あがり症の原因と克服するための方法

大勢の人の前に立てば、誰でも緊張するものです。

「失敗したらどうしよう」
「上手く話せずに笑われてしまわないだろうか」

と不安を感じてしまう事は何らおかしい事ではありません。

誰でもこのような状況に立たされれば多少なりともあがってしまうものですが、通常であれば大きく問題となる事はありません。

しかし他者から注目されるような状況に著しい恐怖や苦しみを感じ、生活に大きな支障が生じてしまうような場合、これは「あがり症」と呼ばれる事があります。

ちょっとあがりやすいけども特に大きな問題なく生活しているのであれば、その「あがり」は放っておいても良いでしょう。しかしあがりやすい事が大きな苦痛や恐怖となっていたり、それによって生活に多くの不利益が生じているようであれば、何らかの対策を考えていかなければいけないでしょう。

このコラムではあがり症について、その原因を深く探っていくとともに、克服するための方法についても考えていきます。

1.あがり症ってどんな状態?

あがり症について深く探っていく前に、まずはあがり症とはどういう状態なのかを考えてみましょう。

実は「あがり症」というのは正式な医療病名ではありません。そのため「あがり症」の厳密な定義というのも存在しません。

一般的な使い方としては、人前であがりやすい人を「あがり症」と呼ぶ事が多いようです。

より具体的に言うとあがり症とは、

他者から注目されるような状況において過度に緊張してしまう(あがってしまう)状態

を指します。

ではなぜ他者からの注目で過度に緊張してしまうのでしょうか。

あがり症の根本にある心理は、

「人から悪く思われるのではないか」
「失敗してしまって人からバカにされるのではないか」

といった「他者からの否定的感情に対する恐れ」だと考えられています。

誰でも他者からの評価というのはある程度は気になるものですが、この評価を過度に恐れてしまう状態が「あがり症」です。

しかし「あがり症」の人のすべてが異常なわけではありません。多少あがりやすい性格であっても別に本人が困っていなかったり、大きな問題も生じずに毎日を送れているのであれば、それは「正常範囲内でただあがりやすいだけ」としてそのまま放っておいても良いでしょう。

ここで対象とするのは放置してはいけないあがり症ですが、それは次のような状態になります。

  • 他者から注目される状況で、本人が強い恐怖や苦しみといった精神的苦痛を感じている
  • それによって生活に支障が生じている

この2つを満たしている時、そのあがり症は放置してはいけないもの(=治療を行うべきもの)となります。

例えば、他者から悪く思われるのを恐れるあまり、

  • 非常に苦しいと感じる毎日を送っている
  • 本当はやりたい事をあきらめている
  • 必要なコミュニケーションが取れなくなっている
  • 学校や職場など必要な場所に行けなくなっている

となれば、その人の人生に大きな不利益が生じる可能性が高くなります。このような場合、そのあがり症は放置するのではなく、治療する必要が生じてきます。

ちなみにあがり症は正式な病名ではないとお話しましたが、もしあがり症を医療病名に当てはめるとすると、「社交不安障害(社交恐怖)」という疾患が該当します。

社交不安障害は、

  • 「他者からの注目」に対して過剰なまでの恐怖を感じる
  • 人前で「恥をかくのでは」と過剰に恐れる

といった症状を認め、これにより本人に苦痛が生じたり、生活に支障を来すような疾患です。

軽度の社交不安障害を「あがり症」と言うなどの分け方も一部ではあるようですが、あがり症も社交不安障害も基本的には同じような心理で生じるもので、同様の病態になります。

2.あがり症が発症する原因は何か

あがり症はなぜ発症してしまうのでしょうか。その原因としてどのようなものがあるのでしょうか。

あがり症の原因は1つではなく、多くの要因が考えられます。他者からの評価に対する恐れを過剰に感じてしまうような原因が複数あり、それらが重なって閾値を超えると発症すると考えられています。

