インヴェガ錠(一般名:パリペリドン)は2011年に発売された抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。抗精神病薬の中でも第2世代(非定型)という新しいタイプに属し、古い第一世代(定型)抗精神病薬と比べるとその副作用は少なくなっています。
インヴェガは、第2世代抗精神病薬リスパダール(一般名リスペリドン)を改良したお薬であり、リスパダールよりも更に副作用が軽減されています。
しかし副作用がないわけではありません。
ここでは、インヴェガで注意すべき副作用と、臨床で比較的見られやすい副作用、そしてその対処法について紹介させていただきます。
1.インヴェガの副作用の特徴
抗精神病薬は、大きく分けると2種類に分けられます。
1950年頃から使われている古いタイプである、第1世代(定型)抗精神病薬と1990年頃から使われている比較的新しいタイプである、第2世代(非定型)抗精神病薬です。
第1世代は強力な作用がありますが、副作用も強力なのが難点でした。そのため、副作用の軽減を目指して開発されたのが第2世代です。
第2世代は、第1世代と比べると、
- 錐体外路症状(ふるえなどの神経症状)
- 高プロラクチン血症(ホルモンバランスの異常で生じる副作用)
- 悪性症候群(高熱、筋破壊で死に至ることもある危険な副作用)
といった問題となる事の多かった副作用は確かに少なくなりました。しかし、第1世代よりも身体をリラックスさせて代謝を抑制するため、
- 血糖やコレステロールを上昇させる
- それに伴い、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞などの発症リスクを上げる
といったデメリットがあります。
総合的に見れば、第2世代の方が安全性は高いと考えられており、現在の統合失調症治療は第2世代から始めることが基本となっています。
インヴェガは第2世代(非定型)抗精神病薬に属しており、第1世代(定型)抗精神病薬と比べると副作用は少ないと言えます。更に第2世代の中でも新しいお薬に属し、全体的な副作用は少ないお薬になります。
第2世代の中にも抗精神病薬はいくつか種類があり、
- SDA:セロトニン受容体とドーパミン受容体をしっかりとブロックする作用に優れる
- MARTA:様々な受容体をゆるくブロックする
- DSS:ドーパミン受容体を部分的にブロック、増強することによりドーパミン量を安定させる
この中でインヴェガはセロトニン-ドーパミン拮抗薬(SDA:Serotonin Dopamine Antagonist)という種類に属します。
SDAはセロトニン2A受容体とドーパミン2受容体をブロックするはたらきに特に優れ、その他の受容体にはあまり作用しないお薬です。
統合失調症はドーパミンの過剰分泌が原因の一つだと考えられているため、ドーパミンを遮断してくれるインヴェガは効率よく統合失調症の症状を抑えてくれます。また、それ以外の余計なところに作用しにくいため、副作用も少なくなっています。
しかしインヴェガが副作用を全く起こさないというわけではなく、脳内に変化を起こす以上、副作用が生じる可能性はありえます。
以上から、インヴェガの副作用の特徴として、下記のことが言えます。
- 第1世代と比べると全体的に副作用は軽め
- 第2世代のリスパダールの改良型であり、第2世代の中でも副作用は軽め
- ドーパミンを遮断しすぎることで、ドーパミン欠乏の副作用が起こることがある
(具体的には、錐体外路症状(EPS)や高プロラクチン血症など) - その他の受容体には影響しにくいため、その他の副作用は少なめ
(具体的には体重増加や口渇・便秘、眠気など)
2.インヴェガの副作用
それでは、インヴェガの副作用をひとつずつみていきましょう。また、一般的な対処法なども記載しますが、これらの対処法は独断では行わないでください。必ず主治医と相談の上、主治医の指示に基づいて慎重に行ってください。
Ⅰ.錐体外路症状(EPS)
統合失調症は脳のドーパミン過剰で発症すると考えられていますが、お薬で脳のドーパミンを少なくしすぎてしまうと生じるのが、錐体外路症状です。
インヴェガの錐体外路症状の頻度は多くはありませんが、生じる可能性はあります。その頻度は定型と比べると少なく、非定型の中ではやや多めになります。SDAの中ではリスパダールが錐体外路症状の頻度が多いのですが、インヴェガはリスパダールよりは軽減されています。
錐体外路症状で生じる症状には多くのものがありますが、
- 振戦(手先のふるえ)
- 筋強直(筋肉が硬く、動かしずらくなる)
- アカシジア(足がムズムズしてじっとしてられなくなる)
- ジスキネジア(手足が勝手に動いてしまう)
などがあり、直接命に係わるものではないものの患者さんにとっては非常に苦痛な症状です。
ドーパミン受容体をブロックしすぎることで生じる副作用のため、特に高用量を服用している場合に起きやすいと言えます。
これらの副作用が生じた場合は、まずはインヴェガの減薬が試みられます。
病状的にどうしても減薬ができないというケースでは、錐体外路症状の少ない非定型抗精神病薬への変更も検討されます。具体的には、オランザピン(商品名:ジプレキサ)、クエチアピン(商品名:セロクエル)、アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)などが候補に挙がります。
