うつ病の症状は、1日の中で気分に日内変動を認めるという特徴があります。日内変動とは、1日の中で症状の程度が変わっていくという意味です。
具体的に言うと、
朝悪く、夕方になるにつれて改善していく
というのが、典型的なうつ病の日内変動だと言われています。
日内変動を認めるうつ病患者さんは多いため、これは私たち医療者にとって診断や経過評価の一つの手がかりになります。また患者さんも、うつ病の日内変動という特徴をしっかりと理解する事し、その特性と上手に付き合えば、よりスムーズにうつ病を改善させていく事が出来るようになります。
うつ病患者さんが、日内変動と上手に付き合うためには気を付けて欲しいことをお話させて頂きます。
1.うつ病の日内変動の特徴
まずはうつ病の日内変動とはどういったものなのかを見てみましょう。
うつ病患者さんは、程度の差はあれど日内変動を認めていることがほとんどです。典型的なうつ病は、朝の起床時に気分は最も悪く、そこから徐々に改善して夕方や夜になると大分楽になってくるという経過を取ります。
中には夕方や夜に限れば、正常とほぼ変わらないような気分で過ごせるし普通に動けるという方もいます。
反対に朝は、非常に調子が悪いことがほとんどで、「目覚めは最悪の気分だ」「目覚めと共に絶望がやってくる」「朝目覚めることが怖い」と言います。ひどい場合は、朝寝床から起き上がれない事もあります。また何とか寝床から起き上がれたとしても、仕事に行くことがどうしても出来なかったり、午前は頭を使う作業が全く出来なかったりします。
少し前に、うつ病の初期症状として「朝刊シンドローム」という言葉が使われたことがありました。これはうつ病の日内変動を良く表している用語で、「朝、朝刊を読めなくなってしまう」といううつ病患者さんに多い症状を表した言葉です。
社会人の方が朝起きて、一番初めに行う頭を使う作業というのは朝刊を読むことではないでしょうか。今はネットなどで情報を確認する方も多いかもしれませんが・・・。
うつ病は朝に最も気分が悪くなるため、朝の作業能力の低下が一番顕著になります。それを検出するために「朝刊をいつも通り読めるかどうか」というのはとても有用な指標となるのです。今までは普通に読めていた朝刊なのになぜが最近内容が頭に入ってこない、読むのが苦痛になっている。これはうつ病発症のひとつのサインになります。
夕方くらいから気分が改善しはじめるのも、うつ病の日内変動の特徴です。
朝の出勤前に調子が悪くなって、仕事が終わる時間である夕方や夜になると気分が改善するため、これはしばしば「仕事に行きたくないから仮病を使っているのではないか」という誤解を受けます。
しかしこれは仮病でもなんでもなく、うつ病の日内変動という症状だという事を理解しなくてはいけません。
2.なぜうつ病では日内変動が生じるのか
うつ病の日内変動はなぜ生じるのでしょうか。
うつ病の日内変動についての研究もありますが、その原因はまだ解明されていません。
うつ病は、日内変動という気分の波が出現する他に、睡眠リズムが崩れることも指摘されています。実際にうつ病の方は高い確率で不眠や過眠といった睡眠障害を併発することが知られています。
ここから、うつ病では何らかの生体リズムの異常が生じているのではないかと推測されています。具体的には覚醒に関係しているコルチゾールの上昇や、入眠に関係しているメラトニンの減少が生体リズム異常に関係しており、これらが何らかの影響を与えていた結果として気分の日内変動が生じるのではないかとも言われています。
抗うつ剤には体内時計を調整して生体リズムを修正する作用があることや、断眠療法という生体リズムを調整する治療法がうつ病に効果があることも、うつ病が生体リズムの異常であることを支持する根拠になっています。
しかし、これらはあくまでも仮説に過ぎず、それを裏付ける根拠はまだ不十分なのが現状です。
また、日内変動は心因性うつ病や外因性うつ病よりも、内因性うつ病に多いことが知られています。ここからも日内変動は内因性の何らかの原因がある事が推測されます。
・外因性うつ病・・・薬物、物質、身体疾患で生じるうつ病。アルコールで生じたうつ病など
・心因性うつ病・・・ストレスや葛藤で生じるうつ病。親しい人が死去したショックによるうつ病など
