うつ病での入院生活の実際【医師が教えるうつ病のすべて】

うつ病の程度が重い場合や、環境を変えないと改善が望めない場合などでは入院が検討されることがあります。

しかし、「入院して治療しましょう」と患者さんに伝えると、ほとんどの場合で「入院はできればしたくないです・・・」という答えが返ってきます。それはそうですよね。入院なんて出来ればしたくはないものです。

入院すれば様々な制約が生じてしまいます。仕事をしているなら休まないといけないし、周囲の人にも入院する事を伝えないといけません。様々な予定もキャンセルしなくてはいけないでしょう。できるだけ入院せずに治したいと考えるのは当然の反応です。

しかし、中には精神科病院に過剰なマイナスイメージを持っていて、そのために入院を拒否している方もいらっしゃるのを感じます。「精神科に入院するようになったらもうおしまいだ!」「入院したら、もう一生病院から出れないんでしょ?」なんて患者さんから実際に言われたこともあります。

精神科病院というと、人里離れたところにあるボロボロの古い建物で、おかしい行動をするとすぐ牢屋のような部屋に閉じ込められるとか、一晩中わめいている患者さんがいるとか、おかしい人しかいないだとか、そういったイメージを持っている方もいらっしゃるようです。

でもそれって本当でしょうか?

真偽も分からないようなイメージだけで入院を拒み、それで治療が遅れるのはとてももったいない事です。入院した方が早く元気になるのであれば、入院というものを必要以上に怖がらず、前向きに検討していただきたいのです。

実際は、精神科病院の中はそんな怖いところではありません。精神科病院への入院ってどんなものなのか。どんな感じの生活で、どんな風に一日が過ぎていくのか。どんな患者さんが入院しているのか。

このようなことに対して正しいイメージが持てれば安心して入院してくれる方もいるのではと思い、今日は精神科病院の入院生活のお話をしてみたいと思います。

なお、入院生活の細かい部分は各病院によって違いますので、ここでお話するのは全ての病院に当てはまるわけではないということはご了承下さい。

1.精神科病院のマイナスイメージと実際

一般の方に精神科病院のイメージを聞いてみると、良い回答はまず返ってきません。

○ 怖い
○ 一度入ったら出られない
○ 薬漬けになってしまう
○ 昼夜問わず、大声で叫んでいる人がいる
○ 牢屋みたいな部屋に閉じ込められる

こんなところでしょうか。しかし、これらの多くはあやまったイメージです。

確かに大昔は問題のある精神科病院もあったようです。昔は有効な治療法や治療薬も少なかったため、患者さんを閉じ込めておくしかなかったり、精神疾患に対する知識が遅れていたため今考えると信じられないような非人道的な医療が行われたこともあったようです。

しかし現在においては、そのような事は皆無と言っていいでしょう。患者さんの人権はしっかりと守られており、安心して入院生活を送ることができます。

精神科病院へのマイナスイメージについて、ひとつずつ説明していきます。

Ⅰ.精神科病院は怖い?

一般の方は「精神疾患の人」=「怖い」というイメージを持っています。しかし、これって本当に正しいイメージでしょうか。

精神科の患者さんの性格って、実際は「怖い」の真逆の場合がほとんどです。「おとなしすぎる」「優しすぎる」「他者を気遣いすぎる」方が多く、「もう少しわがままでもいいんですよ!」と言ってしまいたくなるくらいです。もちろん性格に問題のある方やトラブルメーカーがいないわけではありませんが、それは一般社会でも同じでしょう。

このようなおとなしい方でも、幻覚や妄想などがひどい状態であれば時として暴れてしまう事もあるため「怖い」と感じるかもしれません。しかし、適切な治療が行われればこれらの症状は速やかに治まる事がほとんどです。この間、他の患者さんに害を与えそうであれば一時的に個室(隔離室)などに入ってもらうため、他の患者さんが害を受ける事はまずありません。

病棟で突然、おかしな患者さんに襲われたり殴られたりする事など、滅多に起きません。みなさん、テレビを見ながら談笑していたり、お部屋でゆっくり過ごしたりと穏やかに過ごされています。

Ⅱ.一度入院したら、もう出られない?

