精神科の診断基準の有用性と限界|操作的診断と伝統的診断

疾患のほとんどには、「診断基準」というものが設けられています。

診断基準というのは、「これを満たせば〇〇病と診断してよい」という基準で、その疾患の専門家達が作成しています。

臨床において診断基準はとても役立ちます。明確な基準があると、しっかりとした根拠に基づいた診断が行えます。医師によって診断が異なるなどといったバラつきも少なくすることが出来ます。このようなメリットから、診断基準は多くの疾患の診断において広く用いられています。

精神科においても同様で、精神疾患に対する診断基準は臨床現場でよく使われていますし、非常に役立ちます。しかし精神科は、「こころ」という目に見えない症状を扱うため、いくら診断基準で診断項目を決めても、その基準に限界があるのもまた事実です。

精神科では診断基準というのはどのように使われているのでしょうか。今日は精神科における診断基準の有用性とその限界をお話します。

また、精神科で主に用いられる診断方法である「操作的診断」と「伝統的診断」についても紹介します。

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1.操作的診断とは

精神科医が「診断」を行う場合、大きく分けると「操作的診断」と「伝統的診断」という二つの方法があります。まずはこの二つの診断方法についてお話します。

操作的診断というのは、診断基準に基づいて機械的に診断していく手法です。

精神科の診断基準はICD-10、DSM-5の2つが有名ですが、これらに書かれている診断基準に患者さんの症状が合致するのかを検証していくのが操作的診断です。診断基準に当てはまれば診断となりますし、当てはまらなければ診断にはなりません。

操作的診断のメリットは、誰が診断を行っても同じような結果となるように、基準が明確化されていることです。反対に操作的診断のデメリットは、診断基準をわずかでも満たさない方は、機械的に切り捨てられてしまうことです。

特に精神科は、こころの症状を扱うため、患者さんの症状は多種多様です。これを診断基準だけを指標に診断をしてしまうと、典型的な症状でない方は切り捨てられてしまう事になります。

操作的診断は、内科で数値化できるような疾患では非常に有用です。

例えば高血圧で言えば、「血圧140/90以上を高血圧とする」という診断基準はとても明確ですよね。血圧を測定すれば、高血圧の診断基準を満たすか満たさないかが明確に分かります。

しかし精神科においては、操作的診断は有用である反面、限界があるのも事実です。

そもそも精神疾患の症状というのは、数値化できませんし、目で確認することもできません。このような「数字にできない」「目に見えない」ものを無理矢理、白黒はっきりさせようとしているのが精神科の操作的診断であり、そもそもが無理をはらんだ方法です。

例えば、うつ病の診断基準の項目の一つである「抑うつ気分」を見てみましょう。

抑うつ気分に関しては「その人自身の明言 (例えば、悲しみまたは、空虚感を感じる) か、他者の観察 (例えば、涙を流しているように見える) によって示される、 ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分」と詳しく症状が書かれていますが、これに「該当するかどうか」を判断するのは、先ほどの血圧の数値などと比べると、判断は極めて難しいと言えるでしょう。

基準として明示されているとはいえ、目に見えない症状を扱っている以上、診断者によって「該当するかどうか」の判断には多少のばらつきが出てしまいます。また、目に見えない症状であるため、本人が抑うつ気分を上手に演じればうつ病になれてしまうということにもなります。これでは疾患の診断として、おかしなことになってしまいます。

2.伝統的診断とは

操作的診断と対照的なのが伝統的診断です。伝統的診断は、診断基準が作られる以前は精神科において主流の診断方法でした。

伝統的診断というのは、精神科医が診察の所見から疾患を診断するという手法です。

伝統的診断のメリットは、操作的診断と異なり機械的に患者さんを振り分ける方法を取らないため、基準をわずかに満たさない方や典型的ではない症状を有する方であっても、切り捨てられることがありません。

精神疾患の症状は、皆全く同じということはありません。患者さん個々で異なることが普通です。伝統的診断は操作的診断と異なり、画一的な診断ではないため、患者さんの症状の個別性に対応できるというのが大きなメリットです。

