人前など注目を浴びる状況では誰でも緊張するものです。そして、この「緊張」という精神状態はあまり心地の良いものではありません。
中には緊張する状況を「ワクワクする」と楽しめる方もいますが、多くの方にとって緊張は「怖い」「心配」「逃げたい」といったものでしょう。
緊張という反応は、私たち生き物にとって必要な生理反応です。適度に緊張する事は神経が研ぎ澄まし、その状況を切り抜けやすくする良い作用が期待できます。
しかし過度に緊張してしまうと、不安や恐怖から神経がすり減らされ、動悸や息切れ・めまいといった不快な症状が強くなります。これは本人にとって非常に強い苦痛です。
時々「緊張しない方法ってありませんか?」と質問を受けることがあります。
緊張しないような方法があれば、あのイヤな精神状態を味わわなくでもよいわけですから、そのメリットも大きいのかもしれません。
では果たして緊張しない方法ってあるのでしょうか。
今日は「緊張しない方法」について考えてみたいと思います。
1.緊張しない方法はない
「緊張しない方法はありませんか?」
不安を感じやすい方、緊張しやすい方からこのような質問を受ける事があります。人の心について熟知している精神科医であれば、緊張しない方法を知っているのではないかと期待されているのかもしれません。
がっかりさせるような回答で申し訳ありませんが、緊張するような場面で全く緊張しなくなる方法というのはありません。
なぜならば緊張は正常な生理反応だからです。正常な反応を生じさせなくさせるというのは、心身を「異常な状態に保つ」という事になりますから、これは無理な話なのです。
正確にいうと、緊張しなくする方法はあるのです。しかしこの方法は現実的にとてもおすすめできる方法ではありません。
例えば動物実験において、脳の扁桃体という部位を破壊したラットでは緊張や恐怖を感じなくなる事が報告されています。また人間においても、扁桃体を含む側頭葉を切除した患者さんは恐怖心や緊張を感じにくくなることが報告されています。これは「クリューバー・ビューシー症候群」と呼ばれており、昔にてんかんなどに対して脳の切除術を行っていた際に見られた症状です。また扁桃体の活動性が低下する疾患として「ウィリアムズ症候群」という疾患がありますが、この疾患の患者さんは非常におおらかで恐怖や緊張を感じにくい事が知られています。
ここから緊張には扁桃体の活性化が関わっている事が分かります。という事は、緊張させなくするためには扁桃体を機能させなくすればよい事が考えられます。つまり扁桃体を破壊する、という事ですね。
これはとてもじゃないけど現実的な方法ではありません。
仮に扁桃体を破壊できたとしても、それで「緊張しなくなって良かった」という結果にはまずなりません。扁桃体や側頭葉を破壊してしまうと緊張を感じにくくなる変わりに、異常に気分が不安定になったり、何でも口に入れてしまうようになったり(口唇傾向)、性的逸脱行動が多くなったりと別の問題が生じる事が分かっています。また恐怖を感じないため、ヘビやライオンといった動物にも平気で近づくようになったりする事も報告されており、これは生きていく上でも問題となるでしょう。
「緊張」という正常な反応を無理矢理消そうとすれば、このようにおかしなことになってしまうのです。
正常な生理反応である「緊張」を生じさせなくするのは不可能であり、これは目指すべきではありません。
緊張を消す事を考えるのではなく、正常な反応である緊張を「上手くコントロールする」「上手く付き合っていく」事を考える必要があります。
2.目指すべきは適度な緊張
緊張しない方法はない。
このように回答してしまうと、がっかりされてしまうかもしれません。
しかしちょっと待ってください。
みなさんは本当に「緊張しない方法」を探しているのでしょうか。どんな状況でも全く緊張しなくなる事を望んでいるのでしょうか。
緊張というのは本来私達にとって必要な反応です。
適度な緊張は交感感神経を活性化させ、集中力を上げ、神経を研ぎ澄まします。緊張するような状況というのは、集中力や洞察力が必要となる場面ですので、このような反応が生じる事は本来良い結果につながるものなのです。
緊張しなくするという事は、このように必要な反応を生じさせなくするという事ですから、かえって害のある行為になります。みなさんが本当に望んでいる事は、このような「必要な緊張反応」を消す事ではないはずです。
本当の問題は「過度な緊張」であり、「過度に緊張しなくなること」が本来の目標ではないでしょうか。
適度な緊張は交感神経を適度に活性化させ、良い作用をもたらします。しかし過度な緊張は、交感神経を活性化させすぎ暴走させてしまいます。すると、
- 恐怖で頭がいっぱいになってしまう
- 頭が真っ白になってしまう
- 「みんなからバカにされるのではないか」と考えてしまう
