1950年代に初めての抗うつ剤であるイミプラミン(商品名トフラニール)が開発されました。
それから約60年が経ち、三環系抗うつ剤、四環系抗うつ剤、SSRI、SNRI、NaSSAなど次々と新しい抗うつ剤が開発されてきました。現在では、SSRI、SNRI、NaSSAの3種類が「新規抗うつ剤」と呼ばれ、臨床で主に使用されています。
昔の抗うつ剤と比べると最近の抗うつ剤(新規抗うつ剤)は精度が高く、副作用も少なくなりました。しかしそれでもまだ抗うつ剤は万能ではありません。
現在使われている抗うつ剤の有効率は、おおよそ
- 1/3の患者さんには有効
- 1/3の患者さんには一部有効
- 1/3の患者さんには無効
という報告があります。つまり、現代の抗うつ剤を持ってしても、1/3の患者さんにはほとんど効果が得られないのです。
現在、新しい作用機序を持つ抗うつ剤が何種類か開発段階にあります。実際に発売されるまではまだまだ時間がかかるかもしれませんが、今日は現在研究・開発されている抗うつ剤について紹介していきます。
これらの抗うつ剤の研究・開発が進み、抗うつ剤の有効率がもっと高くなっていくことを期待しています。
1.現在の使われている抗うつ剤とその作用機序
現在使われている抗うつ剤のほとんどが「モノアミン仮説」をもとに作られています。
モノアミン仮説とは、「うつ病とはモノアミンの減少で生じる」という仮説です。モノアミンは、具体的にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質のことで、これらが少なくなるとうつ病が発症するのではないかということです。
モノアミン仮説に基づけば、モノアミンを増やせばうつ病は治ると考えることができますので、抗うつ剤はモノアミンを増やすはたらきを持つものを中心に開発が進められました。
現在ではモノアミン仮説は、確かにうつ病の一因ではあるだろうけど、それだけが原因ではないだろう、と考えられており、不十分な仮説であるという考え方が有力です。
1950年代に開発された三環系抗うつ剤、その後に開発された四環系抗うつ剤、そしてSSRI、SNRIなどは全て、セロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害することでこれらの濃度を増やすはたらきがあります。
またNaSSAはセロトニンやノルアドレナリンの分泌を増やすことで、これらの濃度を上げるはたらきがあります。
モノアミン仮説に基づいて作られた現在の抗うつ剤は、確かにうつ病に対して効果があります。しかし、全てのうつ病患者さんに効くものではなく、その効果は限定的なものという側面もあります。
それぞれの抗うつ剤の特徴については、「抗うつ剤の強さ・副作用の比較。精神科医の抗うつ剤の選び方」をご覧ください。
2.研究開発中の抗うつ剤の紹介
現在、研究開発中の抗うつ剤は大きく分けると、
・モノアミン仮説に基づいた新薬(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
・HPA仮説に基づいた新薬 (Ⅳ.Ⅴ)
・その他の新薬(Ⅵ、Ⅶ、Ⅷ)
があります。
それぞれを紹介します。
Ⅰ.TRI
TRIとはTriple Reuptake Inhibitorsの略で、「3つの再取り込み阻害薬」という意味になります。
モノアミンにはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンがあるとお話しました。それぞれの物質は理論的には
・セロトニンは落ち込みや不安に関係する
・ノルアドレナリンは意欲に関係する
・ドーパミンは快楽や楽しみに関係する
と言われています。
現在、発売されている抗うつ剤は
・SSRI:セロトニンの再取り込みを阻害する
・SNRI:セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害する
など、セロトニンとノルアドレナリンにはある程度効くのですが、ドーパミンに対しての効果が少ないのが欠点のひとつです。
そこで、セロトニン・ノルアドレナリン・ドーパミンの三種類の物質の再取り込みを阻害することで、これらの濃度を上げようというのがTRIです。
TRIについては現在、数社が開発を進めていると聞いています。
Ⅱ.NDRI
ノルアドレナリン・ドーパミン再取り込み阻害薬です。
