うつ病患者さんのうち、およそ9割の方に不眠症状などの睡眠の障害がみられます。
うつ病患者さんは、気分は落ち込むし、やる気は出ないし、身体は重いといった、非常につらい毎日を過ごしています。ただでさえ、こんなにつらいのに、更に眠ることもできなくなってしまうのです。
これは本当につらいことです。
「せめて夜くらいはぐっすり眠って楽になりたいです・・・」
「眠れないのが一番つらい」
このような訴えは、うつ病診療の現場でよく聞かれる患者さんの切実な声です。
うつ病で不眠はなぜ起こるのでしょうか。そして改善策があるのでしょうか。今日のコラムではうつ病と不眠について詳しく考えてみたいと思います。
目次
1.うつ病で不眠が生じる原因とその特徴
不眠はうつ病でよくみられる症状のひとつです。うつ病患者さんの多くは不眠などの睡眠トラブルを併発しており、その頻度は9割とも言われています。
うつ病の診断基準の項目のひとつとして「不眠」や「睡眠障害」は挙げられています。ICD-10、DSM-5のうつ病の診断基準を見てみると、
〇 睡眠障害(ICD-10の診断基準より)
〇 ほとんど毎日の不眠または過眠(DSM-5の診断基準より)
と記載されています。
不眠とうつ病をそれぞれ別々の問題としてとらえている方もいますが、うつ病があって更に不眠も認める場合、その不眠はうつ病が原因であることは多いのです。
では、何故うつ病になると睡眠に障害が出るのでしょうか。
それは、うつ病は精神エネルギーをはじめとした生命エネルギー全体が低下してしまう疾患だからです。あらゆるエネルギーが落ちるため、生物にとって最も基本的で重要な欲求である生理的欲求までもが低下してしまいます。
生理的欲求には睡眠欲をはじめ、食欲、性欲などがあり、うつ病ではこれらの低下が高頻度で認められます。
また、うつ病はセロトニンの低下が原因のひとつと考えられていますが、このセロトニンの低下が睡眠にも悪影響を及ぼしているのではとも指摘されています。
ちなみに不眠には、「なかなか寝付けない」という入眠障害、「寝てもすぐに起きてしまう」という中途覚醒、また「朝早くに起きてしまう」という早朝覚醒に分けることができます。うつ病に伴う不眠は、これらのどのタイプの不眠も生じますが、中途覚醒・早朝覚醒が多いと言われています。
2.うつ病に伴う不眠を改善するには?
うつ病に伴う不眠を改善するには、どうしたらいいでしょうか。実は答えはかんたんです。
うつ病が原因なのだから、うつ病を治療すればいいのです。
うつ病が改善すれば当然、それに伴って不眠も改善していきます。
しかしこれは正論ではあるものの、現実的ではありません。うつ病は治るのに時間がかかる疾患だという問題があります。軽いうつ病であっても治療に数か月は要する、ということはザラにあります。
では、うつ病が治癒するまでの数か月間、不眠は治すことができないのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
確かに、自分の本来の力のみでぐっすり眠れるようになるには、うつ病が治るまで待たないといけませんが、その間も様々な工夫をすることで睡眠状態を改善することは十分に可能です。
ここからは、うつ病に伴う不眠で困っている時、どのような改善策があるのを具体的に考えていきます。
3.まずは睡眠環境に問題ないかを再確認しよう
不眠が生じた時、一番はじめにすべきことは、睡眠を妨げる行為をしていないかを再確認をすることです。
良質な睡眠を得るためにはいくつか気を付けるべきことがありますが、しっかりできているでしょうか。実はこれ、意外とできていない人が多いのです。
例えば、患者さんの話をよく聞いてみると、こんな行動をしていることがあります。
- 眠れないからとベッドでスマホやゲームをする
- 無理矢理眠るためにお酒を飲む
- 眠れないから、お菓子をついたくさん食べてしまう
- 眠る前にコーヒーや紅茶、コーラなどでカフェインを摂取している
- 眠れないからとついタバコを吸ってしまう
これらはいずれも睡眠の質を悪化させる行為です。
不眠がつらいと、何か有効な方法はないかと色々探してしまいますが、それよりもまずは睡眠環境に問題がないかを確認してください。
良質な睡眠環境の一例として、日本睡眠学会が発表している「睡眠衛生のための指導内容」を紹介します。
<睡眠衛生のための指導内容>
指導項目 |
指導内容 |
定期的な運動 |
なるべく定期的に運動しましょう。適度な有酸素運動をすれば寝つきやすくなり、睡眠が深くなるでしょう。 |
寝室環境 |
快適な就床環境のもとでは、夜中の目が覚めは減るでしょう。音対策のためにじゅうたんを敷く、ドアをきっちり閉める、遮光カーテンを用いるなどの対策も手助けとなります。寝室を快適な温度に保ちましょう。暑すぎたり寒すぎたりすれば、睡眠の妨げとなります。 |
規則正しい食生活 |
規則正しい食生活をして、空腹のまま寝ないようにしましょう。空腹で寝ると睡眠は妨げられます。睡眠前に軽食(特に炭水化物)をとると睡眠の助けになることがあります。脂っこいものや胃もたれする食べ物を就寝前に摂るのは避けましょう。 |