- 動悸や息苦しさが出現する
- めまいやふらつきが出現する
- 汗を異常にかくようになる
といった悪い症状が生じ、緊張がプラスではなくマイナスに作用するようになってしまうのです。
つまり「緊張しないようになりたい」というのは、「緊張をゼロにしたい」という事ではなく、「適度な緊張にとどまるようにし、過度な緊張にならないようにしたい」というのがより正確な意味となります。
ここはみなさん誤解してはいけないところです。
緊張をゼロにする事を目標としてしまうと、それは人である以上不可能な目標ですから、必ず挫折します。
そうではなく、緊張する事はいいのだけど、緊張が過度にならないことを目標とすると、取るべき正しい対策が見えてくるのです。
3.過度の緊張は何故生じるのか
緊張は生理的な反応です。
本来の緊張の役割というのは、闘いなどの緊張場面において、身体が能力を十分に発揮できるようにするために生じます。
緊張すると、交感神経という神経が活性化します。すると、
- 瞳孔が開く事で敵を見逃さないようにする
- 呼吸を早くする事で多くの酸素を身体に取り込む
- 心拍数をあげることで全身に血液をめぐらせる
- 四肢の神経を活性化させ、機敏に動けるようにする
- 脳神経も活性化させ、機敏に反応できるようにする
といった反応が生じます。適度な緊張は、身体をこのような状態に保ちます。集中すべき状況で身体がこのような状態になれば、よりよい結果をもたらしやすくなるでしょう。
しかし、何らかの原因によって交感神経が過剰に活性化してしまうと、この反応はかえって心身に害を及ぼすようになってしまいます。
例えば、
- 呼吸がはやくなりすぎて息苦しくなる
- 心拍数があがりすぎて胸が痛くなる
- 四肢の神経が活性化されすぎ、震えが生じる
- 脳神経が活性化されすぎて、頭が真っ白になってしまう
という事になってしまうのです。
過度の緊張が何故生じるのかというと、その背景には様々な原因があります。しかし根底にあるものとしては「悪い結果になる事に対する恐れ」が強すぎると過度の緊張が生じやすくなると考えられています。適度な緊張に加えて、「失敗して笑われたらどうしよう」「大勢の前で恥をかいたらどうしよう」という恐れが強まってしまうと、緊張が暴走してしまうのです。
その証拠にもし成功する事が確実に保証されている事に対して、私達は緊張する事はあまりありません。
結果がどうなるか分からない映画を観ている時はハラハラと緊張するものですが、結果が分かっているドラマを再度観ても楽しむ事は出来ますが、緊張はしませんよね。
4.過度な緊張をしないための方法
緊張は、不安や恐怖の高まりから生じます。
という事は、不安や恐怖を正常範囲内に抑える事が緊張をしない方法(正確には適度な緊張に留める方法)になります。
不安を正常内に留めるためには、不安と反対の感情を増やしていくことが大切です。
不安の反対は「安心」「自信」になります。
安心や自信の割合が多くなれば、その分だけ不安は相対的に低くなっていきます。
ではどのようにすれば安心や自信が増えていくのでしょうか。その方法について紹介します。
Ⅰ.イメージトレーニングをする
私達は、不確定な要素が多いものほど不安や恐怖を感じやすくなるという傾向があります。
例えば、一生懸命勉強してすごく手ごたえも感じた試験に対しては「不合格になっていないだろうか」という不安はそれほど感じません。しかしあまり勉強しておらず、出来たかどうかあまり自信の持てない試験であれば「不合格になったのではないだろうか」と不安に感じやすくなります。
人生は、不確定要素があるものですので、それをゼロにする事はできません。しかしその割合をできるだけ少なくする事はできます。
緊張するようなイベントが控えているのであれば、それに対してただ不安を感じているだけでなく、その状況をイメージして、何度も何度もシュミレーションを行うようにしましょう。
発表であれば、予行練習を何度も何度も行いましょう。目の前に聴衆がいることも具体的にイメージし、イメージトレーニングをしてください。
イメージトレーニングを繰り返せば繰り返すほど、自分の中での発表のイメージが明確となっていき、不明確な要素が少なくなっていきます。同時に安心や自信もついてくるため、過度に緊張してしまう可能性が低くなっていきます。
Ⅱ.得られるもの・失うものを明確にする
緊張するようなイベントがあると、不安や恐怖で頭がいっぱいになってしまいます。
不安や恐怖の背景には「悪い結果になることへの恐れ」があります。「失敗したらどうしよう」「緊張が伝わってみんなに笑われないだろうか」というマイナス思考で頭がいっぱいになってしまっているかもしれません。
しかし、その恐れは本当に正しいものでしょうか。少し冷静になって考えてみて下さい。
