口唇ジスキネジアは、口やその周辺で生じる不随意運動(勝手に身体が動いてしまう事)の1つです。
パーキンソン病などの神経疾患で認められる他、病気がなくても加齢性に認められる事もあります。また精神科領域で見ると抗精神病薬というお薬で生じる可能性のある副作用でもあります。
抗精神病薬によって生じる身体の不随意運動は「ジスキネジア」と呼ばれます。これには口周辺の症状のみならず、腕や身体がクネクネ動いてしまったり、まばたきを繰り返したりと全身に不随意運動が生じる副作用です。
ジスキネジアは特に口周辺に生じやすく、これは「口唇ジスキネジア(オーラルジスキネジア)」と呼ばれます。
なぜジスキネジアは口周辺に生じやすいのでしょうか。また口唇ジスキネジアをなるべく起こさせない工夫や、口唇ジスキネジアが生じてしまった時の対処法・治療法はあるのでしょうか。
ここでは口唇ジスキネジアについて詳しく説明させていただきます。
1.ジスキネジア・口唇ジスキネジアとは?
まずはジスキネジア、そして口唇ジスキネジアという副作用がどういったものなのかを説明します。
ジスキネジアも口唇ジスキネジアも同じ機序で生じる不随意運動です。神経系に異常が生じる事で身体が勝手に動いてしまうのがジスキネジアであり、それが特に口唇周辺に見られるのが口唇ジスキネジアです。
ジスキネジア(Dyskinesia)は精神科のお薬である「抗精神病薬」によって生じる副作用の1つです。内科領域ではお薬の副作用以外で生じる事もありますが、精神科領域ではほぼ抗精神病薬が原因となります。
抗精神病薬というのは、その名の通り「精神病」に対する治療薬の事です。精神病というのは昔の病名なのですが、幻覚や妄想をきたす疾患の事を指しており、これは現在でいう統合失調症や躁状態などが該当します。
ジスキネジアは神経系の副作用であり、錐体外路という運動神経の経路に異常をきたす「錐体外路症状(EPS: ExtraPyramidal Symptom)」の1つになります。
身体を動かす「運動神経」には「錐体路」という神経経路と「錐体外路」という神経経路があります。錐体路は神経経路の先が筋肉などにつながっており、身体を直接動かす神経経路です。一方で錐体外路は、反射や筋緊張のバランスを取るような神経で、運動がスムーズに行えるよう錐体路をサポートするような神経経路になります。
例えばシャンプする時を考えてみましょう。ジャンプする時も錐体路と錐体外路の両方が活動しています。
錐体路は下肢の筋肉を屈曲・伸展させ、飛び跳ねる力を生み出します。このようにジャンプするために必要な筋肉を直接動かしているのが錐体路です。
しかしジャンプしている人を良く見てみると、ただ膝を曲げ伸ばししているだけではない事が分かります。
高く飛べるよう、適切に重心を移動させたり振り子のように腕を振ったりしていますね。しかもこれはほぼ無意識で行われています。
これが錐体外路のはたらきです。錐体外路はスムーズにジャンプが行えるよう、錐体路をサポートしてくれているのです。
そして何らかの原因で錐体外路ががうまく機能しなくなってしまう事を「錐体外路症状」と呼び、このような錐体外路症状の1つがジスキネジアになります。
錐体外路症状が生じると、運動神経のバランスがうまく取れなくなるため、手がクネクネ動いたり、舌を出したりしまったり、口をモグモグさせ続けたりと不随意運動(身体が勝手に動いてしまう事)が生じます。
ジスキネジアによる不随意運動は、無目的・不合理な運動です。しかも錐体外路は私たちが意識しなくても勝手に動いてしまう神経経路ですので、錐体外路症状も意識して止めようとしても止められず、自動で動き続けてしまいます。
ジスネキジアでは、
- 口をモゴモゴ動かし続ける
- 手をクネクネと動かし続ける
- 歯を食いしばる
などといった症状を認めます。
これらの運動はいずれも意味はなく(無目的)、何ら合理的ではない(不合理)運動であり、周囲からみれば意味の分からないおかしな動きに映ります。
もちろん本人も好きでこのような動きをしているのではありません。このような動きをしたいわけではないし、止めたいのだけど、勝手に動いてしまうのです。
