軽い躁状態(軽躁状態)は何が問題なのですか?

患者さんから、時々この記事のタイトルにあるような質問をされることがあります。

特に双極性障害(躁うつ病)で軽躁状態になったことがある方や、お薬で軽い躁状態が誘発された既往のある方は、軽躁状態の爽快感を求めることがあります。

明らかな躁状態が問題なのは分かる。でも軽い躁状態なら気分も明るくなるし、やる気も出るし、むしろいいことじゃないか、というのが言い分です。

常に暗い気持ちに覆われているうつ状態を長く経験している方が、軽躁状態に憧れてしまう気持ちは、確かに分からなくはありません。

しかし軽いとは言っても躁状態に気分を保つべきではありません。

今日は軽い躁状態(軽躁状態)の何が問題なのかをお話しします。

1.軽い躁状態(軽躁状態)とは?

躁状態は2つに分けられます。それは「躁状態」と「軽躁状態」です。

躁状態は、気分が異常に高揚し、爽快感と万能感に包まれて活動的になる、というような状態です。

DSM-5の躁病エピソードの診断項目の1つには、躁病エピソード(躁状態)について、次のように書かれています。

気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となる。加えて、異常にかつ持続的に亢進した目標指向性の活動または活力がある。このような普段とは異なる期間が、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する

「やる気が出るなんて素晴らしいことじゃないか」と思われるかもしれませんが、病気による異常なテンションの高揚ですので、これは大きな問題となります。

「自分はすごい」「なんでも出来る」「ものすごく偉いんだ」。このような気分になるだけならまだ良いのですが、この高揚感に基づいて精力的に行動をします。

例えば、「自分が起業すれば間違いなく成功する!」と考えますから、大きな借金をしてビジネスを立ち上げます。しかし、浮き足立った気分の高さで始めるものですから、ほとんどが失敗し、莫大な借金だけ残ってしまいます。

また万能感から「自分は神なのだ」のように妄想的な考えに至ることもあります。自分は偉くて優秀な存在だと考えるため、周囲に対して威圧的・攻撃的になります。周囲がさとそうものならものすごい剣幕で怒り出します。

これが典型的な躁状態です。この状態が続けば、本人も周囲も困るのは明らかでしょう。躁状態は早急に治療すべき、異常な気分なのです。

そしてもう一つの躁状態に、「軽躁状態」と呼ばれるものがあります。

軽躁状態は文字通り「軽い躁状態」です。躁状態ほど明らかなテンションの高さはありませんが、気分は少し高めです。周囲に対してのひどい威圧性・攻撃性はありませんが、普段よりはやや高圧的になります。

躁状態と比べて全体的に程度が軽いため、「今日は気分が良いだけなのかな?」「最近テンションが高いけど、人間だしそういうこともあるだろう」と周囲も異常だと認識しないことも珍しくありません。

何となく普段より気分がすっきりとしていて、やる気が出るというのが軽躁状態なのです。

2.軽躁状態はどんな時に起こるのか

この軽躁状態はどのような時に起こるのでしょうか?

典型的なのはⅡ型の双極性障害です。双極性障害にはⅠ型とⅡ型の2種類があります。

かんたんに言えば、Ⅰ型は躁状態とうつ状態を繰り返す疾患で、Ⅱ型は軽躁状態とうつ状態を繰り返す疾患です。

このⅡ型の双極性障害では軽躁状態が認められます。

他にも、うつ病の経過中に一時的に軽躁状態に転じることがあります。また抗うつ剤の使用によって気分が不自然に持ち上がってしまうと、軽躁状態が起こることもあります。

3.軽躁状態はなぜ問題なのか

軽躁状態というのは、躁状態と比べると軽度にとどまる気分の高揚です。

その高揚は自分も周囲も気付かないこともある程度のもので、「今日は機嫌がいいね」「今日はやる気だね」程度の認識しかされず、病気だとは思われないこともあります。

・普段より少し気分が晴れて、爽快
・普段より少し活動的でやる気がある

これが軽躁状態ですが、ここだけ聞くと「これの何が問題なの?」と思われる方もいるでしょう。「むしろ軽躁状態に保つのは、いい事なんじゃないか?」と感じるかもしれません。

