断眠療法はなぜうつ病に効果があるのか

うつ病に対する治療法の一つとして「断眠療法(覚醒療法)」というものがあります。

日本ではあまりなじみのない治療法ですが、うつ病・うつ状態に対する効果は実証されているしっかりとした治療法です。

断眠療法は、どういった患者さんに向いている治療法で、どんな方法で行われるのでしょうか。

今日はうつ病治療の一つである、断眠療法についてみましょう。

1.断眠療法(覚醒療法)とは

断眠療法は1950年~1960年頃より、主に欧米で提唱され始めた治療法です。

うつ病で生じる症状のひとつに不眠がありますが、夜間眠らなかったうつ病患者さんの精神状態が翌日に改善している事がある、というのは当時から精神科医の間で気付かれていました。

このような所見から「患者さんを眠らせないことはうつ病の治療になるのではないか」というアイディアが生まれ、ここから断眠療法が生まれました。

当初は患者さんに24時間ずっと起きていてもらう「全断眠」が主でした。しかし、実際1日中起きてもらう事は、患者さんにとってはかなりの負担になります。そのため現在では、様々な方法が検証され、部分断眠(睡眠時間の一部を削る)も行われるようになりました。

日本ではなじみの薄い断眠療法ですが、海外では特に欧米を中心に多くの報告があります。その有効率は60%以上とも報告されており、効果の高い治療法です。

ちなみに「断眠療法」という名称は「患者さんの眠りを奪う」ようなイメージを持たれ、あまり聞こえの良いものではないため、最近では「覚醒療法」という名称で呼ばれることが増えてきました。断眠療法も覚醒療法も、同じ治療法のことを指しています。

2.なぜ断眠療法がうつ病に効くのか

一般的なイメージとしては眠らなければ精神状態は悪化すると考えられます。実際にうつ病の症状でも不眠は多くの症例で認められます。

「断眠させることがうつ病の治療になる」というのは、一見すると真逆の発想にも聞こえます。断眠がうつ病に効くと言うのは、一体どういった理由なのでしょうか。

実は、なぜ断眠療法がうつ病に効くのかははっきりとは分かっていません。

現時点では、

・断眠することで、概日リズム(睡眠-覚醒リズム)を正常化させるのではないか
・断眠の刺激により、モノアミン(セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなど)が増えるのではないか
・断眠で甲状腺ホルモンが増え、これが気分を持ち上げるのではないか
・断眠によって脳BDNF(脳由来神経栄養因子)が増え、脳神経の新生が活性化するからではないか

などの理由が仮説として提唱されています。

3.断眠療法の特徴|長所と短所

断眠する事でうつ病を改善させるというのが断眠療法ですが、この治療法はクセのある治療法と言えます。そのメリットも大きいのですが、デメリットも小さくなく、長所と短所がハッキリしている治療だという特徴があります。

これが日本ではあまり取り入れられていない理由なのかもしれません。

具体的な断眠療法の長所と短所をそれぞれ紹介します。

Ⅰ.断眠療法の長所

まずは断眠療法の長所についてみてみましょう。

【即効性がある】

抗うつ剤は効果が出るまで、早くても数週間かかります。精神療法(カウンセリングなど)も、効果を得るには数か月はかかることが一般的です。うつ病の治療というのは、ゆっくりゆっくり効果が出てくる治療法が大半なのです。

しかし断眠療法は違います。即効性のある治療法であり、この即効性が断眠療法の一番の長所になります。

早い方だと断眠中に効果を認める方もいるほどです。

【有効性が高い】

断眠療法の有効率は、他の治療法と比べて高めであり、おおむね60%以上の患者さんに効果を認めると言われています。

一方、抗うつ剤のおおよその有効率は、1/3の患者さんに効き、1/3の患者さんには一部効き、1/3の患者さんには効かないと言われています。治療法が異なるため、その効果を単純に比較することはできませんが、断眠療法の有効率は高いと考えることが出来ます。

【特殊な技法がいらない】

例えば精神療法(カウンセリングなど)を受ける場合は、精神科医や臨床心理士(カウンセラー)などの精神・心理に熟知した治療者が必要になります。また、近年注目されているrTMS(反復経頭蓋磁気刺激法)やニューロフィードバックなども、特殊な治療器具が必要になります。

しかし断眠療法は、極端な話、ただ起きているだけが治療になりますので、特殊な治療者・医療器具を要さずに治療が行えます。

(とは言っても医療者の指示のもとで行う必要はあります)

Ⅱ.断眠療法の短所

次に断眠療法の短所についてみてみましょう。

【効果が長く続かない】

断眠療法の一番の問題は、効果が一過性なところです。

これはよく考えれば当たり前の話で、断眠療法は断眠することでうつ病を改善させているわけですが、人は永久に断眠することなど出来ません。どこかで眠る必要があります。つまり断眠による効果は一過性に留まってしまうという事です。

