パキシル(一般名:パロキセチン塩酸塩)の服用を始めると、「吐き気」が生じることがあります。これはパキシルをはじめとした抗うつ剤でしばしば認められる副作用の1つです。
パキシルはSSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)という種類の抗うつ剤で、主にセロトニンを増やす作用に優れます。セロトニンは精神を落ち着かせる作用がある反面で、消化管に作用して吐き気などの胃腸症状を引き起こしてしまう事もあるのです。
吐き気はパキシルだけに生じる副作用ではありません。抗うつ剤はセロトニンを増やす作用を持つものが多いため、吐き気を生じる抗うつ剤は多くあります。
パキシルはSSRIの中でも効果の強いお薬であるため、吐き気の副作用の出現にも注意が必要になります。
なぜパキシルを飲むと吐き気が生じるのでしょうか。また吐き気への有効な対処法はあるのでしょうか。
ここではパキシルの吐き気について詳しく紹介していきます。
1.パキシルで吐き気が生じる機序
抗うつ剤を服用すると、しばしば吐き気が認められる事があります。
吐き気は抗うつ剤の中でも「セロトニンを集中的に増やす作用を持つもの」で生じやすく、特に、
- SSRI(選択的セロトニン再取込み阻害薬)
- SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬)
で認められやすい副作用です。
パキシルはSSRIに属する抗うつ剤であるため、吐き気はしばしば生じます。
ではパキシルで吐き気が生じるのは何故でしょうか。
パキシルをはじめ、多くの抗うつ剤は「脳のセロトニンを増やす」ことを目的に投与されます。
パキシルも脳のセロトニンを増やす作用に優れる抗うつ剤です。パキシルは神経間に分泌されたセロトニンが長期間そこにとどまってくれるように、セロトニンが神経に再取込み(吸収)されてしまう事を抑えます。これによって神経間のセロトニンの濃度が高まりやすくなるようにしてくれます。
脳神経間のセロトニンが増えると落ち込みや不安が改善するため、これによってうつ病や不安障害の改善が得られます。
しかしお薬というのは血液に乗って脳だけでなく全身に回ってしまいます。
抗うつ剤は脳以外の部位でもセロトニンを増やしてしまうため、部位によっては困った作用が出てしまう事もあります。
セロトニンがくっつく部位を「セロトニン受容体」と呼びますが、実はセロトニン受容体のうち脳に存在するのは10%程しかありません。残り90%以上は脳以外に存在しているのです。
そして、脳以外でセロトニン受容体が一番多く存在しているのは胃や腸などの消化管になります。
という事は、パキシルを服用すると、脳のセロトニンが増えるだけでなく、消化管に存在するセロトニン受容体(セロトニン3受容体)も刺激されてしまうという事です。これによって吐き気や胃部不快感などの胃腸症状が生じると考えられています。
これがパキシルで吐き気が生じる機序になります。
この機序を考えると、セロトニンを増やす作用が強ければ強いほど、吐き気も生じやすくなる事が分かります。
パキシルはSSRIの中でも効果が強く、セロトニンを増やす作用も特に優れるお薬ですので、吐き気が生じやすい抗うつ剤になります。
また抗うつ剤による吐き気は、服用を始めたばかりの初期に生じやすい事が知られています。早い方だと服用して数時間後には認められる事もあります。
しかしこの副作用は長期間は続かない事が多く、1~2週間ほど経つと吐き気は消失していく事がほとんどです。これはパキシルによってセロトニンが増えた事に対して、身体が少しずつ慣れてくるためです。
パキシルをはじめとしたSSRIを服用すると、飲み始めに吐き気が生じやすいという事は、服用する前に十分に理解しておく事が大切です。
精神科を受診し、初めて抗うつ剤を処方されると、ほとんどの方は「抗うつ剤を飲むのって、ちょっと怖いな・・・」と不安な気持ちを抱えながら飲み始めるものです。
この時、「服用初期に吐き気が生じる事が多い」という事を知らないで服用を始めるとどうなるでしょうか。
ただでさえ抗うつ剤に対して不安を感じているのに、恐る恐る飲んみると、なんだか気持ち悪くなってくるわけです。
「やっぱり抗うつ剤って危険なお薬なんだ」