あがり症が発症しやすくなる代表的な原因を紹介します。

Ⅰ.性格

あがり症を発症しやすい方には、共通した性格傾向が認められます。

特に、

  • 不安が強い
  • 心配性
  • 完璧主義
  • 神経質

といった性格傾向の方はそうでない方に比べてあがり症を発症しやすいと考えられます。

このような性格の方は、「他者からの評価」を非常に気にする傾向があるため、「人からバカにされたらどうしよう」「人前でうまくやれるだろうか」と不安を感じやすい傾向があります。またちょっとした失敗でも「自分は愚かだと思われたのではないか」と考えてしまいやすいため、他者から悪く評価されていると考えてしまいやすいのです。

Ⅱ.遺伝

特定の遺伝子が内気・恥ずかしがりやな性格と関連することを指摘した研究結果もあり、あがり症にある程度の遺伝的要因がある可能性は十分に考えられます。

ただし遺伝の影響は大きくはないでしょう。あくまでも遺伝も「多少は」関係していると、という程度のものです。

親にあがり症の傾向があるからといって、子供も必ずあがり症になるということはありません。

Ⅲ.幼少期からの環境

幼少期からどのような環境で育ってきたのかは、発症に大きく影響します。

例えば恥をかくことを極度に嫌う家族のもとで養育されたのであれば、「恥をかいてはいけない」「他者を不快にしてはいけない」という気持ちが自然と強くなります。すると人前への緊張・恐怖が高まりやすくなるでしょう。これはあがり症を発症しやすくさせます。

また過保護に養育された場合も、社会的状況に接する機会を親が先回りして回避させてしまうため、社会的状況への対処能力が未熟なまま成長せず、これもあがり症の発症を高めてしまう可能性があります。反対に両親から十分な愛情を受けることが出来なかったり、「こんなこともできないなんて恥ずかしい子だ!」と厳しく養育されていたようであれば、他者に対して過敏になってしまうため、これもあがり症発症のリスクになりえます。

Ⅳ.失敗・恥などの強い経験

大勢の人前での発表で失敗して恥をかいてしまった(ように自分が感じた)エピソードをきっかけに、人目を過剰に意識してしまうようになりあがり症が発症することもあります。

学生時代に友人からからかわれたり、ひどいいじめなどを受けていた場合、これらも原因となりえます。

いじめの経験から「他人は自分に対して攻撃的である」という意識が根付いてしまうと、「自分は他人を不快にしてしまうのだ」と考えてしまい、あがり症の原因となってしまうことがあります。

Ⅴ.年齢・性別

あがり症は10代での発症が圧倒的に多く報告されています。性差は明らかでなく、男性でも女性でも発症します。

10代にあがり症が多い理由として、この時期は成長の過程として多感な時期であり、他者からの評価(人目)を意識するような時期だからだと考えられます。小学生高学年や中学生・高校生といった年頃は、異性などの他者からの目を特に気にし始める年代ですよね。「人から良く思われたい」「人から悪く思われたくない」という意識がとりわけ強い時期だとも言えます。そのため「他者の評価」を過剰に気にしてしまい、あがり症になりやすくなるのでしょう。

また10代は社会的にも様々なことにチャレンジする時期であり、試験・試合・発表など、緊張する状況や人前に出る機会も増えてきます。このようなことも影響しているのかもしれません。

10代の不登校や引きこもりが問題となっていますが、その中にはあがり症によって外へ出られなくなってしまっている方もいらっしゃるのではないかと考えられています。

Ⅵ.脳内の異常

あがり症についての研究というのはあまりないのですが、同様の病態である「社交不安障害」についてはある程度研究がされています。

社交不安障害の方は、脳の扁桃体と呼ばれる部位のはたらきが亢進しすぎている事が報告されています。

また薬物療法(抗うつ剤)や精神療法(認知行動療法など)で治療して社交不安障害が改善されると、それに伴い扁桃体のはたらきが正常化することも確認されています。ここから考えると、社交不安障害は扁桃体になんらかの異常が生じた結果、生じているのではないかと考えることができます。

