バルプロ酸ナトリウムの副作用と対処法【医師が教える気分安定薬の全て】

バルプロ酸ナトリウムは「デパケン」という気分安定薬のジェネリック医薬品になります。

気分安定薬は、主に気分の波を安定させるはたらきがあります。具体的には双極性障害(躁うつ病)の治療に用いられ、気分の高揚を抑えたり、気分の落ち込みを持ち上げたりする作用が確認されています。

バルプロ酸ナトリウムは双極性障害を始め、うつ病で補助的に用いられたり、認知症の方の興奮に用いられることもあり、精神科で幅広く用いられています。また、その他もバルプロ酸ナトリウムは様々な作用を持つお薬で、抗てんかん薬(てんかんを抑える)、偏頭痛の治療薬としても使われています。

様々な場面で使用できるバルプロ酸ナトリウムですが、多くの場面で使うからこそ副作用には注意しなくてはいけません。

今日はバルプロ酸ナトリウムの副作用やその対処法について紹介していきます。

1.バルプロ酸ナトリウムの副作用の特徴

バルプロ酸ナトリウムの副作用にはどのような特徴があるのでしょうか。

全体的に見ればバルプロ酸ナトリウムは安全性が高く、適正に使っていれば副作用で困るケースは多くはありません。

バルプロ酸ナトリウムは独特の作用機序を持つお薬で、同系統のお薬というのは他にありません。精神科領域では主に気分安定薬(気分の波を抑えるお薬)として双極性障害に使われたり、興奮を抑えるために使われたりします。

同じ気分安定薬に属するものとしては、

  • リーマス(炭酸リチウム)
  • ラミクタール(ラモトリギン)
  • テグレトール(カルバマゼピン)

などがあります。しかしこれらは同じ気分安定薬に属してはいるものの、いずれも作用機序がそれぞれ異なります。そのため、単純にこれらの副作用を比較することは出来ません。

気分安定薬の中でもリーマスやテグレトールは血中濃度が高くなりすぎてしまうと中毒域に入ってしまい危険な副作用が生じることがあります。そのためこれらのお薬は定期的に血液検査をし、血中濃度が高くなりすぎていないか見ていかなければいけません。また風邪などで脱水になったり、食事・水分が十分に取れない時というのは中毒域に達しやすいため注意が必要になります。

バルプロ酸ナトリウムも血中濃度が高くなりすぎれば危険なのは同じですが、リーマスやテグレトールと比べると中毒域には入りにくいお薬になります。そのため比較的安全に使用することが出来ます。

バルプロ酸ナトリウムの副作用は大きく分けると、

  • 肝臓への副作用、高アンモニア血症
  • 胃腸への副作用
  • 精神への副作用
  • 血液への副作用
  • 皮膚への副作用

の5つに分けることができます(細かい副作用を挙げればこれ以外もありますが、代表的なものを挙げています)。

またバルプロ酸ナトリウムは妊婦の方は「催奇形性」という副作用のため使用することが出来ません。これは妊婦さんがバルプロ酸ナトリウムを服用していると、それが赤ちゃんに達してしまい、赤ちゃんに奇形が発生してしまう可能性が高くなるということです。

正常な妊婦さんが奇形を発生する確率は2%前後と考えられていますが、バルプロ酸ナトリウムを服用していた場合はこれが10%程度まで上昇することが指摘されています。バルプロ酸ナトリウムと催奇形性については「デパケン服用中に妊娠してしまったら?デパケンの催奇形性と妊娠時の対応法」で詳しくお話していますのでこちらをご覧ください。

2.バルプロ酸ナトリウムで生じる各副作用と対処法

バルプロ酸ナトリウムで生じる副作用とその対応法について紹介します。

代表的な副作用として、

  • 肝臓への副作用、高アンモニア血症
  • 胃腸への副作用
  • 精神への副作用
  • 血液への副作用
  • 皮膚への副作用

の5つについて詳しく紹介し、副作用が生じてしまった時の対処法も考えてみます。

Ⅰ.肝臓への副作用・高アンモニア血症

バルプロ酸ナトリウムは肝臓に負担がかかるお薬です。そのため肝機能障害が生じることがあります。

バルプロ酸ナトリウムは体内で分解されて4-en-VPAという物質が作られますが、4-en-VPAは毒性が高いことが知られています。これが肝機能障害の原因なのではないかと推測されています。ちなみに妊娠中の女性がバルプロ酸ナトリウムを服用すると赤ちゃんに奇形が生じやすくなってしまうのも、この4-en-VPAが関与していると考えられています。

肝機能障害の多くは軽度にとどまります。そのため自分では気付かず、多くは血液検査で肝臓系の酵素(AST、ALT、ɤGTPなど)が上昇していることによって発見されます。