しかしデメリットとしては、精神科医によって診断手法に差が出てしまうということです。これはある医師にかかったらうつ病と言われたのに、別の医師にかかったらうつ病ではないと言われた、と言う事態を引き起こしてしまいます。また、万が一悪意ある精神科医がいた場合、患者さんを故意に病気に仕立て上げることが出来てしまうということにもなります。

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3.精神科における診断方法の現状

操作的診断と伝統的診断についてお話しました。

どちらも一長一短ある診断手法だということが分かると思います。

近年の流れとしては、精神科では操作的診断に対する比重が大きくなってきているのが現状です。これは決して悪いことではなく、ある程度は仕方のないことです。

以前の精神科の診断は、精神科医が個々に伝統的診断を行っていました。しかしこれは、診断の根拠があいまいになってしまったり、「医師のカン」といったもので診断が行われてしまう危険がありました。これでは患者さんも納得できないこともあるでしょう。

医師によって診断が全く異なるということがあってはならないため、診断においてある程度のルールが必要であることは当然です。また日本以外の世界にも視野を広げた場合、異なる国との診断率などを比較する場合も、国際的に決まった診断基準を元に比較をしないと、しっかりとしたデータにはなりません。

操作的診断が主流となっている現状にはこのような理由があります。

しかし操作的診断だけでは限界があるのも事実で、操作的診断至上主義の限界は全ての精神科医が感じていることです。

診断基準に完全には合致しないけども、この患者さんは〇〇病として治療していく必要がある、というケースは精神科医であれば誰もが経験します。この場合、もし操作的診断しか認められないのであれば、この患者さんは〇〇病と診断できないため、治療できないこととなってしまい、この患者さんに大きな不利益が生じてしまいます。

そのため、現在の精神科医療においては、操作的診断を主としながらもある程度の伝統的診断(医師の判断による診断)も含めて診断しているのが現状です。

今後、診断基準はどんどん改定を重ねられ、精度もどんどん高まっていくでしょう。

しかしいくら診断基準の精度が高まっても、目にも見えず数値化も出来ない精神疾患を「診断基準」のみで規定することに無理があることには変わりません。操作的診断を主としながら、伝統的診断も加味して診断を行うというこの現在の手法は、今後も当面は変わらないのではないかと思われます。

4.診断基準だけで診断は出来ない

操作的診断だけでの診断には限界があるということをお話しました。

ここから言えることは、「いくら診断基準を満たしているからといって、必ずしもその病気になるとは限らない」ということです。

これは患者さんにもぜひ知っていただきたいことだと思っています。

最近は、ネット検索をすれば精神疾患の診断基準はすぐに見つかります。その診断基準と自分の症状を当てはめてみて、「自分は〇〇病の診断基準を満たしている」からといって、その疾患だと決めつけてしまう方がいらっしゃいます。

当院のメール相談でも「私は〇〇病だと思いますが、・・・」といった相談を頂くことは少なくありませんし、診察の現場でも「ネットで見た、うつ病の診断基準を満たしていたので私はうつ病になると思います」と開口一番おっしゃる方もいます。

もちろん、自分なりに診断基準を満たしているということはその疾患の可能性はあるのでしょう。しかし「自分は〇〇病の診断基準を満たしているから、〇〇病だと思います」と自分で病名まで決めつけてしまうのは、少し早とちりかもしれません。

それはあくまでも自己流の操作的診断的にそうだと言うだけで、必ずしもそれだけで診断となるわけではありません。

更に言えば、操作的診断は精神科医などの精神疾患の診断に熟練した医師が診断基準を満たすのかを判断するものですので、一般の方が診断基準に自分の症状を当てはめて該当するからといって、操作的診断を行ったことにはなりません。

自分が病気なのかどうかというのは、精神科医の診断を受け、精神科医による操作的診断・伝統的診断を受けて始めて分かるものですので、ネットで診断基準を見て、自分だけで決めつけてしまわないようにしてくださいね。

病気かどうかをしっかりと判断したい場合は、精神科・心療内科を受診しましょう。

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