非定型うつ病とは、うつ病の診断基準は満たすものの、典型的なうつ病(定型うつ病)とは異なった症状を認めることが特徴であるうつ病です。特に若い方、女性に多いと言われています。
非定型うつ病は、その独特な症状から「病気ではない」「甘えているだけ」という誤解を受けがちですが、これは「病気」であり「甘え」で片づけて良い問題ではありません。外面上は甘えているだけのように見えることもありますが、内面的には本人はとても苦しい思いをしています。
周囲から「それは甘えだよ」などと言われてしまうと、自分の症状が甘えなのか、それとも非定型うつ病などの病気なのかが分からなくなってしまいます。この判断はどのようにしたらいいのでしょうか。
非定型うつ病に該当するのか判断するには、精神科医の診察を受ける必要がありますので、しっかりとした診断を希望するのであれば精神科を受診する以外に方法はありません。
しかし仕事などで忙しい方はなかなか病院を受診することも難しいでしょう。また、精神科はまだ受診の敷居が高い科であるため、「こんな症状で受診して大丈夫だろうか」と受診をためらってしまっている方もいらっしゃるかもしれません。
ここでは、非定型うつ病の可能性があるのかどうかを自己チェックする方法をお話させて頂きます。これを読んで、非定型うつ病の可能性が高そうだという結果になったら、早めに精神科・心療内科を受診して下さい。
目次
1.非定型うつ病なのか甘えなのかをチェック
非定型うつ病の細かい症状は後述しますが、その最大の特徴は「気分反応性」です。
これは「楽しい事や嬉しい事があると気分が上がり、辛いことや苦痛な事があると気分が下がる」というものです。仕事に行くとなると抑うつ気分がひどくなるけど、友達の遊びの誘いが来るととたんに楽しい気分になる、というものです。
この特徴が非定型うつ病を「ただの甘え」だと誤解させている一番の原因です。確かにこれだけを聞くと「非定型うつ病ってただの甘えじゃないか」と疑いたくなる気持ちも理解できます。
しかし、非定型うつ病がただの甘えと違うところは、
・元々はそうではなかったのに、ある時点からそうなってしまった
・自分でもおかしいと分かっていても、気分の浮き沈みを制御できない
という点です。
元々は、仕事がイヤだと思っても「仕事なんだから行かなくちゃ」と自分を律することが出来ていた人が、ある時点からそれが出来なくなってしまう。
楽しい時だけ元気になってイヤなことがあると途端に落ち込むというのは、一般的には甘えと取られるような事だと分かってはいるのだけど、気分の波を自分でも制御できない。
このような点が非定型うつ病がただの「甘え」と異なる点です。
実際、非定型うつ病の方は元々の性格としては、真面目で親の言う事をよく聞く「良い子」であることが多いと言われています。もともと甘えているような性格であることはほとんどありません。また、気分反応性は意図的にやっているわけではなく、非定型うつ病の「症状」であるため、自分の意志と関係なく出現してしまうのです。
「幼少期から勉強になると落ち込みだし、遊びとなると途端に元気になっていた。成長において、それを治す努力もしていなかった」
「気分反応性を本当は制御する力があるのに、しようとしていない」
もし、これに該当するところがあるのであれば、これは甘えなのかもしれません。
しかし、そうでないのであれば非定型うつ病の可能性があります。簡単に「それって甘えじゃないか」と片づけていい問題ではないでしょう。
2.こころの症状があって、困っているのかをチェック
非定型うつ病に限らず、精神疾患の大前提として、
・こころの症状がある
・それで自分自身が困っている
この二つを満たしていることは大前提になります。
こころの症状というのは、非定型うつ病で言えば、落ち込みがちであったり、気分反応性があったりといった精神的な症状になります。
また、その症状によって「困っている」事、具体的に言えば精神的に大きな苦痛を受けていたり、日常生活や社会生活に支障が出ている、などがあるのかどうかも重要な判断の指標です。
「何か最近落ち込みがちだなぁ」とこころの症状はあるけども、それに対して「困っている」と感じていないのであれば、大きな問題はありません。しかし、こころの症状によって仕事のミスが増えていたり、生きていることが苦しくなっていたりといった問題が出ているのであれば、治療が必要な可能性があります。
「こころの症状がある」「それによって困っている・支障が出ている」
まずはこの二つの大前提を満たしているかどうかを、改めてチェックしてみましょう。
3.定型うつ病の診断基準に当てはまるか?
