統合失調症は昔は原因が全く分からない病気で、治療法も確立されていませんでした。
できる事と言えば精神科病院に閉じ込めておくことくらいで、このため統合失調症の患者さんは大きな不利益を被ってしまう時代もありました。
現在でも統合失調症の原因は完全には解明されてはいませんが、その一因は少しずつ分かってきています。原因が見えてくるにつれ治療法も確立し始め、治療を導入することで症状の悪化を防ぎ、普通の人と同じような生活を送ることが出来る方も多くなってきました。
統合失調症は、どのような原因で発症してしまうのでしょうか。
統合失調症が発症する原因はまだ明確に解明されているわけではありません。現時点では、ある特定の1つの原因があって発症するというわけではなく、複数の原因が重なった結果発症するものだと考えられています。
今日は統合失調症が発症してしまう原因についてみてみましょう。
1.現時点では統合失調症の原因は解明されていない
結論から言ってしまうと、現時点では統合失調症の原因として
「間違いなくこれが原因です」
と特定できるものはありません。
そのため、「統合失調症の原因は何ですか?」と問われれば、「現時点では分かっていません」というのが回答になります。
しかし、原因の糸口が全くつかめていないわけではありません。数多くの研究や臨床所見・経過などから、「これは統合失調症の一因になっているだろう」と推測されているものはいくつかあります。
このコラムでは現時点で考えられている統合失調症の原因の一部について紹介していきます。
2.統合失調症の原因
統合失調症の明確な原因というのは特定されていません。
しかし「これは統合失調症の一因になっていることはほぼ間違いないだろう」と言えるものはいくつかあります。医学は年々進歩しており、統合失調症の原因究明も徐々に真実に近づいていっている印象があります。
ここでは現時点で考えられている「統合失調症の原因」の一部を紹介します。
Ⅰ.遺伝
統合失調症発症の一因として、「遺伝」の影響は少なからずあります。
もちろん100%遺伝するということはありません。そのため、「親が統合失調症だから、自分もそうなってしまうのだ」と恐れる必要はありませんが、「親が統合失調症だから、自分も統合失調症を発症する可能性が普通よりは高い」というのは事実になります。
統合失調症の発症率は1%前後(100人に1人)という報告が一般的です。
しかし統合失調症の遺伝が関係している場合、発症率はおおよそ次のように上がります。
・親の片方が統合失調症であった場合、子供が統合失調症を発症する確率は10%(10人に1人)
・両親がともに統合失調症であった場合、子供が統合失調症になる確率は40%
統合失調症の発症に遺伝が関わっている可能性は高いことが分かります。
「遺伝の影響がある」という事実は、統合失調症の家系を持つ方にとってはショックな事実かもしれません。しかしそれの事実を避けるのではなく、その事実を知った上で、発症前に取れる対策を取っておくことが大切です。
統合失調症は早期に発見し早期に治療すれば、ほぼ後遺症なく生活することも可能な疾患です。「自分は統合失調症になる可能性がある」という事を知っておき、万が一発症してしまった時もすぐに治療に導入できる体制を作っておけば、いざという時にすぐに対応できるため、人生に不利益を生じることが少なくなります。
また繰り返しますが、「統合失調症の遺伝がある場合は、統合失調症を発症しやすくなる」というのは事実ですが、「統合失調症の遺伝がある場合は、統合失調症を必ず発症する」というのは間違いです。
統合失調症と遺伝については、「統合失調症は遺伝するのか【医師が教える統合失調症のすべて】」にて詳しく説明しています。
Ⅱ.ストレス(脳の脆弱性)
脳の脆弱性(ぜいじゃくせい)というのは難しい用語であるため、イメージが沸きにくいかもしれません。
これは「脳が弱い」「劣っている」ということではありません。元々の素因として「統合失調症を発症しやすい脳」だということです。
統合失調症を発症した時の脳内変化として「ドーパミン仮説」が提唱されています。詳しくは後述しますが、これは「脳内ドーパミンが過剰に分泌されることで統合失調症が発症する」という一つの仮説です。
この仮説に基づいて考えると、統合失調症における脳の脆弱性とは「ストレスを受けた時に、ドーパミンが分泌されやすい脳」だということが出来ます。
同じストレスを受けても、それに対しての反応というのは個人差があり、生まれつきの要素(素因)の影響も少なからずあります。ストレスを受けると統合失調症を発症しやすい体質の方はいらっしゃいます。
そのような方については、ストレスが統合失調症発症の一因になるということが出来ます。
統合失調症と脳の脆弱性(ストレス)については、「統合失調症の発症原因に「ストレス」は関係あるのか」で詳しく紹介しています。
Ⅲ.環境
環境というのは、「ストレス」とも大きく関係してきます。
脳の脆弱性を持つ方が、大きなストレスを受けるような環境で生活をしていると統合失調症は発症しやすくなります。そのため、発症の一因として環境も大きく関わってきます。
