不眠で苦しむ方は多く、その有病率は10~20%とも報告されています。
不眠の治療というと、睡眠薬が主となっており、眠れない日々が続くと私たちはつい睡眠薬に頼ってしまいがちです。しかし実は睡眠薬を使う前に、まず見直さなくてはいけないことがあります。
そもそも人間の眠る力というのは死ぬまで無くなることはありません。睡眠に対する正しい知識や情報を知り、精神状態を安定させて、環境を整えれば、お薬の力を借りなくても眠れるようになる可能性は十分にあります。
睡眠薬は不眠症治療に役立つものですが、それはあくまでもお薬の力を借りて眠っているだけだということを忘れてはいけません。根本の解決にはなっていないため、睡眠薬の力を借りながらも、根本を治す努力をしていく必要があります。
根本を解決せずにいつまでも睡眠薬に頼った生活を続けてしまうと、次第に今度は睡眠薬の副作用に悩まされてしまうようになってしまいます。
実際にこのような状況に陥っている不眠症の方が多いため、厚生労働省は2014年3月に「健康づくりのための睡眠指針2014」を発表しました。
ここに書いてあることは基本的なことばかりですが、質の良い睡眠を得るために欠かせない重要なことが濃縮されています。不眠症で悩んでいる方は、まずはこの指針に沿った生活が出来ているかを見直してみましょう。
今日は、「健康づくりのための睡眠指針2014」の内容を紹介したいと思います。
1.睡眠12箇条から学ぶ睡眠衛生教育
厚生労働省が発表した「健康づくりのための睡眠指針2014」では、睡眠12箇条というものを掲げています。
これは良質な睡眠を得るための知識や情報を提供し、睡眠の質を下げるような生活習慣・環境などについても正しい知識や情報を提供することで、不眠症の方の睡眠を改善することを目的としています。これを専門的には「睡眠衛生教育」と言います。
睡眠12箇条では、睡眠に対する正しい知識の提供、そして良い睡眠を得るためのこころがけを簡潔にまとめています。
その内容を紹介します。
- 良い睡眠で、からだもこころも健康に。
- 適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
- 良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
- 睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
- 年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
- 良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
- 若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
- 勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
- 熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
- 眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
- いつもと違う睡眠には、要注意。
- 眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。
(厚生労働省 健康づくりのための睡眠指針2014より引用)
一つ一つは特別目新しいことを言っているわけではありません。「そんなこと、知ってるよ」と思うような内容も多いでしょう。
しかし自分自身が、この12箇条をしっかりできているか確認してみて下さい。案外出来ていないものです。恐らく、全てがしっかり出来ているという方は1割もいないのではないでしょうか。
睡眠環境を整えていなかったり
ついつい寝床でスマホをいじって夜更かししていたり
運動する習慣を持っていなかったり・・・
思い当たるところがある方もいらっしゃるでしょう。
不眠症の治療というのは、何か魔法のような特別な治療法があるわけではありません。人間の睡眠というのは本来、生理的なものであり、当たり前の活動をしていれば当たり前にやってくる現象です。それがやってこなくなってしまったということは、何か生理的なことに逆らうような行動をしている可能性があります。
