BDNF(脳由来神経栄養因子)は多くの精神疾患の発症に関わっている

BDNFは「脳由来神経栄養因子」と呼ばれるタンパク質で、うつ病をはじめとした様々な精神疾患に関与するものとして近年注目されています。

「脳由来神経栄養因子」というと難しい用語ですが、かんたんに言うとBDNFは神経の「栄養」のようなもので、

  • 新しい神経を作ったり、
  • 神経を発達・成長・増殖させたり、
  • 神経と神経をつなげたり、
  • 神経をダメージから保護したり

といったはたらきを持つと考えられています。

BDNFは脳や神経以外にも存在するタンパク質ですが、精神科領域においては特に脳や神経への作用が注目されています。

実際、多くの精神疾患では脳のBDNFが減少していることが確認されており、これによって神経が十分に発達できなかったり、ダメージから保護されなくなるため、精神疾患が発症しやすくなってしまうのではないかと考えられます。

今後BDNFについてより詳しく解明され、BDNFを検査や治療に導入できることができれば、多くの方を救うことにつながるでしょう。

今日はBDNFについて、現時点で分かっていることについて紹介します。

1.BDNFとは何か?

BDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor)は「脳由来神経栄養因子」と呼ばれます。主に脳や神経に作用しますが、それ以外の臓器にも存在しています。

BDNFは精神疾患領域において、近年非常に注目されており、そのはたらきをかんたんに説明すると、

「脳の神経を成長させ、保護する物質」

だと言えます。具体的には、

  • 神経の新生を促す(新しい神経を作る栄養となる)
  • 神経の発達・増殖を促す
  • 神経間ネットワークを強固にする(セロトニンなどの神経伝達物質を増やす)
  • 神経を保護する(神経がストレスなどからダメージを受けるのを守る)

といったはたらきがあることが分かってきています。

このように脳神経に良いはたらきをしてくれる物質ですから、BDNFが減少してしまうと脳に悪いことが起こってしまいそうです。

実際BDNFが低下することは多くの精神疾患の発症に関わっていることが分かってきています。

具体的には、

  • アルツハイマー型認知症
  • うつ病
  • 不安障害
  • 双極性障害
  • 統合失調症
  • 自閉症スペクトラム障害(発達障害)

などの多くの精神疾患とBDNF低下が関係していることが次々と明らかになってきています。

2.BDNFと精神疾患の関係

BDNFは神経を発達させ保護する物質であり、その減少は様々な精神疾患の発症に関係してきます。

例えば、アルツハイマー型認知症の方の脳でもBDNFが低下していることが報告されています。アルツハイマー型認知症では、特に脳の前頭前野や海馬でのBDNF低下が著しいことが分かっています。

前頭前野は認知(ものごとを正しく適切に認識する)や思考といった高次機能に深く関わっている部位であり、また海馬は情動や記憶能力に深く関わっている部位です。

アルツハイマー型認知症では、前頭前野の萎縮による高次機能の低下や、海馬の萎縮による記憶障害・情動障害(不適切に泣いたり怒ったりする)といった症状が認められますが、これらはBDNFが減少することも一因などではないかと考えられます。

また、うつ病にもBDNFは関係しています。

うつ病の原因。神経可塑性仮説とは」でもお話しましたが、うつ病では海馬を中心とした辺縁系のBDNFが減少していると考えられており、これによって気分の低下や記憶力の低下が生じていると考えられます。

実際にラットにストレスを与えると脳のBDNFが低下することが報告されており、またSSRIなどの抗うつ剤は海馬のBDNFを増やす効果が得られることも報告されています。

統合失調症や双極性障害においてもBDNFは関係していそうです。この2つの疾患は遺伝的な要素も強い疾患ですが、そもそもBDNFに関係する遺伝子の変異が生じると、これらの疾患が発症しやすくなるのではないかとも考えられています。また抗精神病薬(主に統合失調症の治療薬)は、脳のBDNFを増やす作用があり、これによって統合失調症によって生じる脳萎縮を予防する作用があるとも考えられています。

BDNFが減少すると、脳の神経に栄養が渡らなくなり、脳神経が十分に成長・発達できなくなります。また神経と神経がネックワークを作るためにもBDNFは重要であるため、BDNFの減少は神経間の連携を不良にしてしまいます。

現在ではBDNFは、うつ病・双極性障害・統合失調症・自閉症スペクトラム障害など様々な精神疾患のリスクになることが分かってきています。

3.BDNFは臨床でどのように使えるのか?

