うつ病によって生じている社会的損失はどれくらいなのか

うつ病の社会的損失

うつ病は20人に1人は生涯で一度は発症すると考えられており、決して珍しい疾患ではありません。

昔は「気持ちの問題」「甘えているだけ」などと誤解されてしまうことも多かった疾患ですが、最近では「気持ちの問題ではなく、疾患である」という事が少しずつ理解されるようになってきました。

近年では、うつ病は社会的にも大きな損失になってしまう事が明らかになってきています。

うつ病は病気ですから、一定の確率で発症してしまう事は仕方がありません。生きていれば病気を発症してしまう事はあります。そのため、「意図的に過剰なストレスをかけた」などの特殊な例外を除けば、うつ病を発症してしまった人には大きな責任はないでしょう。

大切なことは、日常生活や職場においてうつ病をなるべく発症しないような予防策をしっかりと作り、もしうつ病を発症してしまっても速やかに適切な治療を導入できる体制を国や企業といった大きなレベルで整えることです。でないと、これからもうつ病によって大きな損失が出続けてしまうことになります。

うつ病による社会的損失は、少なく見積もっても毎年数兆円に達することが示されています。もはや「うつ病なんて気持ちの問題」「気持ちを強く持てば大丈夫」などといった誤解を続けている場合ではなく、国を挙げてのうつ病予防策や早期発見・早期治療の体制作りが望まれています。

今日は、うつ病と社会的損失についてみてみましょう。

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1.日本のうつ病における社会的損失はどのくらいか

うつ病の患者さんの数は近年増加傾向にあります。厚生労働省の報告によれば、うつ病患者さんの数は1991年には44万人と報告されていますが、2008年には104万人と2倍以上に増加しています。

そしてその経済的損失はと言うと、2008年度の1年間の額を概算したところ、約3兆円という結果が出ています(厚生労働省「「精神疾患の社会的コストの推計」 事業実績報告書」より)。

ある病気によって、どのくらいの社会的損失が生じているのかを計算するのは非常に難しいことですが、この報告では「直接費用」と「間接費用」に分けて社会的損失額を概算しています。

直接費用というのは、通院費・入院費やお薬代などうつ病治療に実際にかかった医療費や、自立支援医療などのうつ病治療に当たって必要な社会的なサービスの費用になります。

間接費用というのは、病気にかかったことで仕事ができなくなってしまった間、本来であれば得られるはずであった利益になります。例えば年収400万円の人が1年間、うつ病になってしまって全く働けなくなれば、間接費用的には400万円の損失という事になります。

間接費用のうち、休職や仕事の能率低下などで生じた損失を「罹病費用」と呼びます。うつ病で休職となったのであれば、その間に本来得られたであろう利益が損失となりますし、うつ病で仕事の生産性が低下していたのであれば、その間健康であったなら得られたであろう利益も損失と考えられます。

また不幸にもうつ病が原因で亡くなってしてしまった場合も、「もし死亡していなければ、どれくらいの利益を生んだか」を推定して「死亡費用」という間接費用が損失として算出されます。

直接費用というのは、「病気の治療において必要な費用」という事ができます。間接費用というのは「病気を発症したことで失われる費用」という事ができます。

誰もが一定の確率で病気を発症してしまうのは仕方のない事ですから、直接費用がある程度かかるのは仕方がないことです。むしろ直接費用を無理に削減しようとすれば、適切な治療が受けられなくなり、かえって社会的損失は大きくなってしまうでしょう。

間接費用は、「その病気にもしかかっていなければ得られたであろう費用」ですので、本当の意味での「社会的損失」を考えるのであれば、間接費用が社会的損失に該当することが分かります。直接費用は「治療に必要なお金」ですから、それは一概には「損失」だとは言えません。

上記の厚生労働省の報告によれば、うつ病の社会的損失の費用は以下のようになっています。

総額(疾病費用) 3兆900億5,000万円
直接費用 2,090億3,600万円
間接費用
(内訳)罹病費用 2 兆123億7,200万円
(内訳)死亡費用 8,686億4,200万円

うつ病は直接費用に対して間接費用が非常に高く、またその中でも死亡費用が非常に高いことが指摘されています。これはうつ病によって不幸にも自殺してしまう方がいらっしゃることが原因です。

直接費用が少ないことは、しっかりと治療されていない患者さんが多い事が推測されます。また、間接費用が大きいことは、それによって本来得られたであろう利益の大幅な減少が生じているという事になります。

2.世界のうつ病の社会的損失は?

