本当はもう頑張れないほどつらいのに、
「周りに迷惑をかけてはいけない」
「自分の気持ちが弱いだけだ」
という考えから、表面上は元気なふりをしてしまうことがあります。これを一般的には「空元気(からげんき)」と言ったりします。誰もが経験があるのではないでしょうか。
空元気を出すのは周囲を心配をさせないための配慮です。また自分自身に気合を入れるために、まずは形から元気を出すという目的もあるでしょう。
空元気の全てが問題だというわけではありません。空元気が有益なこともあります。無理矢理、空元気を出したら、それに引っ張られて元気が出てくるという事もあります。空元気の全てが悪いわけではありません。
しかし、やりすぎはよくないようです。無理な空元気をずっと続けると、自分自身を苦しめ、結果として周囲にもより迷惑をかけてしまう事にもなるからです。
精神科で患者さんのお話を聞いていると、空元気を続けてしまって疲弊してしまう方が少なくありませんので、今日は空元気についてお話しさせて頂きたいと思います。
目次
1.その空元気は将来自分を苦しめないか、と考えてみる
生きていれば空元気を出さなくてはいけないこともあります。
多少調子が悪い日でも、大切な商談の日だったり、重要人物との面談の日などであれば、一時的に空元気を出してでも乗り切らないといけないでしょう。これは一概に悪いことではありません。
しかし、その空元気を長く続けていたり、本来自然と接するべき相手にまで空元気で接してしまうことがあり、これは時に問題となります。
例えば、空元気を出して、周囲に「私は大丈夫」とアピールしすぎてしまったがために、いよいよどうにもならなくなった時にも「実はずっと調子が悪くて・・・」と言いだせなくなってしまう事があります。これは自分にとっても周囲にとっても不幸なことでしょう。
また、空元気をずっと続けていると、次第に自分自身もその空元気に騙されてしまうこともあるのです。
最初は、「最近調子が良くないな…」と自覚できていたのに、空元気を続けるうちに自分自身が「こんなにやれているんだから大丈夫」と自分の状態を正しく把握できなくなってしまうのです。
自分の精神状態を正しく把握できていなければ、こころの安定を保つのは難しくなります。空元気を慢性的に続けていると、こころの病気の発見を遅らせてしまうことにつながってしまうのです。
2.空元気が全て悪い、というわけではない
もちろん空元気を出すことが全て悪いというわけではありません。
というのも、空元気を出すのは「みんなに迷惑をかけたくないから」という他者配慮の気持ちからきているものだからです。これは「周囲を安心させたい」という配慮なのです。
そのため、その空元気を出すことが
- 周囲の安心につながり
- かつ将来的に自分を苦しめることにならない
のであれば、それは害となる空元気ではないでしょう。
例えば、うつ病で療養中に久々におばあちゃんに会う機会があったとしましょう。おばあちゃんはとてもあなたの事が大好きで、いつも心配しています。
もしあなたが「最近調子が悪いんだよ」「死にたいって思ってしまう事もある」とおばあちゃんに今の状態を正直に伝えてしまうと、おばあちゃんは大きなショックを受けるでしょう。
このとき、「おばあちゃんにあまり心配をかけたくない」と、おばあちゃんと会っている時だけ元気にふるまうことは一概に悪いことではありません。
見方によっては「おばあちゃんを騙した」と言えなくもありませんが、その理由はおばあちゃんを安心させるためです。またそう振る舞うことで自分自身も「おばあちゃんに心配をかけてしまっている・・・」という新たな罪悪感を感じずに済みます。
また、おばあちゃんがうつ病の発症にほとんど関わっていなかったり、日常で頻繁に関わる人ではないのであれば、一時的に空元気を出した事で今後自分が苦しむという可能性も低いでしょう。
人生においては空元気を出した方が良い場合があるのも事実です。
3.復職直後などでは、ちょっと元気ないくらいの振る舞いがちょうど良い
精神科における臨床経験から言えば、空元気が特に問題となってしまうのは「復職直後」です。
今回、この記事を書こうと思ったのも、この復職直後の空元気によって苦しんでしまう方が多いと感じたことがきっかけになります。
うつ病を発症してしまうと、場合によっては仕事を休職して治療に専念することがあります。うつ病がある程度改善すると復職が検討されるのですが、ここで一気にギアを上げて空元気で頑張りすぎてしまう方が少なくないのです。
これも、
「今までみんなに迷惑をかけたから、その分を取り戻さないと」
「もう十分元気になったという所をみんなに見せて安心させたい」
といった、他者配慮の気持ちから来ることがほとんどです。
しかし、復職直後は「治療終了」の状態ではなくて、まだ「治療の途中である」ことを忘れてはいけません。
休職という治療は心身をしっかりと休める安静の治療です。そして復職は、社会に復帰するためのリハビリの治療です。
復職すると、「仕事に戻れるしもう病気じゃないんだ」と頑張りすぎてしまうことがありますが、徐々に負荷を上げているリハビリの段階なのだということを忘れてはいけません。
足を骨折してリハビリを行うとき、負荷は少しずつ上げていくのが鉄則です。一気に全力疾走なんてしたら骨はまた折れてしまい、治療は最初からやり直しになってしまうでしょう。