断眠後には睡眠を取らせる必要があり、これを「回復睡眠」と呼びますが、この回復睡眠によって8割の患者さんに症状のぶり返しがみられることが報告されています。

【つらい】

お薬による治療法は、飲むだけという治療であり、副作用発現などのつらさはあるものの、服薬すること自体の苦痛はそこまで大きいものではありません。

しかし断眠療法は、本来眠る時間帯に「起きていなければいけない」わけであり、ある程度の負荷が患者さんにかかります。眠い中、起きていなければいけないのは結構つらいですよね。

断眠療法は患者さんの努力・意欲も必要になってくる治療法になります。

4.断眠療法の種類

断眠療法は主に2種類の手法があります。

一つ目が、「全断眠」です。全断眠は、患者さんに24時間起きていてもらいます。高い効果を期待できる反面、患者さんの負担も大きい治療法になります。

全断眠は、連続して行うことは健康面で危険ですので、全断眠後の翌日は、回復睡眠を取って頂きます。しかし回復睡眠を取ってしまうとほとんどのケースでうつ症状がぶりかえしてしまうことが知られており、ここが難しいところです。

全断眠は効果はいいけども、治療効果が一過性であるというのが難点なのです。

もう一つが「部分断眠」になります。部分断眠は、睡眠時間の前半を起きていてもらう前半部分断眠と、後半を起きてもらう後半部分断眠がありますが、後半部分断眠の方が有効であるという報告が多く、主に後半部分断眠が行われています。

部分断眠は、睡眠時間を「減らす」程度になるため、患者さんへの負担が軽減されている治療法になりますが、効果は全断眠よりは若干劣るとされています。例えば後半部分断眠では、患者さんに就寝してもらい、深夜1~2時くらいに起きてもらいます。

部分断眠は、効果は全断眠にやや劣るものの、睡眠時間を減らしているだけですので繰り返して行うことができます。その分、全断眠と比べてうつ症状のぶり返しも少ない治療法になります。

他にも断眠によってレム睡眠だけを遮断する断眠法などもありますが、これはレム睡眠期を判断するために脳波をつけながら睡眠を行わないといけず、やや手間がかかる方法であり一般的ではありません。

5.断眠療法が向いているうつと向いていないうつ

断眠療法は、主にうつ病の治療において用いられます。また双極性障害のうつ病相の改善にも有効です。

うつ病の中でも、内因性うつ病に対して特に効果が高いと考えられています。

内因性うつ病とは、従来型うつ病の事で、メランコリー親和型の性格傾向を持つ方に生じるうつ病です(メランコリー親和型:真面目で几帳面、責任感があり秩序を重んじる)。反対に近年話題になることの多い新型うつ病や神経症圏のうつ病のようなタイプにはあまり効果が得られない印象があります。

断眠するというのは、患者さんにもある程度の努力を要しますので、努力もできない状態、具体的には重症のうつ病には推奨されません。推奨されないというか、やろうとしても患者さんに断眠する気力がないため、行えないのです。

焦燥感が強い方や、希死念慮が強い方など、なるべく早く改善する必要がある患者さんには、即効性のある断眠療法は向いているかもしれません。入院の上、断眠療法を行えば、とりあえずひどい焦りや死にたい気持ちは落ち着かせることが期待できます。

注意点として、断眠療法はパニック障害やてんかんを併発している患者さんには原則行えません。睡眠不足にすることで、パニック発作やけいれん発作を誘発してしまう可能性があるからです。

また双極性障害の躁病相、妄想を伴ううつ病の患者さんなどにおいては、導入は慎重に判断する必要があります。このような患者さんに断眠療法を行ってはいけないわけではありませんが、睡眠不足が躁状態をより悪化させたり、妄想をより活発にしてしまう可能性もあります。

高齢者、心臓疾患など内科疾患がある方も、睡眠時間を減らすことは健康上のデメリットが大きいことがありますので、断眠療法を導入してよいかは主治医とよく相談する必要があるでしょう。

6.うつ病治療における断眠療法の位置づけ

ここまで、断眠療法に関する情報をお伝えしてきました。

断眠療法は、うつ病の治療法として有効性が高いことは確かです。しかし効果が一過性であったりと短所もあります。

ここから考えると、断眠療法というのは、うつ病治療の主役として使うのではなく、補助的な役割として併用するのが良いように考えられます。抗うつ剤や精神療法による治療を主としつつ、補助的に断眠療法も取り入れる、という方法が良いでしょう。

実際、断眠療法のみの治療を単独で行うことはほとんどないと思われます。多くの場合で、薬物療法などの別の治療と併用して行われています。