そしてジスキネジアのうち、主に口とその周辺に生じるものは「口唇ジスキネジア(オーラルジスキネジア)」と呼ばれます。
具体的には、
- 舌を突き出したりしまったりを繰り返す
- 舌打ちを繰り返す
- 口唇をすぼめたり尖らせたりを繰り返す
- 口をもぐもぐと動かす
- 歯をくいしばる
- 口唇の振戦(ふるえ)
などがあります。
ジスキネジアは特に口とその周辺に出現しやすい傾向があり、そのためこれらは「口唇ジスキネジア」という名称がつけられています。
2.口唇ジスキネジアはどのような原因で生じるのか
口唇ジスキネジアはどのような機序によって発症してしまうのでしょうか。
精神科領域において口唇ジスキネジアは、主に抗精神病薬の副作用として生じます。
抗精神病薬というのは主に統合失調症の治療薬として用いられるお薬の事です。また最近では双極性障害(いわゆる躁うつ病)の治療薬としても用いられるようになりました。
抗精神病薬の作用機序は脳のドーパミンのはたらきをブロックする事になります。
統合失調症は「脳のドーパミンの過剰に分泌されていること」が一因だと考えられています。そのため抗精神病薬は、脳のドーパミン受容体(ドーパミンがくっついて作用する部位)をブロックすることで過剰に分泌されたドーパミンがはたらけないようにしてしまう作用を持ちます。
ではなぜ抗精神病薬がドーパミンをブロックするとジスキネジアが生じてしまうのでしょうか。
長期間、脳のドーパミン受容体がブロックされすぎ続けていると、ドーパミン受容体は少ない量のドーパミンでも敏感に反応するようになってしまいます。
すると本来のドーパミン受容体とドーパミンのバランスがおかしくなってしまい、少しのドーパミンでドーパミン受容体が活性化してしまったりするようになり、神経の情報伝達が不安定になります。
錐体外路はドーパミン系の神経が多く支配しているため、このような状態になると錐体外路は適切にはたらけなくなります。
本来は運動をスムーズに行うために無意識で身体を動かす錐体外路が、適切に情報伝達できなくなり、これによって無意識に身体を動かしてしまうようになります。
これが口唇ジスキネジアをはじめとした錐体外路症状が、抗精神病薬の服用で生じる原因だと考えられます。
口唇ジスキネジアは抗精神病薬の中でもドーパミンを強力にブロックする作用の強いものほど、起こしやすい傾向があります。例えばセレネース(一般名:ハロペリドール)は、ドーパミンを遮断する作用が極めて強力な抗精神病薬です。頼れるお薬ではありますが、一方で口唇ジスキネジアの発症頻度は多めです。
一方でジプレキサ(一般名:オランザピン)、セロクエル(一般名:クエチアピン)などのドーパミンを穏やかにブロックする抗精神病薬は、口唇ジスキネジアをあまり引き起こさない事が知られています。
またパーキンソン病の治療薬である「ドーパミン作動薬」でも口唇ジスキネジアが生じる事もあります。ドーパミン作動薬は抗精神病薬と反対の作用を持つお薬で、ドーパミン受容体を刺激するお薬です。これはドーパミンが多い状態を人工的に作っているようなものです。
これでも口唇ジスキネジアが起きるという事は、ドーパミン受容体をただブロックする事で口唇ジスキネジアが起こっているわけではなく、ドーパミン受容体とドーパミンのバランスが崩れる事で口唇ジスキネジアが生じる事を表しています。
ではジスキネジアが特に口とその周辺に生じやすいのは何故でしょうか。
この理由はよく分かっていません。
実は、「口唇ジスキネジア」という用語は精神科領域ではよく知られているものの、そもそも統計的にジスキネジアが口周辺に生じやすいという報告が多いわけではありません。
ではなぜジスキネジアが口周辺に生じやすいというイメージを持たれているのかというと、手先などに生じるジスキネジアと比べて口周辺にジスキネジアが生じた場合、話しずらくなったり食事を取りずらくなるという症状が生じる事で生活への支障が大きくなるためではないかと考えられます。
生活への障害度が高いため、口唇ジスキネジアはその他の部位に生じたジスキネジアよりも積極的に治療されてきており、それが「ジスキネジアは口唇に生じやすい」というイメージにつながっている可能性が考えられます。
3.口唇ジスキネジアを起こしやすいお薬は?
