ジプレキサは2001年に発売された抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。抗精神病薬の中でも第2世代(非定型)という新しいタイプに属し、古い第1世代(定型)抗精神病薬と比べると副作用は少なめになっています。
しかし、ジプレキサに副作用がないわけではありません。
ジプレキサは統合失調症の治療薬として開発されたおくすりですが、様々な作用を示すために応用範囲は広く、双極性障害や認知症、うつ病や発達障害、パーソナリティ障害など多くの疾患に使われています。
ここでは、ジプレキサで特に注意すべき副作用や臨床で比較的見られやすい副作用などを紹介させていただきます。
1.ジプレキサの副作用の特徴
まずは、ジプレキサの副作用の特徴をかんたんに紹介します。
- 第1世代と比べると全体的に副作用は軽め
- ドーパミンをゆるくブロックするため、ドーパミン欠乏の副作用は起こりにくい
(具体的には、錐体外路症状(EPS)や高プロラクチン血症など) - 様々な受容体に作用するため、眠気、体重増加などの副作用が起こりやすい
抗精神病薬は、大きく分けると2種類に分けられます。
1950年頃から使われている古いタイプの第1世代(定型)抗精神病薬と
1990年頃から使われている比較的新しいタイプの第2世代(非定型)抗精神病薬です。
第1世代は、強力な作用がありますが、副作用も強力です。1950年以降使われていたおくすりですが、生活に大きな支障を来たす副作用、時には命に関わるほどの副作用が起こることもあるため、副作用の軽減が課題となっていました。
そして副作用の改善を目指して開発されたのが、第2世代です。
第2世代は、第1世代と比べると、
- 錐体外路症状(ふるえなどの神経症状)
- 高プロラクチン血症(ホルモンバランスの異常で生じる副作用)
- 悪性症候群(高熱、筋破壊で死に至ることもある危険な副作用)
- 重篤な不整脈
などの副作用は少なくなりました。しかし第2世代は、第1世代よりも身体をリラックスさせて代謝を抑制するため、
- 血糖やコレステロールなどを上昇させて体重増加を起こす
- それに伴い、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞などの発症リスクを上げる
などのデメリットがあります。
しかし総合的に見れば、第2世代の方が安全性は高いと考えられており、現在の統合失調症治療は、第2世代から始めることが基本となっています。
ジプレキサは、第2世代(非定型)抗精神病薬に属しており、第1世代(定型)抗精神病薬と比べると、その副作用は少なめです。
第2世代の中にも抗精神病薬はいくつか種類があり、
- SDA:セロトニン受容体とドーパミン受容体をしっかりとブロックする作用に優れる
- MARTA:様々な受容体をゆるくブロックする
- DSS:ドーパミン受容体を部分的にブロックしたり増強したりしてドーパミン量を安定させる
この3種類が代表的な第2世代抗精神病薬です。
この中でジプレキサはMARTA(Multi Acting Receptor Targeted Antipsychotics:多元受容体作用抗精神病薬)という種類に属します。
MARTAはその名の通り、様々な受容体に作用します。ドーパミン2受容体を中心に、セロトニン受容体、ヒスタミン受容体、アセチルコリン受容体、アドレナリン受容体など多くの受容体に影響を与えます。
統合失調症はドーパミンの過剰分泌が幻覚妄想の原因の一つだと考えられているため、抗精神病薬はどれも基本的にドーパミンをブロックするはたらきを持ちます。
MARTAはドーパミン2受容体を中心にブロックしつつも、その他の様々な受容体にも作用するため、幻覚妄想をゆるやかに抑えつつ、鎮静をかけたり気分を安定させたり、眠りを促したりとその他様々な作用も示します。しかしこれは反対に、眠気や体重増加などの副作用となって表れてしまうこともあります。
