ある特定の状況や対象に対して、異常に恐怖を感じてしまい、それによって生活に支障が生じてしまうような状態を「恐怖症」と呼びます。
恐怖症は様々な状況・対象に生じます。比較的よく知られているものには「対人恐怖症」「高所恐怖症」などの恐怖症があります。人に対して異常に恐怖を感じてしまうのが対人恐怖症であり、高い場所に対して異常に恐怖を感じてしまうのが高所恐怖症です。
そして恐怖症の1つに「閉所恐怖症」と呼ばれる疾患があります。
これは「閉じ込められている」と感じてしまうような状況に対して過剰に恐怖を感じてしまい、生活に支障が出てしまうような状態です。エレベータや電車内など、実際に閉じ込められるような状況に大きな恐怖を感じるだけでなく、実際に閉じ込められていなくても「すぐに逃げ出せない」と本人が感じるような状況、例えば狭い居酒屋で奥の席に座ったりといった状況でも恐怖が生じてしまいます。
閉じ込められるような状況を「怖い」と感じるのは自然な現象であり、そのために実は閉所恐怖症の傾向にある方は非常に多くいらっしゃいます。しかし「閉所恐怖症は性格だから治らない」と治療をあきらめている方が多いようです。この場合、苦手な場所を避けるような生活をすることになるため、生活に支障を感じながら生きていくことになってしまいます。
恐怖症の治療は時間がかかりますが、正しい指導者のもと、正しい治療法を続ければ必ず克服できます。経験豊富な治療者とともにじっくりと時間をかけて治療を行っていくことが大切です。
今日は閉所恐怖症について、その原因や治療法を紹介させていただきます。
1.閉所恐怖症とはどのような疾患なのか
閉所恐怖症というのは、どのような疾患なのでしょうか。
閉所恐怖症というのは、「閉じ込められている」と感じるような状況に対して過剰に恐怖してしまい、それにより生活に支障が生じてしまう状態を言います。
通常、「閉じ込められる」というのは怖いことですので、閉じ込められることにある程度の恐怖を感じることは異常ではありません。薄暗い牢屋にいきなり閉じ込められたら、誰だって怖いと感じるでしょう。
しかし通常であれば、恐怖を感じないような閉鎖空間にまで恐怖を感じるようになってしまったり、一般的には「閉じ込められている」と感じないような状況でも閉じ込められている感覚になってしまうとこれは問題です。
閉所恐怖症の方が恐怖を感じる閉鎖空間というのは実に多岐に渡り、日常の至るところに存在します。
例えば、一例を挙げるだけでも、
- 電車、バス
- 飛行機
- 映画館
- エレベーター
- 狭い部屋
- MRI検査
- カプセルホテル
などがあります。日常生活の中で普通に行くような場所も多くあります。
また実際には閉じ込められた空間ではなくても、「すぐに逃げ出せない」と感じるような状況にも同様に恐怖を感じてしまうことがあります。
例えば、
- 人が密集している空間
- 飲み会や集まりなどでの奥の席
- 歯医者さんなどの処置台
- スキューバダイビング
- ヘルメットやマスク
などがあります。
これらに異常な恐怖を感じてしまえば、生活に大きな支障を来たすことは明らかです。電車やバスに乗ることに「閉じ込められて苦しい」と過剰に恐怖を感じてしまえば、通学や通勤、必要な外出などが出来なくなってしまう可能性があります。
閉所に恐怖を感じるだけで閉所恐怖症になるわけではありません。恐怖を感じていても、生活において大きな支障が生じていない程度に治まっているのであれば、それも閉所恐怖症には当てはまらないことになります。
例えば、電車やバスに乗ると「閉じ込められる」感覚があってちょっと苦痛だけども、でも必要な時は何とか乗れるということであれば、これは閉所恐怖症にはなりません。しかし電車やバスに乗ることが必要な状況にも関わらず「閉じ込められている感覚が耐えきれない!」と乗車できないようであればこれは問題です。生活に必要な行動に支障をきたしており、この場合は閉所恐怖症に該当するようになります。
このように「閉所恐怖症」は閉所(あるいは閉所と感じるような状況)に
- 過剰な恐怖を感じていて
- それによって生活に支障が生じている
という状態を指します。
閉所恐怖症の方は、日々の生活において閉所を避けるように生活しています。例えば、ビルの高層階に行くときもエレベーターを使わず階段を使います。電車やバスでいくような場所でも頑張って歩いていったり、あるいはそれが無理な時は行くことを諦めてしまいます。友人と映画館で映画を見たいと思っても、あきらめるしかありません。出席しなければいけない会議や参加したいような飲み会でも閉塞感が怖くて欠席してしまいます。MRIで検査をしなければいけないような状況になっても、検査を避けてしまい、重篤な疾患の発見が遅れてしまうこともあります。
確かにうまく工夫すれば、閉所をある程度避けながら生活することは不可能ではありません。しかしそれによって失うものも決して小さくありません。特に閉所恐怖症によって仕事に支障が生じたり、病気の発見が遅れたりすることは、その方にとって非常に大きな損失だといえるでしょう。
このように見ていくと、閉所恐怖症の生活への支障は決して軽いものではないのです。
治すことは無理だとあきらめてしまっている方も多くいらっしゃいますが、閉所恐怖症は「閉所を避ける」という方法で乗り切ろうとするのではなく、しっかりと治すべき状態になります。
2.閉所恐怖症の原因は?