社交不安障害と同様の病態だと考えられているあがり症も、脳で同じような異常が生じていると考えられます。

実際、扁桃体は恐怖・不安という感情に深く関連している部位です。ウィリアムズ症候群という扁桃体のはたらきが低下する疾患がありますが、この疾患の方は非常におおからで優しく、社会的な恐怖心を感じることが少ないと報告されています。また動物実験において、扁桃体を破壊したラットでは、不安・恐怖が消失することも示されています。

つまり扁桃体の活動性が低いと恐怖・不安を感じにくくなり、高いと恐怖・不安を感じやすくなることが推測され、あがり症では扁桃体の活動性が過度に高まってしまった結果、強い恐怖を感じるようになっていると推測できます。

扁桃体で具体的にどんな異常が生じているのかというと、主にセロトニン・ドーパミンといった気分に影響を与える神経伝達物質の異常が生じていることが報告されています。

これらのバランスが崩れた結果、社交不安障害・あがり症が発症するのではないかというのが現在における生物学的な仮説になります。

3.あがり症の症状と陥りやすい悪循環

あがり症は放置しておくとどんどんと悪循環に陥り、どんどん治りにくくなってしまう疾患です。

あがり症の発症初期では、

  • 大勢の前で発表するのが怖くなる
  • 授業中に当てられるのを恐れる

といった症状にとどまりますが、恐怖は緊張の神経である「交感神経」を過剰に興奮させるため、緊張場面において、

  • 顔が真っ赤になる
  • 動悸がひどくなる
  • 呼吸が速く・浅くなる
  • 頭が真っ白になってしまう
  • 意識が遠のく感覚になる

といった症状が出やすくなります。すると実際に人前や発表の場で失敗してしまう事が多くなり、これにより「やはり自分はダメなんだ」とどんどん自信を失っていきます。

その結果、人前がどんどん怖くなってしまい、次第に、

  • 少人数で話しているだけでも怖くなる
  • 仲の良い友人と話す事も怖くなる
  • 家から出て人と会うのが怖くなる

と症状が悪化していく傾向があります。

「あがり症」というと軽い症状だとイメージしている方も多いと思いますが、実際は他者からの評価を恐れてしまって学校や仕事に行けなくなったり、必要な行動(外出など)が出来なくなってしまう方もいます。このようなあがり症は決して放置してはいけません。正しい手順で克服していく必要があります。

4.あがり症を克服する:①生活習慣の改善

ではあがり症を克服するためにはどのような方法があるのでしょうか。この項からは、あがり症の克服法について詳しくみていきます。

あがり症の方の根本にある心理は「他者に対する恐怖」です。

より正確に言えば「他者からの否定的評価に対する恐怖」が症状の本質になります。そのため治療の目的は、このような恐怖を軽減させることになります。

不安や恐怖を和らげる方法は1つではありませんが、簡単にできて確実に効果のある方法が生活習慣の改善です。

そのため、まずは生活習慣の改善を心がけてください。

生活習慣が乱れると精神状態は不安定となりそれだけで恐怖が高まりやすくなります。睡眠不足や栄養の偏りが続くと、いつもよりネガティブになってしまったり怒りっぽくなってしまったり、精神的に不安定になってしまうといった経験がみなさんもあるのではないでしょうか。あがり症の方でもそれは同じです。

