うつ病の原因。モノアミン仮説って何?【医師が教えるうつ病のすべて】

うつ病はどんな原因で発症するのでしょうか。

様々な要因が合わさって発症すると考えられていますが、その原因はまだ完全には解明されていません。うつ病は、何かひとつ特定の原因があって発症するものではなく、いくつのもの要因が合わさって発症するというのが現在の医学の見解です。

うつ病の原因のひとつとして「脳内の変化」が挙げられます。気分に影響を与える神経や物質の脳内バランスが崩れてしまうことです。これはストレスなどでも起こるし、原因不明で起こってしまうこともあります。

どのような脳内変化が起こるのかは、まだすべてが解明されているわけではありませんが、ここでは1950年代に生まれた「モノアミン仮説」について紹介します。

うつ病のすべてを説明することはできる仮説ではないため、モノアミン仮説は不十分な仮説だと考えられています。しかし、現在でもうつ病治療の根本となっている仮説でもあります。

1.うつ病の原因。「モノアミン仮説」とは?

モノアミン仮説とは、

うつ病はモノアミンの低下が原因である

という仮説です。

モノアミンというのは気分に関係する神経伝達物質のことでセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなどの総称です。

モノアミン仮説が提唱され始めたのは、1950年代頃からです。

当時、レセルピンという血圧を下げるおくすりが、時に患者さんをうつ状態にしてしまうことが医師の間では知られていました。

また、結核治療薬であるイプロニアジドを使用した患者さんが、興奮したり元気になることがあり、このおくすりには抗うつ作用があるということも知られていました。

同時期に、統合失調症の治療薬としてイミプラミンが開発されました。これは残念なことに統合失調症には効果がなかったのですが、偶然にも抗うつ作用があることが分かりました。

これらのことから、おくすりの何らかの作用によって気分が落ちたり、反対に上がったりするようだ、ということが当時から知られていたのです。

その後、レセルピンは神経間のセロトニンを減少させるはたらきがあることが分かりました。また、イプロニアジドは、セロトニンやノルアドレナリンを分解する酵素をジャマすることで、濃度を高めるはたらきがあることも分かりました。

イミプラミンは商品名トフラニールとして現在も使われている抗うつ剤ですが、これもセロトニンやノルアドレナリンが吸収されるのを阻害することで、濃度を高めるはたらきがあることが分かったのです。

ここから、「モノアミンが減ると気分が落ち、モノアミンが増えると気分が持ち上がるのだ」「ということはうつ病はモノアミンが少なくなるから起こるのではないか」という仮説が生まれたのです。

これがモノアミン仮説です。

現在、うつ病の治療の中心となっている抗うつ剤は、このモノアミン仮説に基づいて作られています。SSRIやSNRI、Nassaなどもモノアミンを増やすのが主なはたらきであり、現在もモノアミン仮説によってうつ病治療は行われています。

SSRI(パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロ、デプロメール、ルボックスなど)は主にセロトニンを吸収されないようにするおくすりです。吸収されなければセロトニンがどんどん溜まっていき、濃度が上がっていくため、抗うつ作用を発揮すると考えられています。

同じようにSNRI(トレドミン、サインバルタなど)は主にセロトニンとノルアドレナリンを吸収されないようにします。Nassa(リフレックス、レメロンなど)はセロトニンとノルアドレナリンの分泌を促進します。

抗うつ剤はすべての人に100%効果を発揮するわけではありませんが、統計的に見れば抗うつ作用を認めることはほぼ間違いありません。実際にモノアミンを増やせば抗うつ作用があるということであり、抗うつ剤の効きから考えてもモノアミン仮説は間違っている仮説ではないと言えます。

しかし、うつ病の患者さんの脳の中でモノアミンが実際に減っているのを見たわけではありません。あくまでも推測の域にとどまっている説明であるため「仮説」という位置づけになっています。

2.モノアミン仮説の限界

モノアミンが減るとうつ病になる。

モノアミン仮説は当時、多くの医師、研究者、製薬会社に受け入れられました。なぜならば、それまではうつ病は原因も分からず、治療法も確立していなかったからです。

「何かよく分からないけど気分が落ちてしまう病気で、どう治していいのか分からない」と考えられていたうつ病が、「モノアミンが減るのが原因で、モノアミンを増やせば治る!」と明確になったのです。当時、治療に困っていた医療者が食いつかないわけがありません。

