三環系抗うつ剤とはどのような抗うつ剤なのか

三環系抗うつ剤(TCA:Tricyclic Antidepressants)は1950年ごろから使われている、もっとも古い抗うつ剤です。

現在では新しい抗うつ剤が増えてきたため、古い三環系抗うつ剤が使われる事はあまりありません。しかし三環系抗うつ剤には、他の抗うつ剤にはない強力な効果があるため、限られた症例に対しては今でも有効な治療法の1つになります。

三環系抗うつ剤は安易に使って良いお薬ではありませんが、苦しんでいる患者さんの助けになる可能性を秘めた、頼れるお薬の1つなのです。

三環系抗うつ剤はどのような特徴を持つ抗うつ剤なのでしょうか。また使用に際してはどのような事に注意すればいいのでしょうか。

ここでは三環系抗うつ剤の特徴について紹介していきます。

1.三環系抗うつ剤にはどんなお薬があるのか

現在日本で処方可能な三環系抗うつ剤には8種類があります。ここではそのうち、主に用いられる5種類を紹介します。

三環系抗うつ剤は「セロトニン」と「ノルアドレナリン」という物質を増やす作用を持ちます。三環系抗うつ剤の特徴を比較する時は、このセロトニンとノルアドレナリンに注目すると分かりやすく理解する事ができます。

下の表は主要な三環系抗うつ剤のセロトニンとノルアドレナリンの強さの比率を表しています。抗うつ剤によってセロトニンを優位に増やすもの、ノルアドレナリンを優位に増やすものと各々特徴があるのが分かると思います。

セロトニンもノルアドレナリンも、「モノアミン」という気分に影響を与える物質であり、

  • セロトニンは「不安」や「抑うつ」に関係する
  • ノルアドレナリンは「意欲」に関係する

と考えられています。

以上を踏まえて、それぞれの抗うつ剤を見ていきましょう。

発売された年度が古い順に紹介していきます。

Ⅰ.トフラニール

トフラニール(一般名:イミプラミン)は1959年に発売された最初の三環系抗うつ剤です。

抗うつ剤の歴史はこのイミプラミンから始まりました。

トフラニールは元々偶然に抗うつ作用が見つかったお薬になります。世界で初めて作られた統合失調症の治療薬に「コントミン(一般名:クロルプロマジン)」がありますが、トフラニールはこのコントミンを改良する過程で作られた物質です。

つまり当初のトフラニールは統合失調症の治療薬として作られました。

しかし実際にトフラニールを統合失調症の患者さんに投与しても症状の改善は得られませんでした。しかし落ち込んだ気分を持ち上げる作用がある事が分かり、ここから「抗うつ剤」として用いられるようになったのです。

トフラニールは三環系抗うつ剤の中でも、ノルアドレナリンを優位に増やす抗うつ剤であり、意欲や気力の改善に特に効果があると考えられています。

トフラニールがセロトニンとノルアドレナリンを増やす比率は1:3程度と報告されています。また、トフラニールの代謝物であるデシプラミンは、セロトニンに比べてノルアドレナリンを10倍以上多く増やすと報告されています。

このような特徴からトフラニールは「アッパー系(気分を高揚させる)」と患者さんの中では呼ばれたりもしているようです。

Ⅱ.トリプタノール

トリプタノール(一般名:アミトリプチリン)は1961年に発売された三環系抗うつ剤です。

トリプタノールの特徴は、その効果の強さにあります。お薬の効きには個人差がありますが、トリプタノールは三環系抗うつ剤の中でも強力な抗うつ作用があり、「最強の抗うつ剤」と評される事もあります。

セロトニンとノルアドレナリンを増やす比率は1:1程度で、両者をバランス良く増やします。

ただし、効果が強いという事は副作用も強いという事です。

トリプタノールで特に認められる副作用は「眠気」や「体重増加」で、これに苦しむ患者さんもいらっしゃいます。

ただし眠気の副作用を逆手にとって、不眠症状の改善に利用する事もあります。

Ⅲ.ノリトレン

ノリトレン(一般名:ノルトリプチリン)は1971年に発売された三環系抗うつ剤です。

実はノリトレンは前出の「トリプタノール」の活性代謝物になります。活性代謝物とはお薬が体内で分解されてできる物質のうち、有効な作用を有する物質の事です。

トリプタノールはセロトニンとノルアドレナリンをバランス良く増やしましたが、ノリトレンはセロトニン:ノルアドレナリンが1:2程度とややノルアドレナリン優位の抗うつ剤となります。