閉所恐怖症は何故生じるのでしょうか。
その原因は1つではありませんし、原因が分からずに発症してしまうこともあります。
閉所恐怖症に限らず恐怖症は、過去にその状況で怖い思いをした事がある、といった経験から生じることがあります。特に感受性豊かな幼少期にこのような体験をしてしまうと「この状況は恐怖だ」と脳が認知してしまいやすく、それがその後も続いてしまうことになります。
例えば、
「子供の頃、無理矢理押入れに閉じ込められた」
「ダイビングをしている時に酸欠で死ぬ思いをしてしまったことがある」
などという経験から、閉所恐怖症を発症してしまった方もいらっしゃいます。
しかし中には何の原因もないのに発症してしまう症例もあります。この場合、もともとの遺伝的要素や素質も関係している可能性があります。これは閉所恐怖症という疾患自体が遺伝するというわけではなく、不安や恐怖を感じやすい素因が元々あると、小さなきっかけでも恐怖症が発症してしまうことがあるのです。
日本人は他の人種よりも不安を感じやすい傾向があることが指摘されており、これは人種的な素因もあると思われます。不安や恐怖を感じるのは脳の扁桃体という部位やセロトニンという物質が大きく関わっていることが知られており、私たち日本人はこれらのはたらきが他人種よりも強いのかもしれません。
つまり扁桃体のはたらきが強いような方では閉所恐怖症をはじめとした恐怖症が発症しやすいことが考えられます。
そのような方は、元々
- 心配性
- 完璧主義
- 神経質
などの性格傾向が認められます。
3.パニック障害と閉所恐怖症は違うのか
閉所恐怖症と似たような疾患として「パニック障害」があります。
これらは同じ疾患なのでしょうか。それとも異なる疾患なのでしょうか。
結論から言ってしまうと、医学的には両者は異なる疾患だという事になっています。しかしどちらも症状や治療法に共通する点が多いため、「自分がどちらに該当するのか」を無理に当てはめる必要はないでしょう。
パニック障害は、動悸、めまい、息苦しさなどといった「パニック発作」が突然生じる疾患です。そしてこのパニック発作は閉所で生じやすいという特徴があり、これを「広場恐怖を伴うパニック障害」と呼びます。
広場恐怖というのは、「すぐに逃げ出せないような空間に恐怖を感じる」ことで、これは「閉所恐怖」と非常に近い概念になります。
「広場」という閉所とは真逆の用語が入っているため分かりにくいのですが、これは古代ギリシアでは広場で集会を行なう慣習があったことが由来になっています。当時パニック障害らしき病気を発症していた方は、この広場で行われる集会に恐怖を感じやすく、発作が起こりやすくなることが知られていました。
集会と言うのは人も集まっていて抜け出しにくく「閉じ込められている」「容易に脱出できない」と感じやすい状況です。そのため、「広場=容易に逃げ出せない場所」と捉えられ、このような用語になったという背景があります。
このように、
- 閉所恐怖症
- 広場恐怖を伴うパニック障害
は非常に症状が似ています。
しかし、これらは病名的には異なる疾患だということになっています。
閉所恐怖症も広場恐怖を伴うパニック障害もどちらも不安障害というカテゴリに属する疾患なのですが、閉所恐怖症は「恐怖症(限局性恐怖症)」という特定の対象や状況に対して異常に恐怖を感じるという疾患に属しています。一方で広場恐怖を伴うパニック障害は「パニック障害」という疾患に属しています。
強いて違いを挙げると閉所恐怖症は「閉所」に対して恐怖を感じていますが、広場恐怖を伴うパニック障害は閉所で不安が高まることで「パニック発作が起こったらどうしよう」「パニック発作で失神したり吐いたりしてしまって恥ずかしい思いをしたらどうしよう」ということに対して恐怖を感じます。
治療的にみるとパニック障害はお薬(SSRIなどの抗うつ剤)が比較的良く効きますが、閉所恐怖症はお薬だけの治療では不十分になることが多く、後述するような治療法を行う必要があります。
ただし閉所恐怖症であっても、そこにパニック発作が加われば、診断上は「パニック障害」の診断になります。
4.閉所恐怖症はどのように治療・克服すればいいのか?