またインヴェガと同じような作用を持っていながら、ゆっくり効くことで副作用が軽減される可能性がある持効性注射剤のゼプリオンを検討するのも方法の1つです。
抗コリン薬と呼ばれるお薬で副作用の改善をするという方法が取られることもあります。具体的にはビペリデン(商品名アキネトン)やプロフェナミン(商品名パーキン)、トキヘキシフェニジル(商品名アーテン)などです。
抗コリン薬によってアセチルコリン神経の活性を抑制してあげると、ドーパミン神経の活性が相対的に上がります。するとドーパミン濃度が増えるため、錐体外路症状に効果があります。
ただし、お薬によって起こった副作用をお薬で治す、というのはあまり推奨されている方法ではありません。お薬の量がどんどん増えてしまいますし、抗コリン薬にだって別の副作用があるからです。
Ⅱ.高プロラクチン血症
高プロラクチン血症というのは、脳下垂体から出るプロラクチンというホルモンの量が多くなってしまうという副作用です。インヴェガがこの副作用を起こす頻度は定型よりは少なめですが、絶対に起こさないわけではありません。
原因は、インヴェガが脳下垂体のドーパミン受容体もブロックしてしまうためです。ドーパミン受容体がブロックされると、プロラクチンがたくさん出てしまいます。
プロラクチンとは、本来は授乳中の女性で上昇しているホルモンです。授乳中の女性は胸が張り、乳汁が出て、月経が止まります。高プロラクチン血症になるとこれと同じ状態になるため、胸の張り、乳汁分泌、月経不順、性欲低下などが生じます。また男性であれば、勃起障害などが生じることもあります。
問題はこれだけではありません。一番の問題は、プロラクチンが高い状態が続くと乳がんになる可能性が高くなります。また、骨代謝に影響を与えて骨粗しょう症にもなりやすくなります。
そのため、高プロラクチン血症を発見したら放置せずに速やかに治療することが望まれます。
インヴェガで高プロラクチン血症が出現した時は、原則としてインヴェガを中止する必要があります。中止し、必要があれば別の抗精神病薬に変更しましょう。
Ⅲ.ふらつき
これも定型よりは頻度は少なくなっていますが、起こさないわけではありません。
ふらつきが生じる機序はいくつかあります。インヴェガにはヒスタミン受容体をブロックする作用が多少あるため、これによって眠気が生じてふらつくこともあります。また、アドレナリン1受容体のブロックは血圧を下げてしまうため、これもふらつきの原因となります。
インヴェガのヒスタミン受容体へのブロック作用、アドレナリン1受容体へのブロックする作用はあまり強くはありませんが、時にふらつきが生じることがあります。
これらの副作用がひどい時は、インヴェガの減薬・あるいは変薬を行います。
ふらつきはおく薬で改善する方法もあります。お薬としては昇圧剤(リズミック、メトリジンなど)が用いられることがありますが、血圧を上げるお薬ですので、高血圧の方などは使用する際に注意が必要です。
Ⅳ.体重増加
体重増加は精神科のお薬の多くに認められる副作用ですが、特に抗精神病薬で顕著です。これは抗精神病薬が、ヒスタミン1受容体、セロトニン2C受容体をブロックするためだと考えられています。また、抗精神病薬が代謝を抑制することで、糖やコレステロール濃度が上昇することも一因です。
体重増加は、抗精神病薬の中でも特にMARTA(多元受容体標的化抗精神病薬)と呼ばれるおくすりに多く、具体的には、オランザピン(商品名:ジプレキサ)、クエチアピン(商品名:セロクエル)、クロザピン(商品名:クロザリル)が該当します。
インヴェガが属するSDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)は、ヒスタミン1受容体への影響は軽度であり、体重増加は少なめと言われています。しかし、長期間服薬を続けていればインヴェガでも徐々に体重増加は起こってしまいます。
抗精神病薬は、血糖やコレステロールを上げると報告されており、これは心筋梗塞や脳梗塞発症のリスクとなります。
統合失調症の患者さんは、そうでない人と比べて、心筋梗塞を発症する可能性が高いことが指摘されており、これは抗精神病薬にも一因があります。そのため、投与量はできる限り少量し、必要以上には投与しないことが望まれます。
インヴェガで体重増加が生じた時、まず望まれるのは生活習慣の改善です。食生活の偏りや運動不足など、太りやすい習慣がある場合は、まずそちらを是正することで体重の軽減ははかれないかを見ます。
それでも難しい場合は、減薬あるいは変薬です。
しかし抗精神病薬はどれもが太る副作用がありますので、変薬しても改善しないことが多くあります。
非定型の中では、アリピプラゾール(商品名エビリファイ)、ブロナンセリン(商品名ロナセン)、ペロスピロン(商品名ルーラン)が比較的体重は増えにくいと言われています。
Ⅴ.口渇、便秘(抗コリン作用)
アセチルコリンという物質の働きをブロックしてしまうことで生じる、抗精神病薬の副作用です。抗コリン作用は、お薬がアセチルコリン受容体に結合してしまうことで生じます。
