過呼吸症候群(過換気症候群)は、強い不安・恐怖・緊張などの精神的ストレスをきっかけに、過呼吸が誘発されてしまう症候群です。
過呼吸・過換気症候群は頻度の多い疾患であるものの、明確な診断基準などは確立されていません。そのため、治療法としても明確に規定されたものはありません。大まかな治療方針というのは共通認識があるものの、診察した医師が個々に治療を行っているのが現状です。
過呼吸は基本的には重篤な後遺症も残らず予後も良い疾患ですが、治療薬として有効なお薬などはあるのでしょうか。
今日は過呼吸・過換気症候群で使われるお薬について紹介します。
1.なるべくお薬は用いない
まず、過呼吸・過換気症候群に対して適応を持つお薬というのはありません。
つまり、
「過呼吸・過換気症候群に対しての特効薬はない」
ということです。
そもそも過呼吸症候群の主症状である過呼吸発作は、良性の発作です。実際に命を落とすようなこともありませんし後遺症が残ることもありません。発作中は非常に苦しいため、もちろん軽視することはできませんが、30分~1時間もすれば発作は落ち着きます。
そのため、「絶対にお薬が必要」という疾患ではないのです。
症例によってはお薬を用いた方が良い場合もあるのは確かです。その場合は、医師とよく相談しながら、患者さんにとって最良と判断されるお薬を処方することもあります。しかし、原則はなるべくお薬を用いないで治療することが望ましいものなのです。
2.不安・恐怖を抑えるお薬を使うこともある
過呼吸・過換気症候群では、なるべくお薬を用いないことが原則であると書きましたが、お薬を使ってはいけないわけではありません。
患者さんの状態をしっかりと見極めて、総合的にみてお薬を使うメリットの方が大きそうであれば、服薬が検討されることもあります。しかし前述したように、過呼吸・過換気症候群に特化したお薬というものは存在しません。そのため原因である精神的ストレスに対してアプローチするようなお薬を用いるのが一般的です。
過呼吸・過換気症候群に使われるお薬は、大きく分けると2種類に分けることが出来ます。それは
- 発作時に用いるお薬
- 間欠期に用いるお薬
の2つです。
ちなみに過呼吸・過換気症候群はパニック障害と似ている点の多い疾患です。どちらも不安や恐怖で悪化し、時に発作が生じます。そのため、過呼吸・過換気症候群で用いられる治療薬はパニック障害で用いられる治療薬とほとんど同じになります。
過呼吸・過換気症候群に特化したお薬はありませんので、ここで紹介するのは一例に過ぎません。実際は主治医とよく相談して使用するお薬を選んでください。
Ⅰ.発作時に用いるお薬
過呼吸発作は起きそう、あるいは起きてしまった時にそれを抑えるお薬です。
実際は、過呼吸が起こる前に服用するのが理想的です。なぜならば過呼吸が本格的に生じてしまうと、過呼吸の中で服薬することは非常に困難だからです。無理矢理飲もうとすれば誤嚥してしまうこともあるかもしれません。そのため、発作が起きそうな段階で飲むのが現実的です。
発作止めのお薬は、過呼吸発作を抑えてくれないと意味がありませんので、
- 効果がある程度強いこと
- 即効性があること
の2つを満たしていなければいけません。
過呼吸発作が起きやすい状況というのは不安・恐怖・緊張などの精神的ストレスが急に高まった時ですので、不安・恐怖・緊張に対して「効果がある程度強く」「即効性がある」お薬が有効です。
具体的には「抗不安薬」が用いられます。俗にいう「精神安定剤」「安定剤」というお薬ですね。
抗不安薬はほとんどがベンゾジアゼピン系抗不安薬という種類であり、過呼吸発作の発作止めとしても、このベンゾジアゼピン系抗不安薬が用いられます。ベンゾジアゼピン系抗不安薬にも強さや作用時間が異なる様々なお薬がありますが、その中でもある程度効果が強く、即効性に優れるものがよく用いられています。
具体的な商品名を挙げると、