当たり前のことだからと軽視せず、その当たり前のことを自分はちゃんとできているのかをしっかりと見直してみてください。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠指針2014」のページでは、この12箇条を紹介するとともに、それぞれの詳しい解説も紹介しています。
不眠で悩んでいる方はぜひご一読下さい。
▽ 厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」はこちらから
2.睡眠12箇条の解説
せっかく紹介したので、12箇条をそれぞれ解説も付けて紹介していきます。
1.良い睡眠で、からだもこころも健康に。
第1条.良い睡眠で、からだもこころも健康に。
・良い睡眠で、からだの健康づくり
・良い睡眠で、こころの健康づくり
・良い睡眠で、事故防止
第1条は、睡眠の役割についての情報です。睡眠というのは、生物にとって必要な生理現象です。しっかり眠らなければ心身の疲労は回復されません。
実際に睡眠の質が悪いと、血圧が上昇し、脳梗塞や心筋梗塞などのリスクが上がることが指摘されています。また、不眠とうつ病は有意に関係しており、不眠が続けばうつ病発症のリスクも上昇します。
不眠は、日中の眠気の原因にもなります。不眠による日中の眠気から交通事故などの重大な事故を起こしてしまった例もあります。
睡眠はおろそかにして良いものではありません。「睡眠は心身の健康の基本である」ということを忘れず、良い睡眠をとる心がけを忘れないでください。
2.適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
第2条.適度な運動、しっかり朝食、ねむりとめざめのメリハリを。
・定期的な運動や規則正しい食生活は良い睡眠をもたらす
・朝食はからだとこころのめざめに重要
・睡眠薬代わりの寝酒は睡眠を悪くする
・就寝前の喫煙やカフェイン摂取を避ける
第2条~第5条では、良質な睡眠を得るための基本的な知識・情報が記載されています。
良質な睡眠を得るために、適度な運動は必須です。身体は動かさなければ疲れません。そして、疲れなければ眠れません。良質な睡眠を得るためには適度な運動は欠かせません。
特にデスクワーク業務の方は、脳は酷使するけど身体は全く使わないことが多いでしょう。これは脳は疲労しているけど、身体は疲れていないというおかしな状態を作ってしまいます。脳は睡眠を欲するけども身体は別に欲していないため、このアンバランスさから睡眠の質が悪くなります。
睡眠の質を上げるために、脳と身体をバランス良く疲れさせることは重要なことです。
厚労省の報告では、定期的な運動習慣のある人の割合は、男性36.1%、女性28.2%となっています。運動習慣のない人の方が圧倒的に多いようです。運動の機会がなかなか取れない方は、通勤をなるべく歩いてみるとかなるべく階段を使うとか、小さな工夫でも構いません。できるだけ身体を動かすようにしましょう。
(睡眠と運動の関係は、詳しくは「不眠治療には適度な運動を!睡眠の質を上げるために効果的な運動とは」をご覧下さい。)
また、朝食をしっかりと食べることも間接的に睡眠の質を上げることにつながります。
朝食は、栄養補給という意味の他、「これから一日が始まる」と身体に認識させる作業でもあります。朝食をとることで、胃腸が動き出して全身にエネルギーが回り「これから活動するぞ」と身体が活動モードに切り替わります。
睡眠と覚醒のメリハリをつけるためにも朝食は必ず取るようにしてください。
厚労省の報告によると、朝食の欠食率は、男性12.8%、女性9.0%と少なくありません。特に20代男性は29.5%、30代男性では25.8%、20代女性では22.1%と高い数値になっています。これでは身体が目覚めないまま一日を過ごすことになり、結果として夜の睡眠もうまく取れなくなってしまいます。
また、就寝前のカフェイン、ニコチン、アルコールは睡眠の質を悪くすることが知られています。
カフェインは眠気を妨げて覚醒度を上げるはたらきがあり、睡眠の質を悪化させます。ニコチンにも覚醒作用があるため睡眠の質が低下します。アルコールは寝付きは良くしますが、眠りを浅くしてしまうため、総合的には睡眠の質は低下します。
不眠を改善させたいならば、これらは摂取すべきではありません。
3.良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
第3条.良い睡眠は、生活習慣病予防につながります。
・睡眠不足や不眠は生活習慣病の危険を高める
・睡眠時無呼吸は生活習慣病の原因になる