「自分にこのお薬は合ってないのではないか」
吐き気が生じる可能性がある事を事前にしっかり理解しておかないと、ただでさえ気分が不安定な中で、このように不安が更に煽られてしまう事になります。気分を安定させるために抗うつ剤を服用しているのに、これでは逆効果になってしまいます。
そのため、パキシルなどのSSRIの飲み始めは吐き気が生じやすいという事は患者さんも知っておく必要がありますし、医師も処方する際にしっかりと説明する必要があります。
吐き気は多くの場合で一時的な副作用であり、出現したからといって過剰に心配することはないのです。吐き気が生じたということは、全身のセロトニンが増えている証拠でもあり、パキシルが身体の中でしっかりと効いているということの裏返しでもあります。
このように正しく吐き気について理解できていれば、冷静に吐き気に対して対処する事が出来るようになります。
2.他の抗うつ剤との吐き気の比較
吐き気はパキシルのみならず、他のSSRIやSNRIでもよく認められる副作用の1つです。セロトニンを集中的に増やす作用に優れるお薬は、吐き気も生じやすい傾向にあります。
SSRIやSNRIが吐き気を引き起こす頻度は、軽度のものも含めればおおよそ30~40%前後だと報告されています。
この頻度は決して少ないとは言えません。そのためSSRIやSNRIを服用する際は、「吐き気が生じる可能性がある」とある程度覚悟してから服用すべきです。
中でもパキシルはSSRIの中でもセロトニンを増やす作用に特に優れる抗うつ剤ですので吐き気もより生じやすくなっており、注意が必要です。
では代表的な抗うつ剤がそれぞれどの程度吐き気を生じやすいのかを見てみましょう。
抗うつ剤 | 吐き気の頻度 | 抗うつ剤 | 吐き気の頻度 |
---|---|---|---|
(Nassa)リフレックス/レメロン | (ー) | (SSRI)パキシル | (++) |
(四環系)ルジオミール | (-) | (SSRI)ルボックス/デプロメール | (+++) |
(四環系)テトラミド | (-) | (SSRI)ジェイゾロフト | (++) |
デジレル | (-) | (SSRI)レクサプロ | (++) |
(三環系)トフラニール | (±) | (SNRI)トレドミン | (+) |
(三環系)トリプタノール | (±) | (SNRI)サインバルタ | (++) |
(三環系)アナフラニール | (+) | スルピリド | (-) |
(三環系)ノリトレン | (±) | ||
(三環系)アモキサン | (±) |
この表はあくまでも目安で、実際には個人差もあります。しかし、特にSSRIやSNRIで吐き気が生じやすい傾向にある事が分かると思います。
反対に、
- 四環系抗うつ剤
- NaSSA
などの抗うつ剤では吐き気はあまり見られません。
3.パキシルで吐き気が生じた際の対処法
パキシルの服用を始めたら吐き気に襲われた、という事は珍しい事ではありません。
このような時はどのような対処法があるのでしょうか。
まず抗うつ剤で生じる吐き気について正しく理解している事が大切です。なぜ吐き気が生じるのか、そしてこの吐き気はどのくらい続くのかという事をある程度理解できていれば、吐き気に対して冷静に対処する事が出来るからです。
反対に吐き気の副作用が生じる可能性がある事を知らないで服用してしまうと、吐き気に驚き、「この薬を飲むと調子が悪くなる!」とあやまった理解から服用をやめてしまうかもしれません。
多くの場合、抗うつ剤によって生じる吐き気は一過性であり、自然と消失していくものです。そのため吐き気が生じてもそれを過剰に心配する必要はありません。
しかし吐き気が自然と消失するまでずっと我慢しないといけないわけではありません。吐き気が強い場合は有効な対処法もあります。
ここでは臨床現場で行われている対処法を紹介します。ただしこれらの対処法は独断で行わず、必ず主治医と相談しながら行うようにしてください。
Ⅰ.様子をみる
多くの場合、吐き気は一過性のもので少し様子を見ていれば自然と改善していきます。
パキシルの服用を始めると、身体のセロトニンの量が急に増えます。すると身体もびっくりしてしまい、吐き気のような副作用が生じてしまうわけです。