しかし軽躁状態は、病気の症状の1つとして生じている異常な気分の高揚です。そのため、一見すると良い変化に見えますが、放置してよいものではないのです。

軽躁状態の何が問題なのか。その理由を説明します。

Ⅰ.浮き足立っている

正常な気分の範疇で、

・今日は気分がいい
・今日はなんだかやる気がある

という日は誰でもあると思います。こういった日は、とても充実した時間を過ごすことができます。いつもより作業もはかどるし、人生も楽しく感じられます。

この気分と軽躁状態を同じものだと認識すると、「軽躁状態って良いものじゃないか」と思われるかもしれません。

しかし、軽躁状態は正常範疇の気分の良さとは全く異なるものなのです。正常範疇での気分の良さというのは病気ではありませんが、軽躁状態は病気です。正常な気分ではありません。

この認識を持っていただくことはとても重要です。

・正常な気分の良さは、正常気分の範囲内
・軽躁状態は、躁状態の範囲内

なのです。

軽躁というのは、たとえ軽いものであっても躁状態の1つなのです。つまり、軽くても躁状態の性質を持っているということになります。

躁状態の問題は、気分高揚に伴って様々な活動を行うけども、あくまでも病的な気分の高揚に基づいて行っている行動であるため、内容に乏しく、活動の結果が良いものにならないということです。

先ほども例を出したように、「俺は優秀だ!」という病的な気分高揚に基づいて起業をするものの、その内容は乏しいため、ほとんどの例で失敗し、莫大な借金をかかえてしまいます。

「俺は神だ!」という病的な気分高揚に基づいて、周囲に教えを説こうとしますが、その内容は乏しく、むしろ人が離れていってしまいます。

軽躁状態はここまで気分は高揚しませんが、しかし基本的にはこの躁状態と同じ範疇のものです。

つまり、軽躁であってもその気分高揚は病的なものであるため、その高揚に基づいた行動は、たいてい良い結果になりません。

正常範囲内の気分が良さの中で仕事をすればはかどるでしょうが、軽躁状態で仕事をすれば、ミスが目立つ結果となります。

正常範囲内の気分の良さの中で人と話せば楽しめるでしょうが、軽躁状態で人と話せば、口論となったり、内容の乏しい会話のため「信頼できない人」と思われ、人から嫌われたり避けられやすくなってしまいます。

軽躁状態に基づいて行った活動は、非常に高い確率で、後に後悔するような結果を導いてしまうのです。

Ⅱ.必ず反動が来る

双極性障害は、躁状態とうつ状態を繰り返す疾患で、躁とうつが波のように繰り返されます。

常に躁状態でいることは出来ません。気分の良い躁状態が来た後には、必ずうつ状態がやってきます。

しかも、この躁とうつの波は、本当に「波」のような傾向を持っています。躁の程度が軽ければうつの反応も浅く、反対に躁の程度が高ければ高いほど、うつの程度も深くなるのです。

つまり、気分の良い状態を過ごした分だけ、あとで気分の落ち込んだ状態を過ごさなければならないということです。

この事実を知れば、躁状態を作るよりも、平常な気分を保ち続けた方が良いことが分かるでしょう。

Ⅲ.治りが悪くなる

たとえば、無理矢理お薬を使って軽躁状態を保てるとします(実際はこんなことは不可能ですが・・・)。

すると、これは軽躁状態という「病気」の状態を意図的に持続させているということになります。病気を治療しているのではなく、病気を持続させているわけですから、当然病気の治りは悪くなります。

軽躁状態を治療せずに保ってしまうということは、病気を治療せず、むしろ病気で居続けようと考えているのと同じなのです。

これでは病気自体がいつまで経っても治りません。

精神疾患のほとんどは、放置したり適切に対処しなければ慢性化します。そして慢性化すればするほど治りにくくなっていきます。

軽躁状態を無理矢理作ろうとする行為は、疾患を意識的に慢性化させ、難治化させているということなのです。