またトリプタノールの有効成分だけを取り出しているため、三環系抗うつ剤の中では副作用はやや少なめとなっています。

Ⅳ.アナフラニール

アナフラニール(一般名:クロミプラミン)は1973年に発売された三環系抗うつ剤です。

アナフラニールの特徴はセロトニンを増やす作用に優れるという点です。

三環系はノルアドレナリンを優位に増やすものが多いのですが、アナフラニールはセロトニンを有意に増やす作用を持ちます。そのため、セロトニンが足りていないと予測される病態においては大きな効果が見込めます。

アナフラニールはノルアドレナリンに比べてセロトニンを7~8倍多く増やすことが報告されています。

またアナフラニールの意外な利点として「点滴製剤がある」という点が挙げられます。抗うつ剤を点滴で投与できるという事です。

重症のうつ病の方などでは気力が顕著に低下しており、お薬を飲む事すらできない場合があります。このような場合に点滴製剤は有効な治療法となります。

Ⅴ.アモキサン

アモキサン(一般名:アモキサピン)は1980年に発売された三環系抗うつ剤です。

アモキサンは三環系抗うつ剤の中ではもっとも新しいお薬であり、「第2世代三環系抗うつ剤」と呼ばれることもあります。

もっとも新しいだけあって、三環系抗うつ剤の中では副作用は少なめであり、その分効果の強さもその他の三環系抗うつ剤と比べると若干弱めになります。

また多くの三環系抗うつ剤が服用を始めて2週間ほどでやっと効果が表れ始めるのに対し、アモキサンは1~2週間で効果が表れ始め、即効性にも優れます。

アモキサンもセロトニンよりもノルアドレナリンを優位に増やします。

アモキサンの特徴としてセロトニンとノルアドレナリン増やす作用以外にも、ドーパミンをブロックする作用がある事が挙げられます。

ドーパミンをブロックする作用は、統合失調症の幻覚妄想を抑える効果が認められるため、アモキサンは妄想や幻覚を伴ううつ病にも効果が期待できます。

2.三環系抗うつ剤はどのような機序で効果を発揮するのか

三環系抗うつ剤の作用機序は、「モノアミンを増やす事」だと考えられています。

モノアミンとは、気分に影響を与える神経伝達物質の事で、

  • セロトニン
  • ノルアドレナリン
  • ドーパミン

などがあります。

これらのうち三環系抗うつ剤は主にセロトニンとノルアドレナリンを増やす作用に優れ、特にノルアドレナリンを増やす作用を持つものが多くなります。

具体的には、脳の神経細胞から分泌されたモノアミンを吸収・分解させにくくする(=再取り込みを阻害する)事でモノアミンの濃度を高く保てるようにします。

モノアミンの分泌量を増やすのではなく、分泌されたモノアミンが吸収・分解されないようにしてくれるのです。

このような、

「うつ病はモノアミンが減少して生じる」
「モノアミンを増やせばうつ病が治る」
「モノアミンを増やす抗うつ剤はうつ病に効果がある」

という考えは、「モノアミン仮説」と呼ばれています。

しかし「仮説」という用語からも分かるように、これは「このような作用機序によって三環系抗うつ剤がうつ病を改善させているのだろう」という仮説に過ぎません。

モノアミン仮説だけでは説明が出来ない事もあり、このような作用機序以外の機序もあってうつ病に効果を発揮している可能性も十分にあります。

モノアミン仮説は1950年代に提唱された古い仮説であり、その後、

などが提唱されていますが、どれも完璧にうつ病の原因、そして抗うつ剤の作用機序を説明できる仮説ではありません。

2.三環系抗うつ剤が効果を認める疾患は

三環系抗うつ剤は抗うつ剤に分類されるため、主にうつ病に対して使用されるお薬です。しかしそれ以外にも多くの疾患に用いられます。

三環系抗うつ剤が効果を認める疾患を紹介します。

Ⅰ.うつ病

うつ病の原因はまだ全てが解明されていません。しかし、「少なくともうつ病の原因のひとつではあるだろう」という仮説がいくつか提唱されています。