そして、ここからうつ病の治療は劇的に変化しました。

しかし現在の見解では、

モノアミン仮説はうつ病の一因かもしれないが、それのみでうつ病のすべてを説明することはできない

と考えられています。

確かに、モノアミンが気分と関係しているのは間違いないでしょう。そのため、モノアミンを増やすことはうつ病の改善に一役買う可能性は十分にあります。実際に、モノアミンを増やす作用を持つ抗うつ剤が効果を示すこともモノアミン仮説の正しさを裏付けています。

しかし、モノアミン仮説だけでは説明できないことも多くあります。

まず、抗うつ剤を投与すると数日で脳内のモノアミン濃度は上がるのに、実際に抗うつ効果が現れるのには数週間かかる、という点の説明がつきません。モノアミンが増えれば気分が上がるのであれば、抗うつ剤を投与して数日で抗うつ効果が現れるはずです。

また、抗うつ剤を投与して実際にモノアミンの濃度が上がったとしても、うつ病が改善しない患者群もいます。ある抗うつ剤を投与して、効果があるのは60-70%の患者さんだと言われています。もしモノアミンが増えればうつ病が改善するのであれば、全ての人に効くはずです。

そもそも、複雑な構造・機能を持つ人間の脳が、「モノアミンが減るとうつ病になって、増えると治る」なんて単純な構造をしているものでしょうか。ちょっと考えずらいものがあります。

モノアミン仮説は、うつ病治療を進歩させた画期的な仮説です。この仮説があったからこそ、現在の抗うつ剤が開発されましたし、うつ病の治療は大きく進みました。

しかし、この仮説は不十分であり、これでうつ病のすべてを説明できるものではないようです。モノアミンの増減以外にも、人間の脳は様々なはたらきがあり、それらが複雑に関連してうつ病を発症させているのでしょう。

モノアミン仮説は、うつ病の原因の一部にしか過ぎず、これでうつ病のすべてを説明できるものではないようです。

3.現在のモノアミン仮説の位置づけ

モノアミン仮説の功績は非常に大きいと言えます。現在の抗うつ剤のほとんどは、モノアミン仮説があったからこそ開発することができたのです。

もし現在に抗うつ剤がなければ、うつ病で苦しむ方は何倍も多くなっていることでしょう。モノアミン仮説はうつ病治療に大きく貢献した、素晴らしい仮説です。

しかし一方で、矛盾点も指摘されており、これだけでうつ病のすべてを説明することはできません。

現在のモノアミン仮説の位置づけは

モノアミン仮説は、おそらくうつ病の原因の一部であるが、それだけでうつ病のすべては説明できない。モノアミン仮説以外にも様々な原因があってうつ病は発症するのであろう。

と考えられています。

しばしば、「モノアミン仮説は正しい」「いや、根拠のないデタラメだ」と議論されますが、完全に正しわけでもないし、完全に間違っているわけでもないのです。うつ病の一因ではあるけども、あくまで一因であり、すべてではないのでしょう。

脳の構造は非常に複雑で、現在の医学をもってしても解明されていない部分の方が圧倒的に多いと言われています。うつ病の原因が解明されるまではまだまだ時間がかかるでしょう。

最後に、モノアミン仮説を通して、私たちが患者さんやその周りの方に伝えたいことがあります。

うつ病は甘えだとか、うつ病は病気じゃないとか、いまだにそういったことを平気で言う人がいます。これはとんでもない誤解です。うつ病は病気なのです。

「うつ病は病気である」という根拠のひとつは、うつ病患者さんの脳内には実際に「モノアミンが減っている」という異常が起きていることです。もちろんモノアミン仮説は仮説に過ぎませんが、様々な研究や画像検査などによりうつ病患者さんの脳内で何かが起こっているのはほぼ間違いないと考えられています。

自分の努力や根性で思い通りに脳内の神経や物質を変えることができる人がいるでしょうか。努力すれば脳内物質の量が増やせるとか、神経回路を強化できるのであれば、うつ病を甘えだと言ってもいいかもしれません。でもそれは不可能です。

うつ病は病気なのです。

甘えだとか、気持ちの問題とか、そんな話で片づけては絶対にいけません。これらはうつ病患者さんに対する言葉の暴力です。病気で苦しんでいる患者さんがそんな言葉を投げかけられたら、どんな絶望的な気持ちになるでしょうか。

うつ病に対して、このような正しい認識を多くの方に持って欲しいものですね。