【ソラナックス、コンスタン(アルプラゾラム)】
効果が最大になるまでの時間:約2時間
抗不安作用:中等度
【ワイパックス(ロラゼパム)】
効果が最大になるまでの時間:約2時間
抗不安作用:強い
【レキソタン(ブロマセパム)】
効果が最大になるまでの時間:約1時間
抗不安作用:強い
【デパス(エチゾラム)】
効果が最大になるまでの時間:約3時間
抗不安作用:強い
などがよく処方されます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、即効性に優れ、しっかりと不安を抑えてくれるため、過呼吸発作を抑える効果も十分に期待できます。しかし副作用として、気分をリラックスさせることによる眠気、ふらつきなどがありますので服用後は注意しなければいけません。気分は落ち着いたけど、ふらつきで転んでけがをしてしまった、なんてことになってしまいます。
発作止めのお薬は、発作を止める効果があるため役立つのはもちろんなのですが、実際に使わなかったとしても、持っておくだけでも安心できるという効果もあります。「もし過呼吸が起こっても、発作止めがあるから大丈夫」と思えるからです。お守りを持っているような感覚ですね。この安心感を持てるだけでも処方する意味はあります。
発作止めを処方する意味は大きく、大量に飲んだり、長期間飲み続けたりしないのであれば、有用性は高い処方だと言えるでしょう。
Ⅱ.間欠期に用いるお薬
発作が起きていない間の気分を安定させ、次の発作を起きにくくさせるのが間欠期に用いるお薬に期待する効果です。
しかし間欠期のお薬は、できる限り用いるべきではなく、可能な限りお薬以外の治療法で解決するのが良いと考えられます。その理由は最初に説明した通りです。
具体的にお薬以外の治療法というと、
・精神的ストレスの原因が明らかであれば、それを除去・軽減するように環境調整する
・精神的ストレスに対する耐性をつけていく
・精神的ストレスに対するとらえ方を変えていく
・運動・生活リズムの安定化などにより自律神経を整える
などの方法があり、主治医とよく相談しながら最適な治療法を選んでいきます。
しかし上記の方法でうまくいかない、あるいは上記のような方法がどうしても導入できない、などといった場合はやむを得ずお薬が用いられることがあります。
過呼吸・過換気症候群の間欠期に使用されるお薬を紹介します。
【漢方薬】
不安や緊張を和らげる作用を持つ漢方薬を用いることで、気分が安定し過呼吸発作が起こりにくくなることが期待できます。過呼吸発作に用いられることが比較的多い漢方薬を紹介します。
・半夏厚朴湯
・柴胡加竜骨牡蛎湯
・柴胡桂枝乾姜湯
・桂枝加竜骨牡蛎湯
・加味逍遥散
・加味帰脾湯
なお、これらの漢方薬は、パニック障害の治療薬としても時折用いられます。これらの漢方薬の詳しい説明は、「パニック障害と漢方薬。パニック障害に漢方薬は有効か」に記載しています。
【抗不安薬】
先ほど、発作止めとして紹介した抗不安薬ですが、不安を和らげる作用を持つため間欠期にも気分安定作用を期待して用いることがあります。
抗不安薬は効果を実感しやすく頼れるお薬ではあるのですが、長期服薬・大量服薬を続けると耐性・依存性が形成される危険がありますので、積極的な治療薬としては推奨されません。
どうしても間欠期に定期的に服薬する場合は、なるべく少ない量で漫然と投与し続けないように注意しながら治療をする必要があります。また、作用時間の長いものの方が耐性・依存性形成のリスクは低いため、間欠期には作用時間の長い抗不安薬が用いられます。
【抗うつ剤】
不安や抑うつが過呼吸発作の原因であり、それがお薬以外の方法ではすぐには解決できそうにない場合は、抗うつ剤を使用することもあります。抗うつ剤は即効性はありませんが、長期服薬しても耐性・依存性が生じないため、抗不安薬の服薬が長期になりそうであれば、抗うつ剤への切り替えが推奨されます。