反対に規則正しく生活をしていれば精神状態も安定し、それだけで恐怖が増悪しにくくなります。

まずは生活習慣を改善し、できる限り不安や恐怖を取り除きやすい体制を作りましょう。

主治医と相談して、恐怖が高まるような生活習慣がないか確認しましょう。恐怖を悪化させるような生活習慣がある場合、それを改善するだけで症状は大きく改善していきます。

実際に恐怖を悪化させやすい生活習慣の一例を挙げます。

Ⅰ.睡眠不足・不規則な生活

睡眠時間が不十分だと精神的に不安定になることが知られています。また不規則な生活を送っている方は、規則正しい生活の方と比べて精神状態が崩れやすい傾向にあります。

十分な睡眠を取っていないと、それだけで不安や恐怖を感じやすくなります。明らかな睡眠不足があることが分かれば、まずは睡眠時間を十分に確保できないか考えてみましょう。ついつい夜更かしをしてしまう、昼夜逆転がちの生活をしている、などの乱れた生活習慣があがり症を悪化させる原因になっていることもあります。

Ⅱ.食生活の偏り

食事の間隔が不規則だったり栄養の偏りが著しい場合、脳に十分な栄養が届かないため、恐怖が高まりやすくなります。

1日3食規則正しく・バランス良く食べているかどうかを再確認してみましょう。。

仕事が忙しい方などでは、どうしても昼食を食べれないこともあるかもしれませんが、簡単に食べれる軽食を用意しておくなど、出来る範囲でも工夫することが大切です。

Ⅲ.運動不足

厚生労働省の報告によれば、定期的な運動習慣を持っている大人は全体の3割ほどしかいないそうです。

忙しいとつい運動から遠ざかってしまいますが、適度に身体を動かすことは前向きなこころを作るために大切です。運動でいい汗をかいた後は、気持ちも前向きになるという経験はみなさんもあるのではないでしょうか。

適度な運動は睡眠の質を上げることにもなるため、不安や恐怖の改善に大きく貢献してくれます。

Ⅳ.過剰なストレス

ストレスが過剰であれば、一般的に不安や恐怖を感じやすくなります。

現実的には、仕事上のストレスや家庭のストレスなど簡単には取り除けないこともあるでしょう。しかし主治医や周囲と相談して、少しでも軽減できないか工夫してみることは大切なことです。

Ⅴ.過剰なアルコール

適度なアルコールは、気分も高揚させて良い影響を与えることもあります。しかし、過剰にアルコールを摂取すると精神状態は不安定になります。晩酌の習慣などがあり、量が多い場合は、主治医とともに飲酒量の再検討を行う必要があります。

またアルコールは多くの向精神薬(精神科のお薬)との飲み合わせが悪いため、今後お薬による治療を行う予定であれば、そのような意味でもやめておく必要があるでしょう。

5.あがり症を克服する:②精神療法

次にあがり症克服の要となる、精神療法について紹介します。

精神療法とは、患者さんと治療者(医師や臨床心理士など)との会話の中で患者さんの精神面にアプローチしていき精神状態の改善をはかる治療法です。難しい説明になってしまいましたが、「カウンセリングで治す」ようなものが精神療法だとざっくりとは理解して頂いて良いかと思います。

治療者に話を聞いてもらって気持ちが楽になったのであれば、これも精神療法になります。これは「誰かに私の気持ちを分かってもらいたい」「誰かに話を聞いてもらいたい」という患者さんの心理的側面にアプローチした精神療法です。

治療者と話していく中で「考え方を変える」ことを学び、それを実践することで楽になれたのであればそれも精神療法です。これは、その人の考え方のクセという心理的側面にアプローチし、修正をはかるという精神療法になります。

あがり症に有効な精神療法はいくつかあります。具体的な治療法には個人差があるため、どの精神療法を選ぶかは主治医先生とよく相談していく必要があります。

またそれぞれの精神療法はそれぞれ完全に独立したものではなく、多少オーバーラップしているところもあります。そのため、1つの精神療法に限定して行うのではなく、いくつかの精神療法を組み合わせて行われることも多々あります。

Ⅰ.暴露療法

暴露療法は、行動療法という精神療法に属します。

行動療法とは、精神症状悪化の原因となっている行動を分析・把握して、適切な行動に修正していく治療法です。この中の暴露療法とは、あえて苦手な状況に「自分を晒す」と行動を取ることによって徐々に苦手な状況に慣れていくことを目指すという治療になります。