しかしゆるくブロックするため、ドーパミンをブロックしすぎることは少なく、錐体外路症状(EPS)や高プロラクチン血症などを起こす頻度は少なくなっています。
対照的なのが、SDAに属するリスペリドン(商品名:リスパダール)やブロナンセリン(商品名:ロナセン)などで、これらはドーパミン2受容体を選択的にしっかりとブロックするため幻覚妄想に対して優れた効果を発揮します。
しかし、時にブロックしすぎてしまうことがあるため、SDAは錐体外路症状や高プロラクチン血症の頻度が多くなっています。
2.ジプレキサの副作用
ジプレキサの副作用は、
- 体重増加と眠気が多い
- 錐体外路症状や高プロラクチン血症は少ない
という特徴があります。
それではジプレキサの副作用をひとつずつ詳しくみていきましょう。
また、一般的な対処法なども記載しますが、これらの対処法は独断では行わないでください。必ず主治医と相談の上、主治医の指示に基づいて慎重に行ってください。
Ⅰ.体重増加
ジプレキサの副作用で一番患者さんからの訴えが多いのが体重増加です。
体重増加は精神科のおくすりの多くに認められる副作用ですが、特に抗精神病薬で顕著です。これは抗精神病薬が、ヒスタミン1受容体、セロトニン2C受容体をブロックするためだと考えられています。また、抗精神病薬が代謝を抑制することで、糖やコレステロール濃度が上昇することも一因です。
体重増加は、抗精神病薬の中でも特にMARTA(多元受容体標的化抗精神病薬)と呼ばれるおくすりに多く、具体的にはジプレキサ、クエチアピン(商品名:セロクエル)、クロザピン(商品名:クロザリル)が該当します。
反対に、SDAやDSSは体重増加の程度は少なめです(リスペリドン(商品名:リスパダール)はやや多め)。
抗精神病薬は、血糖やコレステロールを上げると報告されており、これは心筋梗塞や脳梗塞発症のリスクとなります。
統合失調症の患者さんは、そうでない人と比べて、心筋梗塞を発症する可能性が高いことが指摘されており、これは抗精神病薬にも一因があります。そのため、投与量はできる限り少量し、必要以上には投与しないことが望まれます。
ジプレキサで体重増加が生じた時、まず望まれるのは生活習慣の改善です。食生活の偏りや運動不足など、太りやすい習慣がある場合は、まずそちらを是正することで体重の軽減ははかれないかを見ます。
それでも難しい場合は、減薬あるいは変薬です。ジプレキサの属するMARTAは特に体重増加の程度が大きいため、可能であれば、SDAやDSSへの変更を試みることがあります。
非定型の中では、アリピプラゾール(商品名エビリファイ)、ブロナンセリン(商品名ロナセン)、ペロスピロン(商品名ルーラン)が比較的体重は増えにくいと言われています。
Ⅱ.眠気
眠気も体重増加と並んで、ジプレキサに多く認める副作用です。
眠気も、主にヒスタミン受容体をブロックすることで生じます。他にもアドレナリン受容体やセロトニン2受容体なども多少関与している考えられています。
ジプレキサはヒスタミン受容体への影響が強いため、眠気が起こりやすくなっています。
ジプレキサで眠気が生じた場合、まずは睡眠環境の見直しから行います。睡眠時間がしっかりとれているのか、睡眠の質を下げるようなことをしていないか、などを改めて見直しましょう。
寝床でスマホをいじってる、寝る前にタバコを吸っている、寝る前にアルコールを飲んでいる。
こういった習慣を持っている人は少なくありません。思い当たる原因がある場合は、まずはその習慣を治しましょう。
それでも改善が無い場合は、可能であればおくすりの減薬や変薬が検討されます。しかしどの抗精神病薬でも眠気は起きるため、変薬は慎重に行われます。また、どうしても減薬できない場合はやむを得ず多少の眠気と付き合っていきながら生活せざるを得ないこともあります。
Ⅲ.ふらつき
ふらつきはジプレキサで時々認める副作用です。
ふらつきが生じる機序はいくつかあります。ヒスタミン受容体のブロック作用によって眠気が生じてふらつくこともあります。また、アドレナリン1受容体のブロックは血圧を下げてしまうため、これもふらつきの原因となります。
