適応障害(Adjustment Disorders)は、ある環境への適応に失敗してしまうことで大きなストレスが生じ、様々な症状が出現してしまう疾患です。
適応障害の根本的な問題は、症状ではなく「適応できない事」にあります。そのため表面的な症状を抑えるだけの治療に終始してしまうのは良い治療法とは言えません。
例えばうつ病の治療であれば、「落ち込みを取る」「意欲を改善させる」といった症状に焦点を当てた治療が行われます。しかし適応障害は同じようにはいきません。他の疾患とは異なった視点を持って治療を行う必要があるのです。
今日は適応障害はどのように治療していくのか、そして適応障害を治療していくに当たって大切となる考え方について紹介していきます。
目次
1.適応障害の治療手順
適応障害は、ある環境の常識・価値観と自分の常識・価値観が大きくかけ離れていることによるストレスが発症の原因です。その環境変化に適応するための一定の努力をしたにも関わらず適応に失敗してしまうような場合「適応障害」と診断され、医療による治療介入が必要になってきます。
適応障害の治療は、大きく2つのステップに分ける事ができます。
【適応障害の治療ステップ】
1.まずはストレスから離れる事で本来の自分を取り戻す
2.その上で、適応できない環境にどのように対処していくかを考える
適応障害の治療を受けるに当たってまず知っておいて欲しい事は、いきなり適応できない事に対処していくのではなく、このような段階を経る必要があるという事です。
その理由について詳しくは後述しますが、適応障害は「適応できない自分と向き合う事」が治療のキモになりますが、それを行うためにはまず健常な精神状態を取り戻す必要があるからです。
適応できないストレスで不安定になっている精神状態の時に「どうやって適応できない事を解決するか」を考えても、良い答えは得られないでしょう。適応障害の解決に対しての正しい方向性を導くためには、まずは一旦ストレスから離れて精神状態を正常化する必要があるのです。
2.まずは十分に休み、健常な心身を取り戻す
それでは適応障害の治療手順を1つずつ詳しく見ていきましょう。
適応障害の治療で最初にすべきことは、健常な心身を取り戻すことです。
適応障害は、最終的には「適応できない環境とどう向き合っていくのか」を考えないと根本の解決は得られない疾患です。しかしストレスで心身が疲弊しきっている状態で、「適応できない環境とどう向き合っていきたいか考えなさい」と言われても、これは無理があります。
疲弊した精神状態では正常な判断を下す事はできません。正常でない精神状態では、取返しのつかないあやまった判断をしてしまう可能性があり、これでは治療になりませんし、患者さんの将来に大きな不利益をもたらすことになります。
そのため治療に入る準備として、まずは健常な心身を取り戻す必要があるのです。
ではどのようにして健常な心身を取り戻せばいいのでしょうか。実はこの答えは非常に単純です。
健常な心身を取り戻す方法は、「ストレス環境から離れる」ことに尽きます。
適応障害は、ある環境がストレスとなっており、その原因は明確です。そのため、その環境から離れれば比較的速やかに症状は改善していきます。早い方だと数日、遅い方でも数週間で症状は速やかに改善していきます。
職場の環境が原因であれば、休職が必要になることもあります(「適応障害で休職する意義と休職中にすべきこと」参照)。どうしても休職が出来ない場合でも、残業禁止や勤務時間短縮をお願いして、できる限り健常な心身を取り戻せるようにしなくてはいけません。
一時的にでも健常な心身を取り戻せないと次のステップに進めないため、まずはストレス環境から離れるようにしましょう。
3.適応できない環境に向き合う
ストレス環境から離れることで、心身が健常な状態に戻ってきたら次のステップに進みます。
このステップが本当の意味での「適応障害の治療」になり、「適応できない環境」にどう向き合うのかを考えていきます。
適応できない環境に対する解決法というのは、実は2つしかありません。
- 自分がその環境に合わせる(自分が適応する)
- 環境が自分に合うようにする(環境を適応させる)
のどちらかです。
適応障害は「自分」と「環境」の価値観のズレが大きいことからきています。そのため、その価値観のズレを小さくすることが治療になり、その方法は自分を環境側に寄せていくか、環境を自分側に寄せていくか、あるいはその両者かしかありません。
このどちらを選ぶべきなのかは、最終的には本人の判断になります。しかし出来るだけ治療者や本人をよく知る人(家族など)と一緒に考えていくようにしましょう。また職場が原因なのであれば職場の上司や産業医なども交えて考えていくことが理想的です。
実際はどちらか片方だけを選ぶという事は少なく、両方を並行して行なっていくことがほとんどです。
一般的には、自分側が環境に適応できるように努力・工夫を最大限に行なってみて、それでもズレが大きいようであれば環境側を自分に適応させるようにします。
それでは2つの解決法のそれぞれを詳しくみていきます。
4.自分がその環境に適応できるように努力する
自分がある環境に適応できない時、その環境に何とか自分が適応できないかを最大限考えてみる事は大切です。
自分にとって100%価値観が一致する環境というのはありません。そのため、誰もが環境変化が生じた時は「適応する」努力をしています。