非常にざっくりとした言い方になってしまいますが、

「BDNFが減ると精神疾患が発症しやすくなる」

ということが言えます。その理由は、BDNFの減少によって神経の成長・発達が不十分になれば、脳に何らかの障害が出てしまう可能性が高くなるからです。

ちょっと脱線しますが、うつ病などの精神疾患にBDNFの低下が関係していて、それにより脳に何らかの異常が生じているということは、世間で根強く残っている「うつ病は甘えだ」という誤解が、やはり間違いなのだということが分かります。

BDNFとうつ病の関係からも、うつ病は「甘え」といった気持ちの問題ではなく、脳に何らかの異常が生じてしまっている「病気」なのだという事が分かります。

このBDNF、臨床においても役立ちそうですよね。実際、検査や治療に用いることができないかと現在も研究が進められています。

BDNFは血液検査によっても測定することが可能で、実際にうつ病患者さんの血中BDNFは健常人と比べて有意に低いという報告もあります。またストレスが高い人ほど、血中BDNFは低下する傾向があるとも言われています。とはいっても現時点ではまだ一般的に使用できる検査法ではないため、血中BDNFがどれほど正確な指標として使えるのかは今後の報告が待たれるところです。

またBDNFは検査によって測定することが可能ですが、測定できるBDNFには

・proBDNF(BDNFの前駆体)
・BDNF(成熟型のBDNF)

の2種類があります。

多くの精神疾患にBDNFは関わっているのですが、その関わり方は全く同じではないようで、近年の研究では、

・うつ病では、成熟型BDNFが減少する
・双極性障害では、成熟型BDNFは増加し、proBDNFは減少する

といった違いがあることも指摘されています。

もしこれが、一定の精度で認められる変化なのだとしたら、この違いは臨床上とても役立つと思われます。

臨床現場では、うつ病と双極性障害の鑑別は時に非常に迷います。明らかにテンションが上がるような躁状態があれば、はっきりと区別がつきますが、双極性障害であっても、うつ状態と軽躁状態(軽い躁状態)を繰り返すようなタイプであると、うつ病と見分けるのが非常に難しいのです。

しかしうつ病と双極性障害では用いるお薬も異なるため、両者をしっかりと鑑別できることは非常に大切になります。

BDNFを用いることで、うつ病と双極性障害の鑑別の精度が高まれば、これは患者さんにとっても大きな利益となるでしょう。

4.BDNFはどうしたら増えるのか

ざっくりと言うと、

「脳のBDNFが減少すると、神経の発達や保護が障害されるため、精神疾患発症のリスクが上がる」

ということが言えます。

となると、精神疾患を予防するためには、BDNFを増やすことができれば良いという事です。

では実際、BDNFを増やすことはできるのでしょうか。

現時点では直接的にBDNFを増やすお薬というものは存在しません。これから研究が進めば、そのようなお薬が開発されるかもしれませんが、現時点ではお薬でダイレクトにBDNFを増やせませんので、「お薬で増やす」という方法は現時点では使えません。

しかし、日常生活の中でもBDNFを増やすことは可能です。

実は、一般的に「心身に良い」と言われている活動は、脳のBDNFを増やすことが分かってきています。

代表的な活動に「運動」が挙げられます。適度な運動は脳のBDNFを増やすことが明らかにされています(詳しくは「うつ病治療に効果的な運動とは。」をご覧ください)。

またその他にも、

  • 規則正しい生活
  • 適度に頭を使うこと(脳トレーニング)

なども脳のBDNFを増やすという報告もあります。

BDNFを増やし、精神状態を安定させるためには、規則正しい生活・健康的な生活習慣がやはり大切だということです。これらはありきたりな方法ですが、でもやっぱりこのような基本的な活動というのは決してあなどれない有益な方法なのです。

精神疾患で治療中の方は、BDNFを増やすために

  • 規則正しい生活
  • 適度な運動
  • 適度な頭脳活動

などを取り入れることを今一度、意識してみましょう。