広場恐怖(症)とはどのような疾患なのか

広場恐怖症

広場恐怖症(Agoraphobia)は、特定の状況への恐怖が病的に高まってしまう疾患です。

その名称から「広い場所が怖くなる疾患」だと思われがちですが、そうではありません。広場ではなく、「すぐに逃げられない状況」に対して強い恐怖を感じるのが広場恐怖症になります。

広場恐怖症は不安・恐怖が根底にある疾患のため、他の不安障害を合併しやすく、特にパニック障害に合併しやすい事が知られています。

ここでは広場恐怖の原因や症状、治療法などを紹介していきます。

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1.広場恐怖とは

広場恐怖(Agoraphobia)とは、どのような疾患なのでしょうか。

よく誤解されるのですが、これは「広場が怖い」という意味ではありません。広場恐怖症は「閉じ込められり、容易に脱出できない場所や状況に恐怖を感じる」疾患になります。

なぜこのような状況に対する恐怖を「広場恐怖」と呼ぶのかというと、その理由ははるか昔、古代ギリシアにまでさかのぼります。

古代ギリシアでは広場で集会を行なう慣習があったのですが、当時からこのような広場で行われる集会で恐怖を感じやすく、無理に参加させると不安発作を起こす人がいる事が知られていました。

集会と言うのは人も密集しており、なかなか抜け出せない状況で、「閉じ込められていると感じやすい」「容易に脱出できないと感じやすい」状況です。そのため、「広場=容易に逃げ出せない場所」と捉えられ、このような用語になったという背景があります。

現代においては広場で集会をすることなど滅多にありませんので、この「広場恐怖」という名称は現代の実態に即していないのですが、このような歴史があるため今でも「広場恐怖」と呼ばれているのです。

現代において広場恐怖を生じやすい状況(=容易に逃げだせない状況)というと、

・電車やバス、飛行機の中
・教室
・歯医者や美容室
・映画館
・せまくてくらいレストラン
・人ゴミ

などが当てはまります。

広場恐怖は不安・恐怖によって生じる疾患であるため、その多くは不安障害に合併します。特にパニック障害に合併する事が多く、広場恐怖をパニック障害の一症状と考える事もあります。

2.広場恐怖症が生じる原因

広場恐怖はどのような原因で発症してしまうのでしょうか。

広場恐怖が発症する原因は1つではありません。また必ず原因があるものではなく、原因が分からずに発症してしまうこともあります。

原因の1つとして、過去に「容易に脱出できない状況」で怖い思いした経験から発症することがあります。特に感受性が豊かな幼少期にこのような体験をしてしまうと「この状況は恐怖だ」と脳が意識付けをしてしまいやすく、その恐怖感がその後も固定してしまいやすくなります。

例えば、

「幼少期に、逃げられない場所に閉じ込められてひどく恐怖を感じた」
「小学生の頃、クラスでの会議中に緊張して吐いてしまった」

などという経験から、このような空間に恐怖を感じるようになり、広場恐怖を発症してしまう事もあります。

またストレスなどで心が弱っている時に、不安・恐怖に感じるような出来事に遭遇すると、普段より過敏に反応してしまうため、そこで恐怖が意識付けられてしまう事もあります。

中にはこれといった原因がないのに発症してしまう事もあります。この場合、もともとの遺伝的要素や素質も関係している可能性があります。これは広場恐怖症自体が遺伝するわけではなく、不安や恐怖を感じやすい素因が元々あると、小さなきっかけでも恐怖症が発症してしまうことがあるという事です。

日本人は他の人種よりも不安を感じやすい傾向があることが指摘されており、これは人種的な素因もあると思われます。不安や恐怖を感じるのは脳の扁桃体という部位やセロトニンという物質が大きく関わっていることが知られており、私たち日本人はこれらのはたらきが他人種よりも強いのかもしれません。