適応できない環境に遭遇したときに、適応する努力を十分にしないまま、すぐにその環境から逃げてしまうようになれば、次第にどんな環境にも適応できなくなってしまうでしょう。
そのため、まずは「自分が環境に合わせられないか」「そのためにはどのような工夫をすればいいのか」から考えていく必要があるのです。
自分が環境に適応できるように努力・工夫をする際、とても大切な事があります。
それは、1人で行ってはいけないという事です。
必ず治療者と相談しながらやっていきましょう。
なぜならば、自分だけで「適応できるように頑張ろう」と努力する事は、すでに適応障害を発症する前にやっている事だからです。1人でやっても適応できなかったから適応障害を発症しまったわけですので、再び1人で頑張ろうとすればまた適応障害が再燃する可能性は極めて高いでしょう。
そうならないためにも治療者の適切な指導・アドバイスを参考にしながら適応の工夫・努力は行っていく必要があります。
ではどのような方法を用いれば、環境に対する適応力を上げることが出来るのでしょうか。
具体的には次のような方法があります。
Ⅰ.考え方を変えていく
自分が元々持っている価値観や常識と環境の価値観・常識のズレが大きいと適応障害を発症します。
自分の価値観や常識というのは「自分なりのものごとのとらえ方」という事ができます。このうち、適応障害発症の大きなリスクになっている考え方に対して、修正していきます。
自分にとって受け入れられない価値観や常識を、
「なぜ受け入れられないのか」
「その価値観には自分にとってメリットは本当にないのか」
「その価値観は自分に本当に害があるものなのか」
と治療者と一緒に改めて深く見ていきます。
客観的にみてみると、今まで受け入れられなかった価値観にも多くの良い側面があることに気付くこともあります。
非常に有効な方法ですがこの方法は「時間がかかる」という欠点があります。自分の考え方を変えるわけですから一朝一夕で終わるはずがありません。短くても数ヶ月、長いと数年かかってしまうこともあります。
職場に対する適応障害だと職場も何年も待てないということもあり、しっかりと導入できる方がそこまで多くはないのが問題点です。
このような治療法は「認知行動療法」とも呼ばれ、適応障害以外の精神疾患の治療にも用いられています。
このような「考え方の修正」は、自分の価値観を環境の価値観に全て合わせていかなければいけないという事ではありません。
自分なりの価値観や常識は持ちつつも、「そのような価値観もあるのだな」と異なる価値観を受け入れる事が出来るようになればいいのです。
このように今の環境を受け入れられるような考え方を持つためには「森田療法」の考え方も有効な事があります。
Ⅱ.サポート体制を強化する
適応力を付けるというと、自分だけの問題のように感じるかもしれませんがそんな事はありません。
適応力を上げるためには周囲の協力が非常に有効です。周囲のサポートが充実していると、それだけでストレスに対して強くなれるものなのです。
適応できない職場であっても、「職場の全員が自分の価値観を理解してくれない職場」と「自分の事を理解してくれる上司がいる職場」では、どちらが適応に成功しやすいかは明らかです。サポートしてくれる人がいるかいないかで、適応できるか出来ないかは大きく異なってきます。
周囲のサポート体制を整えるというのは、適応力を上げるために非常に有効な方法です。自分一人で何とかしようとするのではなく、周囲にも頼って適応力を上げていきましょう。
- 職場の産業医と定期的な面談をする
- 自分にとって話しやすい上司に定期的に話を聞いてもらう
- 職場の同僚にも相談しやすい環境を作る
といったサポート体制を充実させる工夫は、自分の適応力を上げるためにも有効なのです。
5.環境が自分に合うように治療する
自分が環境側にすり寄るだけでなく、環境が自分側に近づいてくれるようにするという方法もあります。
例えば職場で適応障害になってしまった時、職場によっては自分の価値観を話す事で、一部受け入れてもらえることもあるかもしれません。一部であっても価値観のズレが修正されれば、それだけでストレスは軽減します。
また今の職場ではどうしても適応できないという事であれば、異動や配置転換なども1つの方法です。どうしても合わないという事であれば、(積極的には推奨しませんが)退職してより適応できる環境に再就職するという方法もあり得ます。
このように環境側を改善することで適応障害が改善するケースも現状では少なくありません。
環境を改善するという方法も、必ず自分ひとりで判断せずに治療者や周囲、問題となっている環境側の人間と相談しながら行っていく必要があります。
例えば職場の環境に適応できずに適応障害になってしまった時、職場側がどこまで環境改善に協力してくれるかは、職場側の人間に聞かなければ分かりません。
職場側にも職場側の都合がありますから、あなたの希望を全て聞く事は難しいでしょう。
しかし、
「それだったら違う部署ではたらいてみてはどうか?」
「違う営業所に転勤してみてはどうか?」
と職場側として可能な提案をもらえることもあります。
あるいは、「環境は一切変えることは出来ない」と言われてしまうかもしれませんが、このように環境側がどこまで協力できるかを知ることは治療方針に大きく影響します。そのため、自分1人で勝手に判断してしまうのではなく、必ず環境側の意見も聞くようにしましょう。
環境を変えるという選択肢は、適応障害における有用な治療の1つです。
