嘔吐恐怖症が生じる原因と克服するため方法とは

特定の「あるもの」「あること」に対して過剰なほどの強い恐怖を感じてしまい、それによって生活に支障が生じてしまう状態は「恐怖症」と呼ばれます。

恐怖症は非常に多くの種類があります。

  • 対人恐怖症・・・他の人に対して異常に恐怖を感じてしまう
  • 高所恐怖症・・・高い場所に対して異常に恐怖を感じてしまう

などは比較的よく知られている恐怖症かもしれません。

その他、閉所恐怖症、針恐怖症、男性恐怖症などなど、恐怖症は実に様々な対象に生じます。

これらと同じ恐怖症の1つに「嘔吐恐怖症」があります。

嘔吐恐怖症は、「嘔吐(吐く事)」に強い恐怖を感じてしまう疾患です。

嘔吐に対する恐怖から、「吐いてしまったらどうしよう」という恐怖が常に頭をつきまとうようになり、生活に様々な支障が生じます。

嘔吐恐怖症はなぜ生じてしまうのでしょうか。また治療法や克服方法などはあるのでしょうか。

ここでは嘔吐恐怖症について、その原因や治療法を紹介していきます。

1.嘔吐恐怖症とは

嘔吐恐怖症は、どのような疾患なのでしょうか。

嘔吐恐怖症は、「吐く事」に対して異常な恐怖を感じてしまう疾患です。嘔吐しうる状況を避けて生活する事になるため、大きな苦しみと生活への支障が生じてしまいます。

「嘔吐」とは、いわゆる「吐く」事です。

嘔吐恐怖症では、「嘔吐」という現象自体に恐怖を感じます。そのため、自分が吐く事はもちろん、誰かが吐いているところを見る事にも大きな恐怖を感じます。

嘔吐は日常でそう多く見るものではありませんから、ただ「吐いているところを見るのが怖い」というだけであればまだ良いのですが、嘔吐恐怖症の一番の問題は「吐いたらどうしよう」という不安を常に抱えてしまう事です。

そのため、吐く可能性がある状況にいることが出来ません。

  • 外食
  • 緊張するイベント(発表や試験など)
  • 乗り物(車やバス、電車など)
  • 妊娠(つわり)

などの状況を「吐いてしまったらどうしよう」という恐怖から避けて生活するようになります。

また、「吐く」という行為を見る可能性がある場所にも行けなくなりますので、

  • 飲み会
  • 映画鑑賞(吐くシーンがあるかもしれない)
  • 家族が体調を崩した時の看病

なども避けるようになります。

このような事を避けて生きていけば、生活に大きな支障が生じるのは明らかです。

例えば「試験で緊張して吐いてしまったらどうしよう」と考えてしまい、大切な試験を受ける事が出来なければ、その人の将来には大きな支障が生じるでしょう。

「酔って吐いてしまったらどうしよう」と乗り物に乗る事が出来なかったり、「食事中に吐いてしまったらどうしよう」と大切な会食に参加できなくなってしまえば、これもその人の人生に不利益を与えてしまうでしょう。

嘔吐恐怖症は、単に「吐くのが怖い」というだけでなく、嘔吐に対する異常な恐怖が生じてしまう事によって生活が大きく障害される疾患なのです。

2.嘔吐恐怖症はどのような原因で生じるのか

嘔吐恐怖症はどのような原因で発症するのでしょうか。

「恐怖症」という疾患は、様々な対象に生じます。

「閉所恐怖症」「高所恐怖症」「針(先端)恐怖症」「異性(男性・女性)恐怖症」「対人恐怖症」「道化(ピエロ)恐怖症」などなど、多くの恐怖症があります。

恐怖症の対象は様々ですが、そのほとんどが、健常な人でもある程度は「怖い」と感じるものだという点で共通しています

例えば誰だって針とか尖っているものは怖いものです。出口のない狭い場所(閉所)に閉じ込められるのだって怖いものですし、高い場所だって怖いものです。

異性や他人など、自分以外の人に対しても、最初はある程度の「警戒」はするのが普通です。つまり恐怖症は健常であっても、「怖いな」と感じるような対象に対して生じるのです。

