「うつ病は甘え」と誤解している方に知って欲しい事

こころの病気というものは、目に見えるものではありません。そのため「気のせいではないか」「気持ちが弱いだけではないか」と誤解されてしまう事があります。

例えば足の骨が折れてしまったら、誰がみても「痛そう!」だと分かるでしょう。肺炎で高熱が出ている人がいたら、誰がみても「つらそうだ」と分かります。

しかし、こころの傷は他の人には見えません。だから、理解してもらいにくく「気のせい」「甘え」を思われてしまう事があるのです。

最近では精神疾患に対する世間の理解は少しずつ浸透してきました。それでもまだまだ十分だとは言えません。

うつ病のようなこころの病気を、「甘えだ」「根性が足りないだけだ」という方は残念ながら未だいらっしゃいます。しかし、これは絶対に発してはいけない言葉なのです。こころの病気がある方にこのような言葉をかけるのは、足の骨を折って痛がっている患者さんの足をバットで殴っているのと同じ行為だと認識しなくてはいけません。

「うつ病は甘え」

この言葉は、まるで凶器のように患者さんのこころの傷をえぐる威力を持っています。決して発して良い言葉ではありません。

今日は「うつ病は甘え」がなぜ誤解なのかをお話させて頂きます。

1.何故、うつ病を「甘え」だと言いたくなるのか

うつ病に対して、

「うつ病は甘えだ」
「怠けているだけだ」

と言う方がいらっしゃいます。

一昔前と比べると、うつ病に対して理解をしてくれる方も増えてきましたが、それでもまだまだ正しく理解されていないと感じます。

「仕事が大変なのはみんな同じなのに、あいつは『うつ病だから……』と逃げる。本当は仕事したくないだけでしょ?」
「あいつはサボりたいからうつ病と言い訳しているだけだ」

残念なことですが、このような声を耳にすることもあります。

では何故、うつ病は甘えだと誤解されやすいのでしょうか。

この誤解を解くためには、まずうつ病が誤解されやすい原因を考えなくてはいけません。うつ病が甘えだと誤解されやすい原因を考えてみましょう。

Ⅰ.病気が目に見えない

誤解されやすい一番の理由は、心の病気は「病気が目に見えない」ことです。

私たちは、自分の目で確認したり、自分で身をもって体験したものでないと今一つ実感が沸かないのです。

反対に、一般的な身体疾患は病気が目に見えますので、このような誤解を受けることは少ないでしょう。

足を骨折して、足があらぬ方向を向いていたり、ものすごく腫れていれば、「これは大変だ!」と誰もが思うはずです。入院して骨折の手術をして、その後リハビリを行うために一時休職になるとなっても、文句を言う人は少ないでしょう。

肺炎にかかってしまい明らかに苦しそうであれば、「つらそうだ」と誰もが思います。更にレントゲンやCT検査で肺炎の影があって、血液検査で炎症反応が高値になっていれば、「こんなの苦しいはずがない」「仮病のふりをしているだけだ」と疑う人はまずいないでしょう。

しかし同じような証拠をうつ病に求めようとすると、これが難しいのです。

うつ病はこころの病気ですので、身体的な異常はあまり出ません。自律神経のバランスが崩れることで頭痛、胃痛や倦怠感などは出ることがありますが、いずれも客観的に分かるような症状ではないため、周囲に理解してもらいにくい症状になります。

更にうつ病は、検査で可視化することが困難です。

最近は「光トポグラフィー検査」「PEA検査」など、うつ病を可視化できるような検査も少しずつ開発が進んでいますが、それでもまだ研究段階で、世間に広く認知されているものではありません。

このように、「目に見えない」ことはうつ病が誤解される一番の原因だと思われます。

Ⅱ.一見すると怠けと似た症状が出る

うつ病が「甘え」「怠け」だと誤解されるのは、うつ病の症状が一見すると「甘え」「怠け」と共通しているからです。

甘えている人、怠けている人というのは、

  • イヤな事があると元気のないふりをする
  • ゴロゴロしている
  • みんなの見ていないところでは遊んでいる

といった印象があります。

うつ病は、このような甘え・怠けとは全く異なるのですが、一見すると似た症状が出るのです。

先ほどの甘え・怠けの特徴とうつ病を対比させると、

  • うつ病の症状としての「落ち込み」
  • 倦怠感・睡眠障害・意欲低下によって横になってしまう事が多い
  • 医師から指示されて治療のために散歩・趣味などをすることがある

といった事が挙げられます。

うつ病は「抑うつ気分(落ち込み)」という症状があります。また、「ゴロゴロしている」わけではありませんが、うつ病の症状である倦怠感、睡眠障害、意欲低下などによって身体が重く、横にならざるを得ないことが多いのです。

うつ病の方は治療に当たって、心のリハビリという意味で軽い負荷の活動を医師から指示されることがあります。軽い負荷というと具体的には「散歩」や「趣味」などが挙げられます。このようなものは心の抵抗が少なく取り組めるため、社会復帰をするための第一段階として非常に適しているのです。