うつ病の原因の中で、昔から提唱されているのが「モノアミン仮説」です。モノアミンとは、セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなど「気分に影響を与える物質」の総称です。モノアミン仮説は、「うつ病はモノアミンが少なくなることで生じる」という仮説です。

そのため、モノアミンを増やすことがうつ病の治療になり、三環系抗うつ剤はセロトニンやノルアドレナリンを増やすためうつ病に効果があると考えられています。

特にノルアドレナリンを増やす作用に優れるお薬が多いため、三環系抗うつ剤は特に意欲や気力が低下しているうつ病に効果があると考えられています。

Ⅱ.不安障害(不安症)

パニック障害、社会不安障害、全般性不安障害や恐怖症など、「不安」や「恐怖」が原因となっている疾患にも三環系抗うつ剤は効果を示します。

これらを総称して「不安障害(不安症)」と呼びます。

不安障害の原因もまだ全てが解明されているわけではありません。しかし脳科学の研究によると、不安が高まっている脳においては扁桃体や海馬が過活動となっていることが指摘されています。また、このような状態の脳に三環系抗うつ剤を投与すると、過活動が適正化されることも報告されています。ここから、セロトニン神経がこれらの過活動を抑えてくれるはたらきがあると考えられています。

不安障害には、三環系抗うつ剤の中ではセロトニンを優位に増やす「アナフラニール」が良く用いられます。

Ⅲ.強迫性障害

強迫性障害は、強迫観念が頭から離れず、強迫行為を行ってしまう疾患です。

例えば、「手が汚れているんじゃないか(強迫観念)」が頭から離れず、何度も何度も手を洗ってしまう(強迫行為)、などです。

強迫性障害も、原因のひとつとしてセロトニンの不足が考えられています。

そのため、不安障害と同様にセロトニンを優位に増やす「アナフラニール」が良く用いられます。

強迫性障害は、うつ病や不安障害と比べると高用量の三環系抗うつ剤が必要になることが多いと言われています。

Ⅳ.痛み

セロトニンやノルアドレナリンは、神経性の「痛み」にも関係します。

うつ病の患者さんの半数以上が「腰痛」「肩痛」などの痛みを併発している事が知られていますが、ここからもセロトニンやノルアドレナリンが減少すると痛みを感じやすくなる事が分かります。

このようなうつ病に伴う痛みの他、神経痛にも三環系抗うつ剤が用いられる事があります。

痛みを抑える作用は、特にノルアドレナリンが関係しているため、痛みを抑えるためにはノルアドレナリンを増やす作用に優れるものが良く用いられます。

Ⅴ.夜尿症・遺尿症

夜尿症・遺尿症とはいわゆる「おねしょ」の事です。

三環系抗うつ剤は、副作用として「抗コリン作用」という症状が生じます。

これはアセチルコリンという物質のはたらきをブロックしてしまう作用で、

  • 口渇(口が渇く)
  • 尿閉(尿が出にくくなる)
  • 便秘

などが生じます。

この尿が出にくくなる副作用を逆手にとって、おねしょの治療に用いられる事があるのです。

3.抗うつ剤の中での三環系抗うつ剤の特徴

三環系抗うつ剤の他にも抗うつ剤にはいくつかの種類があります。

その中で、三環系抗うつ剤の特徴を簡単に言うと、「効果は強力、だけど副作用も強力」だと言えます。

確かに効果は強力ですので、他の抗うつ剤が効かないような難治性のうつ病の方などを救ってくれる可能性を秘めており、頼れるお薬ではあります。

しかし一方で副作用の頻度は多く、また時には命に関わるような副作用が生じる可能性もゼロではありません。

ここから、いざという時の切り札ではあるものの、安易に使用するべきではない抗うつ剤と言えます。

三環系抗うつ剤とそれ以外の抗うつ剤の特徴の比較を紹介します。

Ⅰ.三環系抗うつ剤(TCA)