日本の精神科における長期入院のは問題視されています。

これは私たち医療者にも問題がありますが、それだけでなく国の制度や地域の受け入れ体制の不十分さにも原因がありました。精神科に対する偏見や誤解が強く、病気が落ち着いて、いざ退院しようとなっても精神疾患の方を受け入れてくれる住居やサービスがまだまだ少なかったのです。

かと言って「病気は落ち着いたんだから、もう退院してくださいね」と患者さんを無責任に放り出すわけにもいきません。行先のない患者さんは入院を続けるしかなかったのです。結果として精神科は長期入院というイメージがついてしまいました。

このように長期入院の原因は、退院後の住居・サービス確保の困難さが大きな要因を占めているため、自宅などの退院先がある方は不当に退院を延期されることはありません。

また、近年は精神障害者に対する正しい理解も徐々に浸透してきており、精神疾患の方でも借りられる住居や受けられるサービスも少しずつ充実してきていますので、どんどん退院しやすい環境が作られています。

最近は国の方針としても、精神科での長期入院をさせにくい制度になっています。制度の詳細はここでは説明しませんが、かんたんに言うと長期入院させるほど、病院が赤字になるような仕組みになっており、必要以上に長期間入院させられることはありません。

実際に平均入院期間も年々少なくなっており、平成元年には500日近くであったのが、現在は300日未満まで短縮しています。これは今後も更に短くなっていくでしょう。

300日も入院と聞くとびっくりしてしまうかもしれませんが、これは一部の長期入院者が平均を大きく上げているだけです。なかなか帰る場所が見つからず、10年20年と入院している方も中にはいらっしゃいます。

しかしそれは一部であり、ほとんどの患者さんは数か月以内に退院しています。

Ⅲ.入院したらくすり漬けになる?

日本は、向精神薬(精神科のおくすりの事)の投与量が多くしばしば問題視されてきました。しかしこれも少しずつ改善されています。

必要なおくすりの量は疾患や状態によって異なるため一概には言えませんが、大きな方針として「単剤化」が現在の主流です。

これは「おくすりをなるべく1剤にとどめよう」というものです。たくさんのおくすりを少しずつ中途半端に使うのではなく、1剤をしっかりと使いましょうという事です。

もちろん1剤を十分使っても効果が不十分である場合には2剤目を使う事もありますが、安易にどんどん増やすことは現在の医療の流れとしては推奨されていません。

制度的にも、多剤処方をしている病院は利益が少なくなるような診療報酬に徐々に変わってきています。

Ⅳ.昼夜問わず、大声で叫んでいる人がいる?

病状が悪い方などが、夜中に興奮して大声や寄声を出す事はありますが、毎日毎日という事はありません。病院にもよりますが、ほとんどの病院では病棟が静かである事の方が圧倒的に多いでしょう。

また、私たち医療者はこのようなトラブルは何度も経験しているため、患者さんが不穏になって他の患者さんに迷惑をかけそうな時は迅速に対応いたします。

あまりに興奮して他の患者さんに迷惑をかけるようであれば、夜中であっても当直医が診察をして原因を探ります。それで落ち着く事もありますし、落ち着かなければ、個室に入って休んでもらったり、おくすりを使って落ち着いてもらうこともあります。

病院には24時間常に医師がいます。トラブルにはすぐに対応しますので心配いりません。

Ⅴ.すぐに隔離室に閉じ込められる?

状況によっては隔離をさせて頂く場合もありますが、隔離は人権を侵害する行為であるため、必要最小限になるよう心がけています。「どうしても必要な時」にしか行いません。

例えば幻覚妄想や興奮などがひどくて他の患者さんに害を与えそうであったりすると、一時的に「隔離」と言って「隔離室」などに入ってもらうことがあります。昔はこの隔離室は本当に独房のような暗くて汚い部屋だったそうですが、現在は患者さんの人権が尊重されており、隔離室とは言っても、清潔できれいな部屋が多くなっています。