恐怖症は、元々本能的に「怖い」と認識されるような対象に対して、なんらかのきっかけによってその恐怖が増幅されてしまう事で発症すると考えられています。

ではその「なんらかのきっかけ」にはどういったものがあるでしょうか。

これは明確には分からない事もあります。事実、嘔吐恐怖症の方の中には特にこれといったきっかけがなく発症してしまっている方もいます。

しかし「嘔吐」=「恐怖」という意味付けが行われてしまうようなエピソードがあって、それで嘔吐恐怖症を発症してしまう人もいます。

人前での発表の場で、緊張してしまい嘔吐してしまった。このようなエピソードから嘔吐恐怖症になる方もいます。

また強いストレスを受けていて神経が過敏になっている時に嘔吐をたまたま見てしまった事で強い恐怖を覚え、そこから嘔吐に恐怖を感じるようになってしまったという事もあり得ます。

特に元々、

  • 心配性
  • 不安が強い
  • 完璧主義

といった性格傾向のある方は、不安や恐怖を感じやすい傾向があるため、小さいきっかけでも嘔吐恐怖症をはじめとした恐怖症に罹患しやすいと考えられます。

3.嘔吐恐怖症ではどのような症状が認められるのか

嘔吐恐怖症ではどのような症状が認められるのでしょうか。

嘔吐恐怖症で患者さんをもっとも困らせるのは、「吐いてしまったらどうしよう」という恐怖から来る、生活への支障です。

「吐いてしまうのが怖い」という理由で、生活の様々な場面で制限が生じるのです。

特に嘔吐をイメージしやすい場所や状況、例えば、

  • 乗り物(バス、電車、車など)
  • 食事(飲み会や複数人での会食など)
  • 緊張する場面(試験や面接、発表など)

などを避けるようになります。

乗り物が乗れなければ生活が大きく制限されるのは明らかです。食事に行けなければ仕事や人間関係に支障が出る事もあるでしょう。また試験や面接などに行けなければ、進学や就職において不利益が生じます。

このように嘔吐恐怖症は、ただ「吐くのが怖い」というだけでなく、生活に大きな障害が生じる疾患なのです。

また、実際に吐く状況でなくても、嘔吐を思い起こしてしまうだけで恐怖が生じてしまう事もあります。

実際に嘔吐の現場に遭遇してしまうと、恐怖から自律神経のバランスが崩れ、パニック発作のような不安発作が認められます。

具体的には、強い恐怖とともに、

  • 動悸
  • 発汗
  • 呼吸苦
  • めまい、ふらつき
  • 意識消失
  • しびれや冷感
  • 頭がおかしくなるような感覚

などが生じます。

意識を失ってそのまま倒れてしまう事もあります。

この症状は自律神経症状であるため、後遺症の残るものではありませんが、このような症状が生じると更に恐怖感が強まり、嘔吐恐怖症がより悪化していきます。

4.どの程度から嘔吐恐怖症と診断されるのか

どの程度、嘔吐に対して恐怖を感じるようであれば嘔吐恐怖症になるのでしょうか。もちろん、嘔吐が苦手な人がすべて嘔吐恐怖症になるわけではありません。

嘔吐を「好き」か「嫌い」かと聞かれれば、健常者でもほとんどの人が「嫌い」と答えるでしょう。しかしそのような人の中でも、嘔吐恐怖症に至るのはごく一部です。

嘔吐恐怖症はDSM-5という診断基準的には「限局性恐怖症(Specific Phobia)」の一型になります。

【DSM-5】

アメリカ精神医学会(APA)が発刊している、精神疾患の診断基準の手引き。アメリカに限らず、世界的に精神疾患の診断に広く使われている。

DSM-5を元に考えると恐怖症の診断のためには、

  • 特定の状態や対象に対して、一般的な常識から考えて過剰な恐怖を感じていて
  • それによって生活に支障が生じている

という事が重要になります。

つまり、嘔吐が苦手であってもそれが一般的な基準から考えて過剰というほどではなかったり、嘔吐恐怖によって生活への大きな支障が生じていない場合などは、嘔吐恐怖症にはならないという事です。

この場合は例え嘔吐に対して苦手という感情を持っていても、治療の必要はありません。そのまま様子を見ていて大丈夫でしょう。

しかし嘔吐に対して過剰な恐怖を感じていて、それによって日常生活に支障が出ている場合、「恐怖症」の診断基準を満たす事になります。

過剰な恐怖を感じていて、なおかつ生活への支障が生じている場合というのは、その恐怖に対して治療を行った方がメリットが高いと考えられるため、適切な治療を行う必要が出てきます。

5.嘔吐恐怖症はどのように治療・克服すればいいのか?