しかし注意点として、安易に環境を変える方向に流れてしまうと、自身の適応力が未熟になってしまう危険があります。
環境を変えるという事は、悪い言い方をすれば「そこから逃げる」「適応をあきらめる」という事になります。これは必ずしも間違った選択肢ではありませんが、安易にこういった方向に流れてしまうと、将来的に自分のためにならないのもまた事実です。
安易に適応できない環境を避けるクセがついてしまうと、次の環境でも結局適応できないということを繰り返すことになってしまいます。これではその場の適応障害は解決出来ても、将来の適応障害発症のリスクが高いままですので、根本を解決できているとは言えません。
そのため環境を変えるという方法を取る際は、それが本当に最良の方法なのかを特に慎重に判断しないといけません。自分だけで決めるのではなく、周囲の意見も参考にしながら考えていくことが理想的です。
6.適応障害の治療に当たって大切な考え方
最後に適応障害の治療を行うに当たって患者さんに持って頂きたい大切な考え方をいくつか紹介します。
Ⅰ、「適応できない」=「おかしい」「弱い」ではない
世の中には様々な価値観を持った人がいます。
人それぞれ価値観は異なり、全く同じ価値観を持つ人などいません。
人それぞれ価値観が異なる以上、自分と価値観が合わない環境に遭遇する確率というのは誰にでもあるのです。
一般的には「素晴らしい」「最高だ」と考えられるような環境であっても、その環境に適応できない人は必ずいます。それは良い悪いではなく、仕方がない事なのです。
適応障害を発症してしまった患者さんから、
「こんなに良い環境なのに適応できないなんて、自分っておかしいですよね」
「適応する能力がない自分って情けないですよね」
と相談される事がありますが、そんな事はありません。
適応できない環境は、誰にとっても一定の確率で遭遇するものです。確かに多くの環境に適応しやすい人やしにくい人などはいますが、すべての環境に100%適応できる人などはいません。
適応障害を発症してしまった事に対して、「自分の価値観はおかしいのだ」「自分刃適応力がない弱い人間なのだ」といった誤解をしてはいけません。
Ⅱ.お薬は補助的なものに過ぎない
精神疾患は薬物療法(お薬による治療)が治療法のメインとなることも多いのですが、適応障害はそうではありません。
補助的にお薬が用いられることもありますが、適応障害に対するお薬は根本の治療にはなり得ないことは覚えておかなくてはいけません。お薬は表面的な症状を改善させる作用はありますが、適応障害の根本である「適応できない事」を改善をさせてくれるものではないからです。
そのため適応障害の治療では、お薬だけに頼るのではなく、説明した2つのステップをしっかりと踏んで治療していくことが大切です。
Ⅲ.自分の将来も考えて治療方針は決めていこう
適応障害の治療は、
- 自分がその環境に合わせる(自分が適応する)
- 環境が自分に合うようにする(環境を適応させる)
の2つしかないとお話ししました。
前者だけで済めば一番良いのですが、実際は後者の方法が取られる事もあります。
適応障害の治療を頑張ったけれども、どうしても適応できないという時、その環境から「去る」という方法があります。具体的には仕事であれば退職をしたり、学校であったら転校をしたりという事です。
この方法が間違っているというわけではありません。転校をしたことで価値観のズレがなくなり、充実した学生生活を送れるようになったという方もいます。退職をして価値観のズレの少ない職場に再就職した事で、生き生きと仕事が出来るようになったという方もいます。
しかし、この選択肢を選ぶ際は、安易な「逃げ」にはなっていないか、しっかりと確認してから行うべきです。
十分な適応の努力をしない上でこの方法を取ってしまうと、その場は良いかもしれませんが、長期的には「困ったことがあるとすぐに逃げてしまう」という姿勢が無意識の中で作られてしまう事があり、これはその人の人生に不利益を与えてしまうようになります。
目先の事だけではなく、長期的にみて、自分の人生に不利益のない治療法であるかどうかをしっかりと考え、治療方針は決めるようにしましょう。
Ⅳ.最終的には自分の決断も必要
適応障害の治療が、うつ病や不安障害などといった精神疾患の治療と大きく異なる点があります。
うつ病においては、治療に当たって本人の努力ももちろん必要ですが、基本的には治療者である主治医の指示に従って治療は進められます。
しかし適応障害の場合、もちろん治療者もサポートはするのですが、最終的には自分自身で適応できなかった環境と向き合い、どのように考えていくのかを決めなくてはいけません。
例えば職場の環境に合わずに適応障害を発症してしまった場合、「その職場で引き続きやっていくのか」「職場を変えるのか」といった判断は、最終的には医者が決めることではありませんし、職場の人間が決めることでもありません。
自分自身で考えて決めなくてはいけないのです。
私たち医療者は、
- 正常な判断能力を取り戻すお手伝い
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などはしますが、「じゃあ私はこの職場を続けたほうがいいですか」という最終的な決定については、自分で最終的には決めることになります。
健常な精神状態を取り戻したら、様々な意見を聞きながら、最終的には自分でよく考えて方向性を決めていきましょう。