・肥満は睡眠時無呼吸のもと
睡眠不足や不眠、睡眠時無呼吸症候群は、生活習慣病の危険を高めることが報告されています。放置すれば高血圧や糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞などのリスクを高めます。
良質な睡眠を取るということは、生活習慣病から身を守るということにもなるのです。
また、肥満は生活習慣病の原因になるだけでなく、睡眠時無呼吸症候群の原因にもなり、睡眠の質を悪化させます。肥満改善は、睡眠の質を上げるためにも重要だと言うことです。
4.睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
第4 条.睡眠による休養感は、こころの健康に重要です。
・眠れない、睡眠による休養感が得られない場合、こころの SOS の場合あり
・睡眠による休養感がなく、日中もつらい場合、うつ病の可能性も
睡眠不足や不眠は、生活習慣病の原因になるだけではありません。こころの健康も害します。不眠はうつ病発症のリスクであり、またうつ病の患者さんの9割には不眠症状を認めることが報告されています。
5.年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
第5 条.年齢や季節に応じて、ひるまの眠気で困らない程度の睡眠を。
・必要な睡眠時間は人それぞれ
・睡眠時間は加齢で徐々に短縮
・年をとると朝型化 男性でより顕著
・日中の眠気で困らない程度の自然な睡眠が一番
成人の平均的な睡眠時間は6~8時間と言われていますが、これはあくまでも平均に過ぎません。人それぞれ、自分に最適な睡眠時間は異なりますので、「〇時間、睡眠をとらなくてはいけない」と画一的に考えるのではなく、自分に合った最適な睡眠時間を探して下さい。
特に睡眠量は、年を取ると徐々に減っていくのが普通です。高齢者の方であれば、若い時と同じ睡眠を求めてはいけません。
特に、「〇時間眠ろう」と時間で自分の睡眠を評価することはよくありません。睡眠時間で評価するのではなく、「日中に眠気などで困らないくらい眠れているか」で判断することが賢明でしょう。一般的には短いと言われている睡眠時間だったとしても、それで日中に問題なく活動できるのであれば、それで十分なのです。
また、一般的に日照時間の長い夏では睡眠時間は短くなり、日照時間の短い冬では睡眠時間は長くなります。同じ人でも季節によって多少、最適な睡眠時間は異なります。
6.良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
第6 条.良い睡眠のためには、環境づくりも重要です。
・自分にあったリラックス法が眠りへの心身の準備となる
・自分の睡眠に適した環境づくり
睡眠の質を上げるためには、睡眠に適した環境を意識することも大切です。
寝室の照明が明るすぎないか、外から光は入ってこないか。寝室の温度が暑すぎないか、あるいは寒すぎないか。騒音がひどすぎることはないか。基本的なことですが、しっかり確認し、改善させていきましょう。
(寝室環境について詳しくは、「快適な睡眠を得るために意識すべき5つの寝室環境」をご覧ください)
また、ゆっくり入浴したり、寝る前にストレッチをしたりなど、自分に合ったリラックス法を用いることで睡眠の質は更に高めることができます。
7.若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
第7条.若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ。
・子どもには規則正しい生活を
・休日に遅くまで寝床で過ごすと夜型化を促進
・朝目が覚めたら日光を取り入れる
・夜更かしは睡眠を悪くする
第7条は、特に若い世代の不眠の方に向けた睡眠衛生教育になります。
思春期になると、自分の時間を持ちたくなり、夜更かしが増える傾向があります。しかし思春期は体内時計の遅れが生じやすいため、出来るだけ夜更かしを避け、規則正しい生活をすべきでしょう。特に休日はつい夜更かしをしやすいため、要注意です。
そして、ただでさえ遅れやすい体内時計のリズムを整えるには、朝日を浴びることが効果的です。朝日には体内時計をリセットするはたらきがあるからです。
8.勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