口渇や便秘が代表的ですが、他にも尿閉、顔面紅潮、めまい、悪心、眠気なども起こることがあります。
インヴェガの抗コリン作用は弱めであり、これらの副作用は多くはありません。
抗コリン作用への対応策としては
- インヴェガを減量する
- 他の抗精神病薬に変更する
- 抗コリン作用を和らげるお薬を併用する
などの方法があります。
抗コリン作用を和らげるお薬として、
- 便秘がつらい場合は下剤(マグラックス、アローゼン、大建中湯など)、
- 口渇がつらい場合は漢方薬(白虎加人参湯など)、
などが用いられます。
Ⅵ.眠気
眠気は、主にヒスタミン受容体をブロックすることで生じます。他にもアドレナリン受容体やセロトニン2受容体なども多少関与している考えられています。
インヴェガはヒスタミン受容体への影響は少ないため、眠気の頻度は多くはありません。
眠気の副作用に対しては、まずは睡眠環境の見直しから行います。睡眠時間がしっかりとれているのか、睡眠の質を下げるようなことをしていないか、などを改めて見直しましょう。
寝床でスマホをいじってる、寝る前にタバコを吸っている、寝る前にアルコールを飲んでいる。
こういった習慣を持っている人は少なくありません。思い当たる原因がある場合は、まずはその習慣を治しましょう。
それでも改善が無い場合は、可能であればおくすりの減薬や変薬が検討されます。しかしどの抗精神病薬でも眠気は起きるため、変薬は慎重に行われます。また、どうしても減薬できない場合はやむを得ず多少の眠気と付き合っていきながら生活せざるを得ないこともあります。
Ⅶ.不整脈
稀ですが不整脈を起こすことがあります。
抗精神病薬の中でも古い第1世代に多く、インヴェガなどの第2世代では滅多に起きません。しかし、起きた場合は命に関わることもあるため見逃さないことが大切です。
服薬量が多いと起こしやすいため、服薬量は最小限になるように注意を払わないといけません。
特に注意すべきなのがQT延長という心電図上の変化です。これを放置していると致命的な不整脈(心室細動やトルサード・ド・ポアンツ)を起こす可能性があります。
抗精神病薬を使う際は、定期的に心電図検査を行い、QT延長を見逃さないようにしないといけません。そしてQT延長が認められた場合は、速やかに減薬あるいは変薬が必要です。
Ⅷ.悪性症候群
頻度は極めて稀ですが、抗精神病薬は悪性症候群という副作用に注意しなければいけません。
悪性症候群は、ドーパミン量の急な増減が誘因となることが多く、急な減薬・増薬によって生じることがあります。それ以外にも脱水などによって急にお薬の血中濃度が変化してしまった時に生じることがあります。
第1世代で問題となる事の多い副作用であり、第2世代ではほとんど生じませんが、可能性はゼロではありません。
悪性症候群では、
- 発熱(高熱)
- 意識障害(意識がボーッとしたり、無くなったりすること)
- 錐体外路症状(筋肉のこわばり、四肢の震えや痙攣、よだれが出たり話しずらくなる)
- 自律神経症状(血圧が上がったり、呼吸が荒くなったり、脈が速くなったりする)
- 横紋筋融解(筋肉が破壊されることによる筋肉痛)
などが生じ、最悪の場合命に関わることもあります。
悪性症候群が強く疑われたら、原則として入院して加療すべきです。悪性症候群について詳しくは「悪性症候群って何ですか?」をご覧ください。
3.他の抗精神病薬とインヴェガの副作用比較
インヴェガの副作用を見てきましたが、他の抗精神病薬との比較をしてみましょう。
抗精神病薬 | EPS、高PRL | 体重増加 | ふらつき | 性機能障害 | 眠気 | 抗コリン作用 |
---|---|---|---|---|---|---|
コントミン | ++++ | +++ | ++++ | ++++ | +++ | ++++ |
セレネース | +++++ | + | +++ | +++ | + | + |
リスパダール | +++ | ++ | ++ | ++ | + | ± |
インヴェガ | ++ | + | + | + | + | ± |
ロナセン | +++ | ± | ± | ± | ± | + |
ルーラン | ++ | + | + | + | + | ± |
ジプレキサ | ++ | ++++ | ++ | ++ | ++++ | +++ |
セロクエル | + | ++++ | ++ | ++ | ++++ | + |
エビリファイ | ++ | ± | + | + | ± | ± |
*EPS・・・錐体外路症状
*高PRL・・・高プロラクチン血症
*抗コリン作用・・・口渇、便秘など
コントミンとセレネースは第1世代、その他は第2世代の抗精神病薬です。
インヴェガは第2世代であるため、第1世代と比べるとその副作用は全体的に少なくなっています。
また、第2世代であるリスパダールの改良型がインヴェガになりますから、第2世代の中でも全体的な副作用は少ない傾向にあります。
しかし、第2世代の中で比較すると、
- 錐体外路症状や高プロラクチン血症はやや多め
- 体重増加や眠気は認めるが、MARTAよりは少ない
ということが言えます。
(MARTA:多元受容体標的化抗精神病薬。ジプレキサ、セロクエルなどが属する)
ただし、副作用の出方には個人差があるため、必ずこの通りになるわけではありません。