性格的に言うと、

  • 心配性
  • 完璧主義
  • 神経質

などに該当する方は、不安や恐怖を感じやすく、広場恐怖も発症しやすいと考えられます。

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3.広場恐怖で認められる症状

広場恐怖では、どのような症状が認められるのでしょうか。

広場恐怖症で認められる症状を紹介します。

Ⅰ.特定の状況に対する過剰な恐怖

主な症状としては、「容易に脱出できない状況に対しての過剰な恐怖」が生じます。

細かい対象は患者さんによって異なりますが前述したように、

  • 電車やバス、飛行機内
  • 教室
  • 歯医者や美容室
  • 映画館
  • せまくてくらいレストラン
  • 人ゴミ

などに恐怖を感じる方が多いようです。

また実際にこのような状況にいなくても、「このような状況に陥ったらどうしよう」と想像するだけで恐怖が生じてしまう事もあります。

Ⅱ.不安発作

実際に「容易に脱出できない状況」に遭遇してしまうと、恐怖から自律神経のバランスが崩れ、不安発作が生じます。

不安発作は、強い恐怖とともに、

  • 動悸
  • 発汗
  • 呼吸苦
  • めまい、ふらつき
  • 意識消失
  • しびれや冷感
  • 頭がおかしくなるような感覚
  • 意識を失う

などが認められます。

この症状は自律神経症状であるため、後遺症の残るものではありませんが、このような症状が生じるとその状況に対する恐怖感が更に強まり、広場恐怖症はより悪化してしまいます。

Ⅲ.回避行動

広場恐怖症では「容易に脱出できない状況」に恐怖を感じているため、そのような状況を避けて生活するようになります。

具体的には、

  • 電車やバスに乗れない
  • 学校で授業を受けれない
  • 歯医者や美容室に行けない
  • 映画館などに行けない
  • レストランに行けない
  • 人ゴミに行けない

などが日常において認められるようになります。このように日常生活が制限されるようになれば生活に大きな支障が生じるのは明らかです。

4.広場恐怖症の診断基準

広場恐怖症には診断基準があります。

ここではアメリカ精神医学会(APA)が発刊しているDSM-5という診断基準を紹介します。

次の項目をすべて満たした場合、広場恐怖症と診断されます。

Ⅰ.容易に脱出できない状況に強い恐怖を感じる

A.以下の5つの状況のうち2つ(またはそれ以上)について著明な恐怖または不安がある。

(1)公共交通機関の利用(例:自動車、バス、列車、船、航空機)
(2)広い場所にいる事(例:駐車場、市場、橋)
(3)囲まれた場所にいる事(例:店、劇場、映画館)
(4)例に並ぶまたは群衆の中にいる事
(5)家の外に1人でいる事

C.広場恐怖症の状況は、ほとんどいつも恐怖や不安を誘発する

「容易に脱出する事が出来ない状況」に対して強い恐怖が生じる事が診断のポイントです。

代表的な状況としては、

  • バスや電車の中
  • 囲まれた場所
  • 群衆の中(人ごみ)

などが主ですが、

  • 広い場所
  • 1人で家の外

などで恐怖を感じる事もあります。

また広場恐怖症では、このような状況に遭遇した際に、ほとんどいつも不安や恐怖が引き起こされる必要があります。

Ⅱ.回避行動

B.パニック様の症状や、その他耐えられない、または当惑するような症状(例:高齢者の転倒の恐れ、失禁の恐れ)が起きた時に、脱出は困難で、援助が得られないかもしれないと考え、これらの状況を恐怖し、回避する。

D.広場恐怖症の状況は、積極的に避けられ、仲間の存在を必要とし、強い恐怖または不安を伴って耐えられている。

広場恐怖症では、苦手な状況に遭遇してしまった時の恐怖から、そのような状況を回避するように生活するようになります。

また苦手な状況は、信頼できる人(仲間)がそばにいる時は、何とか耐えられる事もありますが、その際にも強い恐怖・不安は生じています。

Ⅲ.明らかに過剰な恐怖である

E.その恐怖または不安は、広場恐怖症の状況によってもたらされる現実的な危険やその社会文化的背景に釣り合わない。

引き起こされる恐怖が一般的な常識で考えて、明らかに過剰である必要があります。

普通の人でも強い恐怖を覚えるような事、例えば「突然刃物を突き付けられる」といった状況で強い恐怖が生じるのは異常ではありません。

しかし「バスに乗る」に対して強い恐怖が生じるのは、一般的に考えれば明らかに過剰な恐怖です。

どこまでを一般的な程度と考えるかは難しいところもありますが、ほとんどの人がそこまで恐怖を感じない事なのに、強い恐怖を感じてしまう場合は過剰だと考えてよいでしょう。