このような肝機能障害は軽度であるため、血液検査で発見され、適切に評価されていれば問題となることはほとんどありません。バルプロ酸ナトリウムによる肝機能障害が発見された場合、基本的にはバルプロ酸ナトリウムの減量を行います。

またバルプロ酸ナトリウムは相互作用するお薬が多いため、他に服薬しているお薬がバルプロ酸ナトリウムの効きに影響を与えていないかもチェックする必要もあります。バルプロ酸ナトリウムの血中濃度を高めてしまうお薬が併用されていたら、肝機能障害も生じやすくなるからです。

ただしバルプロ酸ナトリウムで肝機能障害が生じていても、その程度が軽度であってバルプロ酸ナトリウム継続のメリットが高いと判断される場合は、こまめな血液検査を続けながら慎重にそのままバルプロ酸ナトリウムを継続することもあります。バルプロ酸ナトリウムの適正な血中濃度はおおよそ、50μg/ml~150μg/ml程度であるため、この範囲内に治まっているかを定期的に見ていきます。

このようにバルプロ酸ナトリウムで生じる肝機能障害は軽症であることがほとんどですが、稀に重篤な肝障害が生じてしまうこともあります。

バルプロ酸ナトリウムで重篤な肝機能障害を生じるのは、

  • 小さい子(2歳以下)
  • バルプロ酸ナトリウムの服用を始めたばかりの方
  • たくさんのお薬を飲んでいる方
  • 精神遅滞・自閉症スペクトラム障害などがある方

に多いことが報告されています。そのためこれらに該当する方でバルプロ酸ナトリウムを使用する場合は、より慎重に少量から開始したり、最初は血液検査を細めに行うなどの対処法が必要になるでしょう。また急激に肝臓がダメージを受けると、

  • 発熱
  • 倦怠感
  • 黄疸(身体が黄色くなる)
  • 褐色尿(尿の色が濃くなる)
  • 吐き気

などの症状が出現します。バルプロ酸ナトリウムを服用してからこれらの症状を認める場合はなるべく早く主治医に相談するようにしましょう。

またバルプロ酸ナトリウムの注意すべき副作用として、高アンモニア血症があります。

これは体内に「アンモニア」という有害物質が溜まってしまう副作用です。アンモニアが高値になると意識レベルが低下して昏睡状態になったり嘔吐が出現したりし、危険な副作用になります。これはバルプロ酸ナトリウムが肝臓にダメージを与えてしまうことが一因です。アンモニアは肝臓によって解毒されるため、肝臓が障害されるとアンモニアが解毒されにくくなるからです。

また、それとは別にバルプロ酸ナトリウムが「尿素サイクル」という回路のはたらきを悪くしてしまう事も高アンモニア血症が生じる一因だと考えられています。尿素サイクルはアンモニアを無害な尿素に解毒する回路で、バルプロ酸ナトリウムはこの回路に必要なカルニチンを減少させてしまうため、アンモニアが体内に溜まりやすくなるのです。

高アンモニア血症は軽度であれば自覚症状も乏しく、そのまま様子を見ることもあります。しかしどんどんと上昇を続けるような場合はバルプロ酸ナトリウムの減量を行う必要がありあす。

高アンモニア血症が高度である場合は、バルプロ酸ナトリウムの減量に加えて、

  • エルカルチン(L-カルニチン)の投与
  • タンパク質制限
  • アルギU(アルギニン)の投与
  • モニラック(ラクツロース)の投与

などが行われます。

エルカルチンは尿路サイクルを回すのに必要なカルニチンを投与するという方法です。バルプロ酸ナトリウムはカルニチンを減少させるため、カルニチンの投与はアンモニアを減少させてくれます。

またアンモニアはタンパク質(アミノ酸)が分解されて作られるため、アンモニアが高い時にはタンパク質の摂取量は制限する必要があります。

アルギニンはアミノ酸の一種で、アンモニアの分解を促進させるはたらきがあります。

ラクツロースは腸管からのアンモニアの吸収を抑えるはたらきがある他、腸内細菌に作用して腸内細菌がアンモニアを産生しないようにします。

Ⅱ.胃腸系の副作用

バルプロ酸ナトリウムは胃腸系の副作用も認めます。

具体的には、

  • 食欲増加・低下
  • 体重増加
  • 吐き気・嘔吐
  • 下痢・便秘

などです。

バルプロ酸ナトリウムはこのような胃腸障害を認め、特に服薬初期で認めやすい傾向があります。

症状の程度が軽ければそのまま様子をみることも少なくありません。特にまだ服薬して日が浅いのであれば、服薬を続けることで徐々にこれらの副作用の程度が軽くなることもあるからです。