非定型うつ病は、うつ病(定型うつ病)の中のひとつの疾患ですので、そもそも定型うつ病の診断を満たしている必要があります。定型うつ病の中の一型として、非定型うつ病があるのです。
臨床の感覚で言えば、実際は非定型うつ病はうつ病の診断を完全には満たさないこともありますが、原則はうつ病の診断基準を満たす必要があるのです。
では、うつ病の診断基準はどんなものがあるのでしょうか。
日本で用いられているうつ病の診断基準は、2種類あります。世界保健機構(WHO)が発行しているICD-10の診断基準と、アメリカ精神医学会(APA)が発行しているDSM-5です。
どちらの診断基準を用いても良いのですが、ここではDSM-5の診断基準を紹介します。
- 抑うつ気分
- 興味または喜びの著しい低下
- 食欲の増加または減少、体重の増加または減少(1か月で体重の5%以上の変化)
- 不眠または過眠
- 強い焦燥感または運動の静止
- 疲労感または気力が低下する
- 無価値感、または過剰・不適切な罪責感
- 思考力や集中力が低下する
- 死について繰り返し考える、自殺を計画するなど
これらの5つ以上が2週間のあいだほとんど毎日存在し、またそれによって社会的・職業的に障害を引き起こしている場合、うつ病と診断される
(DSM-5 うつ病の診断基準より)
診断基準には9つの症状が書いてありますが、これらのうち5つ以上を満たす場合がうつ病となります。また、
・抑うつ気分(気分の落ち込み)
・興味と喜びの低下(以前のように興味を持ったり喜んだりする事が出来ない)
の2つはうつ病の中核症状であり、診断基準上はこれらのどちらか1つは必ず認めていないといけません。
本来であれば、診断基準を満たすかどうかの判断は、熟練した精神科医が「精神医学的に見て」診断基準に当てはまっているのかを確認しなくてはいけません。一般の方が診断基準に自分の症状を当てはめただけで診断にはならないのですが、セルフチェックとして「うつ病の可能性があるか」をみるのであればひとつの指標にはなります。
うつ病の診断基準にある症状について「どの程度であれば満たすと言っていいのか?」と疑問に感じる方もいらっしゃると思います。その判断は簡単に説明することは難しいのですが、ざっくりと言ってしまえば「自分が困るほどかどうか」が目安になります。
例えば、不眠の傾向があっても、それで対して困ってなければ当てはまりません。しかし不眠によって昼夜逆転しているとか、仕事のミスが増えているとか、本人が著しい苦痛を感じているのであれば、当てはまると考えれられます。
期間も大切で、つらい事があった後、2,3日落ち込むのは正常な反応です。これでうつ病と言ってしまっては、世の中の全ての人が患者さんになってしまいます。うつ病の診断となるためには2週間以上、これらの症状が続いている事が条件になります。
非定型うつ病かどうかをチェックするためには、まずうつ病かどうかをチェックしないといけません。
4.うつ病の心理検査でチェック
うつ病のセルフチェックの精度を上げるために、心理検査を利用するのも有効な方法です。
心理検査は検査者がいないと受けられないものと、セルフチェック式で一人でも行えるものの2種類があります。後者はオンライン上でも受けることが出来るため、セルフチェックにはとても向いている検査になります。
セルフチェック式のうつ病心理検査で、特に有用なものとしてよく使われているのが、
の二つです。
どちらも5~10分ほどで検査が終わるため、こころが疲れている方にとっても大きな負担とならず、何とか受けることができます。
CES-Dは多くの医療機関でも使われているうつ病心理検査で、うつ病の検出率は90%と言われている精度の高い検査です。
またQIDS-JはDSM-5の診断基準に沿って作られている検査です。つまり、この検査にひっかかる場合はDSM-5のうつ病の診断基準に当てはまる可能性が高いという事になり、これも有用な検査になります。
当院のサイト上でもCES-D、QIDS-Jは行えますので、セルフチェックを希望される方は一度やってみてください。
なお、これらの心理検査は非定型うつ病に特化した心理検査ではなく、(定型)うつ病をチェックする心理検査になります。
5.非定型うつ病の診断基準に当てはまるか?
前項までのチェックを全て満たしている場合、「うつ病」の可能性は高くなります。
更に、うつ病の中でも「非定型うつ病」の可能性があるのかどうかを判断するには、最後に「非定型うつ病の診断基準を満たすか」をチェックする必要があります。
では、非定型うつ病の診断基準を見てみましょう。
A.気分の反応性(すなわち、現実のまたは可能性のある楽しい出来事に反応して気分が明るくなる)
B.以下のうち2つ
(1)有意の体重増加または食欲増加
(2)過眠
(3)鉛様の麻痺(すなわち、手や足の重い、鉛のような感覚)
(4)長期間に渡り対人関係上の拒絶に敏感で、意味のある社会的または職業的障害を引き起こしている
C.同一エピソードの間に、「メランコリアの特徴を伴う」または「緊張病を伴う」の基準を満たさない
気分の反応性というのは、楽しい出来事(遊びや娯楽、趣味)などになると元気になる事ができ、楽しくない出来事(仕事など)になると元気がなくなる、という非定型うつ病の特徴的な気分の変動です。
体重増加や食欲増加は、明らかな食事量の増加や体重増加として確認できる場合に「あり」とします。
過眠は、
・少なくとも計10時間以上、
・あるいは抑うつのない時より2時間以上長いこと
という目安がDSM-5に記載されています。
また、鉛様の麻痺は、
手足が重く、鈍く、または重みでつぶれそうな感覚。この感覚は通常、少なくとも1日に1時間以上は存在するが、一度に数時間以上持続することもしばしばある
と記載されています。
拒絶過敏性とは、他者からの評価を過剰に気にしすぎるあまり、他者からの悪意のない言葉も悪意に受け取ってしまったりする事です。この拒絶過敏性は、抑うつがひどい時だけでなく、正常時にも生じており、抑うつ状態の時は更に悪化します。
気分反応性を満たし、更にこれら4項目のうち、2項目以上を満たす場合、非定型うつ病に診断基準上は当てはまります。
6.非定型うつ病の特徴に当てはまるか?
非定型うつ病には、いくつかの特徴があります。
これは診断にあたって必ず満たしていなければいけない、というものではありませんが、これを満たしている場合は非定型うつ病の可能性がより高くなります。
・10~20代である
・女性である
・夕方に悪化しやすいという日内変動がある
・拒絶・批判を受けると過剰に落ち込み、激しい反応(暴言、欠勤、物質乱用など)を取る
・不安症状が強い
まとめ
非定型うつ病の診断は、精神科医の診察を受けないと行うことが出来ません。
セルフチェックをなるべく高い精度で行うためには、
1.甘えではないかをチェックする
2.こころの症状があって、それで困っているのかをチェックする
3.うつ病の診断基準を満たすかチェックする
4.うつ病の心理検査でチェックする
5.非定型うつ病の診断基準を満たすかチェックする
6.非定型うつ病の特徴に当てはまるかチェックする
の6つの手順を踏むことが有効です。