こころのリハビリもこれと全く同じです。
復職直後に空元気を出してしまうことは、骨折して骨がやっとくっつきはじめた時に、いきなり全力疾走しようとするようなものです。
私はよく「復職直後は、ちょっと元気なさめに振舞うよう意識してみて下さい」とアドバイスすることがあります。
このようにアドバイスすると、「それって周囲を騙してるような気がして罪悪感を感じます」と言われる方もいますが、これは周囲を騙すという事では決してありません。
そもそもうつ病などで休職した患者さんのほとんどが、「会社に迷惑をかけて申し訳ない」「自分のせいで同僚が大変な思いをしているのではないか」という自責感を持ってしまっています。その自責感が、「迷惑をかけた分、頑張らなきゃ」「遅れを取り戻さなきゃ」という考えを生み、空元気を生みやすくさせます。
復職直後は症状はだいぶ良くはなっているものの、まだ本調子まではいきません。あくまでも「無理のない環境下であれば落ち着いている」という状態であり、無理な負荷をかければ再発をしやすい時期でもあります。
元々自責感から無理をしやすい方は、ちょっと調子悪いくらいの振る舞いをしてもらった方が、自責感から生まれる空元気が相殺されて、それでちょうどいいくらいになるのです。
そういう意味では「ちょっと元気なさめを意識する」というのは再発予防としての治療の一環なのです。
せっかく復職まで来たのに、再発してしまう事はとてももったいない事です。自分もつらいでしょうし、周囲も悲しむでしょう。
再発をさせないためには、大切な考え方です。
4.空元気によるこころの悪化を防ぐためには
無理な空元気を続けるのは良くありませんよ、というのが今日お話ししたいことです。
空元気は、本人も好きで出しているわけではなく、「空元気を出してでも頑張らないといけない」という状況があって仕方なくやっているものです。
しかしそれが慢性的に続くと、自分の今の元気が空元気なのだと自覚できなくなってしまいます。こうなってしまうと危険で、こころのダメージが限界に達しているのに更に元気に振舞おうとしてしまい、うつ病などを発症してしまうことになるのです。
うつ病発症として、このパターンは多いのではないでしょうか。
一見普通に仕事をしていた人がある日突然会社に行けなくなってしまう場合、このパターンは多いように感じます。空元気を続けるうちに、空元気を「自分の本来の元気」だと錯覚してしまうようになり、こころが限界に近い状態でも自分ではそれに気付けなくなってしまうのです。
空元気を自覚し、無理な空元気を続けないようにするためにはどのような方法があるでしょうか。
Ⅰ.無理して頑張ったら、休養もセットにする
どうしても空元気を出さなくてはいけない時もあります。空元気を出さないのがメンタルヘルス的には一番ですが、現実的にはそれは困難でしょう。であれば、こころに無理を強いた分だけ無理をした後には当然休養が必要になります。
みなさん身体に無理を強いたら休養が必要だというのは理解されていますが、こころに無理を強いた時も休養が必要だというのはあまり理解されていません。
時間的に難しいなどもあるとは思いますが、こころに無理を強いたら出来る限りその後に休養を取るようにしましょう。
Ⅱ.空元気を出さなくて良い場所を作る
空元気を出さなくても良い場所というのは、「本当の自分に戻れる場所」ということです。
空元気を慢性的に続けるのは良くないだろう、というのは多くの方が何となく分かってはいます。でも、仕事などでは空元気を出してでも頑張らなくてはいけないこともあり、これもなかなか避けることができないという現状もあるでしょう。
このような場合、例えば職場では空元気を出さざるを得ないけど、自宅では妻に本音で話せるなど、空元気から解放される場があるというのは非常に大切です。
本当の自分の戻れることで、空元気によって溜まったストレスを吐き出すことができます。また自分の精神状態を正しく把握することもできるでしょう。
この場がないと、いつの間にか空元気を本物の元気だと錯覚してしまい、自分の精神状態がギリギリの状態になっても「まだまだ元気」と誤解してしまうことになるのです。
Ⅲ.空元気なのか本当に元気なのかを意識する
空元気を空元気だと意識できているうちはまだ良いのです。
「無理している」という自覚があるからです。
問題は空元気を続けていることで自分の精神状態を「元気」だと錯覚してしまうような場合です。
これを防ぐためには、「この元気は空元気なのか普通の元気なのかをしっかり意識すること」がとても大切です。
この見分け方は何も難しくありません。
空元気を元気だと錯覚してしまっている方も、最初はそれを空元気だと分かっていたはずです。しかしそれが慢性的に続くようになると、次第に錯覚が起こってくるのです。
これを見分けるために大切なのは、冷静に自分を振り返る自分を作ることです。例え忙しい中であっても、定期的にこの時間を作ることは大切です。
よくよく振り返ってみると、空元気を続けている時というのはなんらかの不調が顔を出していることも多いものです。
「最近いつもだるい」
「食べ物が美味しく感じられない」
「いつも楽しめる趣味をやる気になれない」
このような症状を「気のせい」と見逃さずにきちんと向き合うようにしましょう。