では日本以外の世界を見た時、うつ病の社会的損失はいくらになるのでしょうか。

日本のうつ病患者さんは100万人以上と報告されていますが、WHOによれば世界では3億5000万人以上の人がうつ病に罹患していると報告されています。

日本で少なく見積もっても3兆円ですから、単純に計算すると世界全体で見るとうつ病によって毎年1000兆円近くの損失を出している可能性があります。想像できないほどの莫大な金額です。

それぞれの国で計算方法が異なるため、正確な比較にはなりませんが、次のような報告もあります。

Ⅰ.イングランド

イングランドが2007年に発表したうつ病の社会的損失は約1.2兆円とされています。イングランドの人口は約5000万人と日本の40%程度ですから、日本とだいたい同じくらいの損失額と言えます。

Ⅱ.アメリカ

Hall&Wiseの報告によると、アメリカでのうつ病による経済損失は5 兆円におよぶと試算されています。

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3.他の病気の社会的損失はどのくらいなのか?

うつ病の社会的損失についてみてみましたが、他の疾患における社会的損失はどのくらいなのでしょうか。

先ほどの「「精神疾患の社会的コストの推計」 事業実績報告書」では同じ精神疾患として、2008年度の統合失調症と不安障害の社会的損失についても報告されています。

【統合失調症】
総額(疾病費用) 2兆7743億8,100万円
直接費用 7,700億2,200万円
間接費用(内訳)罹病費用 1兆8,496億5,100万円
(内訳)死亡費用 1,547億800万円

【不安障害】
総額(疾病費用) 2兆3,931億7,000万円
直接費用 496億8,600万円
間接費用(内訳)罹病費用 2 兆990億8,900万円
(内訳)死亡費用 2,443億9,500万円

グラフにすると次のようになります。

social-loss

どの疾患も大きな社会的損失になりますが、うつ病はその中でも頭一つ飛び抜けています。また、死亡費用が突出して高いのが分かります。これは、自殺によってその人が本来健康であれば得られたであろう利益が大きな損失となっているのです。

うつ病が原因で生じる自殺は、特に早急な対策が必要であることが社会的損失からも分かります。

また、異なる病気ごとの人生の損失を評価するために、DALYs(Disability Adjusted Life Years:障害を調整した人生の年数)という指標があります。簡単に言うと、DALYsは病気のために、「健康な人生が何年失われたのか」を表す指標の1つです。WHOの報告によると、うつ病のDALYsは大変に高いことが示されています。

【WHO:Global Burden of Diseaseより】

疾患名DALYs(単位100万年)
下気道疾患94.5
下痢性疾患72.8
うつ病65.5
虚血性心疾患62.6
AIDS(エイズ)58.5
脳血管疾患46.6
出生時仮死・外傷41.7
交通事故41.2
新生児の感染症など40.4
結核34.2

これは発展途上国も含めた世界のDALYsであるため、感染症が多くを占めていますが、その中でもうつ病は3位という高い順位に位置しています。

4.結果をみるにあたって注意すべきこと

うつ病の社会的損失は過小評価されやすく、実際はこれ以上の損失があるのではとも考えられています。

なぜ過小評価されやすいのかというと、うつ病の人全員が病院に通院しているわけではないことが挙げられます。うつ病の診断基準を満たす人のうち、実際に通院をしているのは半分以下であるという報告もあります。

例えば脳梗塞や心筋梗塞を起こしたら、ほとんど全員が病院を受診するでしょう。しかしうつ病の場合、発症していても病院を受診せずに堪えている人は多いのです。

またうつ病は大手術や高額な検査をするわけではないので、一人あたりの医療費はそこまで高額になりません。そのため、経済的な「額」で社会的損失を評価してしまうと過小になってしまうという側面もあります。