就寝前の水分 |
就寝前に水分を取りすぎないようにしましょう。夜中のトイレ回数が減ります。脳梗塞や狭心症など血液循環に問題のある方は主治医の指示に従ってください。 |
就寝前のカフェイン |
就寝の4時間前からはカフェインの入ったものは摂らないようにしましょう。カフェインの入った飲料や食べ物(例:日本茶、コーヒー、紅茶、コーラ、チョコレートなど)をとると、寝つきにくくなったり、夜中に目が覚めやすくなったり、睡眠が浅くなったりします。 |
就寝前のお酒 |
眠るための飲酒は逆効果です。アルコールを飲むと一時的に寝つきが良くなりますが、徐々に効果は弱まり、夜中に目が覚めやすくなります。深い眠りも減ってしまいます。 |
就寝前の喫煙 |
夜は喫煙を避けましょう。ニコチンには精神刺激作用があります。 |
寝床での考え事 |
昼間の悩みを寝床に持っていかないようにしましょう。自分の問題に取り組んだり、翌日の行動について計画したりするのは、翌日にしましょう。心配した状態では、寝つくのが難しくなるし、寝ても浅い眠りになってしまいます。 |
どうでしょうか。全てができている方は意外と少ないのではないかと思います。
これら基本的なことができていなければ、いくら別の方法で睡眠状態を良くしようとしても無理があります。
4.おくすりの使用は慎重に!不眠が悪化することもある
一時的に、睡眠薬などの眠りに作用するおくすりを使用するのも有効な方法です。
しかし、「眠れないなら睡眠薬を飲めばいい」と安易におくすりで解決しようとするのは好ましくありません。
例えば、ベンゾジアゼピン系睡眠薬などは確かに眠気を引き起こしますが、眠りの質は浅くなると言われています。安易に睡眠薬で解決しようとするとかえって不眠が悪化する可能性もあるということです。
またSSRIやSNRIなどの抗うつ剤は、時に副作用として不眠が起こることがありますので注意が必要です。
おくすりを使うことが悪いというわけではありません。不眠がつらい時は、おくすりを併用することは有効な方法です。しかし安易に「おくすりを使えばそれで解決でしょ」と考えるのは良くないということです。主治医とよく相談して適応を判断する必要があります。
抗うつ剤の中で、Nassaや四環系抗うつ剤、トラゾドンなどは鎮静系抗うつ剤と呼ばれ、抗うつ作用の他に眠気が生じ、また眠りの質も深くしてくれるため、不眠が強いうつ病の方に使われることがあります。
また場合によっては、抗精神病薬(統合失調症治療薬)や漢方薬なども睡眠状態を改善するために併用することもあります。
不眠治療に用いられることのあるおくすりとその特徴をかんたんに紹介します。
睡眠薬 | ベンゾジアゼピン系 非ベンゾジアゼピン系 メラトニン受容体作動薬 オレキシン受容体拮抗薬 |
商品名:レンドルミン、ハルシオンなど 商品名:マイスリー、アモバンなど 商品名:ロゼレムなど 商品名:ベルソムラなど |
睡眠の質は浅くなる、耐性・依存性あり 睡眠の質は浅くなる、耐性・依存性あり 耐性・依存性なし、効果は弱め 耐性・依存性なし 発売されたばかり |
抗うつ剤 | Nassa 四環系抗うつ剤 トラゾドン |
商品名:リフレックス、レメロンなど 商品名:ルジオミール、テトラミドなど 商品名:デジレル、レスリンなど |
睡眠の質を深くする、抗うつ作用あり、体重増加あり 睡眠の質を深くする、抗うつ作用あり 睡眠の質を深くする、抗うつ作用あり |
抗精神病薬 | MARTA | 商品名:セロクエル、ジプレキサなど | 糖尿病では使えない、体重増加あり |
漢方薬 | 商品名:酸棗仁湯、加味逍遙散など | 効果の個人差が大きい |
5.自律神経を休めてあげることも効果的
適度に身体を動かすなどして緊張をほぐしてあげることも不眠の改善には効果的です。
ジョギングやウォーキング、スイミングなどの有酸素運動も良いのですが、入浴や軽いストレッチ、筋弛緩法(リラクゼーション)は自律神経のはたらきを調整してくれ、身体の緊張を取ってくれるため、不眠の改善に有効です。
入浴の場合、あまり熱い湯に入ってしまうと交感神経が興奮し、身体が緊張してしまうため良くありません。38度前後のぬるめのお湯へのゆっくりと入浴することが効果的だと言われています。
筋弛緩法(リラクゼーション)は、場所も取らずに10-20分ほどで行える有効なリラックス法です。座った体勢で行うことが多いのですが、かんたんに説明すると、
- 8割ほどの力で5-10秒ほど力を入れて、
- その後スーッと力を抜き、10秒ほど脱力する
ということ顔、手、足・・・と全身の筋肉に対して行っていく方法です。
力を入れたあとストンと力を抜くことが一番のポイントで、脱力を意識することで筋肉の緊張が取れやすくなります。これを寝る前に行うことで、全身の筋肉の緊張が取れ、眠りに入りやすくなります。
筋弛緩法は病院・クリニックによってはやり方を指導してくれるところもありますので、興味のある方は問い合わせてみると良いかもしれません。