嘔吐恐怖症というのは、どのように治療・克服すればいいのでしょうか。

嘔吐恐怖症を克服する場合、まず覚えておいて欲しいのが、「嘔吐を怖いと感じるのは異常」だという考え方をしない事です。

嘔吐に対して「気持ち悪い」「苦手」と感じるのは普通の感覚であり、おかしい事ではありません。

嘔吐恐怖症の治療を行う際は、「嘔吐に恐怖を全く感じないようにしなければ」と考えてはいけません。本来多少の恐怖を感じるものに対して全く恐怖を感じないようになるのは困難ですし、このような目標の治療はまず失敗します。

嘔吐を怖いと思うのは正常なのです。ただ、その「怖い」の程度が強まりすぎてしまっているため、その程度を正常範囲に弱めてあげるのが正しい治療の目的になります。

恐怖症を治すためには2つのアプローチが必要です。

重要なことは、この2つのアプローチというのはどちらか好きな方を選べば良いというわけではなく、どちらも並行して行っていく必要があります。多くの方が恐怖症の治療を失敗してしまうのはこの事を理解していないからです。片方の治療法だけで完結しようとしてしまうため、うまく行かなくなってしまうのです。

嘔吐恐怖症は、何らかの原因により、嘔吐に対しての過剰な恐怖が植え付けられてしまい、それが持続していることで生活に支障を来たしています。

これは、

  • 嘔吐を「怖い」と過剰に感じてしまう認知を修正する(考え方を治す)
  • 実際に苦手な状況に慣れていく(行動で治す)

の2つのアプローチを並行していくことが大切です。

考え方と行動、2つの面から治療を行わなければ恐怖症の克服は出来ません。これはよく考えれば当たり前のことです。

いくら「別に嘔吐ってそこまでひどく怖いものではないよね」と考えだけを変えようとしても、それが机上の空論でしかなければ、その考えは深くは理解されません。考え方だけを変えても実体験が伴わなければ、私たちの脳は深いレベルでの理解はしてくれないのです。

そのため考え方を変えた上で、実際にそれを「体験する」という行動は必ず必要になります。

また反対に、行動だけを頑張るというのも危険です。「嘔吐をイメージしてしまう状況にあえて自分を置き、ひたすら慣れていく」という方法だけでは、一時的には嘔吐恐怖は治るかもしれませんが、根本の「嘔吐は非常に怖いものなのだ」という認知の歪みが治されていないため、すぐに再発してしまいます。

そのため、嘔吐に対する正しい考え方を修正しながら、同時に行動でも慣れていく。この2つの治療法を必ず併用する事が理想的な治療・克服法になります。

それでは治療・克服法を1つずつ見ていきましょう。

Ⅰ.考え方を治す

嘔吐恐怖症が生じている原因の1つは「嘔吐」に対して必要以上に「怖い」と考えてしまっていることです。これを正常範囲内の「怖い」に下げることが出来ればいいのです。

先ほどからお話しているように、誰だって嘔吐にはある程度の恐怖を感じるものなのです。そのため嘔吐に対しての恐怖をゼロにする必要はありません。「生活に支障がない程度の恐怖」にまで下げれれば十分なのです。

嘔吐恐怖症の方は、「嘔吐」に対しての認知(ものごとのとらえ方)が歪んでしまっています。

嘔吐は確かに「怖い」「気持ち悪い」と感じるようなものですが、本来は自分に害を与える行為ではありません。

この嘔吐に対する「認知のゆがみ」を修正する治療が嘔吐恐怖症においては有効です。

これは基本的には「認知行動療法」の考え方になり、カウンセリングの形式で認知の修正を図っていくことが理想です。独学で行うのは難しく、出来れば精神科医や経験豊富なカウンセラーとともに行っていくようにしましょう。

ただし認知の修正だけを行ってもまずうまく行きません。学習という形式で認知の修正だけをしようとしても、実体験が伴わなければ、深いレベルでの理解は出来ないからです。

そのため、次項の「慣れていく」という治療法も並行していく必要があります。

Ⅱ.嘔吐をイメージしてしまう状況に慣れていく

実際に嘔吐をイメージしてしまう状況に少しずつ慣れてみるという作業も、嘔吐恐怖症を克服するためには必要です。

恐怖を感じるものに敢えて挑戦するのを「暴露療法」と呼びますが、嘔吐恐怖症の治療に対しても暴露療法は有用になります。

ただし、暴露療法は「どの程度の恐怖に暴露させるか」という判断が非常に難しいため、これもできれば独自に行うのではなく精神科医などの専門家とともに行うことが理想です。ポイントは「自分がギリギリ耐えられる程度の恐怖に暴露していく」というのが理想で、今の自分がギリギリ耐えられる程度がどれくらいかを見極めることが非常に重要です。