口唇ジスキネジアはどのようなお薬を服用すると生じやすいのでしょうか。
口唇ジスキネジアは抗精神病薬以外の原因で生じることもありますが、ここでは主に抗精神病薬で生じる口唇ジスキネジアを引き起こしやすいお薬について紹介します。
口唇ジスキネジアはジスキネジアの一型ですので、ジスキネジアを引き起こしやすいお薬と口唇ジスキネジアを引き起こしやすいお薬は同じになります。
口唇ジスキネジアをもっとも起こしやすいのは、1950年頃より使われている古い抗精神病薬である「第1世代(定型)抗精神病薬」になります。
【第1世代抗精神病薬】
<フェノチアジン系>
・コントミン(クロルプロマジン)
・ヒルナミン・レボトミン(レボメプロマシン)
・ピーゼットシー(ペルフェナジン)
・フルメジン(フルフェナジン)<ブチロフェノン系>
・セレネース(ハロペリドール)
・インプロメン(ブロムペリドール)
・トロペロン(チミペロン)
中でもブチロフェノン系で特に生じやすく、これはブチロフェノン系がドーパミンを集中的にブロックする作用を持つお薬だからです。
1990年代から第2世代抗精神病薬が誕生し、それにより口唇ジスキネジアの頻度は大分少なくなりました。
第2世代はドーパミンをブロックする以外にもセロトニンをブロックするはたらきを持ちます。セロトニンのブロックはドーパミンのブロックを緩和するはたらきがあり、錐体外路症状の頻度を大きく低下させてくれます。
しかし第2世代も口唇ジスキネジアを起こす可能性はゼロではありません。
【第2世代抗精神病薬】
<SDA>
・リスパダール(リスペリドン)
・インヴェガ(パリペリドン)
・ロナセン(ブロナンセリン)
・ルーラン(ペロスピロン)<MARTA>
・ジプレキサ(オランザピン)
・セロクエル(クエチアピン)<DSS>
・エビリファイ(アリピプラゾール)
第2世代の中ではSDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)は時に口唇ジスキネジアを起こします。もちろん第1世代と比べると頻度はかなり低下しています。これはSDAは第2世代の中でも比較的ドーパミンに集中的に作用するタイプのお薬だからだと考えられます。
MARTA(多元受容体標的化抗精神病薬)はほとんど口唇ジスキネジアを起こさず、特にセロクエルはまず起こしません。これはMARTAはドーパミン以外にも様々な受容体に幅広く作用するためだと考えられています。
これらのお薬がジスキネジア(口唇ジスキネジア含む)を特に引き起こしやすいお薬だと言えます。
4.口唇ジスキネジアの治療法
抗精神病薬の副作用で口唇ジスキネジアが生じてしまった時、どのような治療法・対処法があるのでしょうか。
最後に臨床現場で行われる一般的な対処法について紹介します。
なおこれらの対処法はあくまでも一般論です。口唇ジスキネジアが生じている方は、ここに書いてあることを独断で行ってはいけません。必ず主治医と相談の上で行ってください。
また一般的なジスキネジアは下記で紹介する治療法により改善が得られることもありますが、遅発性ジスキネジアは治りにくいことが多く、下記の治療法が無効のこともあります。
Ⅰ.抗精神病薬以外の原因を精査
口唇ジスキネジアが生じた場合、安易に「抗精神病薬のせいだ」と決めつけてはいけません。