これはあくまでも治療の一環で行っているものですが、「休職して療養している」と聞いていたうつ病の人が、散歩をしていたり趣味をしていたりすると、「病気のふりをしているだけで、影で遊んでいる!」と誤解されてしまう事があるのです。

Ⅲ.患者さんが自分の状態を説明する気力がない

うつ病になると精神エネルギーが低下します。全ての事が重苦しく感じられ、何をするのにも大きな労力を要するようになります。この状態で、「周囲の誤解を解く」という活動など、まずできません。

元気な状態であれば、「こういった理由でこうしているんだよ」「このような症状が出るんだよ」と周囲に説明も出来るでしょう。

しかし、うつ病の真っただ中にいる時、こんな説明をすることは不可能だと言っても良いでしょう。

このように誤解があってもそれを訂正する気力もないことが、うつ病の誤解を放置してしまいやすい一因になります。

2.うつ病が甘えでない理由

うつ病が何故、甘えだと誤解されやすいのかを紹介してきました。「うつ病は甘え」という誤解が生じやすい理由を理解頂けたでしょうか。

では次に、うつ病が甘えでない理由を紹介します。

Ⅰ.医師から診断を受けている

うつ病という診断は、医師が診断しないと付きません。患者さんが勝手に「私うつ病なの」と言っているだけであれば、そのうつ病が本当かどうかは分かりませんが、医師がうつ病と診断しているのであれば、専門家である医師が「この方は甘えではなく、うつ病である」と保証している事と同じなのです。

そして、うつ病は「疾患」である、という事は精神科領域のみならず、もはや世界で共通する常識です。世界的な常識をひっくり返すような「うつ病が甘えである」という明確な根拠をあなたは何か持っているのでしょうか?それもないのに「うつ病は甘え」だという事は、もはや患者さんに対する暴力です。

病気の診断というのは、簡単に出来ることではありません。診断書は大きな効力を発揮するものですので、私たちは患者さんの症状や経過を入念に診察した上で診断を下します。

万が一「うつ病は甘えだ」という暴言を受けたとしても、患者さんにはこの事を忘れないで欲しいと思います。私たち医師がしっかりと「診断」しているのです。甘えや怠けに対して私たちは診断をしません。

実際に稀ではありますが、うつ病ではないような方が「自分はうつ病だと思う」と訴えて精神科を受診し、休職や障害年金などを要望される事もあります。しかし私たちはプロですので、そのような方は診察をすればすぐに見抜けます。何百人、何千人とうつ病の患者さんと向き合ってくれば、本物と偽物の区別は出来てしまうのです。

うつ病の人に「甘え」「怠け」だと言う事は、その患者さんを診断した医師を否定しているという事と同義になります。私たちは6年間大学で医学を学び、臨床現場でも日々多くの患者さんを診させて頂く中で診断スキルを磨いています。その専門家に対して、「お前は誤診している」と言っているという事です。

Ⅱ.元々な真面目で熱心な人が多い

もしその人に生じている症状が甘えや怠けからきているのであれば、そのような行動は昔から続いているはずです。

しかしうつ病にかかってしまった人を見ると、元々真面目で熱心だった方が多いのです。

そのような方にうつ病が発症してしまうと、徐々に落ち込みがちになり、仕事を休みがちになってしまいます。

確かに、そのワンポイントだけを見れば、一見甘えや怠けに見えてしまうかもしれません。しかし大きな視野で見れば、元々真面目で熱心だった人が急に甘えたり怠けだすのはあまりに不自然ではないでしょうか。

その人の人生の全てを知っている人など多くはありません。私たちは他者の人生のごく一部しか知らないのです。その一部のみを切り取って、「甘え」「怠け」と判断してしまうのは尚早でしょう。

Ⅲ.脳の異常が確認されている

うつ病の原因はいまだ明確に解明されておらず、原因についていくつかの「仮説」は提唱されているものの、それらは未だ仮説の域を出ていません。

しかし長年の研究及び多くの精神科医の臨床経験から、これらの仮説はうつ病の全てではないものの、少なくとも一因である可能性は限りなく高いと考えられています。

うつ病の原因の仮説としては、

などがありますが、これらはいずれも脳に異常が生じていることを示唆しています。これらは単なる机上の仮説ではなく、実験においてある程度の根拠を有しています。

例えば神経可塑性仮説では、脳のBDNF(脳由来神経栄養因子)という物質が減ることがうつ病発症につながると考えていますが、実際にラットにおいてストレス負荷と脳のBDNFの低下の関連が確認されていますし、人においてもうつ病患者さんのBDNFは健常者と比べて低下しているとも報告されています。

甘えであれば、このような検査値の変動は起こらないはずですよね。

また、近年「光トポグラフィー(NIRS)」という検査がうつ病の鑑別診断に使用されるようになってきました。この検査の精度は6割程度と高くはないのですが、補助的に使える検査の1つです。