・内因性うつ病・・・その人の素質や遺伝によって発症するうつ病
3.うつ病の日内変動で患者さんに知ってほしい事
うつ病の症状には日内変動を認めます。これはうつ病の症状ですので、経過中にある程度日内変動が出てしまうのは仕方がないところもあります。
しかし日内変動に対する正しい知識を持ち、日内変動と上手に付き合っていかないと、時にうつ病の経過を悪くしてしまったり、不必要に落ち込んでしまったりする事があります。これはとてももったいないことです。
うつ病をしっかりと治すため、日内変動について患者さんが特に知って欲しいことをお話します。
Ⅰ.夜間の過活動に注意
うつ病の日内変動は朝、起きた時に最も悪く、徐々に改善していき、夕方から夜にかけては比較的楽になります。
ここで注意しなくてはいけないのが「夜間の過活動」です。
朝や日中は気分が重くて動けなかったのに、夜になると比較的楽に動けるようになるため、患者さんは夜に今までの分を取り戻そうと過活動になってしまいがちです。
しかし過活動になりすぎるあまり、夜更かしをしてしまったり、次の日に疲れを持ち越すほどの活動してしまうと、翌朝の気分の落ち込みがよりひどくなってしまいます。
夕方や夜に気分が楽になるのは、うつ病が治ったわけではなく、うつ病の経過のひとつの特徴なんだという認識を忘れず、夕方・夜間も落ち着いていつも通りの活動する事に留めましょう。
Ⅱ.朝にどれくらい改善したかが改善の指標になる
うつ病は、朝一番悪くて、夕方になると改善するという特徴があります。
夕方だけを見ると、比較的普通に過ごせるため、あまりうつ病であるという実感が沸かなくなるかもしれません。
私たちは、どうしても都合の良い面を重点的に見て、都合の悪い面は見ないようにする傾向があります。そのため、夕方の状態だけで「もう治ったのかな」「もうお薬もいらないかも」と考えてしまいがちですが、うつ病の改善の程度は朝の気分の状態で判断すべきです。
夕方の気分の良さだけを根拠に、「もう治った」「もう薬を飲まなくていいだろう」「もう病院に行く必要もないだろう」と判断することは危険です。
反対に、朝の気分が比較的楽になってきた時は、うつ病の経過が良い方向に行っていると考える一つの指標になります。
Ⅲ.夜動けるからと言って甘えているわけではない
うつ病には日内変動がある、ということは最近でこそ、ある程度一般の方にも知られるようになりました。しかし、この日内変動は「うつ病はただの甘えだ」という誤解を生む元になっている一面があります。
朝、起床した時はとても落ち込んでおり、寝床から起きれないのに、夕方や夜になると元気になる。
これはうつ病の症状のひとつに過ぎないのですが、
「学校に行きたくないから、こう演じているのではないか」
「仕事に行きたくないから、仮病を使っているのではないか」
と周囲から誤解されてしまうことがあるのです。
確かに、困ったことにこの日内変動は、学校や仕事の出勤前の朝の時間に症状が増悪し、学校や仕事が終わる夕方になると改善するという波の出方をします。そのため誤解を受けやすいのですが、これはうつ病という病気の症状のひとつであり、甘えているわけでは決してありません。
「朝だけ調子が悪くなるなんて、やっぱりただの甘えなのかな・・・」と自分自身でも考えてしまう方がいますが、これはうつ病の日内変動という特徴の一つなのです。これを「自分は甘えているんだ・・・」と考えてしまうと、自責の気持ちからうつ病が更に悪化してしまう可能性があります。
甘えではなく、症状なのだと、誤解しないようにしましょう。
4.新型うつ病の日内変動はどうなのか?
最近は、今までと特徴の違うタイプのうつ病として「新型うつ病」というものが注目されています。
新型うつ病というのは、メディアが作った造語であり、医学的には正式用語ではありませんが、この新型うつ病も同じような日内変動を認めるのでしょうか。
これは、認める場合もあるし認めない場合もあるというのが答えになります。典型的なうつ病の同様に朝悪くて夕方になると改善するという症例もありますが、全体的に見るとその頻度は典型的なうつ病よりは少ない印象があります。
また、新型うつ病に近い特徴を持つ「非定型うつ病」と呼ばれるうつ病は、夕方になると気分が落ちてくるという傾向があることが指摘されています。