パニック障害は、急に「動悸」「発汗」「めまい」「息苦しさ」などの激しい症状に襲われる疾患です。生活している中で突然、このような症状が生じてしまう事は大きな恐怖です。
一度パニック発作が起こると、「またパニック発作が起こるのではないか」という不安や恐怖にとらわれて生活をするようになってしまいます。発作への恐怖から、仕事や外出などの生活に必要な活動ができなくなってしまうことも珍しくありません。
しかしパニック障害は、薬に良く反応する疾患であり、適切なお薬をしっかりと服薬すれば、多くのケースで症状は落ち着いていきます。
今日は、パニック障害で使われるお薬にはどのようなものがあるのかについて紹介します。
1.抗うつ剤(SSRI)
薬物療法の主役になるのが抗うつ剤です。
パニック障害をはじめとした不安障害(不安症)に属する疾患は、セロトニンの欠乏が一因であることはほぼ間違いないと考えられています。
そのため抗うつ剤の中でもセロトニンを増やす作用に優れるものがよく使われます。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる抗うつ剤は、セロトニンを選択的に増やす作用に優れるため、パニック障害の治療によく用いられます。
具体的には、我が国には現在4種類のSSRIがあり、このうちのいずれかが用いられます。
・フルボキサミン(商品名:ルボックス、デプロメール)
・パロキセチン(商品名:パキシル)
・セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)
・エスシタロプラム(商品名:レクサプロ)
このうち、どれが良いかは患者さんによって異なるため、主治医とよく相談の上で選択していきます。統計を取ると、どれも有効率に大きな差はないとする報告が多いため、極論を言えばどれを使っても問題ありません。
抗うつ剤を使用する際の第一選択は原則としてSSRIですが、SSRIでは効果が不十分の時は別のおくすりを使う事があります。三環系抗うつ剤(TCA)という古い抗うつ剤の中で、セロトニンを増やす作用に優れる抗うつ剤がしばしば使われます。
具体的には、クロミプラミン(アナフラニール)などです。ただし三環系抗うつ剤は、古いおくすりのため副作用も多く注意が必要です。
抗うつ剤は大きく分けると、「セロトニンを主に増やすもの」「ノルアドレナリンを主に増やすもの」に分けられます。このうち、パニック障害の治療にはセロトニンを主に増やすものが用いられます。
ノルアドレナリンを主に増やすものは、セロトニンを主に増やすものと比べるとパニック障害に対する治療効果が低いため、第一選択としてはあまり用いられません。ただし、ノルアドレナリンを主に増やすものにもセロトニンも増やす作用もあるため、症例によっては用いられることもあります。
抗うつ剤は、服薬初期には、吐き気や口の渇きといった副作用が出ることが多いため、少量から始めて徐々に量を増やしていきます。そのため、効果が出るまでに時間がかかるのが難点です。
パニック障害に対しての有効率は高く、しっかりと治してくれるおくすりですが、しっかりとした効果が出るまでに2週間~1か月程度は待たないといけません。
2.抗不安薬(安定剤)
SSRIを補助する役割として抗不安薬が用いられることもあります。抗不安薬は主にベンゾジアゼピン系抗不安薬というものが使われれます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬はたくさんありますが、代表的なものには次のようなものが挙げられます。
・ロラゼパム(商品名:ワイパックス)
・アルムラゾラム(商品名:ソラナックス、コンスタン)
・ブロマゼパム(商品名:レキソタン、セニラン)
・ジアゼパム(商品名:セルシン、ホリゾン)
・クロチアゼパム(商品名:リーゼ)
・エチゾラム(商品名:デパス)
・ロフラゼプ酸エチル(商品名:メイラックス)
抗不安薬のメリットには「即効性」です。先ほど紹介した抗うつ剤は効果発現まで数週間待つ必要がありますが、抗不安薬は早いものだと飲んで15分程度で効果が出るものもあります。
その即効性から、発作が起きそうなときに時にすぐ使えるのも利点です。
デメリットとしては、長期服薬による耐性・依存性です。抗うつ剤には耐性・依存性はありませんが、抗不安薬には耐性・依存性があるため長期服薬はなるべく避けたいところです。
このデメリットのために抗不安薬を推奨していない治療ガイドラインもあります。英国国立医療技術評価機構(NICE)のパニック障害ガイドラインをはじめ、ベンゾジアゼピン系の使用を推奨せず「短期間に限る」としているガイドラインは少なくありません。
3.漢方薬
漢方薬の中には不安に対して効果を示すものがありますので、漢方薬を使うこともあります。
パニック障害に対して漢方薬を使用する際は、即効性はなく、ゆっくり穏やかに効いてくるということを理解しておく必要があります。短期間での劇的な改善は期待しない方がよいでしょう。
個人差もありますが、1か月程度かけて少しずつ効いてきます。効きの個人差も大きいため、漢方薬の適応かどうかは主治医とよく相談して判断してください。
パニック障害に良く使われる代表的な漢方薬を紹介します。
・半夏厚朴湯・・・気分が塞いで喉・食道部に違和感があり、時に動悸、めまい、嘔気を伴うものの諸症
・柴胡加竜骨牡蛎湯・・・比較的体力があり、心悸亢進、不眠、いらだち等の精神症状のあるものの諸症
