高所恐怖症の原因と治療・克服法

ある特定の状況や対象に対して異常に恐怖を感じてしまい、それによって生活に支障が生じてしまうような状態を「恐怖症」と呼びます。

恐怖症は様々な状況・対象に生じます。比較的よく知られているものには「対人恐怖症」「閉所恐怖症」などの恐怖症があります。人に対して異常に恐怖を感じてしまうのが対人恐怖症であり、狭い場所や閉所に対して異常に恐怖を感じてしまうのが閉所恐怖症です。

そして恐怖症の1つに「高所恐怖症」と呼ばれる疾患があります。

これは高い場所に対して過剰に恐怖を感じてしまい、生活に支障が出てしまうという疾患です。一般的に高所に該当するような場所、例えば飛行機やモノレール、屋上などに恐怖を感じてしまうのはもちろんのこと、ビルの2階や脚立に昇るなどそれほどの高所でない状況でも恐怖を感じることもあります。

高いところから落下すれば大事故につながりますから、高い所を「怖い」と感じるのは本来自然な現象です。しかし本人が生きていく上でそれが大きな苦痛となってしまったり、生活に大きな支障をきたしてしまうようになると問題です。この場合は適切な治療が必要となります。

高所恐怖症をはじめとした恐怖症の治療は時間がかかりますが、正しい指導者のもと、正しい治療法を続ければ必ず克服できます。経験豊富な治療者とともにじっくりと時間をかけて治療を行っていくことが大切です。

今日は高所恐怖症について、その原因や治療法を紹介させていただきます。

1.高所恐怖症とはどのような疾患なのか

高所恐怖症というのは、どのような疾患なのでしょうか。

高所恐怖症というのは、本人が「高い」と感じるような場所に対して過剰に恐怖してしまい、それにより大きな苦しみと生活への支障が生じてしまう状態を言います。

高いところというのは、本来怖いものです。高いところから落下すれば命の危険もあるわけですので、高い場所に恐怖を感じること自体は別に異常ではありません。高い場所から突き落とされそうになれば、誰だって大きな恐怖を感じるでしょう。

そのため、高所に恐怖を感じる人が全員高所恐怖症になるわけではありません。恐怖を感じていても、生活に大きな支障が生じていない程度に治まっているのであれば、それは高所恐怖症とまで考える必要はありません。

しかし高所への恐怖によって本人に大きな苦しみが生じていたり、高い所への恐怖が生活に支障をきたすようになればこれは問題です。

例えば、展望台だけはどうしても怖いけど、別に展望台に行きたいとも思わないし、展望台に行かなくてはいけない状況も特にないということであれば、これは無理矢理治療しなくていいわけですので、高所恐怖症とまでは考えなくても良いでしょう。しかし例えばビルの2階に上がるのも怖いということであれば、これは生活や仕事上に大きな支障をきたす可能性が高く、高所恐怖症として治療する必要が出てきます。

このように正確な意味での「高所恐怖症」は高所(あるいは高所と感じるような状況)に

  • 過剰な恐怖を感じていて
  • それによって生活に支障が生じている

という状態を指します。

高所恐怖症の方は、日々の生活において高所を避けるように生活しています。その避け方が生活に大きな問題をきたさないものであれば、そのまま様子を見ても良いこともあります。しかし高所に恐怖を感じることによって、本人が苦しい思いをしていたり生活への支障が出ている場合、そこには治療の必要性が生じてくるのです。

2.高所恐怖症の原因は?

高所恐怖症は何故生じるのでしょうか。

その原因は1つではありません。また必ず原因があると言えるものではなく、原因が分からずに発症してしまうことも少なくありません。

高所恐怖症に限らず恐怖症は、過去にその状況で怖い思いをした事がある、といった経験から生じることがあります。特に感受性豊かな幼少期にこのような体験をしてしまうと「この状況は恐怖だ」と脳が認知してしまいやすく、それがその後も続いてしまうことになります。