統合失調症の再発率を高めるものとして、HEE(High Expressed Emotion)が指摘されてます。HEEとは「感情表出が高い」という意味で、統合失調症の家族の方が患者さん本人に対して、「批判」「敵意」「情緒的な巻き込まれすぎ」という類の高い感情表出があると、統合失調症の再発率が4~5倍も高まってしまうというものです。
(詳しくは「うつ病、統合失調症などの再発率を5倍も上げてしまう高EEとは?」をご覧ください。)
HEEと再発率の関係は多くの研究が行われており、ほぼ間違いないものと考えられています。ここから高いストレスを受けると統合失調症は増悪しやすくなると言えますし、発症にも影響している可能性が高いことが推測されます。
また、報告によっては、「富裕層よりも貧困層に多く発症する」「地方よりも都市部で多く発症する」というものがあります。これも環境によるストレスが原因なのかもしれません。
Ⅳ.出生時の要因
出生時の要因というのは、「生まれた季節」「出生時の状況」が関係しているというものです。統合失調症は、冬の終わり~春の初めにかけて生まれた人は発症リスクが10%ほど上がると言われています。
この理由は、「ウイルス感染の影響ではないか」や「冬期のビタミンDの低下が原因ではないか」などとも推測されていますが、未だ明らかになっておらず不明です。
また妊娠・出産時のトラブル(仮死や低酸素など)があった場合は統合失調症になりやすくなったり、父親が高齢であった場合は発症リスクが上がったりという事も指摘されています。
3.統合失調症の脳内ではどのような変化が起こっているのか
- 遺伝
- ストレス、脳の脆弱性
- 環境
- 出生時の要因
これらが統合失調症発症の一因として指摘されていることを紹介しました。このような原因で統合失調症を発症する時、脳内ではどのような変化が生じているのでしょうか。
統合失調症を発症している方の脳を直接解剖してみることなど出来ませんので推測の域にはなりますが、多くの研究から次のような仮説が提唱されています。
Ⅰ.ドーパミン仮説
ドーパミン仮説は1950年頃より提唱されている仮説で、「統合失調症は脳のドーパミンが過剰になりすぎる事で生じる」という仮説です。
ドーパミン仮説は、統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など)を説明する仮説としてはつじつまが合う点も多いため、現在では主に陽性症状の発症原因だと考えられています。
【陽性症状】
統合失調症の特徴的な症状の1つで、「本来はないものがあるように感じる症状」の総称。具体的には「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」妄想などがある。
実際、現在の抗精神病薬(統合失調症の治療薬)のほとんどは、脳のドーパミンのはたらきをブロックするはたらきを持ちますが、陽性症状には非常に良く効きます。
また脳内ドーパミンを増やす作用のある物質(覚せい剤など)を使用すると、幻覚・妄想・興奮などが生じ、これは統合失調症の陽性症状と共通点が多いのも、統合失調症の陽性症状とドーパミンの関連を示唆しています。
一方で、統合失調症の陰性症状に抗精神病薬はあまり効かず、陰性症状はドーパミン仮説以外の発症機序も関わっていることが推測されています。
【陰性症状】
統合失調症の特徴的な症状の1つで、陽性症状とは逆に「本来はある能力がなくなってしまう」症状の総称。無為自閉(=活動性が低下し、こもりがちになる)、感情鈍麻(=感情の表出が乏しくなる)などが挙げられる。
なお、ドーパミン仮説については「統合失調症の原因、ドーパミン仮説とは」に詳しく紹介しています。
Ⅱ.グルタミン酸仮説
1970年頃より提唱されはじめた仮説で、「統合失調症は脳内のグルタミン酸のはたらきが弱まることで生じるのではないか」という仮説です。
1970年頃、 フェンサイクリジン(PCP)という幻覚剤が一時期アメリカで流行しました。PCPを摂取した人は統合失調症に非常によく似た症状を呈することが注目されました。
注目すべきは、PCP摂取者は幻覚・妄想といった陽性症状に似た症状の他、無為自閉・感情平板化といった陰性症状に似た症状も引き起こすのです。
その後PCPの作用を調査したところ、グルタミン酸がくっつく部位であるNMDA受容体をブロックする作用があることが分かりました。PCPは「グルタミン酸のはたらきをブロックする」物質だったのです。
ここから「統合失調症はグルタミン酸のはたらきが弱まることで生じているのではないか」と考えられるようになりました。
現在の統合失調症の治療薬は全てドーパミン仮説に基づいて作られており、グルタミン酸仮説に基づいて作られているお薬は今のところまだありません。
今後はグルタミン酸仮説に基づいた統合失調症治療薬の開発が期待されています。
ちなみにグルタミン酸はドーパミンとも深く関連している物質であるため、グルタミン酸仮説とドーパミン仮説はどちらも矛盾するものではありません。
実際、グルタミン酸はドーパミンを分泌する神経を制御するはたらきがあることが知られており、グルタミン酸のはたらきが弱まる結果として、脳の一部のドーパミンの分泌が過剰になるとも考えられます。