しかし人間の身体というのは良く出来ており、環境変化(セロトニンが増える)があっても、その新しい環境に少しずつ適応しようとします。
多くの場合、1~2週間もすれば、増えたセロトニン量に身体が対応できるようになります。するとそれに伴い、吐き気も改善していきます。
吐き気は最初の1~2週間が一番つらい事が多く、ここを乗り切れば大分楽になります。
そのため「1~2週間程度だったら様子を見れそうだ」という事であれば、多少の吐き気があってもそのまま様子を見てみるのも手です。
「吐き気が出ているということは、セロトニンが増えているという証拠なんだ」と前向きに考えてみてください。
自然と改善することが分かっているので、軽い吐き気であればそのまま様子を見ても問題はありません。
Ⅱ.胃薬を併用する
吐き気が強くて「様子を見る」のが難しい場合は、適切な胃薬を併用する事で吐き気を抑える事が出来ます。
この「胃薬を併用する」という対処法が、現状では一番多く取られている方法になります。
抗うつ剤の副作用止めとしての特別な胃薬があるわけではありません。胃炎・胃潰瘍の時に内科で処方されるような整腸剤や胃薬を使います。
臨床でよく用いられる胃薬には次のようなものがあります。
【商品名】 | 【一般名】 | 【種類】 | 【作用機序】 |
ガスモチン | モサプリド | 消化管運動改善薬 | セロトニン4受容体を刺激する事で胃腸の蠕動運動を促進する |
ソロン | ソファルコン | 胃防御因子増強薬 | 胃のプロスタグランジンを増加させることで胃粘膜を保護する |
ナウゼリン | ドンペリドン | 制吐薬 | ドパミン受容体を遮断することで吐き気を抑える |
また、それでも吐き気がつらい場合は、短期的に次のような胃酸の分泌を抑えるお薬(H2ブロッカーやPPIと呼ばれるもの)を用いる事もあります。
【商品名】 | 【一般名】 | 【種類】 | 【作用機序】 |
ガスター | ファモチジン | H2受容体阻害薬 | 胃壁のヒスタミン受容体を阻害して胃酸の過分泌を抑える |
タケプロン | ランソプラゾール | プロトンポンプ阻害薬(PPI) | 胃壁のプロトンポンプの働きを抑えることで、胃酸の分泌を抑える |
しかし特にPPIは本来は胃潰瘍などに使うお薬なので、抗うつ剤の副作用止めとして用いる事は反対される先生もいます。反対する理由ももっともで、安易に使うべきではありません。
ただ、現実としては確かに吐き気を抑える効果はありますので、本当にやむを得ない場合は検討することがあります。
SSRI・SNRIで吐き気が生じる頻度は30~40%と少なくありません。
そのため吐き気が出てから投与するのではなく、最初から予防的に胃薬を出しておく事も有効です。「胃腸がもともと弱い」「吐き気が心配」という方は、主治医と相談し胃薬もあらかじめもらっておく事も検討してください。
Ⅲ.抗うつ剤の種類を変える
上記の方法でも吐き気の改善が得られない場合は、抗うつ剤の種類を変えることも方法の1つです。
SSRIやSNRIは吐き気が生じやすい抗うつ剤になりますが、吐き気が生じにくい抗うつ剤もあります。
例えば「吐き気が少ない」という点だけを考えれば、NaSSAは候補に挙がるでしょう。具体的には、
- リフレックス・レメロン(一般名:ミルタザピン)
などは吐き気がほとんど生じない抗うつ剤になります。
ただし吐き気のリスクは減りますが、これらの抗うつ剤は別の副作用のリスクがあります。リフレックス・レメロンは体重増加や眠気が生じやすい抗うつ剤である事が知られています。
どの抗うつ剤も長所もあれば短所もあります。そのため「吐き気」という視点だけで考えるのではなく、総合的に考えて用いる抗うつ剤は決めるべきです。
どの抗うつ剤を使うかは、主治医とよく相談して判断するようにしましょう。
まとめ
- パキシルの吐き気は、胃腸に存在するセロトニン3受容体が刺激されることによって生じる
- 吐き気はSSRI・SNRIの30~40%程度に認められる副作用である
- ほとんどの吐き気は1~2週間程度で改善していくため、様子をみるのも手である
- 吐き気を抑える作用を持つ胃薬などを、併用する事もある
- どうしても吐き気の改善が得られない場合は、別の抗うつ剤に変更するのも手である