第8条.勤労世代の疲労回復・能率アップに、毎日十分な睡眠を。
・日中の眠気が睡眠不足のサイン
・睡眠不足は結果的に仕事の能率を低下させる
・睡眠不足が蓄積すると回復に時間がかかる
・午後の短い昼寝で眠気をやり過ごし能率改善
第8条は、主に成人の勤労世代を対象にした睡眠衛生教育です。
この世代は、仕事の忙しさから睡眠不足になりやすい世代です。
不眠症の予防や早期発見のためには、日中の眠気がないかをチェックしましょう。日中の眠気は睡眠不足のサインであり、これが認められる場合は睡眠時間を増やすか、日中に昼寝などの仮眠を取ることで睡眠量を適正にする必要があります。
寝不足を休日の「寝だめ」で対応しようとする方がいますが、実は睡眠は溜められるものではありません。つまり寝だめは意味がないのです。
睡眠不足を放置しておけば、仕事のミスも増えます。また一度不眠症を発症してしまうと、治すまでに時間がかかるため早めに予防することが大切です。
9.熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
第9条.熟年世代は朝晩メリハリ、ひるまに適度な運動で良い睡眠。
・寝床で長く過ごしすぎると熟睡感が減る
・年齢にあった睡眠時間を大きく超えない習慣を
・適度な運動は睡眠を促進
第9条は、主に熟年世代を対象とした睡眠衛生指導です。
熟年になると、加齢とともに徐々に睡眠時間は短くなってきます。これは自然な現象ですから受け入れないといけません。
年をとっても若い頃と同じくらいの睡眠時間が必要だと考え、寝床で長時間横になってしまう方がいますが、これは逆に睡眠の質を低下させることが分かっています。
「年齢とともに睡眠時間が減るのは普通のことなんだ」と理解し、必要以上に横にならないようにしましょう。
また、これはどの世代にも言えることですが、運動は睡眠の質を改善させますので、寝床に長時間いるという方法ではなく、運動をすることで睡眠の質を改善させるようにして下さい。
10.眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
第10条.眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない。
・眠たくなってから寝床に就く、就床時刻にこだわりすぎない
・眠ろうとする意気込みが頭を冴えさせ寝つきを悪くする
・眠りが浅いときは、むしろ積極的に遅寝・早起きに
第10条は、眠れない時の具体的に対処法について書かれています。
眠れない時、「とにかく横になろう」と寝床に入り、頑張って寝ようとする方は多いですが、実はこれは間違いです。まだ眠くないのに横になってしまうと、「寝なくては!」という意気込みからかえって寝付けなくなります。 また身体を横にしてしまうことで疲労が起こらず、睡眠の質も低下します。
「寝床は眠る時以外は極力使わない」というのは不眠症治療の鉄則です。まだ眠くないのであれば、眠くなるまで起きていましょう。
11.いつもと違う睡眠には、要注意。
第11条.いつもと違う睡眠には、要注意。
・睡眠中の激しいいびき・呼吸停止、手足のぴくつき・むずむず感や歯ぎしりは要注意
・眠っても日中の眠気や居眠りで困っている場合は専門家に相談
第11条は、専門治療の必要な特殊な睡眠障害について紹介しています。
睡眠中の激しいいびきや無呼吸・艇呼吸は睡眠時無呼吸症候群の可能性があります。
睡眠中に手足がぴくついたり、ムズムズしたりするのは周期性四肢運動障害やレストレスレッグス症候群という疾患かもしれません。
睡眠中の激しい歯ぎしりも病気の症状である可能性があります。
夜にしっかり寝ているはずなのに、昼間の居眠りしてしまうのであればナルコレプシーなのかもしれません。
このような症状を認める場合は病院を受診し、原因を調べてもらう必要があります。
12.眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。
第12条.眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を。
・専門家に相談することが第一歩
・薬剤は専門家の指示で使用
今まで説明してきたことを試してみても十分に眠れない場合は、病院を受診してください。
今はネットで睡眠薬を買ったりもできてしまうようにですが、睡眠薬は素人判断で安易に使うべきものではありません。
医師の診察を受け、睡眠薬が必要な状態であれば、主治医に最適なものを選んでもらいましょう。