Ⅳ.一定期間持続している

F.その恐怖、不安、または回避は持続的で典型的には6カ月以上続く。

症状が一時的に認められているだけの場合は、広場恐怖症と診断されない事があります。

例えば、とてもショックな事があって、その後の数週間だけバスに乗れなくなってしまったという事であれば、これは広場恐怖ではなく、ショックな事が原因で引き起こされた一時的な心因反応になります。

典型的な広場恐怖症は、6カ月以上症状が持続している必要があります。ただし症状や経過によっては必ず6カ月以上続いていないといけないというわけではありません。ここの判断は診察で医師が行います。

Ⅴ.生活に支障を来たしている

G.その恐怖、不安、または回避は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こす。

難しく書かれていますが、ざっくり言えば、「日常生活に支障を来たしている」という事です。

不安や恐怖によって、

  • 生活に必要な外出が出来ない(社会的障害)
  • 仕事にいけない、すべき仕事が出来ない(職業的障害)

を引き起こしている事が診断のためには必要です。

Ⅵ.他の疾患が原因ではない

H.他の医学的疾患(例:炎症性腸疾患、パーキンソン病)が存在すれば、恐怖、不安または回避が明らかに過剰である。

I.その恐怖、不安、または回避は、他の精神疾患の症状ではうまく説明できない。

これは診察・検査を受けないと鑑別は困難ですが、「他の疾患が原因で生じている症状ではない」という事を確認しないと、広場恐怖症の診断はなされません。

5.広場恐怖の治療法

広場恐怖症はどのように治療していけばいいのでしょうか。

広場恐怖症の治療は2つの方向から行っていく必要があります。

この2つはどちらか好きな方を選べば良いというわけではなく、どちらも並行して行っていく事が理想的です。片方の治療法だけでは不十分な治療になってしまいます。

広場恐怖症は、何らかの原因により、「容易に脱出できない状況」に対しての過剰な恐怖が植え付けられてしまい、それが持続していることで生活に支障を来たしています。

これは、

  • 苦手な状況に対しての異常な認知を修正する(考え方を治す)
  • 実際に苦手な状況に慣れていく(行動を治す)

の2つの方向から治療しなくてはいけません。

片方だけでは片手落ちの治療になってしまい、仮に一時的には治療に成功したとしても、その後に再発してしまう可能性が高くにあります。

これはよく考えれば当たり前の事です。

例えば「電車内で広場恐怖を感じてしまう」という方がいたとしましょう。

いくら「電車の中は恐怖を感じる場所ではない」と考えだけを修正しようとしても、それが机上の空論でしかなければ、その考えは深くは理解されません。考え方だけを変えても実体験が伴わなければ、私たちの脳は深いレベルでの理解はしてくれないのです。

考え方を変えた上で、実際にそれを「体験する」という行動は必ず必要になります。

また反対に、行動だけで治そうとするのも同様に危険です。「あえて電車に乗る事で、身体を慣れさせていく」という治療法だけでは、一時的には広場恐怖は治るかもしれませんが、根本の「容易に脱出できない状況が恐怖だ」という認知の歪みが治されていないため、すぐに再発してしまいます。

考え方を修正しながら、同時に行動でも慣れていく。広場恐怖症では、この2つの治療法を必ず併用するようにしましょう。

また広場恐怖にはお薬も有効です。具体的にはセロトニンを増やす作用のあるお薬が使われます。セロトニンには不安・恐怖を和らげる作用が報告されており、広場恐怖症では積極的に投与されます。

それでは治療・克服法を1つずつ見ていきましょう。

Ⅰ.考え方を治す

広場恐怖症が生じている原因の1つは、ある状況に対して必要以上に「怖い」と考えてしまうことです。これを正常範囲内の「怖い」に下げることが出来ればいいのです。

「容易に逃げられない状況」というのは、本来多少の恐怖は感じるもので、それ自体が異常だというわけではありません。このような状況に対する恐怖をゼロにする必要はありません。「生活に支障がない程度の恐怖」にまで下げれれば十分なのです。

これを可能にするには、容易に逃げられない状況に対する「認知のゆがみ」を修正する治療が有効です。

これは基本的には「認知行動療法」の考え方になり、カウンセリングの形式で認知の修正を図っていくことが理想です。独学で行うのは難しく、出来れば精神科医や経験豊富なカウンセラーとともに行っていくようにしましょう。