例えば、

「子供の頃、イヤがる中無理矢理高いところに連れていかれた」
「高いところから落ちてケガをした経験がある」

などという経験から、高所恐怖症を発症してしまう方もいらっしゃいます。

しかし中には何の原因もないのに発症してしまう症例もあります。この場合、もともとの遺伝的要素や素質も関係している可能性があります。これは高所恐怖症という疾患自体が遺伝するというわけではなく、不安や恐怖を感じやすい素因が元々あると、小さなきっかけでも恐怖症が発症してしまうことがあるという事です。

日本人は他の人種よりも不安を感じやすい傾向があることが指摘されており、これは人種的な素因もあると思われます。不安や恐怖を感じるのは脳の扁桃体という部位やセロトニンという物質が大きく関わっていることが知られており、私たち日本人はこれらのはたらきが他人種よりも強いのかもしれません。

つまり扁桃体のはたらきが強いような方では高所恐怖症をはじめとした恐怖症が発症しやすいことが考えられます。

そのような方は、元々

  • 心配性
  • 完璧主義
  • 神経質

などの性格傾向が認められます。

3.高所恐怖症はどのように治療・克服すればいいのか?

恐怖症を治すためには2つのアプローチが必要です。

重要なことは、この2つのアプローチというのはどちらか好きな方を選べば良いというわけではなく、どちらも並行して行っていく必要があります。多くの方が恐怖症の治療を失敗してしまうのはこの事を理解していないからです。片方の治療法だけで完結しようとしてしまうため、うまく行かなくなってしまうのです。

高所恐怖症は、何らかの原因により、高所に対しての過剰な恐怖が植え付けられてしまい、それが持続していることで生活に支障を来たしています。

これは、

  • 高所に対しての異常な認知を修正する(考え方を治す)
  • 実際に高所に慣れていく(行動を治す)

の2つのアプローチを並行していくことが大切です。

考え方と行動、2つの面から治療を行わなければ恐怖症の克服は出来ません。これはよく考えれば当たり前のことです。

いくら「ここは高い場所だけど安全なのだ」と考えだけを変えようとしても、実際に恐怖を感じている高所に挑戦をしなければ、その考えは深くは理解されません。考え方だけを変えても実体験が伴わなければ、私たちの脳は深いレベルでの理解はしてくれないのです。

そのため考え方を変えた上で、実際にそれを「体験する」という行動は必ず必要になります。

また反対に、行動だけを頑張ってもそれも不十分です。「あえて高所に挑戦してひたすら慣れていく」という方法は確かに上手にやれば一時的には高所恐怖症は克服できます。しかし根本的な「高所は怖い」という認知が変わっていないため、無理矢理身体を慣れさせてもそれだけでは容易に再発してしまいます。

高所に対する考え方を修正しながら、同時に身体も慣れさせていく。この両者を必ず併用するようにしましょう。

それでは治療・克服法を1つずつ見ていきましょう。

Ⅰ.考え方を治す

高所恐怖症が生じている原因の1つは「高所」に対して必要以上に「怖い」と考えてしまっていることです。これを正常範囲内の「怖い」に下げることが出来ればいいのです。

高所に対する「認知(ものごとのとらえ方)」が歪んでしまっているため、これを修正する治療は高所恐怖症において有効です。

これは基本的には「認知行動療法」の考え方になり、カウンセリングの形式で認知の修正を図っていくことが理想です。独学で行うのは難しく、出来れば精神科医や経験豊富なカウンセラーとともに行っていくようにしましょう。

ただし認知の修正だけを行ってもまずうまく行きません。認知の修正とともに、次項の「慣れていく」という治療法も並行していく必要があります。

Ⅱ.高所に慣れていく

実際に高所に少しずつ挑戦して慣れていくという方法も、高所恐怖症を克服するためには必要です。

恐怖を感じるものに敢えて挑戦するのを「暴露療法」と呼びますが、高所恐怖症の治療に対しても暴露療法は有用になります。

ただし、暴露療法は「どの程度の恐怖に暴露させるか」という判断が非常に難しいため、これもできれば独自に行うのではなく精神科医などの専門家とともに行うことが理想です。ポイントは「自分がギリギリ耐えられる程度の恐怖に暴露していく」というのが理想で、今の自分がギリギリ耐えられる程度がどれくらいかを見極めることが非常に重要です。

