抗コリン作用、 ふらつきめまいなどのα1受容体遮断作用、性機能障害などの5HT2刺激作用が出現することがありますが、SNRIはSSRIよりこれらの副作用は少なく、また、体重増加の副作用もあまりありません(体重減少する方もいます)。
副作用は、軽ければ様子を見ますが症状に応じて、下剤や整腸剤、昇圧剤などを使って対応することもあります。あまりに副作用が強すぎる場合は、別の抗うつ剤に切り替えます。
典型的な経過としては、 まずはイライラや不安感といった「落ち着かない感じ」が改善します。
その後に抑うつ気分が改善し、意欲ややる気などは最後に改善すると言われています。
効果を十分感じればその量のお薬を維持しますし、効果は感じるけど不十分である場合は、増量あるいは他のお薬を併用します。
1~2ヶ月みても効果がまったく得られない場合は、別の抗うつ剤に切り替えます。
気分が安定しても、そこから6~12ヶ月はお薬を飲み続けることが推奨されています。この時期が一番再発しやすい時期だからです。
6~12ヶ月間服薬を続けて、再発徴候がなく気分も安定していることが確認できれば、その後2~3ヶ月かけてゆっくりとお薬を減薬していき、治療終了となります。
サインバルタは減薬時の離脱症状が時々問題となります。サインバルタは剤型としてカプセルしかないため、錠剤と違い、「半分に割る」などの細かい調整ができず、徐々に減らしていくことが難しいからです。離脱症状の対処法は別コラムで詳しく書いていますが、医師の指示に従い、より慎重に減薬をしていく必要があります。
コメント
[…] サインバルタの効果・特徴については 別コラムでお話していますので、 こちらをご覧ください。 […]