あがり症の方は人前に出る事に対して過剰に恐怖を感じてしまうわけですので、敢えて人前に出るような状況を意識的に作って徐々に慣れていこうということです。

暴露療法というとなんだか難しく聞こえますが、要するに「苦手なものに少しずつチャレンジして慣れていこう」ということです。

暴露療法はやり方を間違えると症状をかえって増悪させてしまう危険があるため、独断で行うことは危険です。必ず熟練した治療者(医師や臨床心理士)と相談しながら行うようにしましょう。

苦手なことに敢えてチャレンジするわけですから当然、ある程度の苦痛を伴います。いきなり高難度のものにチャレンジして大失敗してしまうと、かえって心的外傷を負ってしまったり、「自分はやっぱりダメなんだ」と自信の喪失につながります。

暴露療法は苦手な状況に自分を晒し、その状況を「乗り越える」ことで自信を付けていく治療法です。そのため挑戦するのはギリギリ乗り越えられる程度の難易度のものでないといけないのです。その人にとってどのくらいの負荷がギリギリ乗り越えられるものなのかを判断するのは非常に難しいため、専門家にしっかり判断してもらいましょう。

原則は負荷の低いものからチャレンジし、成功していくにつれて少しずつ負荷を上げていくという方法を取ります。

例えば、

1.まずは1人の前に1分立ってみる
2.自信がついてきたら今度は同じ状況で日常会話してみる
3.自信がついてきたら今度は3分間で試してみる
4.自信がついてきたら今度は5分間で試してみる
5.自信がついてきたら今度は2人の前で同じことをしてみる

このように少しずつ難易度を上げていきます。

Ⅱ.認知行動療法

私たちは、現実を客観的に認識しているわけではありません。普段は気づきませんが、それぞれ独自の受け取り方をしています。

例えば同じスポーツ番組を見ても、「楽しい!」と感じる方もいれば、「何が面白いのか分からない」と感じる方もいます。それぞれ、自分の「考え方」というフィルターを通してものごとを見ているのです。

人はそれぞれ考え方に独自のクセがあります。また疲弊した精神状態の時は、人はネガティブな方向に考えてしまいやすい傾向があります。患者さんのものごとのとらえ方(=認知)の歪みが大きく、それがあがり症発症に強くかかわっている場合、それを修正してあげることで症状の改善が得られます。

例えばあがり症の方では、「人前で緊張している自分は恥ずかしい人間だ」「あがり症の自分は皆にバカにされている」という認知の歪みが生じていることがあります。

でもこの認知って本当に正しいのでしょうか。

・人前で緊張するのは生理的な反応であり当たり前の事
・皆が自分を馬鹿にしているという根拠はあるのか

などと治療者と確認していき、自分の認知の歪みに気付いたらそれを修正していきます。

認知行動療法については「認知行動療法とはどのような特徴を持つ治療法なのか」で詳しく説明しています。

Ⅲ.森田療法

森田療法というのは、日本の精神科医である森田正馬氏が考案した精神療法です。

森田療法では、様々な身体反応(赤面・ふるえ・動悸など)や不快な感情反応(不安・緊張・恐怖など)は自然な反応であり、なんら異常なものではないと考えます。生理的に起こるものですから、これらの反応は「変えることの出来ないこと」として、治療の対象としません。

問題は、身体反応や不快な感情反応ではなく、「その反応にとらわれてしまうこと」であり、ここを治療の対象とします。

人前で緊張するというのは本来生理的な反応で、「起こって当然の反応」です。なのにそれに対して「人前で緊張しないようにしなくては」というのは無理な話でしょう。緊張を消そうとしても消せない。むしろ、消そうとすればするほど緊張を意識することになり、どんどんと恐怖にとらわれてしまう。これがあがり症の方に認められる悪循環です。