暴露療法は、恐怖に少しずつ触れて慣れていくという治療法になり、最初は弱い恐怖から慣れていき、成功したらより強い恐怖に挑戦するという流れになり、必ず段階的にやっていく必要があります。いきなり自分の限界以上の恐怖に暴露させてしまうと、恐怖がかえって強まってしまう可能性もあります。

高所といっても様々な場所があり、どの高所にどのくらいの恐怖を感じるのかというのは人によってそれぞれ異なります。

まずは自分が苦手な高所を思いつく限りすべてリストアップし、それぞれどのくらい恐怖を感じるのかを10段階で表してみることから始めます。例えば、

・○○ビルの2階 恐怖の強さ4
・○○ビルの3階 恐怖の強さ5
・○○ビルの4階 恐怖の強さ6
・○○橋      恐怖の強さ2
・モノレールの○○駅と××駅間 恐怖の強さ7

などといった感じです。このような表は「不安階層表」と呼びます。

不安階層表を作ったら、恐怖の低いものから1つずつ克服していきます。小さな成功を積み重ね、成功体験を積んでいくことが大切です。かんたんなものから少しずつ克服していくことで自信がつき、恐怖が和らいでいくからです。今の例でいえば、「じゃあまずは○○橋の頂上に1分間居てみよう」という事からチャレンジすればいいのです。

1分が辛ければ、30秒でも構いません。あるいは「誰かに一緒についてきてもらう」でもいいでしょう。抗不安薬などの一時的に不安感を和らげるお薬を利用しても良いでしょう。

暴露療法の成功の鍵は、段階を多く作り、少しずつ少しずつ達成していって自信をつけていくことです。協力者やお薬を利用して、段階を細分化することが出来ると、暴露療法の成功率は高まります。

協力者というのは「一緒に居て安心できる人」であることが絶対条件です。これは通常家族や恋人、親友などになります。また抗不安薬の処方は医師しかできないため、やはり暴露療法は精神科医と連携しながら行うことをお勧めいたします。

Ⅲ.失敗することもある

高所恐怖症は通常子供のころから認め、大人になっても続きます。

そのため通常は短くても数年、長い場合は数十年以上、高所恐怖症を抱えながら生きてきた方がほとんどです。このように長い期間苦しんできたのですから、いくら最適な治療をはじめたといってもいきなりキレイに治るものではありません。

治療の経過中には悪化してしまったり、失敗してしまうこともあります。しかしそれであきらめないでください。

失敗や悪化を経て、その中で少しずつ少しずつ治っていくというのが恐怖症の治り方です。

失敗してしまったり悪化を経験すると、「これはきっと治らないのだ・・・」と絶望的になってしまう方が多いのですが、そうではなく、「経過中に失敗することもある。みんなそうやって少しずつ治っていくのだ」と考えるようにしてください。

Ⅳ.補助的にお薬を使うことも

恐怖の程度が強い場合は、補助的に不安や恐怖を和らげるお薬を併用することもあります。

良く用いられるのが先ほども紹介した「抗不安薬」です。抗不安薬は、即効性もあるため暴露療法で暴露する前に服薬することでも効果が得られ、使い勝手の良い治療薬になります。しかし一方で慢性的に使用を続けると依存が生じることもありますので注意が必要です。

長期的に不安・恐怖を抑えたい場合は「抗うつ剤」が用いられることもあります。不安や恐怖はセロトニンと深く関係していると考えられているため、抗うつ剤の中でもセロトニンを増やす作用に優れるものが使われます。抗うつ剤は飲んですぐに効果が出るものではありません。服薬して早くても1週間、通常は2~4週間ほどかかります。しかし依存性はありませんので、長期的に不安を抑えたい場合に適しています。

お薬は高所恐怖症の治療を助けてくれる有効な方法の1つです。しかしあくまでもお薬で症状を抑えているだけであるため、お薬だけで治療がうまくいくことはありません。お薬の力を借りながらも「考え方を修正する」「暴露して慣れていく」という克服法を行っていく必要があります。