ジプレキサは、アドレナリン1受容体のブロック作用は弱いのですが、ヒスタミン受容体へのブロック作用が強いため、時にふらつきが生じます。
これらの副作用がひどい時は、ジプレキサの減薬・あるいは変薬を行います。
アドレナリン1受容体のブロックによって生じたふらつきはおくすりで改善させるという方法もあります。お薬としては昇圧剤(リズミック、メトリジンなど)が用いられることがありますが、血圧を上げるお薬ですので、高血圧の方などは使用する際に注意が必要です。
Ⅳ.口渇、便秘(抗コリン作用)
アセチルコリンという物質の働きをブロックしてしまうことで生じる、抗精神病薬の副作用です。抗コリン作用は、おくすりがアセチルコリン受容体に結合してしまうことで生じます。
口渇や便秘が代表的ですが、他にも尿閉、顔面紅潮、めまい、悪心、眠気なども起こることがあります。
ジプレキサは抗コリン作用がそれなりに認め、これらの副作用は時々起こります。
抗コリン作用への対応策としては
- 減量する
- 他の抗精神病薬に変更する
- 抗コリン作用を和らげるお薬を併用する
などの方法があります。
抗コリン作用を和らげるお薬として、
- 便秘がつらい場合は下剤(マグラックス、アローゼン、大建中湯など)、
- 口渇がつらい場合は漢方薬(白虎加人参湯など)、
などが用いられます。
Ⅴ.錐体外路症状(EPS)
統合失調症は脳のドーパミン過剰で発症すると考えられていますが、おくすりで逆に脳のドーパミンを少なくしすぎてしまうと生じるのが、錐体外路症状です。
ジプレキサはドーパミン2受容体をゆるくブロックするという特徴があり、EPSを起こす頻度は少ないと言えます。ただし高用量を使っている場合はジプレキサでも起きてしまうことがあります。
錐体外路症状には多くのものがありますが、
- 振戦(手先のふるえ)
- 筋強直(筋肉が硬く、動かしずらくなる)
- アカシジア(足がムズムズしてじっとしてられなくなる)
- ジスキネジア(手足が勝手に動いてしまう)
などがあり、直接命に係わるものではないものの、患者さんにとっては非常に苦痛な症状です。
これらの副作用が生じた場合は、まずはジプレキサの減薬が試みられます。
病状的にどうしても減薬ができない、というケースでは、他の非定型抗精神病薬への変更も検討されます。具体的には、クエチアピン(商品名:セロクエル)、アリピプラゾール(商品名:エビリファイ)などが候補に挙がります。
抗コリン薬と呼ばれるおくすりで副作用の改善をするという方法が取られることもあります。具体的にはビペリデン(商品名アキネトン)やプロフェナミン(商品名パーキン)、トキヘキシフェニジル(商品名アーテン)などです。
抗コリン薬によってアセチルコリン神経の活性を抑制してあげると、ドーパミン神経の活性が相対的に上がります。するとドーパミン濃度が増えるため、錐体外路症状に効果があります。
ただし、お薬によって起こった副作用をお薬で治す、というのはあまり推奨されている方法ではありません。お薬の量がどんどん増えてしまいますし、抗コリン薬にだって別の副作用があるからです。
Ⅵ.高プロラクチン血症
高プロラクチン血症というのは、脳下垂体から出るプロラクチンというホルモンの量が多くなってしまうという副作用です。原因は、ジプレキサが脳下垂体のドーパミン受容体もブロックしてしまうためです。ドーパミン受容体がブロックされると、プロラクチンがたくさん出てしまうのです。
プロラクチンとは、本来は授乳中の女性で上昇しているホルモンです。授乳中の女性は胸が張り、乳汁が出て、月経が止まります。高プロラクチン血症になるとこれと同じ状態になるため、胸の張り、乳汁分泌、月経不順、性欲低下などが生じます。また男性であれば、勃起障害などが生じることもあります。
問題はこれだけではありません。一番の問題は、プロラクチンが高い状態が続くと乳がんになる可能性が高くなります。また、骨代謝に影響を与えて骨粗しょう症にもなりやすくなります。