しかし、それを考えても少なく見積もって約3兆円の損失が毎年あり、DALYsでは第3位にランクインしているのです。「うつ病は甘えだ」「根性がないだけ」だと未だに誤解されている方は少なくありません。しかしここまで見れば、もはや「気合で治しましょう」なんて考えでは済まないことは明らかです。

まずは多くの方がうつ病に対して正しい理解をし、適切に対処できる環境を作ることが、うつ病による社会的損失を減らす一番の方法です。

5.うつ病による社会的損失を減らすために

ではうつ病の社会的損失を減らすためにはどのような工夫があるでしょうか。考えられる事を挙げてみます。

Ⅰ.うつ病に対する正しい理解

基本的なことになりますが、やはりうつ病に対して多くの方が「甘えではなくて病気なんだ」と正しく理解することが一番大切なことです。

うつ病が世間的に知られてきたため、昔のような偏見・誤解は徐々に少なくなってはきました。しかしまだまだ十分とは言えません。

多くの方はうつ病について正しく理解し、うつ病患者さんに正しく接することができるようになれば、患者さんは不要な不利益を受けにくくなりますし、周囲に相談しやすくなるため早期発見・早期治療につながります。

うつ病について正しく理解するといっても、うつ病についての専門的知識をみんなに理解して欲しいという事ではありません。

「うつ病は甘えではなく病気である」
「気合で治させるのではなく、適切な治療を受けさせる」

といった病気として当たり前の対応をうつ病の方にもしてほしいのです。

職場の同僚が急に心筋梗塞になって倒れたら、

「これは病気だ」
「すぐに病院で治療を受けさせなくては!」
「しばらく仕事が出来ないのは仕方ないな」

と誰もが考えますよね。それと同じ考えを「疾患」であるうつ病にも持って頂きたいのです。

Ⅱ.治療体制の充実化を

現在のうつ病治療の主役は抗うつ剤を中心とした薬物療法になっています。もちろん薬物療法も有効な治療の1つですが、お薬だけでは限界があるのもまた事実です。

お薬と合わせて、

  • 生活指導をしっかりと行う
  • カウンセリング(精神療法)を併用する

といった治療を受ければ、うつ病の改善率ももっと上がるでしょうし、再発率ももっと少なくなるでしょう。これらの治療をもっと受けやすい体制にできれば、うつ病の社会的損失の低下に大きく貢献すると感じます。

現状でも、診察時間中に何とか時間を作って生活指導を熱心に行われている先生もいらっしゃいますし、カウンセリングを行っている医療機関も少なくありません。しかし体制としてはまだまだ不十分です。

現状ではカウンセリングの保険診療体制は不十分であり、料金は薬物療法と比べるとどうしても高額となってしまいます。1回30分~60分程度のカウンセリングが一般的ですが、3000~8000円といった安くはない金額がかかります。毎週受けるとなると数万円かかることも珍しくなく、これを問題なく払える人というのは限られてきます。

うつ病は死亡費用が非常に高いことが問題ですが、カウンセリングの一環で「つらい気持ちを話すこと」は、自殺に歯止めをかける大きな予防策になることを現場の感覚としては感じます。

つらい気持ちがあっても、それを話せる人が周りにいないために、どんどんうつ病が悪化してしまう方は少なくありません。

また精神科医も患者さんの診察に追われて十分な生活指導が行えていない現状も感じます。

簡単にできることではありませんが、このような治療をより導入しやすい体制作りが望まれます。

Ⅲ.早期発見の体制作り

日常生活や職場で、心の不調を早期発見できる体制作りも重要です。早期に発見し、適切な治療を導入できれば、社会的損失が軽いうちに食い止められます。

最近では職場でのストレスチェック制度の導入もはじまり、国も少しずつ早期発見の重要性を認識し、体制が作られようとしています。現状のストレスチェック制度はまだ歴史も浅いため、今後現場の声なども聞きながら徐々に改良していく必要もあるでしょう。

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