光トポグラフィーは、簡単に言うと脳の血流を見ています。つまり健常者とうつ病の方では脳の血流に違いが出るという事になります。脳の血流を自分でコントロールできる人などいませんから、これもうつ病が甘えでないという1つの根拠になります。

Ⅳ.薬が効く

うつ病はお薬(抗うつ剤)が効きます。

その効きはまだまだ十分とは言えませんが、抗うつ剤によってつらいうつ病から救われたという患者さんもたくさんいます。

軽症のうつ病に対しては、お薬の効きはそこまで良くないためお薬以外の選択肢が取られることも多いのですが、中等症・重症のうつ病ではほぼお薬を使っての治療が行われます。

現在の抗うつ剤は、セロトニンやノルアドレナリンといった気分に影響する神経伝達物質を増やすはたらきを持っているものがほとんどです。

お薬で脳のセロトニンやノルアドレナリンを増やすと治るということは、脳にセロトニンやノルアドレナリンの不足が生じていたと考えられます。甘えなのであればお薬がここまで効くはずがありません。

3.うつ病を甘えだと絶対に言ってはいけない理由

うつ病が甘えではない理由、理解頂けたでしょうか。一人でも多くの方にうつ病という疾患は、本人はとてもつらい思いをしているという事を理解してもらいたいと思います。

最後に、「うつ病は甘えだよね」などという言葉を決して発してはいけない理由をお話します。この言葉がどんなに患者さんを苦しめているのか、理解していただければと思います。

Ⅰ.「うつ病は甘え」発言は治療を妨害する行為です

「うつ病は甘えだよ」という方のお話を聞くと、このような方にもそれなりの事情があってこの言葉を発していることが分かります。

例えば、同僚がうつ病で休職になってしまった。同僚は療養のため仕事を休んで、毎日散歩をしたりして過ごしている。

一方でその同僚は、うつ病で休職になった人の分まで仕事をしなくてはいけなくなり、多忙な毎日になってしまう。そんな中、ゆったり散歩しているうつ病の方をみかけると、つい「自分にこんなに苦労させてのんびりしている」「甘えじゃないか!」と思ってしまうのです。

もちろん、このように思ってしまう気持ちも理解できないわけではありません。

しかしここまで説明してきたような事実を知れば、甘えではないことは分かって頂けたと思います。

うつ病でつらい思いをしている方に絶対に「うつ病って甘えだよね」「怠けているだけじゃないの?」などと言ってはいけません。

医者として言わせて頂きますが、これは立派な治療妨害行為だからです。

こころに傷が出来てしまって、それを治している時、一番やってはいけないのは、「こころを更に傷付けるような事」です。これをすればせっかく治療しているのにうつ病は悪化します。

例えば身体の病気で療養中の方がいて、その人の身体を更に傷付ければ当然治りは遅くなります。当たり前ですよね。足を骨折している人の足をバットで思いっきり叩けば、治りが悪くなるという事は誰でも理解できることでしょう。

うつ病の方に「甘え」「怠け」という言葉を発するという事はこれと同じことをしているのだと認識して下さい。

これは決して大げさに言っているわけではありません。「甘え」「怠け」と言われて喜ぶ人がいるでしょうか。普通の精神状態の人でもイヤな思いをする言葉です。ましてやそれが精神的に落ち込んでいるうつ状態の時に言われるのです。心に大きなダメージを受けることは明らかでしょう。

実際このような誤解を受け、心無い発言をされたがために、せっかく順調に行っていた治療が上手くいかなくなってしまうという事をしばしば経験します。精神科医として非常に残念な事ですが、これは珍しい事ではないのです。

Ⅱ.「うつ病は甘え」で片づけても何も解決しない

「それって甘えだよね」
「怠けているだけじゃない」

このような発言をしても、誰にとっても良い事はありません。

本人はますます落ち込み、うつ病が長引いてしまいます。この発言により、重くつらい毎日が長引くこととなります。

うつ病が長引けば社会復帰も遅くなります。そうなれば、会社や社会にとっても本来その人がもたらすはずだった利益を得られなくなるわけですから、経済的な損失になります。

うつ病で休職中の方がなかなか復職できなければ、その患者さんが本来請け負っていた仕事は同僚の誰かがやらなくてはいけないわけですから、同僚の負担も重いままになります。

よく職場の同僚が「あいつのうつ病は甘えじゃないか」と言ってしまう事があるのですが、このような発言は相手を傷付けているだけでなく、自分の仕事量を増やし、自分の首も締めていることに気付いた方が良いでしょう。

「甘えている」と発したその瞬間は、気持ちがちょっとだけスッキリするのかもしれません。しかしその代償に、うつ病で苦しんでいる方を更に傷つけ、その周囲にも迷惑をかけ、自分自身のクビも締めることになるのです。

そんな事をするよりも、うつ病について正しく理解し、出来る範囲で早く治るための後押しをしてあげた方が、皆にとって生産的なのは明らかでしょう。