閉所恐怖症を治すためには2つのアプローチが必要です。
重要なことは、この2つのアプローチというのはどちらか好きな方を選べば良いというわけではなく、どちらも並行して行っていく必要があります。多くの方が恐怖症の治療を失敗してしまうのはこの事を理解していないからです。片方の治療法だけで完結しようとしてしまうため、うまく行かなくなってしまうのです。
閉所恐怖症は、何らかの原因により、閉所に対しての過剰な恐怖が植え付けられてしまい、それが持続していることで生活に支障を来たしています。
これは、
- 閉所に対しての異常な認知を修正する(考え方を治す)
- 実際に閉所に慣れていく(行動を治す)
の2つのアプローチを並行していくことが大切です。
考え方と行動、2つの面から治療を行わなければ恐怖症の克服は出来ません。これはよく考えれば当たり前のことです。
いくら「閉じ込められたと感じるような空間って実は怖くないんだよ」と考え方を変えようとしても、実際に恐怖を感じている「もの」に対して挑戦をしなければ、それは机上の空論に過ぎません。考え方だけを変えても実体験が伴わなければ、私たちの脳は深いレベルでの理解はしてくれないのです。
そのため考え方を変えた上で、実際にそれを「体験する」という行動は必ず必要になります。
また、いくら行動だけ頑張っても同様に不十分です。「あえて閉所に挑戦してひたすら慣れていく」という方法は確かに上手にやれば一時的には閉所恐怖症は克服できます。しかし根本的な「閉所は怖い」という認知が変わっていないため、無理矢理身体を慣れさせてもそれだけでは容易に再発してしまいます。
閉所に対する考え方を修正しながら、同時に身体も慣れさせていく。この両者を必ず併用するようにしましょう。
また、閉所恐怖症の治療は出来る限り
- 協力者
- お薬
のどちらか(あるいは両方)を利用するようにしましょう。その方が克服率が圧倒的に高くなります(その理由は後述します)。
それでは治療・克服法を1つずつ見ていきましょう。
Ⅰ.考え方を治す
閉所恐怖症が生じている原因の1つは「閉所」に対して必要以上に「怖い」と考えてしまっていることです。これを正常範囲内の「怖い」に下げることが出来ればいいのです。
閉所に対する「認知(ものごとのとらえ方)」が歪んでしまっているため、これを修正する治療は閉所恐怖症において有効です。
これは基本的には「認知行動療法」の考え方になり、カウンセリングの形式で認知の修正を図っていくことが理想です。独学で行うのは難しく、出来れば精神科医や経験豊富なカウンセラーとともに行っていくようにしましょう。
ただし認知の修正だけを行ってもまずうまく行きません。認知の修正とともに、次項の「慣れていく」という治療法も並行していく必要があります。
Ⅱ.閉所に慣れていく
実際に閉所に少しずつ挑戦して慣れていくという方法も、閉所恐怖症を克服するためには必要です。
恐怖を感じるものに敢えて挑戦するのを「暴露療法」と呼びますが、閉所恐怖症の治療に対しても暴露療法は有用になります。
ただし、暴露療法は「どの程度の恐怖に暴露させるか」という判断が非常に難しいため、これもできれば独自に行うのではなく精神科医などの専門家とともに行うことが理想です。
暴露療法は、恐怖に少しずつ触れて慣れていくという治療法になり、最初は弱い恐怖から慣れていき、成功したらより強い恐怖に挑戦するという流れになり、必ず段階的にやっていく必要があります。いきなり自分の限界以上の恐怖に暴露させてしまうと、恐怖がかえって強まってしまう可能性もあります。
