自然と触れた時、「心地よい」と感じる方は多いのではないでしょうか。誰から教わったわけでもないのに自然に癒しを感じるのは多くの方に共通する価値観です。
しかし何故そう感じるのかというと、その理由を明確に答える事は難しいものです。
これは恐らく、本能的な感覚なのでしょう。
現代の私たちの生活は、そのほとんどが自然と切り離されています。中には一日中自然を目にしないという方も少なくありません。しかし人間がそのような生活になったのは、実はつい最近の事です。はるか昔の人間は自然に囲まれて暮らしていたわけです。
そう考えれば自然と触れ合うというのは本来私たちにとって、なくてはならないものなのかもしれません。
自然と触れ合うことは、こころを健康に保ったり疲弊したこころを癒す効果があり、これはこころの治療にも利用できます。
今日は自然との触れ合いの中でも、特に「森林浴」で得られるこころへの効果についてお話ししたいと思います。
1.森林浴とは
そもそも森林浴というのは、どんなものなのでしょうか。
森林浴は、「森林を浴びる」と書きます。これは実際に木や草などを物理的に浴びるわけではなく、「自然を五感で感じる」という意味になるでしょう。
自然の中に入って、自然を見て、自然の音を聴いて、自然の臭いを嗅いで、自然に触れる。これが森林浴です。
では森林浴にどのような効果を期待するのかというと、
- こころを穏やかにする
- ストレスを軽減させる
といった精神的な癒しを目的とする方が多いのではないでしょうか。
私たちは森林などの自然を「癒されるもの」だと本能的に認識しています。森林で自然を五感で感じる事で、こころに癒しを得るのが森林浴の目的です。
特に、普段自然から離れた生活をしている方、例えば人生の多くを人工的な環境で過ごしているような方や、仕事などでストレスが多く溜まっているような方が、溜まったこころの疲労を回復させるために有効です。
現在の生活は、ほとんどが人工的なもので満たされています。あまりにそれが普通になっているため、気付きにくいものですが、人工的なものは便利で刺激的な反面、多少なりとも心身にストレスを与え続けている事が少なくありません。
森林浴は、自然を利用する事でこころの疲労を回復する効果が期待できるものなのです。
2.森林浴が五感に与える効果
森林浴はこころの疲労を取るために有効な方法です。
森林浴は、特定の部位のみを通じて私たちの身体を癒すのではなく、様々な部位から私たちに癒しを与えてくれます。嗅覚、視覚、聴覚などの様々な感覚に癒しを感じさせる作用を及ぼします。
具体的に言うと、私たちは良く「五感」と言いますが、この五感は、
- 視覚
- 嗅覚
- 聴覚
- 触覚
- 味覚
を指します。
この中で、「味覚」以外は森林浴で使う感覚になります。それぞれの感覚に自然はどのような効果をもたらすのでしょうか。1つずつみていきましょう。
Ⅰ.視覚
森林は緑が主色となりますが、緑は「鎮静色」とも言われており、心身を落ち着かせる効果があります。森林浴に出かけて緑に囲まれれば、それだけでリラックス効果が得られるという事です。
森林浴に限らなくても盆栽や生け花といった趣味が癒しを得られるのも、これらは視覚的にも癒しを与えてくれるものだからでしょう。
また実際の森を見る事が出来なくても、自然の映像や写真を見るだけでもある程度のリラックス効果が得られます。
Ⅱ.嗅覚
木・森の香りは心身を落ち着かせる効果があります。
特に木の香りの成分である「フィトンチッド」はリラックス効果のある物質として有名です。フィトンチッドは元々は殺菌作用を持つ物質として発見されましたが、その後リラックス効果がある事も分かりました。フィトンチッドはα-ピネンやリモネンなどのテルペン類の総称を指し、木から分泌されます。
木などの植物の多い場所では、フィトンチッドの濃度が高いため、これも癒し効果があると考えられます。
Ⅲ.聴覚
小川の音や葉っぱが擦れる音、小鳥のさえずりなど、自然の音というのは「癒し」を得られる音として知られています。
これらの自然の音はよくヒーリングミュージックなどにも使われていますよね。
ではなぜこのような自然の音は、こころを癒す効果があるのでしょうか。
それはこのような音は、「1/fゆらぎ」という性質を持つからだと考えられています。1/fゆらぎとは、規則的な音とまったく不規則な音のちょうど間にあたるような音の事で、「不規則でありながらも特徴的なリズム」であり、私達に癒しを与えてくれる音だと言われています。
自然界には1/fゆらぎに該当する音が多く存在し、私たちに癒しを与えてくれます。
Ⅳ.触覚
自然と「触れる」事も癒し効果があるとも考えられます。
みなさんも感覚的に自然に触れることで「癒される」というのは理解できるのではないでしょうか。
ただし今のところ木や草に触ったからといって、ストレス状態(交感神経が活性化しすぎている状態)が軽減するというデータはありません。しかし少なくともこれらの自然に触れる事は、ストレス状態を誘発する事はほとんどありません(トゲなどの触って不快な刺激がある自然は除きます)。
3.森林浴で得られる効果
次に森林浴によって五感からリラックス効果を得る事で、身体の中でどのような変化が生じるのかを考えてみましょう。
Ⅰ.ストレスの軽減
森林浴は、コルチゾールというホルモンの量を減らす事が確認されています。