ただし認知の修正だけを行ってもまずうまく行きません。学習という形式で認知の修正だけをしようとしても、実体験が伴わなければ、深いレベルでの理解は出来ないからです。

そのため、次項の「慣れていく」という治療法も並行していく必要があります。

Ⅱ.苦手な状況に慣れていく

実際に苦手な状況に少しずつ慣れてみるという作業も、広場恐怖症を克服するためには必要です。

恐怖を感じるものに敢えて挑戦するのを「暴露療法」と呼びますが、広場恐怖症の治療に対しても暴露療法は有用になります。

ただし、暴露療法は「どの程度の恐怖に暴露させるか」という判断が非常に難しいため、これもできれば独自に行うのではなく精神科医などの専門家とともに行うことが理想です。ポイントは「自分がギリギリ耐えられる程度の恐怖に暴露していく」というのが理想で、今の自分がギリギリ耐えられる程度がどれくらいかを見極めることが非常に重要です。

暴露療法は、恐怖に少しずつ触れて慣れていくという治療法になり、最初は弱い恐怖から慣れていき、成功したらより強い恐怖に挑戦するという流れになり、必ず段階的にやっていく必要があります。いきなり自分の限界以上の恐怖に暴露させてしまうと、恐怖がかえって強まってしまう可能性もあります。

そのため、まずは自分が怖いと思う状況を思いつく限りすべてリストアップし、それぞれどのくらい恐怖を感じるのかを10段階で表してみることから始めます。例えば、

【恐怖を感じる状況】 【恐怖の強さ】
電車の中 3
教室で受ける授業 8
人ゴミ 10

などといった感じです。このような表は「不安階層表」と呼びます。

不安階層表を作ったら、恐怖の低いものから1つずつ克服していきます。小さな成功を積み重ね、成功体験を積んでいくことが大切です。かんたんなものから少しずつ克服していくことで自信がつき、恐怖が和らいでいくからです。今の例でいえば、「じゃあまずは電車に乗れるようになろう」という事からチャレンジすればいいのです。

時間も最初は短い時間でも構いません。まずは1駅乗ってみるでもいいのです。

また、それでもつらいようであれば、「恐怖が和らぐ要素」を加えたうえで挑戦するという方法もあります。例えば、抗不安薬などのお薬を飲んで恐怖を和らげてから参加しても良いでしょう。親など特定の人と一緒だと安心できるようであれば親にも付き添ってもらってもよいでしょう。

それで慣れていけば、「次は抗不安薬なしで挑戦してみよう」「次は親から離れて挑戦してみよう」とまた一段階負荷を上げていけばいいのです。

暴露療法の成功の鍵は、段階を多く作り、少しずつ少しずつ達成していって自信をつけていくことです。協力者やお薬を利用して、段階を細分化することが出来ると、暴露療法の成功率は高まります。

協力者というのは「一緒に居て安心できる人」であることが絶対条件です。これは通常家族や恋人、親友などになります。また抗不安薬の処方は医師しかできないため、やはり暴露療法は精神科医と連携しながら行うことをお勧めいたします。

Ⅲ.お薬

広場恐怖症にはお薬も有効です。

良く用いられるのが、セロトニンを増やす作用に優れるお薬で、

  • SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)

になります。

セロトニンには不安や恐怖を和らげる作用があると考えられているため、広場恐怖の治療にも有効です。

また、SSRIが合わない、使えないといった方には、同じくセロトニンを増やす作用がある、

  • SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
  • NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)

が用いられる事もあります。

抗うつ剤は飲んですぐに効果が出るものではありません。服薬して早くても1週間、通常は2~4週間ほどかかります。

一方で即効性が必要な時に良く用いられるのが先ほども紹介した「抗不安薬」です。抗不安薬は、即効性もあるため暴露療法で暴露する前に服薬することでも効果が得られ、使い勝手の良い治療薬になります。しかし一方で慢性的に使用を続けると依存が生じることもありますので注意が必要です。

お薬は広場恐怖症の治療を助けてくれる有効な方法の1つです。上記の認知行動療法・暴露療法と合わせて積極的に利用するようにしましょう。

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