そのため、今の自分が何とか耐えることが出来るレベルの恐怖というのを見極めることが暴露療法を成功させるには非常に重要になってきます。
しかし閉所というのは、段階的に上げていくことが難しいという側面があります。例えば電車の閉塞感が苦手な方が電車に慣れようとしても、「電車の閉塞度をちょっと下げる」という事は出来ません。
そのため、別の方法で段階を作る必要があります。
その段階作りとして有効なのが先ほど紹介した「協力者」と「お薬」です。
電車の閉塞度を変えることはできませんが、協力者にお願いすることで
- 最初は協力者に一緒に電車に乗ってもらう
- 慣れてきたら次は同じ車両の離れた場所に乗ってもらう
- 慣れてきたら次は隣の車両に乗ってもらう
- 慣れてきたら次は到着先のホームで待っていてもらう
と段階を作ることができます。
また抗不安薬などの一時的に不安感を和らげるお薬を利用することで、
- 最初は抗不安薬を服用してから電車に乗る
- 慣れてきたら抗不安薬を半量服用してから電車に乗る
- 慣れてきたら抗不安薬をポケットに入れて電車に乗る
と同じように段階を作ることが出来ます。
暴露療法の成功の鍵は、段階を多く作り、少しずつ少しずつ達成していって自信をつけていくことです。協力者やお薬を利用して、段階を細分化することが出来ると、暴露療法の成功率は高まります。
協力者というのは「一緒に居て安心できる人」であることが絶対条件です。これは通常家族や恋人、親友などになります。また抗不安薬の処方は医師しかできないため、やはり暴露療法は精神科医と連携しながら行うことをお勧めいたします。
Ⅲ.失敗することもある
閉所恐怖症は通常子供のころから認め、大人になっても続きます。
そのため通常は短くても数年、長い場合は数十年以上、閉所恐怖症を抱えながら生きてきた方がほとんどです。このように長い期間苦しんできたのですから、いくら最適な治療をはじめたといってもいきなりキレイに治るものではありません。
治療の経過中には悪化してしまったり、失敗してしまうこともあります。しかしそれであきらめないでください。
失敗や悪化を経て、その中で少しずつ少しずつ治っていくというのが恐怖症の治り方です。
失敗してしまったり悪化を経験すると、「これはきっと治らないのだ・・・」と絶望的になってしまう方が多いのですが、そうではなく、「経過中に失敗することもある。みんなそうやって少しずつ治っていくのだ」と考えるようにしてください。
Ⅳ.補助的にお薬を使うことも
恐怖の程度が強い場合は、補助的に不安や恐怖を和らげるお薬を併用することもあります。
良く用いられるのが先ほども紹介した「抗不安薬」です。抗不安薬は、即効性もあるため暴露療法で暴露する前に服薬することでも効果が得られ、使い勝手の良い治療薬になります。しかし一方で慢性的に使用を続けると依存が生じることもありますので注意が必要です。
長期的に不安・恐怖を抑えたい場合は「抗うつ剤」が用いられることもあります。不安や恐怖はセロトニンと深く関係していると考えられているため、抗うつ剤の中でもセロトニンを増やす作用に優れるものが使われます。抗うつ剤は飲んですぐに効果が出るものではありません。服薬して早くても1週間、通常は2~4週間ほどかかります。しかし依存性はありませんので、長期的に不安を抑えたい場合に適しています。
お薬は閉所恐怖症の治療を助けてくれる有効な方法の1つです。しかしあくまでもお薬で症状を抑えているだけであるため、お薬だけで治療がうまくいくことはありません。お薬の力を借りながらも「考え方を修正する」「暴露して慣れていく」という克服法を行っていく必要があります。