もちろん、ある抗精神病薬を服用してから明らかに口唇ジスキネジアが生じた場合、そのお薬が原因である可能性は高いのですが、他の原因がないかをしっかりと見極める事は大切です。
特に高齢者の場合、口唇ジスキネジアは疾患やお薬の副作用ではなく、単に神経系の老化によって生じてしまう事もあります。
またパーキンソン病をはじめとした神経疾患でも口唇ジスキネジアは生じる事があります。
抗精神病薬のせいで口唇ジスキネジアが生じているわけではないのに、安易に「抗精神病薬のせいだ!」と服用を中止してしまうと、口唇ジスキネジアが改善しないばかりか精神症状も悪化してしまう事になります。
Ⅱ.原因となっている抗精神病薬の減薬・変薬
口唇ジスキネジアが生じた際、次にに考えなくてはいけない方法は、原因となっているお薬を減薬あるいは中止することです。
特に第1世代の抗精神病薬(中でもブチロフェノン系)を使用している場合は、口唇ジスキネジアを生じにくい第2世代抗精神病薬に切り替えることが推奨されます。
口唇ジスキネジアをはじめとした錐体外路症状の少ないお薬としては、
- セロクエル(一般名:クエチアピン)
- ジプレキサ(一般名:オランザピン)
- シクレスト(一般名:アセナピン)
などが挙げられます。
原因薬の中止・減薬は速やかに行えば行うほど、口唇ジスキネジアの治りは良くなります。一方で長期間放置してしまうと、その後に原因薬を中止しても口唇ジスキネジアは改善しない事もあります。
Ⅲ.抗不安薬の併用
ベンゾジアゼピン系の抗不安薬が口唇ジスキネジアを軽減してくれることがあります。
これはベンゾジアゼピン系が持つ筋弛緩作用によって、筋肉がゆるむためだと考えられます。ジスキネジアは錐体外路の異常によって筋肉の収縮のバランスが取れなくなって生じていますので、筋肉の収縮自体を和らげてあげると症状はいくらか改善する事があります。
またジスキネジアは心理状態にもある程度影響されることがありますので、抗不安作用によって気持ちが落ち着くこともジスキネジア改善に役立っているのかもしれません。
ベンゾジアゼピン系にもいくつかの種類がありますが、筋弛緩作用が比較的しっかりしている
- セルシン・ホリゾン(一般名:ジアゼパム)
- デパス(一般名:エチゾラム)
などが用いられます。
ただしベンゾジアゼピン系は耐性・依存性があるため、なるべく長期間・大量に使用を続けないように注意が必要です。
Ⅳ.抗てんかん薬の併用
抗てんかん薬と呼ばれる神経保護作用を持つお薬が口唇ジスキネジアを改善させてくれる事もあります。
具体的には、
- デパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)
- リーマス(一般名:炭酸リチウム)
- リボトリール(一般名:クロナゼパム)
などのお薬が挙げられます。
抗てんかん薬自体が作用機序がまだ明確に分かっていないところがあるため、抗てんかん薬がどのように口唇ジスキネジアを改善させているのかは分かりませんが、恐らく錐体外路の神経系を落ち着かせる事で、不随意運動を軽減させるのではないかと考えられます。
Ⅴ.その他
その他、
- ビタミンEの大量投与
- カルシウム拮抗薬
- β遮断薬
などのお薬が口唇ジスキネジアに有効という報告もありますが、臨床的な印象としてはそこまで高い有効性は確認できません。
上記の方法で無効であり、なおかつ口唇ジスキネジアがひどい時は、このような治療法が検討される事もあります。