一生懸命スピーチして、緊張が相手に伝わってしまったら、まずいでしょうか。あなたは緊張しながらも一生懸命話している人を見た時、「あいつ、かっこ悪いな」「バカなんじゃないの?」と思うでしょうか。もし仮にそのように思う人がいたならば、その人こそが恥ずかしい人です。そんな人の事を気にする必要があるでしょうか。
失うと思っているものは、実は自分が勝手にそう思っているだけではないでしょうか。
実際にあなたが緊張している時に周囲にいる人の立場になって考えてみることで、「そんなに自分を悪く思う人なんていないのではないか」「一生懸命やっている事が伝わればバカにされる事はないのではないか」と安心が沸きやすくなります。
また、緊張するイベントへの恐れから、その緊張を超えた先にある「得られるもの」を忘れている事も多いため、そのようなプラスのメリットについて改めて見直してみる事も大切です。
例えば緊張したとしても一生懸命発表することで、自信がつくでしょう。自分の考えや信念を多くの人に伝える事ができ、それによって新たな人とのつながりが出来るかもしれません。緊張するほどのイベントのあとには何らかのご褒美が待っている事も多いものです。そのような「得られるもの」も明確にすることで、緊張に立ち向かう気持ちが沸いてきます。
Ⅲ.緊張を受け入れる
緊張は生理的な反応で、消す事は出来ないとお話ししました。
緊張というのは誰にでも生じる反応であり、緊張するという事は普通の事なのです。
なのに「緊張してはいけない」と考えるのはおかしな事です。それは、楽しい事がある時に「笑ってはいけない」と考えるようなものです。
「こんな事で緊張している自分はおかしい」
「緊張する自分は異常だ」
このように考えてしまっているのであれば、その考えは改める必要があります。
緊張する事は普通のことであり、緊張しない事の方がむしろおかしいことなのです。だから、緊張している自分を「普通の事」として受け入れてあげましょう。
緊張する事を「自然なこと」として受け入れる事で、かえって緊張の呪縛から解放されます。
不安に対する治療法として「森田療法」という考え方があります。
森田療法の基本的な考え方は、不安や緊張を「異物」として除去するのではなく、それも自分の心の一部なのだと認めることです。異物ではなく自分の一部なのだから、それを無理して除去しようとするのではなく、その存在を受け入れた上で、前に進んでいこうという事を目指す治療法になります。
緊張は自然な反応なのだから、緊張を「消す」というアプローチをするのではなく「あるがまま」にしておくべきで、それ以外の自分の中にある前向きなエネルギーに目を向けていきます。例えば「失敗してバカにされないだろうか」という気持ちがあるのであれば、それは「人から良く思われたい」という前向きなエネルギーが自分の中にある事を知ります。
であれば「人から悪く思われるのが怖い」ではなく、「人から良く思われるにはどうすればいいのか」という事を考えるようにします。
「失敗する事に目を向けるのではなく、多くの人に役立つような情報を伝える事に専念しよう」
「みんなにいい気持ちで話をきいてもらえるように笑顔で話す事を意識しよう」
という視点で考えるようにし、緊張場面に挑戦していくようにします。
森田療法については、「森田療法とはどのような治療法で、どんな人に向いている治療法なのか」で詳しく紹介していますので、ご覧下さい。
Ⅳ.副交感神経を活性化させる
緊張は交感神経の活性化で生じます。そして過度な緊張は交感神経の過度な活性化で生じます。
交感神経は自律神経の一つです。
自律神経は交感神経の他にも副交感神経があり、両者は正反対の作用を持っており、互いに綱引きのようにバランスを取っています。
交感神経は「緊張の神経」と呼ばれており、副交感神経は「リラックスの神経」と呼ばれています。
と言う事は、交感神経の暴走を穏やかにされるには、副交感神経を活性化させてあげればよい事が分かります。
では副交感神経が活性化するような行動にはどのようなものがあるでしょうか。
副交感神経が活性化する行動というのは、その人は「リラックスできる」と感じるものであれば基本的には良いのですが、一例としては、
・深呼吸をする
・ストレッチ・散歩などの軽い運動をする
・好きな音楽を聴く
・ゆっくりお風呂に入る
などの行動があります。
また普段の行動の中で、
・規則正しく生活をする
・早く寝て十分な睡眠を取る
という行動も副交感神経を活性化させるためには有用です。
Ⅴ.完璧にやろうとしない
人間は何事も完璧に行う事はできません。多少の失敗がある事は当たり前の事です。
なのに完璧を目指してしまうから、過度に緊張してしまうのです。
ある程度の失敗は普通なんだよ、という事を認めましょう。
6割程度できれば十分だという気持ちでいた方が、緊張しすぎずに物事を行えるものです。