程度が重い場合は、バルプロ酸ナトリウムの減量になります。また「バルプロ酸ナトリウム」を服用している場合は、徐放製剤(ゆっくり効くお薬)である「バルプロ酸ナトリウム徐放B錠」や「バルプロ酸ナトリウムSR錠」に変更するとこれらの副作用の頻度が少なくなります。

また体重増加に関しては、先ほども紹介した「エルカルチン(L-カルニチン)」が体重増加を抑える効果も報告されており、状況によっては検討されることもあります。

Ⅲ.精神への副作用

バルプロ酸ナトリウムは気分の波を抑える作用があり、精神に作用します。そのため副作用にも精神症状が生じることがあります。

精神症状として多いのは、

  • 眠気
  • ふらつき

になります。

これはバルプロ酸ナトリウムが双極性障害の躁状態を改善させることからも分かるように、脳の興奮を抑える作用があるためです。バルプロ酸ナトリウムはGABA(ɤアミノ酪酸)という身体をリラックスさせる物質のはたらきを強めるため、これが眠気・ふらつきを起こしてしまうのではないかと考えられます。

バルプロ酸ナトリウムの眠気については「デパケンの眠気はなぜ生じるのか。原因と対処法」で詳しく説明しています。

基本的にはバルプロ酸ナトリウムの減量になります。また「バルプロ酸ナトリウム」を服用している場合は徐放製剤である「バルプロ酸ナトリウム徐放B錠」「バルプロ酸ナトリウムSR錠」に変更することで眠気の頻度を抑えることができます。

バルプロ酸ナトリウムで眠気が生じた時に気を付けて頂きたいことは、異常な眠気であればそれは前述の高アンモニア血症に伴うものである可能性があるということです。眠気の程度があまりにひどく「昏睡」などに至っている場合、それ以外にも嘔吐などの症状を伴う場合は早めに主治医に相談しましょう。

Ⅳ.血液への副作用

バルプロ酸ナトリウムは血液系の副作用が時に出現することがあります。その頻度は多くはありませんが、注意すべき副作用の1つになります。

具体的には「出血しやすくなる」ことがあり、鼻出血、吐血、紫斑などが認められることがあります。以前より血が出やすくなるため「ちょっとぶつけただけで出血するようになった」と感じることもあります。

これはバルプロ酸ナトリウムが血小板やフィブリノーゲンといった血を止めるはたらきを持つ物質のはたらきを弱めてしまうからです。

特に高用量のバルプロ酸ナトリウムを服用しているケースで多く認められるため、高用量のバルプロ酸ナトリウムを服用している方は定期的に血小板数のチェックを行う必要があります。

血小板減少が減少していても、軽度であればそのまま様子をみることもあります。血小板の正常値はおおよそ15~45万ですが、その範囲内の減少であれば様子をみても良いでしょう。

しかし血小板数が10万を切るようなら対策が必要です。

血小板が10万を切るとちょっとした刺激で出血しやすくなることがあります。更に5万を切ると何もなくても出血してしまうという事があり、早急な対策が必要となります。

このような場合は早急にバルプロ酸ナトリウムを中止する必要があります。

Ⅴ.皮膚への副作用

バルプロ酸ナトリウムは皮膚に副作用が生じることもあります。

その内容としては、

  • 発疹
  • 皮膚炎
  • 脱毛・毛髪変化

などがあります。

たまに経験するのが「脱毛」や「髪質の変化」です。患者さんから「最近、髪の毛がよく抜けるんです」と言われることがあります。これは非常に難しいところで、バルプロ酸ナトリウムを服薬している方は大抵精神ストレスがある方ですから、そのストレスで脱毛が生じている可能性も否定できません。しかしバルプロ酸ナトリウムを始めてから明らかに脱毛量が増えているような場合は、バルプロ酸ナトリウムが原因であると考えます。

また「髪質が変化した」という訴えも稀ですが、あります。これはストレスで変わるわけありませんので、バルプロ酸ナトリウムの副作用だと考えます。なぜこのような副作用が生じるのかは不思議なのですが、バルプロ酸ナトリウムによって髪質が変化するという事があるのです。具体的には直毛の方が縮毛になったり、その反対もあります。

頻度の多い副作用ではないのですが、バルプロ酸ナトリウムを服用していてこのような毛髪変化が生じた場合はまずバルプロ酸ナトリウムの副作用だと考えてよいでしょう。ちなみに服用を中止すれば髪質は元に戻ります。

頻度は極めて稀ですが、重篤な皮膚への副作用として、

  • 中毒性表皮壊死融解症(TEN)
  • Stevens Johnson症候群(SJS)

などがあります。これらは重篤な発疹が全身に出現する副作用であり、早急なバルプロ酸ナトリウムを中止し、入院による加療が必要となります。