自律神経失調症は、自律神経のバランスが乱れてしまう事で生じる心身の異常です。
自律神経は身体全体に幅広く分布しているため、自律神経のバランスの乱れで生じる症状というのは非常に多岐に渡ります。極端に言ってしまえば「自律神経失調症ではあらゆる症状が生じうる」とも言えるでしょう。
自律神経失調症はこのように非常に幅広い概念であるため、原因のはっきりしない症状に対して説明をしやすい概念となります。このような理由から自律神経失調症は、「原因の分からない症状に対して取りあえずつけておく診断名」となってしまいがちで、その後診療が進むにつれて診断名が自律神経失調症から変わっていくことも良くあります。
実際、
「最初は自律神経失調症と言われていたのに、途中からうつ病になった」
「最初は自律神経失調症と言われていたのに、途中からパニック障害に変わった」
ということは良くある事です。
しかし「自律神経失調症」「うつ病」「パニック障害」といった診断名のそれぞれの違いを、そこまで深く理解している事は多くはありません。途中で診断名が変わってしまうと、「最初は誤診されていたのではないか」と不信感を持ってしまうこともあるかもしれません。
自律神経失調症がうつ病やパニック障害などといった別の診断名に変わる事は別におかしい事ではありませんが、それはどうしてなのかをお話しさせていただきます。
目次
1.自律神経失調症の定義は?
自律神経失調症は、その名の通り「自律神経のバランスが失調する」状態を指しますが、具体的な定義はあるのでしょうか。
自律神経失調症は世界的に確立されている病名ではありません。主に日本で使われている診断名であり、その日本においても近年では自律神経失調症という診断名に否定的な医師も多くいます。そのためうつ病やパニック障害のように、世界的にしっかりと確立されている定義というのは存在しません。
ここでは参考までに日本心身医学会による自律神経失調症の定義を紹介します。
自律神経失調症とは、種々の自律神経系の不定愁訴を有し、しかも臨床検査では器質的病変が認められず、かつ顕著な精神障害のないもの
(日本心身医学会より)
ちょっと難しく書かれていますが、この定義は自律神経失調症を簡潔に説明しています。
この定義をもとに考えると、自律神経失調症と診断するポイントは3つあります。
1つ目は、自律神経のバランスの乱れで生じうる症状が認められている事です。ここでは「不定愁訴」という書き方をしていますが、不定愁訴は自律神経の乱れで生じる事の多い訴えです。
【不定愁訴】
患者さん本人は強く症状を訴えるが、診察・検査で異常所見が乏しい症状。また「何となく調子が悪い」「身体全体がだるい」などといった漠然とした訴え。
自律神経は全身の臓器・筋肉・血管などに分布しているため、そのバランスが崩れて生じる症状は非常に多岐に渡ります。そのため「自律神経系の症状」というのは実際は、ほとんどあらゆる症状が該当します。
2つ目は診察や検査をしても異常所見が認められないという点です。「器質的異常」というのは「実際に身体のどこかに物理的な異常が生じている」という状態で、「実際に目で確認できる異常」だと考えると分かりやすいと思います。
例えば「胃が痛い」と訴える方の検査をしたところ、胃カメラで胃炎が認められた場合、これは「胃壁の炎症」という器質的異常があったと言えます。「息が苦しい」という方の胸のレントゲンを撮ったら肺炎像を認めた場合も、これは「肺の炎症」という器質的異常があったと言えます。
ちなみに「器質的異常」と対になる表現は「機能的異常」になり、これは「物理的には異常はないが、機能に異常が生じている」状態で、「目では確認できない異常」になります。
例えば、「頭が痛い」と訴える方の、頭部CTや血液検査をしても何も異常がない場合、これは「検査上は異常はないけども、機能的に異常が生じている」という事になります。
自律神経失調症は、器質的異常は認めず機能的異常を認める事が特徴です。
3つ目は「明らかな精神障害がないもの」という点です。たとえ自律神経が失調しているような症状が認められていたとしても、「うつ病」や「パニック障害」といった精神疾患に該当するような状態であれば、それは自律神経失調症ではなく「うつ病」「パニック障害」と診断すべきになります。
2.うつ病と自律神経失調症との違いは?
「うつ病と自律神経失調症はどう違うんですか?」
「私はうつ病と自律神経失調症のどちらなのでしょうか。」
といった質問を患者さんから頂くことがあります。
この2つの診断名は、全く違う角度から症状をみているため、どちらか1つになるのではなく両方が該当することが多くあります。ただし両方該当する場合は、「うつ病」と診断することとなっていますので、その場合「今のあなたはうつ病になります」というのが正確な診断になります。
自律神経失調症とは、「自律神経の失調」という角度から症状を診ています。そのため、自律神経が失調しており、器質的な異常を認めなければ該当します。例えばストレスで胃腸の調子が悪くなったり、頭が痛くなったり、眠れなくなったり、食欲が落ちたり、イライラしがちであったりして、でも検査では何も異常がなければ自律神経失調症と診断がつくことがあるでしょう。
うつ病とは、「精神エネルギーの低下」という角度から症状を診ています。診断基準的に見ると、精神エネルギーの低下として生じやすい症状として、
- 抑うつ気分(気分の落ち込み)
- 興味や喜びの喪失(何も興味を持てない、楽しいと感じられない)
- 疲労感
- 睡眠の異常(多くの場合、不眠)
- 食欲の異常(多くの場合、食欲低下)、体重減少
- 罪責感(些細な事で自分は罪深いと考えてしまう)
- 集中力の低下
- 希死念慮(死にたいという考え)
などが挙げられています。
このように両者は診ている角度が違うのです。
自律神経が失調すれば精神エネルギーも当然低下します。反対に精神エネルギーが低下すれば自律神経だって当然乱れます。そのため、両者は合併する事が多々あります。
ただし自律神経失調症の定義には「顕著な精神疾患のないもの」と書かれています。そのため、「うつ病」といった精神疾患の診断基準を満たす場合は自動的に自律神経失調症の診断基準を満たさない事となり、「うつ病」という病名が適用されます。
このように診断基準的には両者が合併した場合は自動的に「うつ病」となるのですが、病態的には自律神経失調症とうつ病が合併する事が非常に多く認められます(むしろほとんどのうつ病は自律神経失調症を合併しています)。
そのため、「最初は自律神経失調症だったけど途中からうつ病に診断名が変わった」というのは、最初が誤診であったわけではなく、最初は自律神経失調症の定義を満たすのみでうつ病の定義を満たさなかったけども、経過中にうつ病の定義を満たすようになったという事が考えられます。
3.パニック障害と自律神経失調症との違いは?