三環系抗うつ剤は1950年頃から使われ始めた「最古の抗うつ剤」です。非常に強い抗うつ効果を持つのが特徴ですが、その分副作用も強力です。副作用が多いというだけでなく、命に関わるような重篤な副作用も(稀にではありますが)生じる可能性があります。

SNRIと比べても三環系には強い抗うつ効果があり、「最後の切り札」としては非常に頼れるお薬です。しかし副作用の問題から極力使いたくないお薬でもあります。

三環系抗うつ剤にもいくつかのお薬があり、

  • 主にセロトニンを増やすもの(アナフラニール)
  • セロトニンとノルアドレナリンを増やすもの(トリプタノール)
  • 主にノルアドレナリンを増やすもの(トフラニール、ノリトレン、アモキサン)

がありますが、全体的にはノルアドレナリンを増やすものの割合が多めです。

三環系は副作用の危険性を考えると、第一に使うお薬ではありません。一般的に三環系は、新規抗うつ剤(SSRI、SNRI、NaSSA)が効かない難治症例に限って、慎重に用いられるお薬になります。

Ⅱ.四環系抗うつ剤

三環系の副作用の多さや危険性から、「もう少し副作用の少ないものを」と考えられて開発された抗うつ剤です。

三環系と比べると抗うつ効果が弱く、頼りなさがあります。しかしその分、副作用も少なくなっています。

しかし、四環系は眠りを深くする作用に優れるため、不眠を伴っている場合は役立ちます。現在は四環系は抗うつ剤の主剤として用いられることはほとんどなく、眠りを深くする目的で睡眠薬的に用いられるか、他の抗うつ剤を補助するような目的で投与されることがほとんどです。

不眠で悩む患者さんは非常に多く、また四環系は睡眠薬とは異なる機序で眠りに導くため、この作用は臨床ではしばしば重宝します。

Ⅲ.SSRI

選択的セロトニン再取り込み阻害薬と呼ばれるお薬です。同じく効果と安全性のバランスに優れ、うつ病治療の第一選択として用いられるお薬です。

SSRIはその名の通り、主にセロトニンのみを増やします。三環系と異なり、ノルアドレナリンはほとんど増やしません。

理論的にはセロトニンは落ち込みや不安に効き、ノルアドレナリンは意欲ややる気に効くため、落ち込みや不安が目立つ例に用いられます。

Ⅳ.SNRI

セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬と呼ばれるお薬です。SSRIと同じく、効果と安全性のバランスに優れ、第一選択で用いられることの多いお薬です。総合的な強さとしてはSSRIと同じくらいです。

SSRIとの違いは、SSRIがセロトニンを選択的に増やすのに対して、セロトニンとノルアドレナリンの両方を増やすのがSNRIです。

意欲低下や無気力が目立つ例ではSSRIではなくSNRIを選択することがあります。

また、ノルアドレナリンは痛みを抑える効果もあるため、心因性・神経性の痛みを併発している方にも使われます。

Ⅴ.NaSSA

「ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬」と呼ばれるお薬です。

SSRI、SNRIと同じく効果と安全性のバランスに優れ、第一選択で用いられるお薬です。効果はSSRIやSNRIよりも若干強めです(三環系よりは弱くなります)。四環系から派生した抗うつ剤であるため、眠りを改善する作用に優れます。

また多くの抗うつ剤Iが、セロトニンやノルアドレナリンを「吸収・分解させないようにする」ことで増やすのに対して、NaSSAはセロトニンやノルアドレナリンの「分泌を促進する」ことでこれらの濃度を増やします。他の抗うつ剤と作用機序が違うため、他の抗うつ剤が効かない例にも効果を発揮する可能性があります。

NaSSAもセロトニンとノルアドレナリンの両方を増やします。