疲弊したこころを回復させるためには、何か専門的な治療を行なわなくてはいけないわけではありません。
日常の身近にあるものをうまく利用するだけでもこころの安定を得る事はできます。
例えば、天気の良い日に自然の多い公園をゆっくりと散歩していれば、落ち着いた気持ちを取り戻しやすいでしょう。ゆっくりとお風呂に入ったり、軽く身体を動かしたりという事も気持ちを穏やかにしやすい行動の1つです。
同じように、「音楽」もこころを癒す効果があります。
自分の好きな音楽を聴いて、こころが癒されたという経験は多くの方が持っているのではないでしょうか。音楽というのは不思議なもので、聴くことで感情を誘導するはたらきがあります。例えば映画では場面に応じて様々な音楽が使い分けられますが、楽しい音楽が流れればなんだかワクワクするし、悲しい音楽が流れれば一層悲しい気持ちになります。
という事は、音楽は自分のこころを安定させるためのツールとして利用できるという事です。
今日は音楽を利用してこころの安定を得るための方法について考えてみたいと思います。
1.音楽療法とは
音楽療法とは、文字通り音楽を用いて疾患の改善をはかる治療法になります。主に精神疾患の治療として欧米を中心に行われています。日本ではまだまだ認知されていない療法ですが、「音楽療法士」という資格が出来たりと、その必要性というのは徐々に知られるようになってきています。
音楽療法は2つに分けることができます。
それは、
・受動的な音楽療法(=音楽を聴く)
・能動的な音楽療法(=音楽を演奏する、歌う)
です。
これはどちらも効果が認められる治療法です。みなさんも音楽を「聴く」ことでこころが安らいだ、という経験があるでしょう。また、音楽を「歌う」「演奏する」ことで活動的になったりストレス発散ができたりということもあります。
こころの回復のためには、能動的・受動的音楽療法のどちらを用いても良いのですが、一般的には受動的な音楽療法(音楽を聴く事でこころの回復を得る)が選択される事が多いようです。
2.音楽と精神との関係
私達の精神に音楽が深く影響するという事は間違いのない事実です。
歴史的に見ても、儀式的な行為には音楽の演奏が用いられる事が多く、これによって感情を高ぶらせたり、反対に落ちつけたりという効果がありました。
また音楽によって私達のこころが影響を受けやすい事は日常生活の様々なところでも利用されています。
例えば映画では、楽しいような場面では楽しい音楽がBGMとして流れ、悲しい場面では悲しい音楽がBGMとして流れます。これは状況に応じた音楽を流す事によって、そのような感情が誘発されやすくなるためで、このBGMのおかげで私達はただ映画の画像だけを見るよりも、より感情移入して映画を見る事が出来るのです。
ゲームセンターなどの楽しい場所では楽しい音楽がBGMに必ず流れています。これはこのような音楽を流す事で遊びに来たお客さんの気持ちを楽しくさせる作用があるからです。かしこまった会場では落ち着いた音楽がBGMとして流れています。これも、このような音楽を流す事で、気持ちを落ち着かせる作用があるからです。
このような事を考えると、「音楽は精神に無関係である」という事はなく、音楽と精神は深く関わっているという事は間違いありません。
と言う事は音楽を上手に利用すれば、自分のこころをコントロールしやすくなるという事なのです。
3.音楽療法の作用機序
音楽療法は精神疾患の治療法の1つとして、積極的に導入されている国もあります。中には保険適用されている国もあるそうです。
しかし日本においてはあまり取り上げられていません。
音楽が「こころを癒す」ことに間違いはありません。それは私たちの経験からも分かることです。
音楽療法の欠点は、「エビデンスが乏しい」ことにあります。
「どのように効いているのか」
「どんな人に効果があるのか」
「どういう時に導入すると効果的なのか」
というデータが不足しているのです。音楽が脳にどのように作用してどんな効果をもたらすのかは具体的には分かっていません。
なぜ音楽が精神に良い影響があるのでしょうか。
それはまだ分かっていませんが、現時点で考えられている機序について紹介します。
Ⅰ.ストレスを軽減する
音楽を聴くことは、ストレスホルモンである「コルチゾール」を減少させるはたらきがあると考えられてます。
コルチゾールはストレスがかかると多く分泌されるホルモンであり、過剰なコルチゾールはうつ病の原因になるとも言われています(HPA仮説)。
実際音楽を聴く事で、不安が和らいで気持ちが安定したり、不安で眠れなかったのが眠れるようになったり、イライラ・そわそわしていたのが落ちつけるようになったりという効果は良く目にします。
Ⅱ.脳神経細胞を変化させる
近年、音楽は単にストレスを軽減するだけではないのではないかと考えられるようになってきました。
心地よい音楽を聴くことは、脳をリラックスさせる作用がある事が分かっています。実際にこのような時に脳波を撮ると、リラックスした時の波形であるα波が増える事が報告されています。
また音楽は脳神経を刺激することで、脳神経を変化させる事が推測されています。またこの変化は音楽を聴いている間だけではなく、その後も長時間続くと考えられています。
画像検査などで脳の血流を調べると、音楽を聴く事で脳細胞、脳神経ネットワークが変化していくことが報告されています。
細かい点はまだ分かっていませんが、このような「変化」が精神状態にも良い影響を与えているのでしょう。
子どもの成長には音楽を聴かせると良い、なんていいますが、これも神経が成長過程にある時に音楽を聴かせることで、脳神経のネットワークが改善させるからなのかもしれません。
4.どんな音楽がこころの安定に有効なのか
では音楽をこころの安定のために利用しようと考えた時、どのような音楽を聴けば良いのでしょうか。
実はどんな音楽が良いのかというのは、はっきりと決まっていません。
「どんな音楽が良いのか」と聞かれれば、回答は「その人にとって心地よい音楽が良いでしょう」という事になります。
しかしあまり交感神経を刺激するもの、例えば激しい音楽などよりは、落ち着いた音楽の方が望ましいでしょう。
また音楽療法では「同質性の原理」というものが知られています。これは、自分の気分・感情と同質の音楽を聴く方がより治療的効果が得られるという効果の事です。
つまり、楽しい時は楽しい曲を聴き、悲しい時には悲しい曲を聴いた方が、治療効果は高いと考えられます。
気分的に落ち込んでいる時というのは、「せめて明るい曲を聴かなくては!」と考えてしまいがちですが、そのような必要はありません。悲しい時は悲しい曲を聴いて問題ないのです。