・桂枝加竜骨牡蛎湯・・・下腹直腹筋に緊張があり、比較的体力の衰えているものの諸症
・柴胡桂枝乾姜湯・・・体力が弱く、冷え性、貧血気味で動悸、息切れがあり、神経過敏のものの諸症
・加味逍遥散・・・体質虚弱な婦人で肩が凝り、疲れやすく、精神不安などの精神症状、時に便秘傾向のあるものの諸症
・加味帰脾湯・・・虚弱体質で血色の悪いものの諸症
4.その他の薬物
その他、症例によっては抗てんかん薬や抗精神病薬を用いることもありますが、抗うつ剤が効かないなど、やむを得ないケースに限られます。
5.パニック障害の薬物療法の流れ
パニック障害の薬物療法は、症例によっても違いますし、医師によっても多少のやり方の違いがあります。そのため、一概に「こうやって治療します」と断言はできませんが、標準的な治療法をここでは紹介させて頂きます。
Ⅰ.SSRIを少量から始め、抗不安薬を併用する
パニック障害の薬物療法の主体となるのはSSRIです。SSRIは副作用を軽減するため少量から開始し、徐々に増薬していきます。
一例としてパロキセチン(商品名:パキシル)を例に取ると、まずは10mgから開始します。副作用が心配だという方は5mgなど更に少量から始めてもよいでしょう。
患者さんの「おくすりの副作用が心配だ」という不安を極力軽減するのは、治療的にも重要なことです。なぜならば、パニック障害の根本にあるのは「不安」だからです。
不安の病気の治療をするのに、投薬で更に不安にさせてしまったら本末転倒です。そのため場合によってはかなり少量から開始することもあります。ただし、少量から開始すればするほど効果発現が遅くなることは理解しておかなければいけません。
SSRIは効果発現までに数週間の時間がかかります。その間は抗不安薬を併用してもよいでしょう。抗不安薬は即効性があるのが利点ですので、飲み始めてすぐ不安が軽減されます。
しかし、依存性などの副作用があるため、「SSRIが効いてくるまでの一時的なもの」という認識を持って抗不安薬は服薬をしましょう。
Ⅱ.SSRIを十分量まで増やしていく
大きな副作用もなくSSRIが導入できたら、徐々に増薬していきます。
先ほどのパキシルの例で言えば、10mg⇒20mg⇒30mg⇒40mgと増薬していきます。
ここで、「どこまで増やすのか」という疑問を感じるかもしれませんが、基本的には「不安が消えるまで」増薬することが良いと言われています。
まだ不安が残っているけど、ある程度改善されたからと言って「先生、この量でもう十分です。増薬は止めてください」と訴える患者さんがいます。お薬はなるべくならば飲みたくないものですから、患者さんがこう言う気持ちもよく分かります。
しかし、不安は「完全に消す」ことが良いと考えられており、「中途半端に消しただけ」というのは危険だと考えられています。
なぜならば、不安は不安を呼ぶ、という性質があるからです。
みなさんも経験がありませんか。ちょっと不安な出来事があって、最初はあまり気にも留めていなかったけど、考えているうちにどんどん不安が強くなってきてしまった、ということが。
不安は十分に消しておかないと遷延してしまう(長引いてしまう)傾向があるのです。ちょっとの不安でも残しておくと、その不安が不安を呼び、またしばらく経つと不安が強くなってしまいパニック発作がぶり返してくる、ということは少なくありません。
このため、SSRIの増薬は「不安が十分に消えるまで」行うべきです。主治医先生とよく相談して必要な量までしっかりと増薬してください。
ちなみにSSRIを十分量使ったけども効果不十分である時には、
・本当にパニック障害で診断が間違いないか再度見直す
・違うSSRIを使う
・SNRIやNaSSA、三環系抗うつ剤などを使う
・補助的に抗てんかん薬や抗精神病薬を使う
などの方法が取られます。
Ⅲ.抗不安薬を減らしていく
順調にSSRIの増薬が出来れば、1~2か月ほどで不安は消えていきます。不安が十分に消え、ある程度の自信もついてきたら、抗不安薬を少しずつ減らしていきます。
これは、抗不安薬への依存を防ぐためです。
急に中止してしまうと、反動で不安が強くなったり離脱症状が起こったりしますので、慎重に少しずつ減らしていきます。
また、どうしても減らせない場合は、半減期の長い抗不安薬や効果の弱い抗不安薬に切り替えます。半減期の長いもの・効果の弱いものの方が依存性が少ないからです。
切り替えたのち、経過をみながら減薬を進めていきます。
Ⅳ.1年ほど服薬を続ける
服薬下で症状がほぼ消失している状態を「寛解状態」と言います。
寛解状態になると、症状がほとんどないため「もう治ったのでは」と患者さんは感じます。
多くの方は出来れば早くおくすりを辞めたいと考えているため、「先生、そろそろおくすりを減らせませんか?」と相談されますが、寛解状態に至ってからも最低でも6か月、できれば1年は服薬を続けた方が良いと考えられています。
これは、寛解直後は再発率が多いためです。せっかく良くなったのに再発してしまうと、再び自信をなくしてしまいます。また、再発を繰り返すとだんだんと治りが悪くなり、難治性となっていくことも知られています。
おくすりを早くやめたい気持ちは痛いほど分かるのですが、1年ほどは服薬を続けてから治療終了とした方が安全です。
時々、「先生はお金儲けのためにおくすりを減らさないんでしょう」と思われてしまうこともあるのですが、そうではないのです。
なお、再発を繰り返している方に関しては、1年以上服薬継続が必要な場合もあります。主治医先生とよく相談して下さい。