この悪循環の根本は、緊張を「あってはならないもの」としている点であり、「これは自然な反応である」と受け入れることが森田療法の基礎になります。「人前で緊張するのは正常な反応である」と受け入れることで、「緊張しないようにしなくては」という考えが消えていき、悪循環が絶たれます。

また森田氏は、人前で「恥ずかしい」と緊張を感じてしまうのは、「人から良く思われたい」という欲望、そして「悪く思われはしないか」という恐怖があるからだと考えました。そしてあがり症の方は、「緊張はあってはならない」というとらわれから、対人に対する恐怖が強くなってしまっています。

とらわれから逃れることで、「よりよく生きたい」という欲望を取り戻すことも治療において大切だと考えられています。

まとめると、

・生理反応を抑えようとしてもそれは無理なのだから受け入れよう
・緊張するのは「より良く生きたい」気持ちがあるのだから、それを自分を苦しめるために使うのではなく、自分を生かすために使おう

ということです。

例えば、人と話していて緊張してしまい「声が震えてしまっているのでは」「恥ずかしい」と感じている状況であれば、それは「人前では緊張してはいけない」という思考にとらわれていることに気付いていきます。人と話していて緊張するのは普通のことなのに「緊張はだめだ」という考えには矛盾があることを理解していき、あるがままの自分を受け入れられるようにしていきます。

また人と話していても「緊張しているのではないか」と不安や恐怖ばかりに気持ちが行ってしまうのであれば、会話で大切なのは「自分が緊張しているか」ではなく、「相手の話を聞くことができたか」であることを再確認し、どうせ緊張するならば、他者からの評価を考えるのではなく、本来の会話の目的を達成することを考えようとしていきます。

しっかりと話を聞くことが出来れば相手は満足し、それは自分がより良く生きることにつながります。緊張へのとらわれによって、会話の本来の目的を見失っている場合、それを取り戻していくのです。

森田療法は、神経質、心配性、完璧主義などの神経質的な性格傾向を持つ方に、特に有効であると考えられています。

森田療法は、外来では患者さんは日記を書いていただき、それを治療者と確認していきながら進められていきます。

森田療法については、「森田療法とはどのような治療法で、どんな人に向いている治療法なのか」で詳しく説明しています。

 

6.あがり症を克服する:③薬物療法

あがり症に対してはお薬も有効です。

使われる代表的なお薬を紹介します。

Ⅰ.抗不安薬

不安を和らげる作用を持つお薬です。飲んでから即効性もあるため、いざという時に頓服的に使うこともでき、使い勝手の良いお薬です。

例えば上記の暴露療法を行う時、最初は抗不安薬を服薬して不安を和らげてから暴露していき、慣れていくとともに服薬する抗不安薬の量を減らしていく、という方法も有効でしょう。

また急な不安・恐怖が襲ってきたとき用として、常に手元に備えておけば「何かあってもお薬があるから大丈夫」というお守り代わりにもなります。

漫然と長期・大量に服薬を続けると耐性・依存性が出現する可能性がありますので、服薬は主治医とよく相談しながら行ってください。

Ⅱ.抗うつ剤

抗うつ剤の中でも、SSRIのようなセロトニンを増やす作用に優れるお薬は抗不安効果があります。

抗不安薬と違って即効性はなく、1~2週間くらい飲み続けると少しずつ効果が出てくるお薬であるため、頓服としては使用できません。

ただし耐性・依存性などはないと考えられていますので、抗不安薬の服薬が長期に渡りそうであれば抗うつ剤へ切り替えることも有効です。

Ⅲ.漢方薬

一部の漢方薬は、不安を改善する作用を持ちますので、あがり症の治療薬としても有効です。

証や症状によって合う漢方薬は異なりますが、抗不安作用を持つものとしては、

半夏厚朴湯
・柴朴湯
・柴胡加竜骨牡蛎湯
・甘麦大棗湯
・桂枝加竜骨牡蠣湯
・加味帰脾湯
・柴胡桂枝乾姜湯
・加味逍遙散

などが挙げられます。