また、隔離は必要最小限しか行えません。隔離の原因となっている症状が消失したら速やかに隔離は解除しなければいけず、そのために隔離中は必ず毎日の診察が行われます。

患者さんが隔離などの処遇に納得がいかない場合は、「退院又は処遇の改善請求書」を知事当てに提出することもでき、不当な隔離がされないようになっています。

患者さんがこれを提出すると主治医は隔離の正当な理由を書面で説明しなくてはいけません。また後日役所の人が、本当に適切な隔離なのかを視察しにくることもあります。

このように不当に患者さんの人権が侵害されないような制度が作られています。

2.入院生活の流れ

精神科病院に入院中ってどんな過ごし方になるのでしょうか。ここでは主に「うつ病」の方の入院生活について紹介していきます。

うつ病で入院するのは、「うつの程度が重症」「自宅で安静加療ができない」などの場合です。

入院病棟には主に「開放病棟(自由に出入りできる)」「閉鎖病棟(病棟の入り口に鍵がかかっている)」の2つがあります。どちらに入院するかは重症度や症状によって決まります。

原則は開放病棟への入院になります。しかし、自殺したい気持ちがどうしても出てしまうなどの場合は閉鎖病棟に入っていただく事もあります。開放病棟の場合、本人がその気になれば、夜中にこっそり病院から抜け出す事ができてしまうからです。

強制的に閉鎖病棟に閉じ込めるという事ではありません。閉鎖病棟への入院は、本人から同意を頂いた上で行います。本人の理解度が病気によって低下していて、なおかつ閉鎖病棟への入院の必要があれば本人の同意が得られなくても保護者の同意や知事の同意を頂いて閉鎖病棟に入って頂くこともありますが、この場合も制限は最小限になるよう配慮されます。

また、お部屋は4~6人くらいの患者さんが同室になる大部屋と個室の2つがあり、これも希望で選んでいただきます(個室は個室料がかかる事があります)。

うつ病の場合、入院直後はまずはひたすら休んでもらう事が治療になります。特に何もしなくて構いませんが、生活リズムが乱れると気分も不安定になるため、生活リズムだけは規則正しくしていただきます。

朝はしっかり起きて、日中はひたすらゆっくりし、夜はちゃんと寝る。ごはんは必ず3食食べる。また、昼寝は生活リズムの乱れにつながるため、ゆっくりはしていただきますが、日中はなるべく寝ないようにしていただきます。

この間、必要に応じて抗うつ剤などのおくすりの調整も行われます。

このような生活を数日~数週間続けると少しずつうつ状態が改善していき、少しずつ前向きになったりやる気が出てきたりします。

そうなると、今度は少しずつ活動をしてもらいます。活動の内容は人それぞれです。自分のペースで散歩や外出する方もいるし、病院でやっている作業療法などに参加する事もあります。

活動はじめはつい活動しすぎてしまって疲れてしまう事が多いので、慎重に少しずつ活動量を増やしていく事が大切です。

また、人によってはカウンセリングなどを開始し、これまでの自分を見直したり、同じように悪化しないためにはどうしたらいいのかをカウンセラーと一緒に考えていくこともあります。ケースワーカーとともに再発させないよう、自分に必要な医療・福祉サービスを再検討することもあります。

ある程度の活動ができるようになったら、退院も視野に入ってきます。一度自宅に帰ってみたり、自宅に一泊してみたりします。

それでも問題なければ退院となります。

病棟の1日のだいたいの流れは、次のようになっています。
(細かくは各病院によって異なります)

6:00 起床

8:00 朝食

10:00

作業療法や外出、散歩など
(部屋や病棟でゆっくりしても良い)

12:00 昼食

14:00

作業療法や外出、散歩など
(部屋や病棟でゆっくりしても良い)

16:00

18:00 夕食

21:00 消灯

3.入院患者さんの割合

入院患者さんはどんな疾患の方が多いのでしょうか。病院によって違いはありますが、入院患者さんの割合を厚生労働省が公表していますので、みてみましょう。

平成23年のデータによると

入院患者29万3400人のうち、

  1. 統合失調症の患者さんが17万1700人
  2. 認知症の患者さんが5万3400人
  3. 気分障害(うつ病や躁うつ病)の患者さんが2万5500人
  4. 薬物・アルコール依存症などの患者さんが1万2300人
  5. 精神遅滞の患者さんが5300人
  6. 不安障害の患者さんが4200人
  7. てんかんの患者さんが2300人

参考資料:厚生労働省ウェブサイト