そのため、高プロラクチン血症を発見したら放置せずに速やかに治療することが望まれます。
高プロラクチン血症もEPSと同じでドーパミンのブロックしすぎが原因であるため、ドーパミン2受容体をゆるくブロックするジプレキサでは、この副作用は少なめです。
ジプレキサで高プロラクチン血症が出現した時は、原則としてジプレキサを中止する必要があります。中止し、必要があれば別の抗精神病薬に変更しましょう。
Ⅶ.不整脈
稀ですが不整脈を起こすことがあります。
抗精神病薬の中でも古い第1世代に多く、ジプレキサなどの第2世代では滅多に起きません。しかし、起きた場合は命に関わることもあるため見逃さないことが大切です。
服薬量が多いと起こしやすいため、服薬量は最小限になるように注意を払わないといけません。
特に注意すべきなのがQT延長という心電図上の変化です。これを放置していると致命的な不整脈(心室細動やトルサード・ド・ポアンツ)を起こす可能性があります。
抗精神病薬を使う際は、定期的に心電図検査を行い、QT延長を見逃さないようにしないといけません。そしてQT延長が認められた場合は、速やかに減薬あるいは変薬が必要です。
Ⅷ.悪性症候群
頻度は極めて稀ですが、抗精神病薬は悪性症候群という副作用に注意しなければいけません。
悪性症候群は、ドーパミン量の急な増減が誘因となることが多く、急な減薬・増薬によって生じることがあります。それ以外にも脱水などによって急にお薬の血中濃度が変化してしまった時に生じることがあります。
第1世代で問題となる事の多い副作用であり、第2世代ではほとんど生じませんが、可能性はゼロではありません。
悪性症候群では、
- 発熱(高熱)
- 意識障害(意識がボーッとしたり、無くなったりすること)
- 錐体外路症状(筋肉のこわばり、四肢の震えや痙攣、よだれが出たり話しずらくなる)
- 自律神経症状(血圧が上がったり、呼吸が荒くなったり、脈が速くなったりする)
- 横紋筋融解(筋肉が破壊されることによる筋肉痛)
などが生じ、最悪の場合命に関わることもあります。
悪性症候群が強く疑われたら、原則として入院して加療すべきです。悪性症候群について詳しくは「悪性症候群って何ですか?」をご覧ください。
3.他の抗精神病薬とジプレキサの副作用比較
ジプレキサの副作用を見てきましたが、他の抗精神病薬との比較をしてみましょう。
抗精神病薬 | EPS、高PRL | 体重増加 | ふらつき | 性機能障害 | 眠気 | 抗コリン作用 |
---|---|---|---|---|---|---|
コントミン | ++++ | +++ | ++++ | ++++ | +++ | ++++ |
セレネース | +++++ | + | +++ | +++ | + | + |
リスパダール | +++ | ++ | ++ | ++ | + | ± |
インヴェガ | ++ | + | + | + | + | ± |
ロナセン | +++ | ± | ± | ± | ± | + |
ルーラン | ++ | + | + | + | + | ± |
ジプレキサ | ++ | ++++ | ++ | ++ | ++++ | +++ |
セロクエル | + | ++++ | ++ | ++ | ++++ | + |
エビリファイ | ++ | ± | + | + | ± | ± |
*EPS・・・錐体外路症状
*高PRL・・・高プロラクチン血症
*抗コリン作用・・・口渇、便秘など
コントミンとセレネースは第1世代、その他は第2世代の抗精神病薬です。
ジプレキサは第2世代であるため、第1世代と比べるとその副作用は全体的に少なくなっています。
しかし、第2世代の中で比較すると、
- 体重増加や眠気が多い
- 錐体外路症状や高プロラクチン血症は少ない
ということが言えます。ただし、副作用の出方には個人差があるため、必ずこの通りになるわけではありません。