暴露療法は、恐怖に少しずつ触れて慣れていくという治療法になり、最初は弱い恐怖から慣れていき、成功したらより強い恐怖に挑戦するという流れになり、必ず段階的にやっていく必要があります。いきなり自分の限界以上の恐怖に暴露させてしまうと、恐怖がかえって強まってしまう可能性もあります。

そのため、まずは自分が怖いと思う状況を思いつく限りすべてリストアップし、それぞれどのくらい恐怖を感じるのかを10段階で表してみることから始めます。例えば、

・自宅の車に乗る 恐怖の強さ2
・電車に乗る  恐怖の強さ5
・友達とご飯を食べに行く 恐怖の強さ8

などといった感じです。このような表は「不安階層表」と呼びます。

不安階層表を作ったら、恐怖の低いものから1つずつ克服していきます。小さな成功を積み重ね、成功体験を積んでいくことが大切です。かんたんなものから少しずつ克服していくことで自信がつき、恐怖が和らいでいくからです。

今の例でいえば、「じゃあまずは自宅の車に乗ってみよう」とチャレンジすればいいのです。

時間も最初は短い時間でも構いません。数分間乗るだけでも十分でしょう。

また、それでもつらいようであれば、「恐怖が和らぐ要素」を加えたうえで挑戦するという方法もあります。例えば、抗不安薬などのお薬を飲んで恐怖を和らげてから参加しても良いでしょう。あるいは吐き気止めを服用して吐き気が生じにくい状態にしてからチャレンジするのも方法の1つです。親や親友・恋人など自分にとって安心できるような人に傍にいてもらって挑戦しても良いでしょう。

それで慣れていけば、「次は抗不安薬なしで挑戦してみよう」「次は一人で挑戦してみよう」とまた一段階負荷を上げていけばいいのです。

暴露療法の成功の鍵は、段階を多く作り、少しずつ少しずつ達成していって自信をつけていくことです。協力者やお薬を利用して、段階を細分化することが出来ると、暴露療法の成功率は高まります。

協力者というのは「一緒に居て安心できる人」であることが絶対条件です。これは通常家族や恋人、親友などになります。また抗不安薬の処方は医師しかできないため、やはり暴露療法は精神科医と連携しながら行うことをお勧めいたします。

Ⅲ.失敗することもある

治療を行う際、直線状にきれいに治っていくことはまずありません。

良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に徐々に底上げされて治っていくような経過が普通です。

恐怖症の方は、非常に長い期間苦しんできた事がほとんどです。短くても数年、長い場合は数十年以上、嘔吐恐怖症を抱えながら生きてきた方もいらっしゃいます。このように長い期間苦しんできたのですから、いくら最適な治療をはじめたといってもいきなりキレイに治るものではありません。

治療の経過中には悪化してしまったり、失敗してしまうこともあります。しかしそれであきらめないでください。

失敗や悪化を経て、その中で少しずつ少しずつ治っていくというのが恐怖症の治り方です。

失敗してしまったり悪化を経験すると、「これはきっと治らないのだ・・・」と絶望的になってしまう方が多いのですが、そうではなく、「経過中に失敗することもある。みんなそうやって少しずつ治っていくのだ」と考えるようにしてください。

Ⅳ.補助的にお薬を使うことも

恐怖の程度が強い場合は、補助的に不安や恐怖を和らげるお薬を併用することもあります。

良く用いられるのが先ほども紹介した「抗不安薬」です。抗不安薬は、即効性もあるため暴露療法で暴露する前に服薬することでも効果が得られ、使い勝手の良い治療薬になります。しかし一方で慢性的に使用を続けると依存が生じることもありますので注意が必要です。

長期的に不安・恐怖を抑えたい場合は「抗うつ剤」が用いられることもあります。不安や恐怖はセロトニンと深く関係していると考えられているため、抗うつ剤の中でもセロトニンを増やす作用に優れるものが使われます。抗うつ剤は飲んですぐに効果が出るものではありません。服薬して早くても1週間、通常は2~4週間ほどかかります。しかし依存性はありませんので、長期的に不安を抑えたい場合に適しています。

お薬は嘔吐恐怖症の治療を助けてくれる有効な方法の1つです。しかしあくまでもお薬で症状を抑えているだけであるため、お薬だけで治療がうまくいくことはありません。お薬の力を借りながらも「考え方を修正する」「暴露して慣れていく」という克服法を行っていく必要があります。