コルチゾールは「ストレスホルモン」とも呼ばれており、ストレスを感じるような状況で多く分泌されるホルモンです。腎臓の上にある副腎という臓器から分泌され、ストレスに抵抗するために血圧を上げたり血糖値を上げたりするはたらきがあります。
長期的にコルチゾールが高い状態が続いていると脳がダメージを受け、うつ病などの精神疾患が発症しやすくなるとも考えられています(HPA仮説)。
コルチゾールの量というのは、現在受けているストレスの強さを反映するという事です。
森の中で散歩をした場合(森林浴)と、そうではない場所で散歩をした場合とでは、同じように身体を動かしたのにも関わらず、森林浴の散歩の方が唾液中のコルチゾールの量が低下していたという報告があります。
これは前項で紹介した、
- 森林の色を見る
- フィトンチッドなどを嗅ぐ
- 1/fゆらぎを聴く
- 自然に触れる
といった事によって得られるリラックス効果によって生じていると考えられます。
森林浴をする事でこれらの効果が得られるため、ただ歩くだけの時と比べてよりストレスホルモンの分泌を抑えてくれたのです。
Ⅱ.副交感神経の活性化
自然を「見る」「聴く」「嗅ぐ」「イメージする」という事は、それだけで心身をリラックスさせる事が分かっています。
それは実物の自然だけでなく、自然の「写真」などでもある程度代用できるようです。
自然の写真を見るだけでも血圧が低下したり、脳の活動が穏やかになったりといった変化が確認できる事が報告されています。また、自然の音が収録されたヒーリングミュージックを自宅で聞くだけでも緊張がほぐれて眠りやすくなります。アロマなどで自然の匂いを嗅ぐ事で、緊張をほぐしたり、不安を和らげたりといった作用も得られます。
これは五感を通じて自然を感じる事で、リラックスの神経である副交感神経が活性化したためだと考えられます。
Ⅲ.血圧・血糖の改善
森林浴は、ストレスホルモンであるコルチゾールの量を低下させます。
コルチゾールは血圧や血糖を上げるホルモンであるため、慢性的にストレスを受けてコルチゾールが出過ぎている方は、高血圧や糖尿病のリスクとなります。
森林浴はこころの安定に良いだけでなく、コルチゾールを下げる事によって血圧や血糖値も下げてくれます。
そのため、特にストレスが原因で血圧が上がったり血糖値が上がっているような方には、このような身体疾患の治療にも森林浴は効果があります。
4.上手な森林浴をするための4つの工夫
森林浴がこころの癒しのために良い理由を説明してきました。
森林浴というのは、自然さえあれば、負担少なく行える治療法の1つです。そのため、多くの方に森林浴の効果について知っていただきたいと思っています。
最後に森林浴の効果を最大限にするために意識しておきたい事をいくつかお話しします。
Ⅰ.五感をフルに使おう
森林浴でリラックス効果が得られるのは、私達の五感を通して自然が癒しを与えてくれるからです。
その効果を最大限に受け取るには、五感をフルに使う事が大切です。
例えば、せっかく森林浴に来ているのに、
- イヤホンを付けて音楽を聴いている
- 下を向いて歩いている
などであれば、これは森林浴の効果を最大限に得る事は出来ず、とてももったいない事をしている事になります。
森林浴中は五感すべてで自然を感じるようにしましょう。
Ⅱ.少ない時間でもでなるべく毎日やってみよう
森林浴は可能であれば、毎日する方が理想的です。
仕事などをしている方は、難しいと感じるかもしれません。
しかし例えば通勤中に公園の中を通ってみるとか、休憩時間中に隣にある公園を1周してみるとか、そのような出来る範囲内の工夫でも十分です。
自然と触れ合うのが「特別なイベント」ではなく、「日常生活の一環」のような位置づけになると、定期的にリラックス効果が得られるため、こころの調子を崩しにくくなるでしょう。
Ⅲ.人工的な自然でもある程度の効果は得られる
森林浴をしたいと思っても、都会に住んでいる方であれば近くに森林がないという事もあるかもしれません。
しかし、森林浴というのは広大な森の中でないと出来ないというものではありません。
もちろん広大な森が理想ではあるのですが、そうでなくても森林浴の効果が得られないわけではないのです。。
小さい森であっても、緑を見る事が出来ればリラックス効果を得られます。フィトンチッドの匂いをかぐことが出来ればリラックス効果を得られます。1/fゆらぎを聴くことができればリラックス効果を得られます。
これらすべてが揃っていないと癒されないわけでなく、どれか1つでも癒し効果はあるのです。そのため、理想的な環境でなかったとしても、森林浴の効果はある程度得られるのです。
極端な話、「森の中に自分がいる事を想像する」というだけでも、ある程度ではありますが、リラックス効果が得られたという報告もあります。
Ⅳ.人の少ない場所・時間だとなお良い
公園や小川の近くなどに森林浴に行く場合は、なるべく人の少ない時間帯が良いでしょう。
というのも人が多すぎると、それだけでストレスになりますし、自然を感じにくくなってしまうからです。
いくら公園で自然がたくさんあっても、例えば屋台が出ていてうるさい場所であれば、自然の音を聴きずらくなってしまいますし、自然の臭いも嗅ぎにくくなってしまうのでしょう。
もちろん、人が全くいない時間帯というのは難しいと思いますが、なるべく少ない時間帯を選びましょう。
公園などの場合、早朝がおすすめです。