アメリカなどの海外ではBupropionというNDRIがすでに使用されていますが、日本ではBupropionは認可されていません。
海外ですでに使われている、という意味では「これから開発が期待される」というタイトルとは異なるものですが・・・。
ノルアドレナリン・ドーパミンを中心的に増やすこの抗うつ剤は、気力や楽しみの改善など、SSRIが効きにくいうつ症状に効果を発揮する可能性があります。
Ⅲ.ドーパミン3部分作動薬
ドーパミン受容体には1~5まであります。このうち、うつ症状の改善にはドーパミン3が関与しているのではないかと言われています。
しかし、現在使用できるドーパミンに作用するお薬のほとんどがドーパミン2受容体へ強く作用し、ドーパミン3受容体にはあまり作用しません。
そのため、ドーパミン3受容体を部分刺激し、ドーパミン濃度を増やしてくれるお薬があれば、それは抗うつ剤として役立つと考えられています。
参考記事:パーキンソン病のお薬がうつにも効く?? -ドーパミン作動薬の抗うつ効果-
Ⅳ.CRF受容体拮抗薬
うつ病の原因として、モノアミン仮説以外に提唱されているものとして、HPA仮説というものがあります。
HPAというのは、脳の視床下部(Hypothalamus)、同じく脳の下垂体(Pituitary)、そして腎臓の上にある副腎(Adrenal gland)の3つの頭文字を取ったものです。
視床下部・下垂体・副腎は互いに深く関連しており、お互いにホルモンを分泌し調整しあっています。HPA仮説というのは、HPAのバランスが崩れて副腎から分泌されるコルチゾールというホルモンが過剰になると、うつ病が発症するのではという仮説です。
CRFというのは視床下部から分泌されるホルモンで、CRFが活性化すると、HPA系のバランスが崩れてコルチゾールの分泌が過剰となります。そのため、CRFをブロックすればうつ病に効果があるのではないか、と考えられます。
CRF受容体拮抗薬は、CRF受容体をブロックすることで、CRFをはたらけなくするお薬です。
これも現在数社が開発中ですが、肝障害などの副作用が出やすいことが報告されており、まだ発売には至っていません。
Ⅴ.バソプレシン受容体拮抗薬
バソプレシンは脳の下垂体後葉という部位から分泌されるホルモンで、水分の体外排出を抑えたり血圧を上昇させるはたらきのあるホルモンです。
水分の体外排出を抑える、というのはつまり尿を少なくするということですので、「抗利尿ホルモン」とも呼ばれています。
バソプレシンはこれらのはたらき以外にもHPA系の調整をするはたらきもあると考えられており、パソプレシンをブロックすることで抗うつ効果が期待されています。
Ⅵ.NK受容体拮抗薬
- うつ病ではサブスタンスPという物質が増加している
- 抗うつ剤はサブスタンスPを低下させるはたらきがある
という研究報告に基づいて研究されている薬物です。
サブスタンスPはNK受容体に結合することで効果を発揮するため、NK受容体をブロックしてサブスタンスPが結合できないようにすれば、サプスタンスPのはたらきが低下するため、抗うつ剤として使えるのではないかと考えられえています
理論上は抗うつ効果がありそうなのですが、現時点では数社の研究において十分な抗うつ効果は認められておらず、開発中断となってしまっています。
Ⅶ.ニコチン受容体拮抗薬
ニコチン性アセチルコリン受容体をブロックするはたらきを持つ薬物(メカミラミンなど)に抗うつ作用があることが知られています。
また、抗うつ剤の中にもニコチン性アセチルコリン受容体をブロックするはたらきを持つものがあります(具体的にはノルトリプチリン(商品名:ノリトレン)やブプロピオンなど)。
ここから、ニコチン性アセチルコリン受容体をブロックするお薬は、抗うつ剤になりうるのではないかと考えられています。
Ⅷ.アドレナリン作動薬
アドレナリン受容体にはα1、α2、β1、β2、β3の5種類があります。このうちβ3受容体は間接的にノルアドレナリンの再取り込みを阻害する作用があることが報告されています。
そのため、アドレナリンβ3 を刺激するお薬は抗うつ剤になりうるのではないかと期待されています。
もしかしたらこれ以外にも研究開発が進められている抗うつ剤があるかもしれませんが、今回が私が把握している範囲で、これからの開発が期待される抗うつ剤を紹介しました。
これらの抗うつ剤に十分な効果が認められ、臨床でも使えるようになるといいなと願っています。