パニック障害は「不安障害」に属する疾患で、その根底には強度の不安を認める疾患です。
パニック発作という動悸やめまい、息切れや冷感・発汗といった突然の自律神経発作を来たすのが特徴で、突然パニック発作が起こってしまう恐怖から「また発作が起こったらどうしよう・・・」と不安が募り(予期不安)、徐々に必要な活動などが行えなくなってしまう疾患です。
パニック発作は自律神経の誤作動だと言う事ができます。本来であれば心拍数の増加を起こさなくて良い状況で自律神経が心拍数を誤作動させてしまうため動悸が生じます。本来であれば発汗しなくてもいいような状況で自律神経が発汗を促してしまうため汗が大量に出るようになります。
そういう意味ではパニック障害は自律神経失調症の一型だという事ができるでしょう。
しかしこれも定義上の問題ですが、自律神経失調症は定義に「顕著な精神疾患のないもの」とあるため、「パニック障害」という精神疾患の診断基準を満たした時点で自動的に自律神経失調症の診断基準を満たさない事となり、自律神経失調症と診断できなくなります。
診断的にはこのような理由がありますが、医学的に見ればパニック障害は不安によって自律神経が失調した結果として生じているのいうのが正しい理解になります。
4.心身症の定義と自律神経失調症との違いは?
自律神経失調症と似ている状態として「心身症」が挙げられます。
心身症と自律神経失調症はどう違うのでしょうか。
心身症の定義は「心身症とは。心身症ってどんな病気なの?」でも詳しく紹介していますが、改めて紹介すると、
心身症とは、身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態を言う。ただし、神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する。
というものになります。
分かりやすく言い直すと、心身症の特徴とは、
- 身体疾患である
- 発症や経過に心理社会的な因子(≒ストレス)が関係している
- 器質的ないし機能的な障害がある
という状態です。
例えば、
・ストレスが原因で胃潰瘍になった
・ストレスが原因で血圧が上がってしまった
・ストレスが原因で下痢が止まらない
といった状況はいずれも心身症に該当します。
心身症と自律神経失調症は共通する事も多いため、正確な違いを理解するのは少し難しいのですが、先ほどの心身症の特徴を自律神経失調症で比較してみると、
- 身体疾患とは限らない(不安やイライラなどの精神症状の事もある)
- 発症や経過はストレスが関係する事もあるが、それ以外の原因の事もある(不規則な生活、女性ホルモンバランスの乱れなど)
- 器質的異常はなく機能的異常がある
という状態になります。
このように心身症と自律神経失調症は類縁疾患ではありますが、その定義に若干の違いがあります。
ちなみに、
- 身体疾患で
- 発症や経過にストレスが関係していて
- 機能的異常がある
という場合には、これは心身症と自律神経失調症の両方の診断基準を満たす事になってしまいます。
例えば「ストレスで血圧が上がってしまったけど、特に器質的な異常はない」というような場合です。これは心身症の定義も自律神経失調症の定義も満たします。
この場合は心身症、自律神経失調症のどちらと診断すればいいのでしょうか。実はこれはどちらと診断しても構いません。どちらと診断したとしても、治療法に大きな差はないため、診断名の違いによる患者さんへの不利益もありません。
5.自律神経失調症は他の診断名が付かない時にのみ使われる
自律神経失調症というのは、非常に幅広い概念であるため、その病態像についてはっきりと理解しにくいものです。
しかしここまでの説明から分かるように、自律神経失調症というのは、「他の診断名は付かない症状だけども、何らかの診断名があった方が患者さんに不利益が生じないと考えられる場合」に付けられる診断名なのです。
「うつ病」「パニック障害」など他の精神疾患に該当する場合は、例え自律神経が失調している症状があったとしても自律神経失調症とはならず、「うつ病」「パニック障害」になります。その理由は冒頭で説明したように「自律神経失調症」があまりに広くて曖昧さのある概念であるため、出来る限りより具体化した診断名の方が望ましく、適切な治療が行えるからです。
しかし「他の診断名はつかないけども、自律神経の失調はあって全く問題がないわけではない」という状態である場合、自律神経失調症と診断名を付ける事によって患者さん自身が安心できたり、患者さんの周囲の人が「気のせいではないんだ」「本人が甘えているわけではないんだ」と誤解せずに済むことがあります。
このような場合は自律神経失調症という診断名を付ける意味があるため、「今の状態は自律神経失調症ですね」と患者さんに伝えることがあります。自律神経失調症という診断名は、「出来る限り使わないように」というのが近年の流れですが、このように患者さんを守る意味で使われることがあるのです。